お礼参り六日目。オークニスですべて終え、僕たちは神鳥のたましいをつかって世界中を飛んだ。
「ありがとう、みんな……。あたし今日で、家に帰るわ」
ちょうどリーザスの真上にさしかかったとき、ゼシカが言った。
僕は精神を集中させ、ゆっくりと下界を目指した。
リーザスの入り口前にふわりと着地する。
「ありがとう、本当に。……ね、約束よ、またうちに来てね。あたし……トロデーンにも行くわ。ゲルダさんちにも。ユッケのところだって、ハワードさんのところだって……ラジュさんのところだっ……」
最後は言葉にならなかった。
四人で握手を交わし、ゼシカは笑顔で手を振った。
僕たちは迎えに出てきたマダムに会釈をし、南へ向かった。
なんとなく、三人で歩いて。もう言葉もなかった。
ポルトリンクに着くなり、ヤンが土下座をした。
「兄貴……あっしもこれでおいとまいたしやす。あと1日、と思いやしたが、明日になれば別れが辛くなりやす。まだまだお側でお仕え申し上げてえところでごぜえますが、あっしのオツトメ、これにて一旦の完了とさせていただきやす」
「ヤン……。ありがとう、本当にありがとう。旅の初めから今まで、僕をずっと支えてくれて。ありがとうって言葉じゃ言い尽くせないよ」
「兄貴っ!」
ヤンは、泣いた。「男泣き」という言葉がぴったりだった。
いつも口喧嘩ばかりしているククールも、このときばかりはヤンの肩に手を置いて、労をねぎらった。
「じゃあ、兄貴、お世話になりやした。ご用とあらば、いつでも参上いたしやすっ!」
ヤンは空高く、つばさを放り投げた。
「行っちまったな」
「うん。……ヤンてさ、ゲルダさんちに行ったんだよね?」
「他に行くところねえべ」
「だよね。キメラのつばさ、もっとあげておくんだったな」
僕たちは、ヤンの消えていった青空をしばらく眺め、なんとなく海岸へ降りて行った。
海はいつになく穏やかで、打ち寄せる波音も優しい。
お礼参りの初日も、みんなで海岸へ出たね。ユリマちゃんちでごちそうになって、お腹一杯でさ……。僕、この海岸で眠っちゃって。
……最後に一緒に過ごしたい……。
僕はその一言を口に出せずにいた。
明日から、僕は城勤め。君は自由だ。
君も明日はドニかマイエラ修道院に帰るでしょ。それとも、もう……?
ねえ、まだ日は高いよ。稽古をしようか、散歩をしようか、ゴールド稼ぎをしようか……。
いつも側にいてくれた、強くて優しい人……こんな僕を、愛してくれた人……。
風になびく長い銀の髪。
愛しさで胸がつぶれそうだ。
君は、自由だ。
この風のように……。
潮風に吹かれながら、水平線の彼方を見つめるククール。
君と一緒に広い世界を回れたこと、それは僕の人生の宝物。
まだ、もう少し一緒にいられるでしょ。
彼の隣に立ち、そっと顔を見る。
ククールのサファイアの瞳が、涙で濡れていた。
「ばっ、見るなよ……」
「ククール……」
僕たちは再び水平線に目をやる。そしてどちらからともなく、指を繋いだ。
僕たちは再び飛んだ。
行き先は不思議な遺跡。
ゆっくりと唇を重ねる。
言葉はない。
僕たちは、優しく愛し合った。
今までで一番優しく。
互いのすべてを確認し、自分の身体にきざみこむ。
君の唇…君の指先…甘い吐息…すべて、大切な宝物…。僕だけの…。
「ね……連絡したいときはどうしたらいい? ドニ? 修道院?」
抱き合いながら尋ねる。
「ドニだな。酒場のおばちゃんね。姉ちゃんじゃダメだ」
「わかった。姫の婚礼の時に手伝ってもらうと思う。手があいてたら来てね」
「了解だ」
僕たちは、再びゆっくり愛し合いながら、夜明けを迎えた。
「元気でな……」
「ククールも……」
涙なんて出なかった。
胸が苦しくて、苦しくて。
このお礼参りの一週間、本当につらかった。
君との思い出があまりに多すぎて。一人のほうがどんなにか楽だったろう。
でも君の声を聞き、君の瞳を見、ぬくもりを感じるたびに、どうしようもない熱が僕に生まれて、幸せに満ち足りる。あと何日、あと何日ってカウントダウンしながら、君との思い出をなぞっていた。
「じゃあな……」
ククールは、ポルトリンクから船に乗った。
船はまっすぐに南へ向かう。
船が作った軌跡は、僕へのメッセージだろうか。
何て言ってるの?
「サヨナラ」それとも、「またね」。
僕は悲しいよ……。
淋しいよ……。
深く深く、えぐられる。
僕の弱い心。
もう……僕は死んでいる。暗黒神を倒したときに、僕は終わったんだよ。
もう……この世に存在した、僕はいなくなった。
これからの僕は、僕であって僕じゃない。君が愛してくれた、僕じゃない。
さよなら、ククール。
愛する君。
君は僕の魂が求める全てだった。
君がどこへ行こうと、誰を愛そうと、……僕の欲しいたった一つの存在だ。
どうか君は、君が君であるために、君の思う生き方をして。
君の望む道を、僕は祝福しよう。
そして、……命ある限り、僕は君を愛する。
ただそれだけだ。
他には何もない。
君が望む結末を、僕も望もう。
君と共になくとも……。
僕は、軌跡の消えた海面を見ていた。
朝陽を受け、小さく波立つ海を、ただじっと見つめた。
……僕は、君を追わない。
僕は、死んだ。
僕の魂は、凍りつき、閉ざされた。
二度と自由に駆け回ることはない。永遠の冬の底で眠り続けるだろう。
ククール!
愛しているよ……。君だけを……。
僕は目を閉じ、ククールの残像を消し去った。
第一章終わりです。