来客用の詰め所で休ませてもらった俺とククールは、エイトの兄貴に優しく起こされた。ラプソーン退治の直後からさんざん飲んで、微妙に頭が痛いが、エイトの兄貴のお顔をみたら、すっきり治った気がする。
「兄貴、どういう順番で回るんでがすか?」
俺とエイトの兄貴、そして嬢ちゃん、ククールの4人で顔を付き合わせた。
これから4人で、大願成就したあかつきのお礼参りをするのだ。俺たちが世話になった人が、この世界中にたくさんいる。7人の賢者の関係者だけじゃねえ。数え上げればきりがないが、エイトの兄貴は、いただいたお暇の間、できる限りの人を訪ねたいとおっしゃった。
さすが兄貴。勇者と呼ばれるようになっても、義理人情をないがしろにはなさらない。いや、かえってより厚くおなりになったんじゃねえだろうか……。
「つーか、なんでオレら図書室にいるんだ?」
ククールがぼやき出す。
そう。ここはトロデーン城図書室。埃くさいこの図書室は、古代船のヒントを探しに来て以来だ。あんときゃ、へちまうりに会ったんだっけ。やつの家へ案内してくれたあの窓も、今は荷物に邪魔されている。
「図書室っつーよりか、物置だな、これは」
ククールの野郎が机の上をがさがさ片付ける。
べつに書物見るわけじゃないし、何か書くわけでもねえんだから、片付けなくてもいいのにな。
「仕方ないわよ。みんな忙しいんだから。はっきり言ってあたしたち邪魔くさいのよ。早く旅立ちましょ」
嬢ちゃんは、椅子の汚れが気になるのか、さっきからずっと立ちっぱなしだ。
「だな。オレらよそ者だし、兵士長にご出世あそばした勇者エイト殿を早く城に帰さなきゃだし」
ガタつく椅子を更にガタガタさせながら、ククールが言った。
「もうククールったら……。僕、一週間もらってるんだ。そんなに邪険にしないでよ」
エイトの兄貴ははにかむようにそうおっしゃる。なんて可憐な……。
めでたいことに、兄貴は兵士長にご出世なされた。名誉なことだが、お城に戻られたら、そうそう自由に外出もできなくおなりだろう。俺にとって、この一週間は、兄貴との最後の長旅になるかも知れねえ……。
「ちょっとヤンガス、どうして泣いてるのよ?」
「なに? 本当だ。泣いてんじゃん。大方エイトの兄貴のご出世に感激でもしてんだろ?」
うるせえ、ククールめ。
「そうなの? ヤン?」
「えっ、いや、その……。もうちょくちょく外出できなくおなりだな……って思ったら……すいやせん、なんか寂しくて。うっ……うっ……」
「ええっ? 誰が外出できないの? ああ、王か。王は仕方ないよ、王さまだもの。でも、せっかく飲みともだちになったんだから、きっと来てよね、ヤン。王も喜ぶからさ」
いや、違うでがすよ……。
「心配するな、トゲトゲ。オレがいつでも飲んでやるからな」
うるせえ。お前なんか……。
「もう、ククールったら! ヤンガスいじめるのやめなさいよ。ゲルダさんに叱られるわ」
「おう、そうだったな。悪い悪い」
ちげーよ……。
しかし、嗚咽が苦しすぎて、誰にも言い返すことができなかった。その間、エイトの兄貴は、優しく背中をさすって下さる。
ああ、ラプソーンを倒し、立派な勇者とおなりになった今も、変わらない優しさ……。
あっしは嬉しいでがすよ。本当に、エイトの兄貴に付いてきて良かった……。
「えっと……。みんなには悪いんだけど、まずサヴェッラに行くよ。王の書簡を届けなきゃならないんだ。本当はリーザスのマダムに挨拶するのが一番なんだけど、王もサヴェッラに報告に上がらなきゃならないからね。優先順位はこっちにさせてもらいたいんだよ。その次にリーザス。いいかな?」
「しょうがねえ、やっぱりサヴェッラだよな。そういや新法皇はあいつだってさ……ニノのじじいだ」
ニノ? 煉獄島で同じ臭いメシを食ったあのジジイか。
「どうやってあそこから脱出したのか聞いてみたいわね」
「だよな」
嬢ちゃんの疑問ももっともだ。地上と地下牢を行き来していた滑車は壊れたはず……。
「そうだね。それも含めて……とりあえず、さっさとサヴェッラ行っていい? 僕さ、早くリーザス行きたいんだよ」
兄貴にしては珍しく、みんなを急き立てなさる。
「もちろんいいわよ。お城でエイトの用事がないなら、さっさと行っちゃいましょう」
「おう。あんまり間をおいて、ニノのじじいに手柄持っていかれたら大変だしな」
「まさか、そんな必要ないよ。法皇なんだし」
「そうよ。そんなヒマもないわ。でも……あたしたちのこと、忘れてなきゃいいけど」
そういや、俺たち4人の手配書どうなったんだろうか?
魔物を呼び込んで前法皇を亡き者としようとし投獄され、煉獄島から脱獄した凶悪な4人組って手配書が出ていた俺たち。撤回されたのかどうか若干気になったが、俺たちは、新法皇ニノのあることないこと話しながらサヴェッラへ飛んだ。
サヴェッラは、前と何もかわりないように見えた。見張りの騎士団も特に増えてる訳じゃない。昇降機の見張りの騎士団員も、ヒマそうにしている。
「ここでちょっと待ってね。一応トロデ王の名代だから、謁見の申し込みしてみるよ」
エイトの兄貴はそうおっしゃり、お一人で法皇の館へ行く昇降板にお乗りになった。
「あいつ、兵士なんだよな」
「兵士長だぜ。ご立派におなりだ」
「本当ね。なんかきびきびしてるわ」
俺や嬢ちゃんが法皇の館を見上げるのに、ククールの野郎はその先の青空を見ている。
「おい、なんか気に入らねえのかよ、ククール」
「なーんも」
ククールは両手をひらひらさせ、背中を向けた。
「ククール、てめえ、どうするんだよ。これから」
「さあ」
ククールはふらふらと辺りを歩き始めた。
「ヤンガスこそ、どうするの? ゲルダさんちに帰るの?」
「んなわけねえよ。なんでゲルダんちに?」
「だってヤンガス、おうちないんでしょ? 山賊だもの」
「うっ……」
そうだ。俺は家がねえ……。だが、このままエイトの兄貴と離れて暮らすのも……。
なんて悲しいことを考えていると、兄貴が昇降板で降りて来なすった。
「お待たせ。ニノ法皇も僕たちを待ってたんだって。手配書も撤回されてるし、勇者一行としてすぐに謁見できるって。ただし、非公式だから、あまり時間は取れないってさ。おもてなしもなしだって」
なんだそりゃ。
「まあ、あの人としゃべったって、あんまり面白くなさそうよね」
そらそうだ。
俺たちは再びニノのあることないこと(主に悪口)を勝手にしゃべりながら法皇の館へ向かった。
ニノは、法皇の椅子に偉そうにふんぞり返っていた。前法皇とは比べ物にならないくらいの威厳のなさだ。しょーもないことを企んでいるような小さな目。おー嫌だ。
「よく参った。勇者諸君。煉獄島では、互いにつらい目に会ったのう。今では懐かしい。……あの後の武勇を是非聞かせてもらいたいのじゃが、あいにく時間がない。トロデーンを始め、教会の立て直しが優先課題じゃからな。……第一はゴルドじゃ。わしはあれをあのままにし、暗黒神をおそれ、女神を信仰するための地としようと思っておる……。まあ、勇者諸君にはあまり関係ない話じゃろうが……。まずは、世界平和のためにともに骨を折れたことを嬉しく思う。あの時、諸君を脱出させて良かったと思っておる。全て女神の思し召しじゃ……」
ニノのじじいは、形式的に俺たちを誉め称え、用紙に名前と所を書かせた。
「なになに……エイト殿はトロデーン軍兵士長、ゼシカ嬢はリーザスのアルバート家、ヤンガスとやらはエイトの用心棒か。ククールは……フリーの僧侶?」
ニノのじじいは、「フリー?」と言いながらククールをまじまじと見た。
ククールの野郎は、しれっとした態度でぺらぺらと話し始める。
「私が以前仕えておりました教会は、実は経営難で閉鎖となりまして。尊敬するオディロ様の討伐に加わらせていただいたのです。ですから、私は住まいは決めておりません。なんならサヴェッラにお引き立てくださいませんか」
「う、うむ、考えておこう。オディロ……といえば、貴殿はマイエラ出身か?」
「はい。マイエラの修道僧でございました」
「騎士団ではないのか?」
「騎士団にいたこともございました」
「そうであったか」
ククールめ、ちゃっかり自分のアピールしやがって。
まあ、ここがトップなんだから、ククールにしてみりゃ一番の取り入り先だろう。
「……おっと、時間がきたようだ。……エイト殿、トロデ王には近いうちにサヴェッラ来訪の日時を書簡で知らせる。大儀であった。これからもトロデ王に尽くし、文武に励みなされ」
ニノのじじいはゆっくりと立ち上がった。
「お言葉、承りました。法皇様におかれましても御身お大切になさいますよう」
エイトの兄貴は、俺たちを促し立ち上がらせ、ご自分は膝をついて騎士の挨拶をなさった。続いて嬢ちゃんがドレスの裾をちょいと上げ、優雅にお辞儀をする。そういや今日の嬢ちゃんは、いつものドレスじゃなく、地味な普段着だ。そんなことを考えていると、嬢ちゃんに小突かれた。俺もあわててお辞儀をする。昔、世話になった親分に教えてもらった通り、ぴしっと90度に腰を折る挨拶だ。続いてククールは、なんと両膝をつき、ニノの法衣の裾に口づけたのだ。俺はぶっとびそうになったんだが、兄貴も嬢ちゃんも何ともない顔をしているから、あれが坊さんの正式な挨拶なんだろうな。気持ち悪いが……。
俺たちは追い立てられるように、法皇の館を出た。
「おい、またルーラしても大丈夫か? 神鳥のたましいのほうがよくないか?」
ククールのくせに、兄貴の心配をしているな。
エイトの兄貴はそれはそれは乗り物が苦手でいらっしゃる。船に始まりキラーパンサー、そして瞬間移動。いや、建物のらせん階段すらお目が回りなさる。だが、不思議なことに、空を飛ぶことはお得意だ。
「そうでがすよ、兄貴。サヴェッラ滞在時間も短かったし、連続でルーラされるとお辛いんじゃねえでがすか?」
俺の言葉に、兄貴はにっこりとされ、いつも心配かけてごめんね、と可愛くおっしゃる。
「大丈夫だよ、一応酔い止めの薬飲んだし。そうだ、あとで詳しく説明しようと思ったけど、このお礼参りの一週間は移動呪文使うなって王に言われてるんだ。ただ、サヴェッラは早く行かなきゃならないから、サヴェッラだけはルーラしていいって。神鳥のたましいより早く移動できるでしょ」
なんだか妙な縛りだが、エイトの兄貴のおかしらであるトロデのおっさんが言うんじゃ仕方がねえ。ゼシカの嬢ちゃんも何か言いたげだったが、エイトの兄貴が早く早くとおっしゃるので、ククールのルーラでリーザスに飛んだ。
サヴェッラで用事を済ませたエイトさんたち。次はリーザスへ行きます。