村の男は、やはり薬を作っては村人たちに売っていたようだった。男の家には毎日のように患者がやってくる。
「……では、痛みの症状が変わらないということですかな?」
「ええ。表面の傷はかなり綺麗になりましたが、内側の痛みが変わりません」
「では、打ち身に効く薬草で膏薬を作ります。お待ちください」
私は目隠しのまま、扉を隔てた場所で診察を行っていた。なるべく詳しく問診するのだが、やはり見えないということが支障になっている。患者は一つの病や怪我で何度も足を運ばねばならなかった。
「……よし、混ざったぜ」
「いやに早いな。繊維が残らぬように潰したのか? 葉の組織を細かくしなければ、薬効は薄れる。また、混合をおろそかにすれば、薬にムラができ、場合によってはかぶれたりするのだぞ」
私を連れてきた村の男は、初めのうちは私の言う通り真面目に薬を作っていたが、どうも最近サボり癖がついたのか、いい加減に調合することが感じられるようになった。
「ってるよ……細けえな……」
ガリガリと薬草を潰す音が投げやりだ。
薬を作る作業だけでも私がやりたいが、後ろ手の枷がはずせないからそれもできない。
「……で、お次は熱だってよ、先生さま」
「うむ、熱か。いつからかですかな」
「4日になります。2日前も同じお話をしました。喉が痛いと言います。熱も下がりません」
2日前に同じ話……。
「……たしか、5歳の男の子さんでしたな。薬を飲み、水分をとっても変わらぬということですかな? 他に痛みはありますか?」
「喉の他はないですが、水分をとるのをいやがります。舌と全身にぷつぷつと赤い発疹があります」
赤い発疹。しょうこう熱か。
「話はできますか?」
「はい。ただ、何しろ喉を痛がって機嫌が悪いです。それに、赤ん坊も同じ症状が……」
しょうこう熱は、体力のある普通の者ならば、死ぬような病ではないが、子ども……特に赤ん坊は危険だ。薬だけでもすぐに変えねばならない。だが、今ここにある薬草ではできない。
手が自由ならば……。
患者に少し待つように言い、村の男を呼ぶ。
「特殊な薬が必要だ。……外出できないだろうか。夜でいい。お前さんの顔は絶対見ないから、行った先で目隠しをはずしてはくれぬか」
「ダメだね。俺が採ってくる。どんな薬草だ?」
「私の故郷に生息している。それにただ薬草をとるだけでは駄目だ。特殊な加工が必要なのだ」
ただ煎じて飲めばよいというものではない。他の薬効成分と混ぜ合わせたり、熱したりしなくてはならない。それに、薬草の説明も難しい。マイエラ修道院の薬草畑にはあるはずだが、あまり近寄るわけにもいくまい。自生している薬草を探すのは難儀だ。しかし私の手と目が自由ならば、夜であっても探すことはできるだろう。この男だけでは無理だ。
「駄目だ。俺が採ってきてここで加工する」
「そんな暇はない! 早く赤ん坊に処置をしなければ別の病になる可能性もある。薬が作れぬのなら、強い治癒魔術の使える者をここへ……」
男は不満げに舌打ちし、再び患者の元へ行く。何か話しているようだが、すぐに声がしなくなる。患者をどこかへ連れて行ったのか? まさか、帰したのでは……。
沈黙の中、しばらく待っていた。
すると、順番を待っている患者の話し声が聞こえてきた。
目が見えないと、自然と耳がよくなるようだ。
「……? 2000ゴールドですって?」
「そうなのよ。あの先生の見立ては確かだったし、薬が効いたのよね。仕方なかったわ」
「わしは5000ゴールドじゃった。咳がぴたりと止まったからのう。今日は先生にほれ、木の実の差し入れじゃよ」
「私、5000ゴールドなんて払えないわ。それに、もっと症状が重いし……」
5000ゴールドと言った老人……記憶がある。しかしあれは季節性の咳の症状だ。5000ゴールドなどおかしい。もしあの老人が貴族か大富豪だとしても、5000ゴールドはとりすぎだ。ぼっても800ゴールドくらいだろう。一般の患者なら100ゴールドが妥当だ。
あの男、私をだしに、商売をしている。そんな予想はしていたが、荒稼ぎにもほどがある。許せん。……だが、どうしようもない。
「……すまねえな、薬草切れだ。また明日来てくれ。俺はこれからまた山に入る」
男の声がしたと思ったら、待合所のあたりがざわつき、そして静かになった。
がらりと扉が開く。
「マルチェロさんよ、お疲れさん。ちょっと薬が切れてね。採って来らあ」
「そうか。……さっきの熱の子どもはどうするのだ?」
「……ああ。薬が用意できしだい、届けると言ったが?」
「あれは特殊な薬だ」
男は、ため息をつく。どうする気もないのか。
「別に死にはしねえんだろ?」
「しょうこう熱で死ぬことはないが、赤ん坊では他の病になる確率が高い」
「助からねえ命もあるさ」
「何を言う。すぐに手当てすれば綺麗に治るのだ」
──ドガッ!
蹴られた。
「うるせえな。偉そうに。あんたただの囚人だろうが」
「そうだ。その囚人を利用して儲けているとは、お前さんは大した極悪人だな」
私の言葉に、男は黙ったようだ。
「……よく考えてみろ、姿を見せない医者、よく効く薬、法外な値段……噂はすぐに広まるぞ。これを機会に少し消えた方がいい。サヴェッラは私を探しているのだ。ここで私と一緒にいれば、すぐに捕まる」
「……」
「それに、口もきけなくなった患者はどうした? 私をあの山小屋から連れ出す口実だったのか?」
私を連れ出した日の夜に訪れるはずだったが、この男は一度もその患者の所へ連れて行かない。
「……あいつは死んだよ。あんたをここへ連れて来た日、様子を見に行ったらもう死んでいた」
「そうか……」
「仕方ねえさ。助からねえ命もある。……俺の兄貴だった」
「……」
「兄貴の世話をしていた女が後の始末をしてくれるっていうから、俺はここへ戻ってきた。葬式を出してやるゴールドもない。墓守に渡すゴールドを渡せたくらいで、他には何もできなかった」
「……」
「まあ、あんたの言う通り、少し静かに営業するよ。たくさん薬草採ってきて、薬代も下げる。……5000ゴールドとったあのじじいは、いけすかない地主なんだ。貧乏人からはとらねえよ」
「そうか。……だが、しょうこう熱の赤ん坊は、普通の薬では駄目なのだ」
「あんたの手が使えればな。魔法だってできるんだろ?」
「……しょうこう熱は私では治せんよ。症状を和らげる呪文くらいしかできない」
「あんたに治せないなら、大抵の医者は駄目だろう?」
「いや、呪文や薬は特殊だが、医療の世界では一般的だ。薬に関しては、各方面で作り方は門外不出。購入の際に値がはる。魔術も万能ではない。正しく使わないと命にかかわる」
「んだそりゃ。他に手だてはねえのか」
「マイエラ修道院に医術に長けた団員がいるが……その者ならおそらく」
ゴルドから救出されていればマイエラにいる。だがマイエラは今、サヴェッラの強い監視下にあるはず。
この男が患者をそこへ連れて行ったとしても、詳しく身元を調べられ、面倒なことになりかねない。私が捕らわれるのは良いが、すぐに治療にかかれるかどうか。いや、あの団員が修道院に戻っているか確実ではないのだ……。……他に治癒魔術のできる者……。
「……いるぞ。治癒魔術のできる者。もしあの男が……」
ククールならば。
作者は医療関係者ではありませんので、そのへんご了承ください。次は、山小屋に残してきた猿ぐつわの男がやってきます。