「あれ? あの人……」
「勇者さまだわ。素敵……」
……。
イライラするぜ。
オレをチラ見しては、ひそひそやっている。
オレは、話しかけられないように人目を避けているつもりなのだが。
「お一人ですの? 勇者さま……」
ちっ、またか。
どうしても声をかけられちまう。
「……人違いではございませんか、マダム。私は勇者ではありませんよ」
「まあ……ご謙遜を……。ゴルドにはお祈りでいらしたのですか?」
「勇者ではありませんが、この大穴の底に落ちているかたがたを思い、おなぐさめしたく、祈らせていただきました……失礼……」
ちくしょう!
エイトの言ったとおりだ。
ゴルドなんて来なければよかった。
エイトに兄貴を探せと言われたものの、しばらくドニでうだうだしていた。約束した手前、とりあえず探し始めたんだが、どこをどう探せばいいのかわからない。
最後にエイトたちと離れた途端、なぜだかやじ馬がうじゃうじゃ寄ってくる。そして、常に誰かに見張られている気がするんだ。全く、落ち着かねえったらないぜ。
オレに無関心だったドニの住民もなんだかんだと話しかけてくるし。さすがに寝床までは追いかけてこねえが、酒場のおばちゃんまで「なんだか急に坊ちゃんが心配で」とか言って無駄話をしに来ることが増えた。いつまでも部屋に閉じこもっているわけにもいかねえ。それで出てきたんだが……。
ゴルドじゅうの人間がオレを見ている気がしてならねえ。オレは、道具屋でキメラのつばさを買い、人前でわざとらしくつばさを放った。行き先はリーザスだ。
「あっ、赤い兄ちゃん!」
マルクだな。ゼシカ親衛隊のチビが寄ってくる。
「マルク、どうした……あっ、お前っ! ゼシカ姉ちゃんに用があるなら、おれを通せ!」
「ああ、じゃあ呼んできてくれよ。ゼシカ嬢に借りていた本を返しに来たんだ」
気の強そうなポルクは、拍子抜けしたような顔をしたが、すぐにアルバート家に走って行った。
「あら、勇者さま、ゼシカお嬢様にご用かい?」
「ゼシカちゃんをたぶらかしでもしたら、我輩が許さんぞ!」
なんだなんだ……。
声をかけてきたおばちゃんやじいさんだけでなく、そのへんにいた村人がいろんなことを勝手に言いながら、集まってくる。ったく、世界中がなんか変な魔法にでもかかってんじゃねえのか?
「おーい! 姉ちゃんがお会いになるってよ!」
ポルクが戻ってきた。助かった。
「どうしたのよ、ククール。こないだ会ってからいくらも経ってないじゃない」
「そうなんだけどな……てか、母上の客は誰だ?」
アルバート家に入れたのは良かったんだが、見慣れない身なりの客が数人訪れていた。
オレの目線に気づいたのか、ゼシカが小声で言う。
「ああ、あれはトロデーンの人」
なに?
「なんだってまた、トロデーンが? 警備か?」
「うん……。わからないわ。エイトと別れた次の日、急にやって来て……」
おかしいよな。
「そうだ。……ゲルダさんとね、お料理してきて、あれからあたしもいろいろ作ってみたのよ。お昼まだでしょ? っていうか、どうせろくな食事してないでしょう。今、用意するから……」
ゼシカがそう言って立ち上がったとき、ゼシカの母上がダイニングに入って来た。
「ククールさん、ごめんなさいね、ごあいさつもできなくて……」
「いえ。こちらこそ約束もせず急にお邪魔して申し訳ありません」
母上は、ゆっくりしてらしてね、と言い、また客間に戻って行く。
「母上、お疲れじゃねえ?」
「ああ……そうかも。トロデーン城ご招待客リストに載ったらしくて、身辺調査みたいになってるのよ」
城への招待客か。勇者さまの母上だ。調査なんておかしな話だな。
「なあ、ゼシカ、村はどうだ? 変わりないか?」
「ないわよ。……と言いたいところだけど……」
ゼシカもオレと同じことを感じていたらしい。
まず、村へ出ればすぐに人が寄ってくること、村を出ればトロデーンの護衛が必ずつくこと、何より、常に監視されているような緊張感があって、外出がおっくうになっているそうだ。
「ゲルダさんちに行ったときもね……買い物あったからパルミドに行ったんだけど、アスカンタの軍の人が必要以上の警護をしてくれて」
パルミドまでもう手が入ってるのか。
「下手な軍人より、あたしのほうがずっと強いのにね……」
ゼシカはうふふと笑う。
ゼシカ……。相当参ってんだろうな。言いたいことも言えずに。それだけ監視の目が厳しいんだ。
「あーあ。トロデ王さまったら、いつあたしたちをお城に招待して下さるのかしら」
客間の軍人は聞き耳をたてていることだろう。オレもヤツらによく聞こえるように声を大きくする。
「なんか仕事ねえかなあ。アルバート家で雇ってくれねえか?」
「嫌」
「即答? ちっとは考えてくれよ」
「考えたわよ。2秒」
「2秒かよ! それ、考えたうちに入らねえって」
オレたちはゲラゲラ笑いながら、昼飯の支度をした。昼飯は、ゼシカが作ったというシェパーズパイとほうれん草ときのこのキッシュ。ハイカロリーなランチだな。
「……ヤンガスの野郎が、『お前は流しの坊主だろ』って言うんだぜ。オレはお祈りより用心棒のほうが合ってると思わねえか?」
「そうね……。でも、最近ふしだらな生活してるんじゃない? なんか弱そう」
ゼシカの厳しいツッコミに、また大げさにゲラゲラ笑って。
マダムにもう少し静かにしてくれと注意を受けた。
「あとで、リーザス塔行きてえな」
「なんで? あっ、わかったわ。やっとサーベルト兄さんがどれだけ素晴らしかったか理解できたのね。ならお墓参りもしてよ」
サーベルト自慢を聞き、ゼシカの料理の話なんかを聞きながら昼飯をとったあと、リーザス村を出た。
「ついて来なくていいわよ」
同行するというトロデーンの兵士に、ゼシカはムッとしながら言った。
「あたし一人ならともかく、今日はククールがいるの。それより、母の護衛はどうなるのよ?」
ゼシカの剣幕に押され、兵士はしぶしぶ引き下がった。それでもしつこく行先なんかを聞いてくる。
「だから、サーベルト兄さんのお墓参りと、サーベルト兄さんの没した……うっ、うっ……」
トロデーンの兵士はゼシカのウソ泣きにコロッと騙され、「申し訳ない」とか言って頭を下げる。
ようやく監視の目から逃れられたオレたちは、墓参りをし、塔に入る。
「やっとね……」
「そうだな」
でも、気をつけたほうがいいわ、とゼシカは小声になる。
「なにしろおかしいわ。ゲルダさんちだって、アスカンタの護衛がいるのよ」
「護衛っつーより、監視だろ」
何のための監視か。そんなこと、わかっている。だが、大がかりすぎねえか……。
「ね、マイエラには行ったの?」
「行ってねえ」
「ドニに住んでるんでしょ?」
「まあな。アスカンタの兵士がうじゃうじゃいるさ。……マイエラにはサヴェッラが入っている」
ゼシカはふうっとため息をついて、リーザス像を見上げる。目の前の像は、宝石の抜けた目で静かにオレたちを見ていた。
「どうするの?」
「……」
どうするかな。
「旅に出るかな……」
「旅に?」
「オレが一番目をつけられている。……いいか、ゼシカ。トロデーンの言うことを聞いておけ。ゲルダ姐さんのところに通って、ヤンガスと仲良くしていろ。オレへの連絡は奴に頼んである。ドニへは顔を出すつもりだ。だから、しばらく会えねえが、気をつけろよ」
「わかってる。ククールも気をつけて。無茶しないでね」
ありがとな、ゼシカ。
みんなわかっている。
オレがあいつを探し出さなきゃいけないってことを。
勝手に死ぬな、そう言ったのはオレだ。許さない、とも。
だが、あいつ一人でオトシマエつけられるはずもない。
ゴルド崩壊の後、あいつには一度も会っていない。
あいつは隠れている必要があるんだろうか。
もし、サヴェッラが自分を探していると知ったら、あいつは自首してくるだろうか。それとも、懲りずになにかしでかすつもりで準備しているんだろうか。
何かしでかすつもりなら、何度だって止めてやる、ともオレは言った。
さっき、ゴルドの底をのぞいてみたが、いつか感じた例の頭痛もなかった。落ちた奴らはみんな死んでしまったんだろうか。あれから1カ月は経っている。常識的に考えれば、1カ月も飲まず食わずでいたら死んでるだろう。
だが、もしゴルドの底が異世界なんかとつながっているとしたら。みんなそっちで生き延びている可能性はないとは言えない。サザンビークの大臣の家みたいなことがないとは言えねえ。オレたちだってさんざん不思議な場所に行ってきた。ひょっとしてイシュマウリのところにつながるかもしれねえんだ。
オレは夜になるのを待って、再びゴルドに飛んだ。
夜のゴルドは参拝者もまばらだ。ゴルドの住民もさっきのようには寄ってこない。
オレは落ち着いた気持ちで大穴をのぞいた。あいつと戦った後、落ちかかっていたあいつを助けた場所から。
なぜ、助けたんだろう。エイトやオレたちの命を奪おうとした、あの男を。あいつと戦っている間、終始あいつは冷たい表情だった。だが、膝をついた時のあいつの顔には、修道院で初めて会った、オレが誰かを知ったときのあの面影があった。
あいつにも言った。オレはあのときの優しかった兄貴を忘れることはなかった。
あの後、兄貴だったらどうするか、考えてみた。生きているとしても、今の所なにかしでかしてはいない。準備をしているならどこかに潜んでいる。そうだとしたら、ちょっと見つけることは難しいな。オレなら、旧修道院跡地か、あとは、古代船を見つけた荒野か。船があれば、幽霊海賊のアジトか。あいつは移動呪文は使えなかったはず。キメラのつばさを手に入れれば自分が訪れたことのある場所には行ける。だが、移動先に誰がいるかわからない。人目の少ない深夜に移動するにしても、辺鄙な場所でもない限り、危険は伴う……。いったいどこへ……。
ゴルドの底をいくら眺めても答えは出ない。
……もしかしたら、このゴルドの穴に自分から落ちたのかもしれない。
あの時、あいつが寄越した聖堂騎士団の指輪は、オレの指輪と一緒にチェーンに通してある。オレはそれをポケットから取り出し、大穴に投げ入れた。あいつが無縁だ、というのなら、オレにだって無縁だ。兄貴のいないマイエラ修道院に戻ることなんてありえない。
兄貴がもし、自分のしでかしたことをもう一度落ち着いて考えたら、このゴルドから立ち去ることはできないだろう。マイエラの奴らは、この穴に落ちたんだから。聖堂騎士団は無縁なのかもしれないが、かつての部下が大勢ここに落ちた。たくさんの人々と共に。
人の命を軽んじるようなあいつではない。一縷の望みを持って、救助しようとしたかもしれない。
オレはゴルド島の周辺を回った。徒歩で行けるところは行った。いつか見た夢のことを思い出したから。あの夢のなかではあいつは砂浜と洞窟を行き来していた。ひょっとして穴に続く洞窟があるのかもしれない。だが、なにしろ夜だ。暗くてよく見えない。仕方がないので警備の騎士団の詰め所に潜り込んで一夜を明かすことに。明日、日が昇ったらもう一度ゴルド島を調べよう。オレは破壊された巨大な女神像のことをちょっとだけ考えて眠りについた。
第2章終わりです。PS版を基にしているので、ゴルド崩壊後はマルチェロに会っていません。