『居どころがわかりました……』
見つかった。ククールが見つかったのだ。
『……絶対に阻止します』
やはり、私は討たれるのか。
弟に。
エイトからの小さな手紙は、水差し底の水分を吸って、徐々に溶けていく。
ククールが、私を討ちに来る。
『絶対に阻止します』
そう書かれた手紙は、私の手の中で姿を消していた。
この手紙を最後に、水差しに手紙がつかなくなった。
「いろいろあるからな……」
口の悪い男は、水差しを手渡しながらある日そんなことを言った。
エイトは手紙を書く機会を失ったということか。
ククール発見で忙しいのだろう。
早く討たれてしまいたい……。
「エイト殿はご多忙か?」
口の悪い男に問う。
男は、奇妙な兜をかぶっているのだが、その兜をボリボリと掻き、ため息をついた。
「ああ、まあそんなところだ。それより早くメシを食ってくれ。俺が困る」
そうか。ではゆっくり時間をかけよう。
「……早くしてくれよ。固くて噛めねえようなもんは入ってないぜ」
「ああ。だが、今日の食事はいつになく美味だ。是非ゆっくり味わいたい」
私はわざとらしく目を閉じて咀嚼してみせる。
「勘弁してくれよ、時間がかかると給金が減る」
「本当か、それは申し訳ない」
あわてて口の中のものを飲み込む。
しかし、口の悪い男は、両手を振ってさえぎった。
「……冗談だ。実は給金以上の問題があってな。俺は少ないが一応魔力がある。あんたみたいに魔力の強い奴はいいが、弱い者にはここの空気は重苦しくて窒息しそうなんだ」
男は、眉をひそめて辺りに目を泳がせた。
そういえば、エイトやトロデ王、姫君は涼しい顔をしていたが、エイトの上司と見える兵士は「早く早く」と急かしていた。そういった事象が起こるのならば、うなずける。魔力に反応して歪みを起こすこの空間。魔力と歪みは相殺することで均衡を保つ。だが、魔力が弱い場合、相殺できずに歪みが勝つのだ。だから歪みによる圧迫感を受けてしまうということだろう。
それはさぞ苦しかろう。
私は流し込むように食事を終え、短く祈り、皿を渡した。
「ふう。じゃあな」
エイトからの手紙が途絶えてから、口の悪い男が、食事の皿とともに、少しずつ情報を伝えてくれるようになった。
ククールが見つかってから1か月が経つ間、短い言葉を読み取った結果、いくつかわかったことがある。
エイトは、対外的な理由で何かと忙しい。
サザンビーク他、サヴェッラを含めた世界中が、ミーティア姫と勇者エイトの婚姻を祝うと表明している。
ククールは、丁重にもてなされ、この城に寝泊まりしている。
この口の悪い男は、勇者の一人だが、私の食事係りとして雇われている。
そして、ここでの会話は王の耳に入っている。
私がトロデーンの牢に投獄されていることは、世界中に知れわたっている。
私の処遇が決まらないため、ミーティア姫とエイトの婚儀が行えない。
私の処刑の前に、婚礼をしてくれと、エイトが王に頼んでいるが、恩赦目的が明白なため、トロデ王は首を縦に振らない……。
ククール捜索は、表向きは婚礼のためだったと言える。だが、エイトは真の目的を知っていたのできちんと探さなかったのではなかろうか。
また、食事係についた男──勇者の一人だが、やはり表向きの採用なのだろう。ククールと連絡をとっている可能性から半強制的に連れて来られたと考えられる。彼が何か知っていれば、必ずエイトに報告するはずだから。
いずれにせよ、ククールはもうこのトロデーンにいるのだ。私の処刑の日もそう遠くない。私が死んで困る者などいないはず。マイエラの中には、少しは悲しむ者がいるかもしれないが、それとて……。
目を閉じれば、騎士団時代に世話になった公爵様や、いろいろな人の顔が浮かぶ。
騎士団……。私の騎士団。マイエラは今、どうなっているのだろうか。
オディロ院長様の前で懺悔がしたい。あのかたの御前で果てたい……。墓を並べることは許されまい。せめて墓土の一部をこの手に持って……。
「マルチェロさん……」
ある日のことだ。久しぶりにエイトがやって来た。
「ヤン……食事係から、マルチェロさんの具合が悪そうだと聞きました」
具合など悪くない、そう言いかけたとき、結界内結界に覆われた。
「特に具合は悪くないが?」
「顔色が悪いですよ」
そうか。そうかもしれないな。
「ククールが見つかりました」
「そうか」
「手紙、あれからつける暇がなくて……」
「手紙……」
手紙のことは秘密ではないのか。ここでの会話は王に筒抜けなのだろう?
私が黙っていると、察したのだろう。エイトが柔らかく微笑んだ。
「結界内結界は大丈夫です。会話は漏れません。外と話すときは、ちょっとだけ窓みたいのを開ける呪文があります。窓を閉じていれば、何をしているのかも、僕がどんな魔法を使ったかも漏れませんよ」
「そうか。では安心だな」
エイトはにっこりとうなずいた。
「……手紙、すぐ気づいてくださってよかったです。それに、黙っててくださって」
「他愛ないことをわざわざ手紙にするのだから、何かあるとは思ったが。紙が溶けたのを見て、確信した」
エイトは、「さすがです」と嬉しそうだ。
「でも結局、たいしたことはお伝えできませんでした。だから、ヤン……食事係のせいにして、今日は来ちゃいました」
「……そうだったのか」
エイトは穏やかな笑みを浮かべ、弱いホイミをかける。
「……ククール、元気ですよ。マルチェロさんのことについては何も言いません。みんなが聞いてくるから、わざとなんでしょうけど」
「そうか」
ククールが見つかれば、エイトと姫君の婚礼もようやく行える。勇者の仲間が参列しないわけにはいかないのだから。だが……。
「……私の処刑が終わらなければ、きみと姫君の婚礼が行えないのだろう? 恩赦を見越して私の釈放など願うべきではない」
「またそんな……」
「……弟と話すことはできないだろうか」
エイトは黒い瞳をやや細め「駄目です」と小さく告げた。
「自分を討つように言うでしょう? 僕は……僕はそんなことさせたくないんです。きょうだいの命を……」
「ゴルドで私は弟を含みきみたちを殺そうとした。きょうだい、などと考えることはなかった」
「でしょうね。あなたの望みが叶う寸前でしたから。でも、僕だってあなたに拳を向けました。ゼシカが止めたんだ。最後の……」
エイトを止めたのは赤毛の娘だったか。
「僕は、どんなことをしても、恩赦にもっていきます」
「反対しているのはトロデ王の他には?」
エイトは首を横にふる。
「大丈夫です。ゼシカの母上に力をかしてもらっています。リーザスは、姫と僕の、一刻も早い婚礼を望みますって。トラペッタもその意向を示しています。国民はもちろん、領地の人たちも婚礼を望む声が大きいですし……」
「サヴェッラは認めんだろう」
「はい。隠しても仕方ないから言いますけど、婚礼を先にするなら、あなたの身柄を渡せと言ってきています」
「……では、そうしてもらえるように、王に進言してはいただけまいか」
「駄目です! そんなことをしたら、あなたの助かる道がなくなります」
「エイト。……私は、もう弟を解放してやりたいのだよ。あれには、ひどいことをしてきた。私は気づかなかった。冷たくすればするほど、あれの心に私を染み込ませてしまったのだ。傷つけてきた日々のやり直しはできないのだ」
「マルチェロさん……」
エイトは手を止め、まっすぐに私の目を見た。
「頼む、エイト。私をサヴェッラへ送ってくれ」
「そんなこと言わないでください……そんなこと……。サヴェッラへなんて……」
エイトは目を伏せ、兵服のほつれに手をやった。そのポケットからオレンジ色の布が見えている。旅をしていた時、髪を押さえていたあの布なのだろう。
「……サヴェッラ……。……あれ、そうか」
「どうしたのだ?」
「わかりました、マルチェロさん! サヴェッラですね、わかりました。……何とかしますから、待ってください。上手く行くかもしれません!」
エイトは、早口でそう言うと、牢から走り去って行った。
エイトさんは何かを思いつきました。次は3章の最終話です。