お別れの後に
マルチェロが投獄されたって、風の便りに聞いた──
あたしたち4人は、暗黒神が倒れたあと、各所にお礼参りに行って、そのあとサザンビーク大臣の行方不明事件を解決。エイトの休暇を利用して、竜神族の里へ行っていた。
お礼参りのあと、みんなと別れがたくて泣いちゃったりしたけど、会えなくなるわけじゃなかったし、あの長い旅の経験は、これからのあたしの礎になったんだろう。
そんなふうに考えることで、寂しい思いもそのまんまあたしの一部として抱えて生活していこうって決意して。リーザス村も新しい自治活動とか、リーザス祭りのこととか、ポルトリンクを中心とした貿易のこととか……あたしもお母さん任せにしてないで、今までよりたくさんのことに関わることになった。
そう、忙しかったの。やることがたくさんあって。エイトもトロデーン城関係の連絡とか何やらいろいろ……、本当、「いろいろ」って一言で済ませちゃいたいほどのいろいろなことがあって、顔出しに来てくれたけど、楽しくおしゃべりする時間もなくて。
トロデーン軍が護衛という名目であたしを監視に来ていたんだけど、サザンビーク大臣の行方不明事件があって再び勇者パーティーが組まれて。事件をさっさと解決した後、エイトの案内で竜神族の里へ行ったの。あのとき、エイトの出生の秘密がわかって……。エイトとククールの間に何があったのか知らないけど、それぞれの様子を見ていると、やるせない気持ちでいっぱいになる……。
そうそう、マルチェロのことよ。何しろ、トロデーンの警備がきつくて、滅多に出歩くこともできない。ククールがあたしに、ゲルダさんのところに通ってヤンガスとも仲良くしていろっていうからそうしてるけど。ゲルダさんのところには、パルミドの情報屋さんからなんだろうけど、いろんな話が入ってきていた。もちろん、あたしが直接見たり聞いたりしたことじゃないから100パーセント信じるわけにはいかないけど、情報の出所や、それを裏付ける出来事なんかを考えれば、大体の見当はつくようになった。
ああ、そうそう、だからマルチェロのことよ。竜神族の里へ行った後、一度だけエイトがうちに来た。うちのダイニングでお茶を飲んでる時だったわ。お母さんがちょっと席を外した時、「あの人の名前を言っちゃいけない」ってエイトが言ったの。あの人ってマルチェロのこと。何でも、「マルチェロ」って言葉に反応するような結界があたしとククールとヤンガスに張ってあるみたい。当然、エイトにも。
その時、こんなことも聞いた。あたしたちは竜神族の里でエイトの出生の秘密を知ったけど、エイトったら王さまには言ってないって。そもそも、竜神族の里のことを王さまにも姫さまにも言ってなかったんですって。なんでかって、そんなこと、わかってるじゃないの……。毎日そのことばかり考えていた。ゲルダさんのところでも、「あんた、大丈夫か?」なんて心配されちゃうくらい。
……また話が飛んじゃったわ。マルチェロのことよ。ククールに行方不明のマルチェロを探すように言ったのはエイトなのよね。まあ、他に誰が探すのかってことだけど。チャゴス王子とミーティア姫さまの結婚式が終われば、マルチェロに対しての沙汰も変わってくるだろうし。お母さんもそう言ってた。暗黒神なんてものを、たった一人の人間がコントロールできっこないって。ドルマゲスを見た人も、「何かに取りつかれているようだった」とか「操られているようだった」って証言してる。黒犬レオパルドのことなんて、リーザスやパルミド方面ではおとぎ話みたいになってる。そういえば、この前魔法学校の授業にリブルアーチへ行ったのだけど、レオパルドは「悪魔に取りつかれたかわいそうな犬」として銅像ができてた。なんかみんな暗黒神のあの騒ぎがよくわかってないみたい。まあ、不思議なことが山ほどあるこの世界ですものね。亡くなった七賢者のことも、伝説になっていくみたいだし。てゆーか、七賢者のことなんて、誰も考えてない。よくわからないみたいよ? みんな死んじゃったから仕方ないのかもしれないけど、暗黒神の杖で亡くなったっていうのが、「不幸な偶然の重なり」になってて、七賢者なんていうのは後付けのストーリーになってるのよ。
なんなのかしら。あたしたちのあの苦労は。……でも、終わってしまえば、単なる出来事に過ぎない。新しい日々はどんどん進んでいる。思い出にふけってるなんて、周りに置いて行かれちゃうわ。リーザスの産業も元に戻ってきてるし、村も活気づいてる。あとは、リーザス祭りができるように警備体制とかいろいろ作り直していかなきゃならないもの。忙しくて良かった面もある……。
いけない! だから、マルチェロのことよ。マルチェロのことを考えると、なんだか他のことに話がスライドしてっちゃう。なんかの呪いかしら……。そんなわけないわよね。まあ、いいわ。とにかく、マルチェロが捕まったのよ。それもトロデーンに。とんでもない場所に隠れていたって話が広まってるけど、竜神族の里じゃないかと思う。ゲルダさんの家にいた時、急にククールがやって来て。ヤンガスを探してるふうだった。エイトに知らせたかったのかも知れないわね。でもあのときのククールはちょっとほっとしたような顔をしていた。捕まったって聞いたのはその後。トロデーン軍を動かせるのは王さま。その王さまに話が漏れたとすれば、エイトしかいない。エイトが密告するわけがない……。
どうしてトロデーンはマルチェロを探していたのかしら。いえ、サザンビークもアスカンタもだけど……。サヴェッラが身柄を欲しがっているのはわかる。教会関係者ですもの。マルチェロには前法皇様暗殺の嫌疑がある……。
「ゼシカ?」
「はい?」
部屋にいたあたし。お母さんかしら。
「お母さん? どうぞ」
ドアが開く。
「ゼシカ、あなたどうしたの? 何度もノックしましたよ」
何度もノックを? やだ、あたしったら。
「ごめんなさい、ぼんやりしてて……」
お母さんは、仕方ないわね、のような顔をしている。
「お茶にしない? 久しぶりにフィナンシェ焼いたわ。あなたこの頃難しいお菓子ばかり作りたがって、お母さん、疲れちゃったから」
「そういえばそうね」
ゲルダさん、ものすごく料理上手だから、ゲルダさんのところで料理をすると、つい手の込んだ料理になってしまう。それがすごく楽しくて。
階段を降りて行く途中、紅茶のいい香りがしてくる。
「お茶をいただいたのよ」
「へえ、なんだかフルーティーな香りね」
柑橘系の香り。
ダイニングテーブルの上は、すっかりお茶の用意ができている。
「トロデーン城から……ミーティア姫様からですって……」
「ミーティア姫さまから?」
トロデーンの兵士は、交代でうちの護衛に当たっている。それで、ときどきお土産なんかいただくのだけど、ほとんどがエイトから。エイトはあちこち忙しく出かけてるみたいだから、そのついでにお土産をくれるのよね。でも、ミーティア姫さまからは初めて。
「お手紙もあるのよ」
「手紙? 姫さまから?」
あたしは手紙を受け取る。
トロデーン王室の用紙。もう何度か見たことがある。王室からの公式文書とは違うけど、王室の個人的な用事の時に使うものみたい。私信用っていうのかしら。エイトはいつもそのへんの書き損じの裏紙にメモ程度の手紙をつけてくるから、ずいぶん体裁がちがって面白いわ。
あたしが手紙を読む間、お母さんがお茶を煎れてくれる。
「トロデーン領で栽培している果実の香りをつけたお茶ですって……。フィナンシェに合うでしょうって。……ゼシカさんだけでも遊びに来てください……ですって」
「まあ、ミーティア姫さまからのお誘い?」
淹れたてのお茶の香りを楽しむ。フィナンシェに合いそう。
「女子会やりましょうって。……フィナンシェを手土産にしなきゃ」
あたしとお母さんはフィナンシェをつくりまくった。で、その2日後、あたしはトロデーンの兵士と共にキメラの翼でトロデーン城へ。
次はミーティア姫に会います。