姫さまのお部屋で午後を過ごしていたあたしと姫さま。時間のたつのを忘れてずっと話していたら、メイドがやって来た。
「……お夕食をお持ちしてもよろしいでしょうか」
「まあ、もうそんな時間なのね、ええ、お願いします」
お腹はまだそんなにすいていなかったけれど、おしゃべりしっぱなしで喉が渇く。姫さまも同じなのか、飲み物をなにやら指定していらした。
「……でも、うれしいわ。ゼシカさんに来ていただけて」
「そう言っていただけると、あたしもうれしいです」
「ワインをね……、リクエストしました。ゼシカさん、お好きだといいのですけれど。あの旅の間は、みなさんよくお飲みでしたよね。お父様とヤンガスさんが特に……」
そうだった、そうだった。
「王さま、本当にお酒がお好きですよね。トロデーンでも?」
「ええ、もちろん。でも、翌日の仕事に差し支える、っておっしゃって、旅のときよりは少なくなりましたわ」
ええっ? ふつう逆じゃないの?
あの、何が起こるかわからない旅の間なのに?
「お父様、魔物のお姿でしたから、なかなか酔わない、なんて……」
「そ、そういうものなのね?」
「いえ、本当のところはどうかわかりません。ただ、『トロデ王』ではなくいられるというのもなかなか面白いことじゃ、なんていつも申しておりましたわ」
「まあ、前向きな発言ですね」
「馬になってしまったわたくしを慰めてくださったんだと思います。二人でなげいていてもしかたがありませんから。それに、エイトが一緒でしたから」
「そうですね……」
エイト。そう、姿を変えられたお二人には、エイトしか頼ることができなかった。エイトには暗黒神の呪いがかからなかったから。そしてエイトも、このお二人と、そしてこのトロデーン城のため、ドルマゲスを追うしかなかった。
「……あたし、自分のことばかりでした。本当に、姫さまたちのお心を思いやることができなくて……」
「そんな! そんなことおっしゃらないで……って、ゼシカさん、そのことについてはもう前にたくさんお話ししましたよ」
「そうですね。これでまたサーベルト兄さんのことになっちゃうと、また!」
あたしたちは笑った。いつもここで長くなっちゃう。
「他のかたの境遇を思いやったり、お話を聞くことはできますが、その人の気持ちをどうにかするのは、その人自身でしかできません。他人を変えることはできませんから」
「そうですね。あたしも結局、兄さんのことや母のことに折り合いをつけることができたのは自分自身。ただ、そこにいきつくまでの長い時間、みんなと一緒だったから。みんなが助けてくれたからです」
本当にミーティア姫さまってすごい。
「あたし、ドニの酒場でケンカになったとき、『この単細胞!』って言って、荒くれたちに水かけちゃったんです。短気で、思慮浅くて……単細胞はあたしもですね!」
ヤンガスたちのこと、単細胞なんて言えないわ。あたしも相当の単細胞だった。
トントン──
「はい、どうぞ」
「失礼します」
食事が運ばれてくる。
「みんなと同じですよね?」
「はい、姫さま。勿論です。でも、食後のデザートは、お客様のために別でご用意させていただきました」
「まあ、それはお手数かけましたね。パティシエールをあとで呼んでくださいね」
「かしこまりました。それから、食後に、エイト兵士長にお声をかけるご予定は、お変わりありませんか」
「ええ。よろしくね」
「承知いたしました。……失礼いたします」
メイドは、給仕の最後に、ていねいにグラスに飲み物を注ぎ、退出した。
「素晴らしいです、お城のかたは。お酒の扱いもプロ級ですね」
「ありがとうございます。わたくしたち城の者だけのときはそんなに気を遣わないように言っていますが、今はミーティアの部屋の大切なお客様ですから、緊張しているんでしょう。お酒の扱いは、お父様の命で厳しく教育されているんですわ。何しろ、お酒好きですから……さあ、乾杯いたしましょう……」
ワインもお料理も最高だった。お城で働く人たちと同じ料理と言っていたけれど、食器や盛り付けが全然違う。同じと言っても細かいところに特別な食材を使っているような気がする。さすが、王家。
「ゼシカさん、お強いのね、お酒。ミーティアはグラス1杯しか飲めませんわ。お好きなだけ召し上がってね」
「いえ、あたしだってそんなに飲みません。眠くなってしまいます。姫さまとはまだたくさんお話したいですし……」
そう。酔っぱらうというより、たくさん飲むと眠くて眠くて。
「……ねえ、ゼシカさん。リーザスへ帰ってから、恋はなさっているの?」
「……そうですね……。なかなか……」
忙しい、なんて言い訳にならない。
「でも、ゼシカさんはアルバート家をお継ぎになるのでしょう? お婿さんを迎えられるのかしら。それとも家督を御親戚に?」
「ええ。そのことでは母とも話し合いをしている所なんです。お婿さんに来てくれる人がいればね、って」
ある程度の名士じゃないと駄目だ、ってお母さんは言う。ラグサットは婿に入ってもいいようなことを言ってたみたいだけど。お母さんも、家督を親類に託すのは嫌みたいだし、あたしがお婿さんをもらうのが一番いいのはわかってる。
「どうしても無理なら、親戚に家督を託すことになると思います。母も、自分で相手を探しなさいって言ってますし。でもなかなか……」
「いい人がいない?」
ミーティア姫さまのエメラルドグリーンの瞳が艶やかにきらめく。
「……なんでしょう、旅を終えて落ち着いてみると、あたしってもの凄い猛者らと旅していたんだな、って実感して。その辺の男子がみんな弱っちく見えてしまうんです」
「まあ!」
「サーベルト兄さんみたいに強い人じゃなきゃ、なんて思ってましたけど、強さって、いろいろありますよね」
そう、旅に出た初期は、攻撃するための武器の扱いや力の強さばかり求めてた気がする。でも、人の強さってそれだけじゃない、我慢強さとか、良く考える思慮深さとか、感情をコントロールできる力とか、内面の力もある。
「サーベルトさまは、心優しく、強いお方だったのですね」
「はい。そう思います」
兄さんには、そいういう内面の強さが備わっていた。その力に基づいた優しさに、あたしはただ甘えていただけ。
「……少しばかりおつきあいしたからって、わかるものではないですわね。ましてや、お話しする機会もないまま、結婚なんて」
「本当ですね」
姫さま……、いえ、あたしだってラグサットがどんなだかわからないまま、結婚しなければならなかった。
「……でも、思うのです。理想のお相手なんていないのかもしれないと」
「?」
「……ゼシカさんが今もしお好きなかたができても、ゼシカさんもその方もどんどん成長し、考え方だって変化していくでしょう?」
「そうですよね。全く変わらないなんて言えないと思います」
「……そうしたら、気持ちのズレが生じることもあるでしょう」
「そうですね。ずっと同じポリシーでいられないかもしれないし、考え方を変えなきゃいけない場面だってたくさんあるはすですもの」
そうよね、盛り上がって意気投合したって、やっぱなんか違う、とか、思いもよらない面を見つけたり、後になってやむを得ない変化とか……。何が起こるかわからない。
「恋愛って、怖いですわ。そう考えると」
「そうですね。今甘いお菓子が好きでも、歳とったら食べなくなるかもしれないし」
「ええ。食べてはいけない病気になるかもしれませんし」
姫さまは、ふっとお笑いになって、私を見る。
「でもゼシカさん、自分とお相手に、お互いを思いやる気持ちがあれば、乗り越えて行けると思うのです。……ですから、今のわたくしと、将来のわたくし、その変化を含めて一緒に生きていくお気持ちをもってくだされば、……どんなかたでも、わたくしは……」
姫さまはそこまで笑顔でおっしゃって、あとは……。
チャゴス! あのバカ王子。あいつにミーティア姫さまをくれてやらなきゃならないなんて! こんなお覚悟されているなんて、ひとっつも思っていないでしょうね。
あたしは立ち上がり、姫さまの背に手をあてた。
姫さまは、静かに涙を流す。
かわいそうな姫さま。何とかならないものかと考えるのだけど……。
どうしたらいいのよ!
姫さまはエイトがお好き。
そんでもってエイトはサザンビーク王家の血を引いている。トロデーンとサザンビークの間にある古き約束を果たすことができる。
でも、エイトは!
竜神族の里、エイトの出生の秘密はもう、トロデ王はご存じなのかしら。
あんまり盛り上がっていない女子会ですが、次はここへ予定通りの人が来ます。