「……おい……マルチェロさんよ、いるんだろ?」
ある日のことだった。
「どなたかね」
剣の男は外出しており、私も、一緒にとらえられている男も、逃げ出せないように例によって縄でくくりつけられていた。
昼を少し過ぎた頃だろう。猿ぐつわの男の腹が空腹を派手に表現していた。そういえばこの男、ずっと食事をしていない。体力も相当落ちているだろう。脱獄してもう何日もたつ。
「村の者だよ。火傷の子を助けられなかった医者のことを知っている」
「……」
例の医者の知り合いか。厄介なことにならねばよいが。
「なあ、助けてやろうか」
「……助ける? 私をか?」
「ああ。もうすぐみんなであいつを狩りにくる」
あいつとは、剣の男のことだ。
「なぜだね」
「あいつ、医者のときもそうだが、余所者のくせにあれこれでしゃばって来て、みんな怒っている」
「そうか。だが私は、彼に衣食住を与えられている。理由はどうであれ、養われている身だ。働きもせず生活できるのはありがたいのだよ」
私がそう答えると、村人はいささか不満そうな声を出した。
剣の男に味方するつもりはないが、少しの身の不自由以外には特に危害を加えられていないのだ。まあ、いつまでもこうしているわけにもいかないのだが。
「……んげお……がぎ……!」
「誰だ、こいつは?」
猿ぐつわの男が何か言っている。
「さあ。何しろ私はずっと目隠しされていますから」
「あんたの弟じゃねえのか?」
この村人はククールのことを知らないようだ。
「見てみるまでわかりませんな」
目隠しを外してくれるだろうか。
「もし弟ならどうする?」
「特に何も」
私は用意していた言葉を口にした。
「そうかい。じゃあ……」
村人は目隠しではなく、縛られた後ろ手に手を伸ばした。
「うわっ!」
「うっ……」
ビリビリとした刺激が全身を走った。
「なんだ今のは!」
村人はびっくりして飛び退いたようだ。
「わからん。ひどい痺れだ」
「痺れ? 痺れどころか……雷にうたれのかと思ったぜ」
村人の言う通りだった。無論、雷にうたれたことはないが、全身を一瞬で何かが駆けめぐった感覚。通り過ぎたあとは、ビリビリした痛みが皮膚の下で少しの間とどまった。
「そこの男は何ともないのか?」
私が顎で示すと、村人は様子を見に行ったようだ。
「……少し嫌そうな顔をしているぜ。だが、何ともなさそうだ。とりあえずこいつの猿ぐつわを外してやるか……でもどうして自分で外さないんだ。手は自由だろうに……うわっ!」
「ぐがっ!」
悲痛な叫びが上がった。
「……くそっ。またビリビリきやがった」
とらえられている男も、身悶えているようだ。声にならない声がしている。
「何だってんだ……。あんたわかるか?」
「私も少し痺れた。先ほどよりはずいぶんましだが。……確実なことは言えないが、私の手とその男の猿ぐつわには魔法がかけられているのだろう」
それ以外考えられん。
「じゃあ……なんだ、簡単に言えば、外せねえってことか」
「だろうな」
剣の男がしたことだろうか。
だとすれば、相当な魔力の持ち主だろう。
「目を……目隠しをはずしてくれないか。これは以前はずれたことがある。その際、今のようなビリビリはなかった」
爆風で小屋が半壊したとき、確かに目隠しが外れた。その時は何もなかったのだから、大丈夫だろう。もし万一痺れがきても、ただ痺れるだけだ。命まで奪われることはないはず。
ところが、村人はフンと鼻で笑った。
「駄目だね。たとえビリビリがこなくても、あんたに顔を見られたくない。……こっちの奴にはすでに見られているしな」
それももっともな話だ。
「では、このままでよい。連れて行ってくれ」
「いいぜ。はじめからあんた一人のつもりだったからな。もう一人は置いていく。そいつには、顔を見られているからな。あんたには早速病人を診てもらう」
「構わんが、私が言えるのは、治し方と薬草の効能くらいだ。手を縛られていては、呪文が効かない」
村人は、それでもいいぜ、と言い、私を立たせた。
ザクリと縄が切れる音。この家と繋がっていた縄が外された。
「行くぜ」
「ああ」
「……」
小屋に一人残るのは、ククールだと思った男。
「……すまんな。私をトロデーンから出してくれたのに。今の私では、共にここを出ることはできん」
「……」
男が声を発することはなかった。諦めたのだろうか。
私がいなくなれば、彼はお役御免で解放されるだろう。または、私を探し、捕らえ、の繰り返しだろうか。
ともかく、病人がいるのであれば放ってもおけまい。
彼がククールだという確信はないのだから。
「さあ、連れて行ってくれ」
こうして私は、数日を過ごした山小屋から出ることとなった。
* * * * *
「病人はどんな様子なのだ?」
「ああ。……呼んでも返事がない。全くの寝たきりになっちまった」
山道をゆっくり下りる。村人はあたりを警戒しているような様子だ。
「例の医者はもういないのだろう? 他に医者はいないのか?」
「あの医者、ろくな治療もできねえくせにゴールドばかり巻き上げやがった。火傷の子どもが死んだあの晩、どこかへトンズラしたんだろう。それっきりさ。他に医者はいない」
だんだん足元の斜面が緩やかになってきた。村のあるふもとへ降りてきたのだろう。
「さあ、ここだ。俺の家だ」
村人に促されるまま、家に入る。
私は小さな部屋に通され、予想通り、柱か何かと縄で繋がれた。
「そういや……あんたの目隠しと腕と、小屋にいた兄ちゃんの猿ぐつわは、同じ布を使っているようだったぜ」
「布?」
「ああ。オレンジ色のありふれた布だ」
布か。一方を外そうとして、もう一方に弱いながら同じ症状が現れたから、同じ魔法がかかっているのだろう。魔法をかけたのは剣の男なのか。だが、目隠しにビリビリはこなかった。腕の布と猿ぐつわは相互に作用するように魔法がかかっているのだろう。剣の男は、医者が殴り込みにやって来た日、爆風で外に飛ばされた時、外れた目隠しを直そうとして、この布に触れた。「勝手に締まった」と言っていた。目隠しはまた別の魔法がかかっているのだろうか。
私の目隠しと腕の布はトロデーンでつけられたもの。同じものをあの男が持っているというのは考えにくい。私とあのククールかも知れない男を捕らえてから、わざわざ付け直し、魔法をかけたのか。もしそうであれば、なぜ気づかなかったのだろう。気でも失っていたのだろうか。いや、剣の男は目隠しの魔法が分からなかったのだから、剣の男が魔法をかけたという可能性は低い。
では誰が。
いや、考えた所でどうせわかるまい。誰か魔力の強いものが、私とククールらしき男に魔法のかかった布をつけた。それだけが事実。誰が術をかけたかなど、当て推量でしかない。自力で外す道を模索するしかない。幸い、するべきことが少ないようなので、考える時間は多くある。
「今は抜け道をつかったが、あんたを昼間っから連れ歩くのはやっぱり危険だな。病人のところへ行くのは夜だ。その病人は寝たきりだから仕方がないが、他の奴らはここへ来てもらうようにするから、今日の所は夜まで静かにしていてくれ。俺は山で薬草を採ってくる」
「わかった。なるべくたくさんの種類を頼む……」
村人は、基本的な薬草の効能は分かっているようで、話が早かった。薬を作る道具も持っていた。もともとそういった仕事をしていたのだろう。どんなクスリを作っていたのかは知らないが。
私は連れてこられたこの家で、しばらくの間、医者の真似事をして過ごすことになった。
山小屋に残された謎の男のことを気にしつつも、病人を放っておけないマルチェロなのでした。次もこの村人の家にいます。