「サーベルト兄さん……」
リーザス塔のてっぺん、リーザス像の前でゼシカが祈る。オレも感謝の詩編を紡いだ。
ん?
「えっ? ゼシカもういいの?」
エイトが驚いたのも無理はない。
リーザス塔のてっぺんは、サーベルトがドルマゲスに殺された場所だ。ゼシカは大抵小一時間は泣いて兄との思い出を語る……。それが今日はまだ10分と経っていないのに、もう立ち上がってドレスの裾をなおしている。
「ええ。兄さんは、わかってるわ。あたしが何をしてきたか。ちゃんとね」
ゼシカは、どこか吹っ切れたような表情だ。リーザス像に向けた笑顔にも余裕がある。
「そう……ゼシカ、ゼシカってやっぱりすごいや。僕たちパーティーの中で最強だよ」
エイトも眩しそうにゼシカを見る。
「やだ、エイトったら……。最強だなんて……」
「いや、嬢ちゃん、間違いねえ。嬢ちゃんが最強だぜ」
ヤンガスもうんうんとうなずく。
「だな。一番強くなった。さすがゲルダ姐さんの妹分だ」
「えっ? 妹分? そうなの?」
「やだ、違うわよ」
「じゃあ、あれだな、ラジュ仕込みでほぼニンフになりかかってるとか……」
「もう、ククールのバカ! そんなわけないじゃない」
オレたちは、そんな冗談を言いながら、次にトラペッタを目指す。ゼシカの泣きがなかったから、遅れを取り戻せそうだ。
「あー、なんかハラ減ったな。トラペッタじゃ上手いものなさそうだが?」
「うーん。酒場のおつまみは美味しいけど、昼間やってないしなあ」
エイトが先頭で、村に入った。
トラペッタの入り口はでかい木の扉。隙間もなく、まるで異世界への入り口だ。おまけに村全体が壁に囲まれていて、オレは好きになれない。なんて言うか、風通しが悪く見える。
中に入ってしまえば、こぢんまりしてはいるが、なかなか快適な村なんだが。
オレはトラペッタは数回しか訪れていないが、話はよく聞いたな。まだエイトとヤンガスの二人パーティーだった頃のこと。
トロデのおっさんが魔物に間違えられ、いや、あのときは確かに魔物だったんだから仕方がなかったんだろうが、村人に石投げられて追い出されたって話。
馬姫さまが果敢にもおっさんをかばったってんだから、泣かせるぜ。
「まずはライラスさんに報告して、ルイネロさんのところへ行こう。トラペッタはかなりの人がトロデーン復興の手伝いに来てくれてるから、みんな僕たちのこと知ってるし、そんなに丁寧に挨拶しなくてもいいよ。ルイネロさんに会ったら、もうポルトリンク行っちゃおう」
「あら、ずいぶん駆け足ね」
エイトは、うん、と曖昧に返事をし、消しかすになっている元ライラス邸へ向かった。
「……もう、終わりました。何もかも。ライラスさんの魂が穏やかにお休みできますように……」
エイトは静かにそう言った。
オレも祈りの言葉を捧げる。
「じゃ、行こう」
なんだよ、せっかちな奴だな。
オレはちょっとだけ詩編をはしょった。早足で後を追う。
住宅の建ち並ぶ最奥にルイネロの家はある。井戸が目印だ。
ルイネロのおっさんは留守だった。
「……でもすぐ戻りますから、少し待ってください。……あの、エイトさんたちは、あの暗黒の神を倒して下さったのですよね? お父さんも言ってました。エイトさんたちなら、必ずこの世界を救ってくれるって。私の占いにも、皆さんが輝く大きな翼に乗り、空を舞いながら邪悪に打ち勝つ姿がはっきり……」
出迎えてくれた娘のユリマちゃん。相変わらずかわいいぜ。オレたちの戦う姿が見えたなんて、すげーな。
「ユリマ嬢、本当に? オレたちの姿が?」
「ええ。岩のような強さ、不思議な魔法の力、天の癒し……そして、人でも魔物でもない、人智を超えた未知の力がすべてを包んでいました。その未知の力は、他の3つの力を励まし、更に力を得、邪悪を消し去る力を持っておりました……」
「すごいわ……ユリマちゃん」
「おお! ……しかし俺にはよくわからねえ……兄貴はどうです?」
「えっ? あ、うん。……抽象的な表現て僕苦手だけど、なんか僕たちすごくカッコ良かったのかなって」
「そうでがすね!」
なんて盛り上がっていると、この家の主、ルイネロのおっさんが戻ってきた。
「おお、勇者どの!」
おっさんはオレたちを熱烈歓迎し、宴だ、と言っていきなり酒を並べ始めた。
「お父さん、昼間からだめよ!」
「よいではないか、ユリマ。勇者どのがやって来るのが見えたのだ。早く支度を!」
ルイネロのおっさんによれば、今朝から水晶玉が騒がしく、来たるべき客人に最大のもてなしをせよ、と占いに出たのだと言う。
「それでこんなに……」
エイトは買い物の荷解きを手伝い、ユリマ嬢と一緒に食材を台所に運ぶ。
「おい、おっさん、好意はありがてえが、その、そんなに稼いでるわけじゃねえだろ?」
ヤンガスが微妙に心配する。
さすが同じようなヤクザな商売をしているヤンガスだ。
「心配いらんよ。あれから、占いが繁盛してな」
おっさんはヤンガスの言葉も意に介さず、ガチャガチャとテーブルの用意をする。
「……お父さん、暗黒の城が空に浮いてから、『願掛け』だって、お酒を控えていたんです。……でもだからって昼間から……」
ユリマ嬢はさかんに「昼間から」を口にする。
それでも、ユリマ嬢も交え、昼間から宴が始まった。
「なんか、結局宴会ばっかだな」
オレは軽めの白ワインを開ける。昼間から、だからな。軽くしとかねえと。
「ホントね、旅の間もずーっと飲んだくれだったし」
「ひでえな、ゼシカ。飲んだくれって言うなよ。トロデのおっさんとトゲトゲだけだろう? オレはほとんど酔わねえし、リーダーはちょっとしか飲めねえし。この旅で一番強くなったハニー、君は酒も強くなったんだな」
「なによそれ、嬉しくないわよ」
「そんなことを言って、ずいぶん甘口ワインがすすんでいるようですが、お嬢さん?」
ふん! と横を向くゼシカ。そういえば、ゼシカはそんなに飲んだところを見たことがないが、酔っぱらったりしねえな。若いくせに適量を知っている。相当なツワモノっぽいぞ。
ユリマ嬢が心配そうな顔をしている横で、ルイネロのおっさんはヤンガスを相手に、にこにこと酒をあおっている。エイトはなぜか台所に入ってつまみを作っていた。オリーブオイルの香りがしてくる。
「エイトって、料理上手よね」
「ああ、いい奥さんになれそうだな」
「ちょっと! それ!」
「ああ、悪い悪い、大丈夫だ。ゼシカこそ、変な妄想するんじゃねえぜ」
「してないわよ、……やあね」
「まあ、オレも料理はできるから安心してくれ」
「何の安心よ!」
ゼシカはそんな冗談にいたずらっぽく笑った。
オレは、今後のことを考えないつもりでいる。このお礼参りの旅が終われば、元通りの生活があいつを待っている。いや、元通りよりもっと違う生活になるだろうが、あいつの生活の場はトロデーンだ。このお礼参りの旅は、エイトのための旅だ。オレも、あいつに会えたことを感謝しながら歩くつもりだ。この事件がなければ絶対に会うことがなかったオレたちの……。
「結局、夜になっちゃったね……」
ルイネロの家でふくれた腹を抱え、オレたちは、一日目の宿泊地、ポルトリンクに到着した。
リーザス村のアルバート家が管理しているこのポルトリンク。ゼシカが大歓迎を受け、おしゃべりに夢中だ。
ゼシカを待つ間、3人で港をうろうろしてみる。
「なあ、ポルトリンクってのは、ほとんど用事がなかったが、こうしてじっくり眺めてみると、流れ者なんかがたくさんいて、なかなか面白いな」
「そうだなククール。遠くマイエラを臨むばあさん。怪しげな植物を売る女……。商人もみんな胡散臭いぜ」
ここで働いている者たちはみな気が荒そうだ。そいつらを牛耳っている荒くれの上に立つのがゼシカってんだから、ゼシカもお嬢様ってより、女親分だな。前から気づいていたことだが、ゼシカは人の上に立つことに向いてるんだろうな。
ゼシカが戻ってくる。腹ごなしにみんなで浜へ出てみた。
風も弱く、穏やかな波を照らす月明かりが、ゆらゆらとしてきれいだ。
なんとなく4人で並んで座る。
「潮の香りが落ち着くわ」
「そうだな」
「おっ? ゼシカだけじゃなく、トゲトゲもか?」
ゼシカはともかく、ヤンガスもか。パルミドは海が近かったか?
「やだ、ククールったら。ゲルダさんちは海の近くじゃないの」
そうだったそうだった。
しかしヤンガスは「ちげーよ」と、両手をぶんぶん振る。
「ククールのいたドニやマイエラ、海は近いわよね?」
「そうだなあ。でも、海に出たりはしなかったな。一番用事があったのは船着き場だが、あそこも潮の香りを楽しむような場所じゃねえからな。交代で見回りに行く場所だ。山賊とか余計なヤツが南の大陸に渡って来ねえように」
「何それ、じゃあ、出ていく方はいいの?」
「去る者は追わず、だ」
それじゃあ、ポルトリンクが大変じゃない! とゼシカが笑う。
「オレたちは、海より川かな。訓練でよく入ったし、夏は水浴びしたし。真冬なんて、薄氷張ってんのに落とされたりしてな」
「ええ? やだ、寒いー」
ゼシカが大袈裟に震えてみせた。オレたちはゲラゲラ笑って。
「……どうした? ゼシカ」
「あ、うん、エイトが……」
そういや、あいつ、ずっと黙って……。
「……寝てる……」
砂浜に座っていたオレたち。
エイトが少し体を丸くして、一人すうすうと寝息を立てていた。
「お疲れになられたんだろうな」
「駆け足だったからな」
エイトを眺めるオレとヤンガスは、さぞにやついていただろう。暗くてよかったぜ。
「……かわいい……」
なにっ?
「嬢ちゃん、何だって?」
「えっ? ああ、かわいいって言ったのよ。エイトって可愛いわよね」
まあな。エイトの寝顔は
「兄貴……こんな無防備ですやすやと……。おい、ククール、辺りに気をつけろよ。嬢ちゃんもムチ用意してくれ」
へいへい。
「でも……本当にエイトの兄貴はおかわいらしい。やっと肩の荷が下りてほっとされていらっしゃるぜ」
肩の荷ねえ。
オレは、おかわいらしいエイトくんの寝顔から、天の月へ視線を変えた。
「疲れたわよね、エイト。ちゃんと休んでなかったのね。……一週間挨拶回りだけど、挨拶はなるべくさっさと済ませて、エイトを休ませてあげましょうよ。うちに泊まってくれてもいいし」
「嬢ちゃん……ありがてえ……あっしの兄貴をそんなにいたわってくれるなんざ……」
「ちょっ……何言ってるのよ。ヤンガスだけのエイトじゃないわ。あたしだって、エイトの心配くらいするわよ」
「だな。リーダーだもんな」
寝かせてやろう。できるだけな。この一週間。
お礼参り一日目が終了しました。相変わらず酒飲みですみません。トラペッタとリーザスはトロデーン管理下にある設定です。次はマイエラに行く予定です。