山小屋
「……どうなんだ? 生きているのか、死んでいるのか?」
身体を揺すられ、そう声をかけられた。
誰だ?
「あんたを連れていけば、50万ゴールドもらえる。死んでたら100万ゴールドだ」
「……」
猿ぐつわはまだ噛まされている。
「おいおい、抵抗しても無駄だ。あんたはなんにもできやしない」
身動きがとれない。全身を何かで固くくるまれている。もちろん、目も見えない。
「まあ、とりあえず命はもう少しとっておいてやるさ。ヒャヒャヒャ……」
下卑た笑い声。山賊か。
──ガラッ!
扉の開く音。誰か来たのか。出て行ったのか……。確かなことは、どこか建物の中にいるということだ。
「よう、早かったな」
山賊らしき人物が声を出す。誰かが入ってきたのだな。ということは、この建物には今、私の他に最低でも二人いる。
──ザクッ!
「何しやが……」
「うるせえ。死んでろ」
──グサッ!
誰かが入ってきて、山賊を斬った。
「……よう……。調子はどうだ? 懸賞金は俺様が頂くぜ?」
剣で山賊を斬った男は、そんなことを言いながら、ずるずると何かを引っ張る。斬った男の始末でもしているんだろう。内輪もめの果てか。
「そっちはどうだ? 死んだか?」
そっち? もう一人いるのか。
「んがが……んふ……んがが……!」
そっちの一人も猿ぐつわを噛まされているのだろう。声にならない声で何かを訴えている。床を蹴っているのか、バンバンと音も出す。
「わめくんじゃねえ!」
「ムグッ……」
蹴ったような音のあと、静かになった。
「マルチェロさんよ、トロデーンのバタバタが終わったら、サヴェッラに連れてってあげますよ」
「……」
剣の男は私を知っている。それにトロデーンのバタバタ? 私の脱獄か、結婚式か。
……蹴られた男は誰だ。
何もわからないまま、数日が過ぎた。さすがに、目隠しと後ろ手の縄以外ははずされ、最低限の生活を与えられた。
「ここはどこなのだ?」
「ああ、ちょっとした山小屋だ」
山小屋か。確かに、朝晩の冷え込みや空気の感じから、ちょっとした山地だとは思っていたが。
「結婚式は終わったのだろうか」
「そのようだぜ。つーか、あんたの脱獄は、結婚式真っ最中だったからな」
「私を脱獄させたのはあなたか?」
「いや。あっちの兄ちゃんだ」
とらえられている男か。
「その人は誰なのだ?」
「さあな。だが、あんたならよくわかってるんじゃねえの? 俺様は、あんたをずっと付け狙ってた。懸賞金がハンパねえからな。悪く思うなよ」
それから更に数日経つが、剣の男はなかなか私をサヴェッラに連れて行かない。
「懸賞金の上がるのを待っているのか?」
ある日、そう問うてみる。
この日、男は機嫌がよく、私にも酒を飲ませ、ぺらぺらとよく喋った。
「そうだな。あんたにかかっていたのは50万ゴールド。死んだら100万ゴールドだったが、生きていても100万ゴールドに跳ね上がった。死んだら200万、てのを待っている」
200万か。大金だ。
「死んだほうが価値が上がるとは、喜んでよいのかわからんな」
「全くだ。あんた、ろくでもない大物だな」
「死ぬときは、剣で一気に殺っていただけないだろうか」
「ああ。そうしてやると思うぜ」
「……死ぬのはいいが、死に損ないは苦しそうだ」
「だろうな。あんた、この前、俺様の腹痛を治してくれたから、なるべく苦しまないようにしてやるぜ。ところで、あんた医者か?」
数日前、剣の男は急な激痛を訴えた。胃が荒れているのにも構わず、酒を大量に飲んだせいだ。医者でなくともわかることだ。
「……いや、あの腹痛は、酒の飲み過ぎだ。同じ痛みが来たら、薬湯を飲むといい。痛くなくても10日に1日は酒を控えてあの薬湯を飲むと、あそこまで痛くならないはずだ。それから、飲む前やツマミにチーズなどの乳製品をとるといい。あなたは胃が弱そうだ」
「そうかい」
剣の男は、その後もサヴェッラには連れて行かず、薬湯、薬草などの話を聞きたがった。
ある日のこと。
「火傷なんだが……」
「あなたが?」
「いや。知り合いの子どもで、背中から熱湯をかぶったらしい」
私は応急処置の方法と数種類の薬草を教えた。剣の男は急いで出て行く。
本当は、治癒呪文を唱えてやりたいところだが、出歩くことはできない。それに、私の回復魔力では限界がある。回復術に長けたあの騎士団員なら……。ククールかエイトでも……。
「死んだ……」
剣の男が戻ってきた。
「間に合わなかった……! くそっ! あのヤブ医者!」
火傷は時間が経つと治りにくい。子どもだったと言うし、火傷の範囲が広ければ尚更だ。
「なあ、あんただったら、治せたか?」
「私か? さあ、状況を見てみなくてはわからん。治せた、とは言えないが、湯をかぶったあとすぐにぬるま湯につけ、徐々に冷たい水に浸すようにして着衣をはがし、その上で火傷の広さと深さを見ないと判断つかん。人の皮膚は呼吸をしている。表皮の30%以上の皮膚が駄目になっていれば危険だ」
「ちくしょう……。あの医者、冷水ぶっかけて衣類を無理やりはがし、火傷が広がらないようにって、皮膚を切りやがった。ガキは痛くて暴れまわってよ。そのうちばったり倒れて抵抗しなくなって、医者が消毒しているうちに死んだ」
男は、死んだ、ちくしょう、と繰り返し、辺りにあるものをめちゃくちゃに投げ始めた。
最悪の手当てだ。衣類は絶対に無理に剥がしてはいけない。無事な組織までが失われてしまう。子どもが意識を失ったのは、恐らくは火傷と皮膚を切った痛みによるショック症状。消毒など何の意味もない。
男は葬式に行くと出かけ、その日は夜になっても帰って来なかった。
深夜だろうか、乱暴に小屋の戸をこじ開ける音がした。
「貴様か! わしを侮辱するようなことを吹き込んだのは! どこの医者だ!」
声の方へ顔を向ける。
「……殺してやる……。わしは、わしは貴様のせいで終わりだ! どうしてくれるっ! お前か! それともこっちか!」
チャッ、という音。小刀か。
剣の男はいない。刺客は剣の男の言う『ヤブ医者』だろう。小刀では致命傷は与えられない。的確に急所を刺されれば別だが。私は目が見えないが、この者の技量は気配でわかる。大したことはない、いや、まったくの素人。小刀も医療用の小さなものであろう。大きなハサミなどでなくて良かった。
私は縄で柱に繋がれている。目も見えず、手も使えない。だが足は自由だ。近づいたら蹴り飛ばす準備はできている。柱に繋がれている縄も、実は非常にゆるく、後ろ手でも外せるようになっている。目が見えないのだから、逃亡の恐れはないとしてのことだ。私は立ち上がってすばやく縄目をほどいた。
医者は私の方へ近づいてくる。一歩進み出ようとしたその時。
「んぐぁーーー!」
猿ぐつわの男が突然叫び、こちらへ突進してきた。
「うわーっ!」
医者は派手に転び、今度は猿ぐつわの男に向かって行ったようだ。
「……げ……。逃げろ!」
猿ぐつわが外れたのか、男が叫ぶ。
ズシャッ!
小刀が誰かのどこかに刺さった音。と同時に誰かの叫ぶ声、そして爆風。
私の目隠しが外れる。
小屋の中は、物が乱れ飛び、埃で何も見えない。一緒につかまっている男の姿を確認したいのだが、飛び交っている物を避けるだけで精いっぱいだ。
爆風はなかなかおさまらない。おさまらないどころか、どんどん強くなっていく。そして、小物だけでなく、椅子やらテーブルやら、大きな家具までが吹き飛ばされ始めた。大きなタンスが私をかすめ、すぐ近くの壁に激突する、するとその衝撃で壁に大きな穴が開き、医者はそこから吹き飛ばされた。
「あんたも逃げろ!」
私は、逃げるまでもなく、同じ穴から爆風に乗って飛ばされた。
なんだったのだ。
私は一人、山中に投げ出されていた。
賞金稼ぎにつかまってしまったマルチェロ。偶然不思議な事が起こり、小屋から脱出できました。