「大変じゃ! 客人よ、隠れなさい。そうじゃ、竜神王のところへ!」
ある朝、グルーノ爺に起こされ、私は里から竜神王のいる外へと出された。
話には聞いていた、竜神の里を守る竜神王のもとへ。
不思議な空間。宙に岩の道が続いていた。分かれ道もあり、進んでいくのは難儀だった。そして、今までに見たことのない魔物。その魔物たちはどれも強烈で、戦いながも一人で竜神王のいる場所までは行かれない。私は行き止まりの空間で身を潜めるしかなかった。
僅かに聞こえる話し声に耳を澄ます。
「ほーっ! この先に竜神王がおるのか!」
「はい。でも今日は僕一人なので、とても行かれません」
トロデ王とエイトか。
エイトがトロデ王を連れてきたのか。
「……よいよい。わしも竜神王とやらに会ってはみたいが、それはまたいずれ叶うであろう。この場所を知ったのは夢のお告げと言うのは嘘ではあるまい。冒険心がわいてちょっと行ってみたいというのもわかる。国の面倒な用事ばかりをいつけておったからな。息抜きにはもってこいじゃ。それにお前のふるさとなのじゃから。それより……お前がわし抜きでここへ通っておったのは、訳があるのじゃろう?」
「いえ……特に理由は……。すぐに報告せず、申し訳ありませんでした……」
「……まあよいわ。連れてきてくれたのじゃから。そうじゃ、グルーノ、エイトは本当にエルトリオの忘れ形見なのじゃな? 現サザンビーク王クラビウスの兄であると言う……」
「ええ、それはもう……。間違いないですじゃ。王様がエイトとわしを信頼してくれるならば。それから、アルゴンリングが……」
「それは証拠になるまい。それより、竜神王より賜ったという、武具一式のほうが、サザンビーク王室にはおそれ多いものとなろう。帰るぞ、エイト!」
「はい」
エイトは自分の出生をトロデ王に報告していなかったのか。母は伝説の竜神族、父は故サザンビーク王子エルトリオであるということを。
話し声が遠くなる。エイトとトロデ王は帰ったのだろう。里へ戻ると、グルーノ爺が待っていてくれた。
グルーノ爺は無言で家へと向かう。私も黙って従う。
細くため息をつき、グルーノ爺は私に茶を勧めた。その表情からは何も読み取れない。
「エイトと話す時間がありませんでしたな」
「エイトの目は『何も言うな』と訴えておった。お前さんがここに来ているのを察したのじゃろう。または、既にククールと接触し、知っていたのかもしれん」
エイトは私の身を守ったのか。煉獄島に送った私を……。仲間のためか、保身のためか。
「なぜ、エイトはトロデーンの王をここへ……」
「ここの存在がばれたのじゃろう。エイトはたまに遊びに来ておってな……。お前さんとククールを探しに。……おおかた、その外出が夜遊びでもしていると思われて、白状したのじゃろう」
そうか。
「婚礼は間もなくじゃ」
古き約束が果たされる。誰と誰の結婚であっても、両王室が結ばれることが肝心だ。
「トロデ王はサザンビークに真実を伝えるでしょうか?」
若き勇者、トロデーンの兵士でもあるエイトがサザンビーク王室の血を引いている。
「ミーティア姫を思えば、それがトロデーンにとって得策じゃ」
家臣であり、2年にわたり共に旅をしてきたエイト。信頼は厚い。結婚相手が彼ならば何の問題もないだろう。エイトはトロデーンの王配となる。
「ミーティア女王が誕生ですな」
「サザンビークへ嫁入りではなく、サザンビークから婿入りじゃな」
「サザンビークは、チャゴス王子より優秀な人材をトロデーンにくれてやることになりますね」
「本当じゃな。しかし、サザンビークは認めるかのう、エイトをサザンビークの人間とは……」
「そうですね。サザンビーク、トロデーン、アスカンタの三国の王室は、基本的に長子が王位を継承します。サザンビークは、前王時代、王位継承第一位はエルトリオ王子、クラビウス王は第二位でした。エルトリオ王子に子がいれば、その子はクラビウス王より王位継承順位は上。クラビウス王の子であるチャゴス王子も順位が一つ下がります。サザンビークが今エイトを認めれば、クラビウス王はすぐに王位を明け渡さなければなりません」
「なるほど。では、古き約束を果たすには、ミーティア姫をエイトの王妃として迎えるか、チャゴス王子をミーティア姫に婿入りさせるかということになるのじゃな」
「そうです。女王ともなるべき立場の王女を、王位継承の低い者にはくれてやりませんからね。エイトよりチャゴス王子の方が年上でもです」
グルーノ爺は難しい顔になる。
「……理屈の上では、そうなります。ですが、実際は、長い間行方不明であり、両親ともに故人。トロデーンの兵士として機密に触れているエイトは、もうトロデーンの人間としてみなさなければ、互いのためになりません。もしエイトをサザンビークの王としミーティア姫を迎えれば、サザンビークはあっという間にトロデーンの支配下に入ります。また、自分が王位を譲り、エイトを王として迎え、息子のチャゴス王子を他国に婿入りさせるなど、あのクラビウス王はやりませんな」
「それもそうじゃの。……ではどうなるか……」
「クラビウス王が兄エルトリオ王子の忘れ形見としてエイトを認知、エイトはサザンビークの王位継承権を手放す代わりに、ミーティア姫の輿入れを反故。エイトとミーティア姫が結婚することで、古き約束の完了とする……ですね」
「サザンビークが黙るかのう?」
「どうでしょう。エイトのことを認知せず、無視し続けることは可能です。トロデ王もエイト云々よりもミーティア姫の輿入れを断りたいですから、古き約束を次世代に渡すという選択もあります。古き約束が両王室の間でどのくらい重要な意味を持つのか、私にはわかりかねますが」
「サザンビークは、ミーティア姫という素晴らしい姫君を王妃に欲しいじゃろう」
「そうですね。しかし、エイトのことを無視し続けて、将来、彼が何か大きな力を持った時に攻め入るカードに使われることもあるかもしれません。または、……エイトはそういう人間ではないでしょうが、脅しの材料にでも」
「サザンビークは素直にエイトを認知した方が得策じゃな」
「そうですね。サザンビークとしても、約束は果たせるし、面倒な王位継承問題は消えるわけですから。チャゴス王子も若いですし、今あわてて皇太子妃を迎える必要もありません」
「トロデーンもそれでよいのか?」
「ええ。もともと、ミーティア姫が輿入れしてしまうことしか、トロデーンには問題はありません。姫君が輿入れしてしまうと、トロデーンに王位継承問題が浮上してしまいますから。しかし、たまたまエイトがサザンビーク王家の者だったため、結婚すれば古き約束も果たせます。家臣とはいえ、トロデーンを……世界を救った勇者ですから、何も問題ないでしょう。ただし、サザンビークとは違い、こちらの婚礼は急がれます。トロデ王が一番、急いでおられるでしょうな。ぐずぐずしていたら、姫君を早く輿入れさせろと言われますからね。サザンビークの認知がなくても、エイトを王配として迎えてしまえば、トロデーンの中では古き約束問題も解決です」
グルーノ爺は、なるほどなるほど、と言って何度もうなずいた。
婚礼は終わったのだろうか。
無事に、ミーティア姫とエイトは結婚したのだろうか。
この地にいては、何もわからぬ。
ククールは迎えには来ない。
時だけが過ぎていた。
私は、弟ククールのためになる生き方がどんなものか、毎日考えていた。
そして、トロデーンを初め、王室がなぜ私を探しているのかが見えた気がした。
私は、教会に反旗を翻したも同然の行いをした。教会が私をとらえれば、暗黒神に操られていたことを世間に知らしめることができる。教会の失態ではなく、暗黒神のせいにできるのだ。法皇ニノにしてみれば、私は最悪の裏切り者であるから、死罪か煉獄島行きにはなるだろう。厳しい処罰を与えることで教会は守られる。
だが同時に、教会が罰すれば、ククールが兄の尻拭いをしに勇者一行に入ったと世間は見る可能性はある。そんなことになれば教会としては恥になる。ククールのあの性格だ、勇者は大したことがない、つまり、そんな勇者に尻拭いをさせたなんて教会は地に落ちたというような話に変わるかもしれない。トロデーンとしても、勇者が王配というのもありがたくはなくなる。ただ、このくらいならククールや勇者諸君の言動、トロデ王の発言でかわせないことはない。グルーノ爺によれば、暗黒神討伐後、勇者一行は関係各所を回っていたというのだから。トロデ王はこういった可能性も考えていたのか。いずれにせよすっきりと解決はしないが。まあ、いつの世も文句を言う者は存在するのだからそこはある程度仕方がない。
教会ではなく、王家が私をとらえれば、暗黒神を復活させた極悪人として公開処刑になるだろう。封印した杖を持った私を見た者は多い。就任式であの杖を振り上げたのを見ていた者たちは、皆ゴルドの底から帰っているのだから。あの杖を持ったドルマゲスも、犬もいない。もう一人、ゼシカがいるが、彼女は勇者であり、誰も傷つけることなく、短時間で杖を離すことができた。そのことはリブルアーチの者ならば皆、知っている。だから、罪人は私だけだ。
先に王室が私を見つけるのは、教会にとって大失態。表向きには「協力をいただいた」とするだろうが、教会にとっていいことはない。
王家は教会に都合のいい話をするはずがない、とサヴェッラは考えているはずだ。そうならないよう、教会は、身柄を買い取るか、それなりの但し書きをつけての処刑を求めるしかなくなる。多額のゴールドが動く。
教会も王室も懸賞金は出しているのだろう。自分の首にゴールドがかかるとは。どこがどれほどの値をつけているのだろうか。
ふと沸き上がる自嘲。しかしそれは寸でのところで止まった。
嫌な考えが浮かぶ。
サザンビークかアスカンタが見つければ、教会に身柄を売り渡すことになるだろう。大ごとにしない代わりに、多額のゴールドか、何かの利権を寄越せとなるだろう。私は勇者の仲間の兄だ。ククールとエイトに繋がりがある限り、「勇者」という名に傷がつく。そんなことになったらトロデーンの評判はがた落ちだ。だから、トロデーンはサザンビークやアスカンタより早く私を見つけなくてはならない。ましてエイトがサザンビークの血を引くと分かった以上、勇者の名に傷がついてはならない。エイトは王配となるのだから。
もし、トロデーンが私を捕らえたら。
勇者の手で、私は始末されるだろう。
それも、弟の手で。
それが、勇者に最も報いることになる。
なんということだ。
私は弟に殺されるのか。
ゴルドで死ねばよかったのだ。
暗黒の神が倒れる前に、私も死ねばよかったのだ。
ククールが、私を見つける前に、死ねばよかったのだ。
私は、死が恐ろしい訳ではない。
ククールが「死ね」と言えば、死ぬ。しかし、ククールが私を殺すことが肝心なのだ。血迷った兄を、成敗するのだ。教会や王室の目の前で。
それを指揮するのは、トロデーンでなければならない。トロデーンの王でなければならない。
なんということだ。
ゴルドの底で洞門を掘っても、私は救われた訳ではないのだ。
自分が滞在を犯した手配犯であると知ったマルチェロ。自分の身の振り方を考えすぎるほど考えています。次も竜神族の里にいます。