恋って、なんなのかしらね……。
姫さまはフィナンシェを一つつまむ。
「甘いような、苦しいような……」
「そうですね……」
あたしも一つつまむ。
姫さまとあたしは、友だちじゃない。だって身分が違うもの。育った環境が全然違う。あたし的には、あの旅の中では、ユッケと一番仲良くなった気がしている。歳も近いし、同じブラコンだし。あとは、もちろんゲルダさん。ゲルダさんは大人の女性だから、友だちっていうより頼れるお姉さんて感じ。でも姫さまは違う。旅の間中、その身を守って差し上げるべき存在だった。もとの姿に戻っても、友だちって感じじゃない。知り合い……なのかな。本当は友だちになれたらいいんだろうけど、姫さまには「友だち」って感覚ないんじゃないかしらね。
違う違う、「恋」のことよ。
「わたくし、エイトが好きですわ」
「えっ……?」
姫さま、唐突に……。
「ククールさんやヤンガスさんも好きですけれど、違う『好き』なんです」
「姫さま……」
「ねえ、ゼシカさん、これって恋かしら」
「……」
姫さまは、エメラルドグリーンの瞳をキラキラさせてそうおっしゃった。
「わたくし、物心ついたころから、エイトと一緒でした。……遊び友だちですわね。でも、エイトがわたくしに遠慮していたこと、ずいぶん後になるまでわからなかったんです。何でもわたしくの言いなり。わたくしのお世話係だったんですね……。でも、ボードゲームやカードゲーム、外での遊びでも、性別や年齢に関係のない遊びでは、エイトが勝つこともありましたわ。加減してくれなくたって、縄跳びはミーティアの方が上手でしたけど」
姫さま……。そうよね、庶民の子供みたいにおなべかぶってチャンバラごっこしたり、草むらに秘密基地作ったりして遊ばないものね。
「お勉強も大変でした。ミーティアはサザンビークに嫁ぐことに決まっていましたから、小さい頃から礼儀作法やその他いろいろな教養を身につけるために毎日窮屈で……。お母様が生きていらしたころは、森に散歩に行ったりしていましたけれど、亡くなってからはあまり外にも行かれませんでしたわ……ごめんなさい、こんなこと……」
「いえ、そんな! あたしもわりと早くに婚約者を決められたし、アルバート家の名に恥じぬよう、って小さい頃から礼儀作法ばかりで窮屈でした。父は早くに亡くなったけれど、サーベルト兄さんがいたから、良く一緒に遊んでました」
幼い頃のミーティア姫さまにとってのエイトは、あたしにとってのサーベルト兄さんのような存在だったのね、きっと。
「わたくし、ゼシカさんが羨ましくて仕方がありませんでしたわ」
「そうですよね、姫さまは馬の姿に変えられていらしたんですもの……」
あたしがそう言うと、姫さまはあわてて違います違います、とおっしゃった。
「ごめんなさい、ゼシカさん。馬のことはいいんです。あれはあれで仕方がなかったんですもの。わたくしがゼシカさんを羨ましいと思ったのは、エイトとのことです」
ええっ! いえ、エイトとは何もないわよ? お礼参りの時、一度だけ同じ部屋で寝たけれど……他にも大部屋で一緒だったり、何かにつけて守ってくれたり、密着したりしたことはあるけど……?
でも、姫さまが言っているのは、そんな下品(?)なことじゃなかった。
「……ゼシカさんのこと、すごく大事に……いえ、もちろんエイトはヤンガスさんのこともククールさんのことも大事にしていました。大事、っていうと違いますね……。そうですね、一人の人間として対等、そうですわ、対等に接しているのです」
「対等、そうですね、対等です。エイトは、あたしのことをちゃんと一人の人間として対等に扱ってくれたんだわ。最初、入隊したとき、あたしったら弱いのにいろいろ勝手やっちゃって……」
そうそう、そんなことがあった。エイトはあたしを単なるアルバート家の娘じゃなく、一人の15歳の女の子として見てくれてた。だから、ムチが上達するように、魔法の力が強くなれるように、考えてくれてた。
「そうなんです、そこなんです。ゼシカさんの成長を助けるために、エイトはお父様やヤンガスさんと話し合いながら、もちろん、ククールさんが参加された後もずっと考えていました」
「すごいわよね、エイトって。優しいし。あたしもエイトが大好きよ……もちろん、ヤンガスとククールもね。同じくらい」
そう、同じくらい。
「……あたし、入隊した時、エイトのことがとっても気になってました。だって、サーベルト兄さんに良く似ていたから。見た目だけじゃなく、今言った、あたしの成長のために考えてくれる、っていうところが兄さんみたいで……」
「ええ。だから羨ましかったんですわ。エイトは、わたくしに何と言うか『ダメだし』でしょうか、合ってますか? つまり、『その場所は危険です』と言うことはあっても、『その考えは危険です』と言ってくれたことはありませんでした。ミーティアは、エイトに対等に扱ってもらえなかったんです」
それは……。王女様だから……。
「ねえ、ゼシカさん。ゼシカさんは婚約者のかたに会ったことがありましたか?」
「いえ、正式には。挨拶をかねてうちに来たことがあったけど、ドルマゲスのせいでちゃんと話をする時間がなくて。あたしはそのまま旅に出ちゃったから……。見たことはあるけれど、会ってはいない、って感じかしら」
そうよ、あのとき、兄さんの敵討ちの旅に出る決意が固まったときだったもの。お母さんは、そんなあたしを止めるため結婚を早めようとしてあの人を呼んだのよね。
「姫さまは、チャゴス王子とは会ったことがあるんですか?」
サザンビークの王の儀式だったかしら、アルゴンハート探しでイヤな目に会ってたとき、以前は会ったことがないような話をしていた気がするわ。
「ええ。まだお母様が生きていらしたときですわ。メダル王さまのところへ何かのお祝いで行った時です。サザンビークのクラビウス王とチャゴス王子、アスカンタはパヴァン王の前の王さまと、パヴァンさま。パヴァンさまは成人されたくらいの頃かしら。わたくしたち子供は飽きてしまって、パヴァンさまとわたくしとチャゴス王子はお庭でメダル王女さま主催のお茶会に呼ばれました」
「メダル王女さまの?」
文化事業(?)ともいうべき世界中の文化遺産の管理をしているのがメダル城。メダル集めもその事業の一つ。ご病気の王様に代わって、王女様がそのお仕事をなさっている。
「もちろん、メダル王女さまだってわたくしと同じくらいの年齢ですから、主催といってもおままごとの延長のようなかわいらしいお茶会。王女さまが一生懸命おつくりになったクッキーをごちそうになったのです」
小さい王女さまが二人と、イケメン王子、ついでにチャゴスね。
「クッキーがね、とても固かったの。甘みもなくて」
「まあ」
姫さまは懐かしそうなお顔をする。
「皆さん、どうしたと思います?」
「そうですね……、チャゴス王子あたりは、むっ、固いぞ! とかいうのかしら。若きパヴァン王は優しいから黙って食べる? ミーティア姫さまは……」
難しいシチュエーションよね。あたしだったらどうするかしら。やっぱり我慢して食べるかしら。
姫さまはうふふ、とお笑いになる。
「チャゴス王子は、このお茶によく合いますね、父上には食べさせたくありませんっておっしゃったの。その後、パヴァンさまは、その言葉を受けて、これは僕たちだけの秘密のお菓子ですね、こうして私たちが集まることはめったにないことです。良い思い出になりますね。っておっしゃったの」
「それって、パヴァン王、ちょっとイヤミじゃないんですか?」
良い思い出なんて……。
「違うんですよ。誰もメダル王女さまがそんなにおいしお菓子を作るなんて思っていないんです。ここでものすごくおいしいお菓子が出てきて、私が作りました、ってメダル王女さまがおっしゃったら、わたくしたちも『素晴らしいですね』とか『料理の才能がおありですね』とか、ほめ言葉の応酬でおしまいです。でもそういうことではなく、チャゴス王子は子どもながらに王女さまに気を遣った言葉で、父上に食べさせたくないというのは、固い、もありますけれど、思いがけないことが起きても自分が何とかします、という意味に取れます。そしてパヴァンさまは、自分たちの代になっても仲良くしてきましょう、これは私たちの秘密の約束ですって上手に国同士の円満外交に結び付けました。メダル王女さまの方だって、出来の悪いお菓子をわざわざ出すなんて、自分が『こういう人間です』って自分を飾らずにお見せしたということなんですわ。お城の人間がちゃんとついているんですもの。わざわざ固いお菓子を出さなくたって、たくさんおいしいお菓子はあるでしょう。それなのに、出した。ですから、わたくしたちも正直に答えなくてはなりませんでした」
そうなの?
王室って、そうなの???
あたしったら、我慢して食べるなんて……。
「お菓子にフォーカスするのではないんです。いつでもわたくしたちは国を背負っているのですから」
むむむ。難しい話に……。恋バナじゃなかったのかしら。
「この話をエイトにしたことがあります」
「えっ? エイトはなんて?」
「我慢して食べます、って」
「ぷっ……」
あたしと姫さまは笑った。
「エイトは、兵士として育ちましたから。……王室はそういうものだ、と言われれば、ああ、そうか、と腑に落ちることもあるでしょうけれど、幼い頃から身についてしまっているわたくしたちはすぐそういった政治的な思考をしてしまう癖がついているのです」
そうか。あんなんでもチャゴス王子は王室育ち。
「それにしても、パヴァンさまは素敵でした。メダル王女さまはとてもお喜びになって、作りたてのアイスクリームを出してくださった。あのクッキーは、アイスクリームをすくって食べるのにもちょうど良かったです」
へえー。
「ちゃんとオチがあったんですね」
あたしの言葉に、姫さまは恥ずかしそうに笑ってこうおっしゃった。
「いえ、本当のオチはこちらなんです。……ミーティアも何か言わなければ、と固いクッキーを齧りました。そうしたら、ぐらぐらしていた前歯がぽろっと取れてしまったんです。皆さん『あっ……』って。あのときの皆さんの大笑いが忘れられませんわ」
「まあ!」
「一気に場が和んで……。子供たちのおままごと外交もおしまいになって、そのあともたくさんのお菓子を御馳走になり、パヴァンさまとチャゴス王子が力比べをなさったり。とても楽しかったです」
……いやあ、王女って大変。
「……あのチャゴス王子がああなっていらしたとは……」
「ホントですね」
どこであんな方向に育っていっちゃったのかしらね。
メダル城が世界の文化遺産の管理をしているというのは勝手な設定です。女子会は続きます。