「これでは、歩けんな……」
とらえられていた小屋から脱出できたものの、手は後ろで縛られたまま、着衣もぼろぼろだ。足は裸足、武器もゴールドもない。目隠しは外れたままで、今は私の首元にある。
日の出を待つしかない。まず手が自由にならなければ何もできない。
なんとか風をよけられそうな大きな岩の陰に座る。夜明けまであとどのくらいだろうか。足元から冷えてくる。こんな状態で魔物に襲われでもしたらかなわない。私は気配を殺し、じっと夜の明けるのを待った。
だんだん明るくなる。気温もゆっくりと上がってきた。私は、なにかとがったものでもないかと、立ち上がってあたりを探した。
木の幹に短く生えている木の枝が目に入る。これならば高さもちょうど良い。私は手を縛っている縄だか紐だかをあてがった。後ろ手で見えないが、結び目にうまく枝先でも入ってくれれば、そこからほどけるかもしれないと思ったからだ。だが、物事はそんなに上手く行くはずもなく。結び目はするりするりと枝を避ける。
次に私は鋭利な角を持つ石を探した。何度もこすり付けていれば、繊維が断ち切れていくかもしれないと思ったからだ。私は、手ごろな岩を見つけ、ごしごしと角にこすりつけた。その間、一緒にとらえられていたあの男のことを考える。「逃げろ」と言ったあの声、ククールではないのか。せっぱつまってはいたが、ククールの声に似ていた。他の物音に邪魔され、よく聞き取れなかったが。あの男もどこかに吹き飛ばされているのだろうか。
剣の男は、私にあの男と口をきかない様に念を押していた。話しかけたところで、あの男は猿轡をはめられている。なんの返事もできまいが。
……あの男がトロデーンから私を出した。あの男、ククールではないのか……。他に考えられないが、私の脱獄は結婚式真っ最中だと言った。ククールが仲間の結婚式に参列しないはずがない。では誰が……。
!
気配に身構える。
「探したぜ……」
これは剣の男。とっさに振り返ろうとしたが、本能が見るなと言った。頸動脈に剣先が当たる。
「おっと……。静かにな」
男は背後につき、首まで下がっていた布を持ち上げる。布はまた私の視界を闇にした。
「……不思議な布だな。勝手に締まったぜ。……こっちも大丈夫みたいだな」
手を縛っている布も確認する。
やはり剣の男は私を探しに来たのか。またこの男の支配下に入ることになるのか。
「殺せ。100万ゴールドでよいではないか。殺さぬのなら、今すぐにサヴェッラへ一緒に飛んでやるぞ?」
「そりゃ無理な相談だ。なんたって俺様はお尋ね者。サヴェッラなんて殺されたって行きたくねえぜ」
男は、そう言いながら肩をきつく掴む。
「俺様は、勇者とは無関係で一人者の前科のない奴を探し、懸賞金を分けてやろうと思ってるのさ。だがなかなか勇者さまは顔がお広いようでな。滅多に人に声をかけられねえ。で、偶然幼なじみの野郎に会ってよ、あいつ勇者なんて知らねえって言うから、仕事手伝わせてやることにしたのに、取り分をもっと寄越せとか言い出しやがって」
「あの山賊のような男か。それで殺したのか」
「それだけじゃねえ。俺様も一緒に売ろうとしやがった。だから殺した」
「そうか。悪いことはできんな」
「あんたがそんなこと言うなんてな。面白いぜ」
剣の男はゲラゲラ笑った。
男は私を立たせた。
「あの小屋、あいつが直すって言ってたぜ。あいつの家だからな」
あいつの家? やはりあいつとはククールではないのか。あれが定住することなど考えられんが。
私は男に連れられ、再び山道を進む。
やがてトントンと板を打つ音が聞こえてきた。あの山小屋に戻ってきたのだな。
「サボるなよ」
剣の男はそう言うと、私を連れて小屋へ入る。
「あいつのネジロだったみたいだな。もっとも、その前にも住民がいたようだが」
「前の住民は?」
「知るかよ。俺様はさっきも言ったが、キレイな身元の奴を探し歩いていて、ここを見つけたんだ。あいつは俺がノックをする前に、急に出て行っちまってな。だからここであいつを待っていたってわけだ」
男は茶を煎れる。
「で、あんたの動向を探っていたら、驚くじゃねえか、あの男があんたをトロデーンから脱獄させた。俺様はあわてて小屋に戻った。絶対ここへ来るって確信があったからな。幼なじみと会ったのはその道中さ。
……小屋で待ってたら案の定、戻ってきた。あんたたち、ズタボロだったな。で、俺様と幼なじみはあんたたちを監禁したってわけだ」
「周到な用意だけでなく、運も味方したということか」
「まあな。だがあいつを殺っちまったから、サヴェッラへ行かれる奴がいない」
「そこが問題だな」
「……私は大罪人だ。あの医者も仕返しにまたやって来るだろう。あなたの身も安全とは言えん」
「医者は来ない」
「……殺したのか?」
「まあな。ここへ戻ってきたら、家はボロボロ、家の中にあんたはいねえし、猿ぐつわの兄ちゃんは家具の下敷きになってるし、何が起こったのかさっぱりわからねえ。そのうち例の医者がやってきてわけのわからねえことをほざいていやがったから殺した」
男は私にも茶を飲ませる。
「そうか。だが、私がここにいることはいずれわかる。脱獄犯なのだから。軍隊を殺すのは難儀だぞ」
「あんた、面白い奴だな。法皇なんてもったいない」
「いや、冗談ではない。トロデーン軍もサヴェッラも捜索隊を出しているだろう。懸賞金が出ているのだから、あなたの知り合いが調べに来るかもしれないぞ。それに、もしそこにいる男が、軍隊を攻撃したりしたら、あなたも私の仲間と思われ、一緒に煉獄島送りだ」
「それは困るな」
剣の男は、おかしそうに笑い、茶のおかわりを作る。
「一つ聞きたい。私を脱獄させたのは間違いなくあの男なのか?」
「そうさ」
「彼は誰なのだ?」
「さあな。俺様はあんたのことはいろいろ調べたが、あの男のことは知らん。大方、俺様と同じで、賞金目当ての賊だろうよ」
賊? いや、違う。賊がトロデーンの城壁を打ち崩すほどの力は持っていまい。破壊力のある爆薬ならば可能だろうが、火薬の臭いなどしなかった。おそらくは、相当な魔力の持ち主だ。それに地下牢に転がってきた大量のあやかし玉。おもちゃのあやかし玉を改造した物だろう。改造は子供でもできることだが、閃光をこめるとなると、特殊な魔法が必要だ。衝撃を受けて光るように……または外気と触れることで発光するように。いたずら好きの子供と、魔力の強い者でも揃わないことには簡単に作れまい。
私を助けたのがククールならば、どうやって私を脱獄させたのか。剣の男は、脱獄は結婚式の最中だと言ったが、正しくない。私の移送はおそらく早朝だったはず。式よりも前だ。牢から脱出し、この小屋へ連れてこられ、眠らされていたのではないだろうか。その後、ククールは結婚式に参列したのではないだろうか。まさか、参列していないとでも。
いや、いくら考えた所で、もう済んだことだ。私は脱獄し、脱獄をさせた誰かと一緒に、男に監禁されている。トロデーンのミーティア姫と勇者エイトの結婚式はとりおこなわれた。
もう、私のことなど、世間は関心を持っていないだろう。大罪人が野放しなど、いくらでもあることだ。それよりも、若き勇者と麗しの王女の結婚の方が明るく、希望のある話ではないか。
「その賊を解放してはどうなのだ?」
「あ? ……アホか、あんた」
「いや、その賊と懸賞金を分ければよいではないかと」
「ああ……。まあな……」
剣の男は思案を始めた。
もし、あの男がククールならば、縄を解かれれば状況が変わる。ククールは私を助けようとするはずだ。私の手が自由になれば、サヴェッラに飛ぶことができよう。キメラのつばさは隠し持っている……。
「あの兄ちゃんの身元を調査するか……いや、その前に。あんたの弟はどこへ行った?」
「弟?」
私と一緒にとらえられているのは、ククールではないのか。
「……さて。わかりませんな。結婚式には出たのでしょう。ゴルド崩壊以来会っておりませんからな」
少し嘘を言った。だが、男は何か尋ねてくることもなく再び黙る。
怪しんだだろうか。会っていないなどと。
「あんたを探しているだろうな」
「さあ。賞金目当てならば、そうだろう」
「どんな男なんだ? 勇者の仲間だろ」
「同じ修道院で育った。敬愛する院長様を殺した犯人を勇者も追っていたため、弟に同行するように言ったのだ。歳は20歳くらいだ。修道院時代は、剣と弓が得意だった。魔法も使える」
「そうか。で、あんたは出世の道具に弟らを煉獄島へおくったんだよな」
「良く知っているのだな」
「そしてゴルドで殺されかかった」
「その通りだ」
「暗黒神とやらが消えた後、あんたはトロデーンにとらえられ、脱獄した」
「ご覧の通り」
「あの男は、あんたの弟じゃねえよ」
「そうだろうな。弟ならば、このような縄はすぐに解き、とっくに逃亡しているはず」
「いや、あんたを助けるさ」
「そうだとしても、私には関係ない」
「関係ない?」
「ああ。別に話すこともないし、あれに助けられても、共に生きるつもりもない」
剣の男との会話、ククールらしき男は聞いているだろうか。弟と共に生きるつもりはないと。
「なら、一人でも逃げるのか?」
「そうだな。サヴェッラへ行くつもりだったが、今日まで追っ手が来ないということは、案外、逃げのびることができそうだ」
剣の男は、「へえ、そうかい」と言って、再び押し黙った。
脱出したりまたつかまったりと落ち着きがありません。一緒に捕らえられている人がだれだかわからないまま、次へ進みます。