「ゼシカお嬢様!」
「ゼシカお嬢様、お帰りなさいませ」
「よかった、ご無事で!」
「本当だ、ゼシカお嬢様だ! はやくアルバート家に知らせるんだ!」
あたしたちが村へ入ると同時にわき起こった歓声。
「わー! ゼシカ姉ちゃん、ホントに帰ってきた!」
村の人たちがみんな集まってくる。ポルクとマルクも元気な姿を見せた。
「あ、イカサマ騎士め! 無事に帰ってきやがって!」
ククールを見るなりポルクが悪態をつく。
「おーおー、相変わらず元気いいな。ちったあ船の操舵に慣れたのか?」
「ははは、お前ら危なかったもんなあ」
「……うっ……くそっ!」
海竜に襲われて、あたしたちに助けられたことを思い出したのか、ポルクはそっぽを向く。マルクは、エイトをぺたぺた叩き、腕にぶら下がっていた。
「お前さんたち、本当に暗黒神をやっつけたんだなあ!」
「ゼシカお嬢様を守って下さったんですね」
「本当に、ありがとう」
「さすが、サーベルトさんに似ている勇者様だけのことはあるねえ」
みんな笑顔であたしたちを迎えてくれる。
あたしは、この村を出た時、村人たちを少し恨んでいた。兄さんを見殺しにしたって。でも、そうじゃない、村の人たちはその人なりに兄さんのことを心配し、アルバート家をずっと支えてくれていた。今だって、あたしのことをこんなに温かく迎えてくれる……。
「ゼシカ!」
「お母さん!」
お母さんがやってきた。
「よく無事で……ゼシカ! よくやり遂げましたね」
「お母さん」
お母さんは飛び切りの笑顔を見せる。
「……うっ……うっ……か、感動の再開でがす……」
「よかったな、ゼシカ」
「うん、ありがと」
やだ、涙が止まらないわ。
「さあさあ、ゆっくり休ませて差し上げようじゃないか」
「そうだねえ。ほら、みんな道をお開けよ……」
「おばさん、ありがとう。また改めてみなさんとはお話するけど……まずは……」
あたしは屋敷入り口のところで村のみんなに向かって言った。
「あたしを信じて待っていてくれて、本当にありがとう。このリーザスを、これからももっともっと素敵なところにできるように、おかあ……母と頑張っていきます。母ともども……どうぞよろしくお願いします」
あたしは深く膝を曲げた。
お母さんもあたしにならって、膝を曲げる。
みんなの歓声はより大きくなり、あたしの視界を更ににじませる。
「さ、ゼシカ。ひとまず入りましょう」
お母さんに促され、あたしたちは家に入った。
「最後に帰ってから、そんなに日が経っていないのに、久しぶり。不思議ね」
「そうね。私も同じです。さあ、皆さん、お茶をどうぞ」
山と積まれたフィナンシェに、ヤンガスが目を輝かせる。
「マダム……」
一人だけ席につかないエイトが、お母さんの前に立った。
「エイトさん。この度は本当に大変な戦いでした。無事に王様をお守りし、お国だけでなく、広く世界をお救いになりました。あなた方の武勇には頭が下がります。そして、ゼシカがこんなに成長できたのも、王様を始め、皆さんのおかげですわ」
お母さんが真面目に挨拶を始めちゃった。
フィナンシェに手を伸ばしかけていたヤンガスがそっと手を膝に置く。
「マダム……。本当は、ゼシカ……さんをこんな危ない戦いに参加させるべきではないと、何度も思いました。トロデ王もそうでした。苦しい戦いを強いたのは、この僕です。お兄さんのサーベルトさんの敵討ちをしたいというゼシカさんの、その純粋な気持ちを、こんな危ない戦いに引きずりこんでしまいました。このククールもそうですが、ドルマゲスを倒しても、大切な人は戻らない。それなのに、最後まで、僕を支えてくれました。女の子なのに……本当に、怖い思いをさせました。僕たちには、ゼシカさんの力が必要だったんです。すみませんでした。こうして待っていてくださったことに、感謝しています。いつも温かく迎えてくださって……」
「エイトさん……」
エイトが泣いている。
お母さんがエイトの肩に優しく手を置いた。
「エイト……。エイトだってあたしといくつも違わないもの。不安だったでしょうね。足手まといなあたしを、本当に助けてくれたの。あたし……あたし、強くなったでしょ、お母さん! エイトのおかげなの。ずっとずっと、いたわってくれたのよ。だから……だから……」
「ゼシカ、わかっていますよ。エイトさん、あなたが謝ることなど何もありません。サーベルトのことがなければ、この子は世間知らずのただのわがまま娘のままだったでしょう。かわいい子には旅をさせろ、と言うではないですか。それでも……私も葛藤がなかったわけではありません。連れ戻したい気持ちで一杯でした。……しかしながら、トロデ王様とミーティア姫様のお姿を見るにつけ、私の葛藤など、とるに足りぬものなのだと知りました。王様も姫様も、元のお姿にお戻りだというではないですか。万事、うまくいったのですよ」
「マダム……」
お母さんが一生懸命慰める。それでもエイトは、しばらく泣いていた。
あーあ。エイトも泣くと案外長いのよね。
あたしはお茶が冷めていないか確認した。
すると、テーブルについているククールとヤンガスがヒソヒソ話。
「……リーダー、早くリーザスに行きたいって言った訳がわかったぜ」
「なんだ? ククール」
「あいつ、母親知らねえんだよ。だから、その痛みを理解しようと、必死だったんだろ。いつもリーザスに来たがった。ゼシカとマダム……親子が一緒にいる場面が好きだったんだろうよ。まあ、なんつーか、マザコンだな」
「ああ、そうかもしれねえな。なんか兄貴って、おばさまに異常にモテるからな」
「おっ? マザコンを否定しねえのかよ」
「おめえのその侮辱した言い方はムカつくから、後で斧で粉砕してやる。……だが、おばさまの前に出る兄貴は、ぽーっとした子供っぽいところが見える。それは否定しねえ」
「へぇー! やるな、トゲトゲ。さすが、よく見てるじゃねーか」
「おう。兄貴は母親から可愛がってもらったご経験がない。だが、あのお可愛らしさで、昔からあまたの女性の母性本能をくすぐってきたに違いねえ。女性に甘え上手でいらっしゃる」
「ほーっ!」
「こらっ!」
あたしは二人を叱った。
「うわっ!」
「ゼシカっ?」
びくつくヤンガスとククール。
「やめなさいよ! エイトが真剣に話してるのに! エイトはマザコンなんかじゃないわよ!」
「えっ? 何の話?」
お母さんに背中をよしよしされていたエイトが、こちらを向く。やばっ! マザコンだなんて大きな声で言って……あたしが一番やらかしてるじゃない。
「マザ……コン? マザコンて……」
「あわわ……」
ヤンガスが俺は知らないとでも言うように、両手を大きく振る。
「まあ、エイトさんはお母さまは?」
お母さん! お母さんたら、言いにくいことをそんなにあっさり……。でもエイトは気にもとめず、にこっとしてお母さんに返事をする。
「あ、ええ、僕、みなしごなんです。トロデーン城下で拾われて……」
「まあまあ……それは大変でした……。それでお城で兵士に?」
「はい、幼い頃は、姫の遊び相手でした。10歳から本格的に剣を……」
「まあ! ご苦労なさって……今は兵士長におなりだとか……」
「……………」
「……………」
「お茶3杯目よ……」
「オレもだ」
「フィナンシェ食い過ぎた……ゲッ……プ」
ヤンガスが丸いお腹をさする。あたしはお茶だけでお腹がいっぱいになってきた。
「ねえ、エイトってば今日はトラペッタ行くって言ってなかった?」
「言ったな。リーザス塔に登り、トラペッタへ。ライラスんちとルイネロのおっさんのところに寄ってからポルトリンクに泊まるって言ってたべ」
「ポルトリンクなんで無理じゃねえか?」
「そうね。トラペッタも怪しいわよ」
「だな。無事にリーザス塔に登れるかどうか……」
「そろそろ昼でがすね……」
ヤンガスの言う通り。お昼ご飯の準備らしき音が、厨房から聞こえてくる。
でもまだエイトとお母さんは話している。
「お母さん、話が長すぎるわ……っと、何するのよ、ククール」
二人の話を止めようとしたあたしを、ククールが制した。
「ゼシカ、入るんじゃねえ。いいか、思い出せ。トロデのおっさんとマダムの話が長いとき、ゼシカが加入すると、更に長くなる。君を交えてはじめからやり直しになるんだ。だからここは静かに待つしかない」
「なるほど。確かにいつも挨拶が長かったな。仕方ねえ。他に策がねえんじゃ、ククールの言う通り、じっと我慢して待つしかねえか」
そうね、藪蛇、ミイラ取りがミイラ、とかそういうことね。
「まあ、策がないわけじゃない。……一番効き目があるのは、屋敷の人間を使わすことだ。何か急いで聞かなきゃいけない用事でも作るんだよ」
「わかったわ!」
あたしはそっとダイニングを抜け、メイドの一人に、ランチの場所を聞きに来るように仕向けた。ランチを断って出かけるタイミングにできるから。まあ、ランチを食べることになっちゃったら、大幅に予定が狂うけど。何もしないよりは、ちょっとはましよね。
すぐにノックの音。
「失礼します奥様、お昼食のご用意はダイニングでよろしいですか?」
「あらあら、つい話しこんでしまって……。ええ、ここで。皆さん、もちろん召し上がって行かれますわよね? そうだわ、是非お泊まりに……」
お母さんがあわててエイトから離れる。
「いえ、マダム。せっかくのお誘いですが、お世話になった方々に挨拶をして回らなければなりません。また……一週間ほど、ゼシカさんをお借りします」
うまいわ、エイト!
エイトは、またここに戻ってくること、トロデーン城にお母さんを招待したいことを告げ、ようやく屋敷を出ることができた。ふう、なんか妙に疲れたわ。
「で、リーザス塔に行くのよね?」
「うん。歩いて行くよ」
あたしたちは村からリーザス塔へ向かう道々、エイトからこのお礼参りについての話、そして「ルーラ禁止」について詳しい話を聞くことに。
「でも、一週間もエイトを外出させていいのかしら。お城、忙しいんでしょ?」
「だよな、なんつったって兵士長におなりあそばしたんだから……」
ククールの軽いからかいに、エイトは困ったような顔をする。
「兵士長っていっても、復興の間だけだよ。勇者とか言われちゃってて、よそから見たらヒラ兵士なんてかっこつかないからね」
「だったら、もっと上位の役職でもよかったんじゃない?」
兵士長なんて、中途半端じゃないの?
「うん、でも、年功序列ってちょっとあるし、僕なんて出所がわからないからね。いくら王と姫と一年以上旅してたといってもさ。トロデーンの人でそれを見ていた人は誰もいないし」
「なんか切ないでげす……」
そうよね、トロデーンの人たちは、石になっている間は何も感じなかったんでしょうから、過ぎた時があったなんて感覚はない。一瞬の時間の経過だけ。
「……で、僕を外に出している間、王と姫が事情をみんなに説明してくれるみたいなんだ。僕がいると話がややこしくなるからって。一週間かけて行って来いって。自分たちの足で、ちゃんとお礼を言って、話を終わらせて来いって」
「話を終わらせる?」
ククールが怪訝な顔をする。そうよね、お礼言うのはいいけれど、終わらせるってどういう事かしら。
「エイトの兄貴? 各所にお礼を言うのはわかりますが、逆にあっしたちが感謝される気がするでげすよ」
「そうよね、リーザスでも大歓迎だったし」
「うん……。まあ、そこはちょっと考え方次第なのかもしれないけど、とにかく、ちゃんと人々に会って、暗黒神を倒した勇者ですかって聞かれたら、そうですって名乗れって。なるべくたくさんの人に会って来いって。だから移動呪文はなしなんだ」
トロデ王の考えもわからなくないわね。世界中が私たちをきちんと認めれば、トロデーンの人だって信じてくれるでしょうから。
「めんどくせーがしょうがねーな」
「もうっ、いつもククールは面倒くさがるんだから!」
あたしは笑いながらククールに文句を言うけど、エイトはすまなそうな顔をした。
「ごめんね、ククール。みんなもさ……引っ張りまわして」
「何をおっしゃいます、エイトの兄貴の助けになることはあっしの本望でげす。謝らねえでくだせえ……おい、ククール、てめえこそが謝れ!」
「なんでだよ、……いてっ、蹴るな、バカ!」
「いいんだよ、ヤン。ククールを蹴らないであげて……」
男3人はごちゃごちゃともめだした。
……あたしたち、暗黒神を倒したのよね。強くなったとはいえ、性格までは変わらない。実は大して成長してないのかも……。
あたしたちは、ときおりケンカを売ってくる魔物に睨みをきかせながら塔へ到着。塔の中でも魔物を適当にあしらいながら頂上へ登った。
エイトさんのマザコンが発動して滞在時間が長くなってしまいました。次はリーザス塔の後、トラペッタにも行きます。