トロデーン城に招待されてから、もう何日経つんだろう。
あたしは日中はミーティア姫さまと過ごした。ご婚儀の準備など手伝っている。
夕食後、サザンビークへ行く打ち合わせをしていた。姫さまと、王さまと、エイトと、あたし。
「ククールさん、なかなか連絡が取れないようですね。お元気なら良いのですが」
姫さまは心配そうにおっしゃる。
ククールのことは、トロデーンの兵士がドニやマイエラを中心に探しているらしい。
「ドニにいないのなら、パルミドあたりにいそうですけどね」
マイエラには行かないでしょうね。あたしの口から、ゲルダさんの家はどう? なんて言えないし。
「どこをほっつき歩いいているのやら」
王さまがぼやく。
「ヤンにお願いしましたから、すぐに連絡つくと思います」
エイトは食後のお茶を飲みながら穏やかにそう言った。
あたしもエイトも、ククールを探しに行くと申し出た。でも、王さまが許可しない。何日探してもいないから、エイトがヤンガスに頼むって言ったら、王さまがしぶしぶ承知した。ヤンガスなら、へんな裏通りまでよく知っているから、あの目立つククールの行方も分かるかもしれないって説得して。
エイトは、ククールがトロデーンに来る前に、マルチェロの恩赦を決めたいと言っていた。エイトがミーティア姫さまとの結婚を申し出た晩、あたしとエイトは図書室からこっそりイシュマウリさんのところへ行った。その翌日から、エイトは発明品である溶ける紙を使ってあたしに手紙を書いてくる。時間を合わせてイシュマウリさんのところへ行くための連絡のはずだったのに、なかなかあたしたちのフリーの時間が作れなくて、それきりイシュマウリさんのところへは行けていない。
その間にも、姫さまとエイトの婚礼の話はすすんでいる。でもまず、チャゴス王子との婚約を破棄しなければならない。サザンビークに行く日が決まれば、まず使者を送って訪問の旨を伝える。それからお返事が来て、訪問という流れになる。
このところ、気になっているのは天候。ここ10日くらい、リーザスはずっと天気が悪い。ミーティア姫さまに招待されてトロデーンに来てからもずっと。トロデーンは穏やかな気候の地域ではないけれど、季節外れの強い風が吹き付けている。リーザスよりもトロデーンの方が荒れている気がするわ。特にここ2、3日は雨も加わっていて嵐のよう。
「サザンビークもこんな天候なのかしら」
あたしは思わずそう言う。
「うん、このところ世界中の天気が悪いみたいだよ」
「そのようじゃな」
エイトは外交的な用事で出歩くことが多いから、各地の様子を教えてくれた。
「……オークニスはそれほどでもないようですが、このトロデーンの他、サザンビークとサヴェッラ、ゴルド島もこれまでにない天候の悪さだということです。サヴェッラでは竜巻が頻発しているとか……」
「竜巻? 怖いわね」
あたしが答えると、姫さまも不安そうなお顔をされる。
王族の結婚式はサヴェッラ大聖堂で行われる。もちろん、ルーラなんか使ったり、キメラのつばさ使ったりはできない。天気の良い日に船で海を渡っていかなくてはならない。
あたしたちが旅で使っていた古代船は、トロデーン城の所有物になっている。おそらくあの船でサヴェッラへいくんでしょうね。ああ、もちろん、サザンビークへ結婚のお断りに行くときも。
「法皇様のお屋敷は、とても不安定な場所にございます。心配ですわ」
「そうですね」
すっごく不安定なあの法皇の館のことを思い出す。あそこでレオパルドと対決した。それから煉獄島に入れられて……。
エイトと話したい。マルチェロの恩赦のこと。エイトは、呪われていた時の気持ちなんかを正直に話せばいいよ、なんて優しく言うけれど、イシュマウリさんのおうちで話した時、この恩赦に協力してほしいと言われたあのときは、協力してもらえなければ別の方法を考える、って言って、ものすごく怖い顔をしてた。反対したらドラゴン斬りされそうな……。ドラゴン斬りならまだましね。一閃突きで即死かも。まあ、エイトはそんなことしないけれど、そんな勢いは間違いなくあったわ。
あたしは……正直言ってマルチェロのことはよくわからない。ククールがマルチェロに対して強いあこがれみたいな気持ちがあるのはわかる。ただ生まれてきただけなのに、兄に疎まれ、憎まれてきた日々。それなのに、ゴルドでは必死になってマルチェロを救助した。エイトは、けんかしたままの二人をどうにかしたいのね。きっと。だから恩赦を。
でも、マルチェロはククールのことをどう思っているのかしら。ゴルドで戦ったあと、あたしはマルチェロに会ってない。いえ、会ったって話すことないけれど。……あたしはマルチェロに対して特に考えていないっていうのが正直なところ。エイトにも話したけれど、マイエラ修道院の地下牢に入れたことを反省しているのならもういいかな、って。そのくらいよ。だからエイトとククールのために、恩赦を願うわ。
そうそう、この際、ククールが来てから一緒に恩赦を願ったらどうかと思うのだけど……。
エイトを横目で見る。いつもと同じ表情。でも今日は口数が少ないわね。
王さまがぐいっとお茶を飲みほし、話しはじめた。
「……まあ、今回はちょっと『姫はやらん』と言いに行くだけじゃ。ククールが間に合わずとも、参るとしよう。明日、使者を送る。エイトはほれ、エルトリオ王子が持っていたというあのアルゴンリングを忘れずに持参せよ。それから、竜神の鎧かぶとと剣もじゃ」
エイトははいと返事をしながら立ち上がった。
「なんじゃ、エイト」
「王、お願いがあります」
「言うてみよ」
エイトは王さまの前に行き、深く頭を下げた。
姫さまはじっとエイトを見つめる。
「恩赦を……マルチェロさんを恩赦の対象にしてください」
「マルチェロを?」
王さまは少しも表情を崩さず、エイトを見ている。
姫さまはそっと目を閉じた。
「……お願いします。自由にしてあげてください」
「それはできん」
王さまの声は静かに響いた。
「なぜです? 前法皇様暗殺の罪があるからですか? あれって、杖の呪いのせいじゃないですか。呪いについてはゼシカがよくわかっています、ねえ、ゼシカ?」
「え? えっ、ええ」
ちょっと何よ、急に話振らないで。
あたしが返事にまごまごしていると、王さまが話しはじめる。
「……暗黒神の杖じゃが、あれはわがトロデーンに古くから伝わる、触れてはならぬ物であった。ドルマゲスがその秘密を知り盗み出したこととはいえ、わしもあの杖がまさか暗黒神の魂を封じる杖とは知らなんだ。それについては言い訳できん」
王さま……。
「暗黒神の肉体が城ごとゴルド島に封じ込められていたことは、女神像崩壊により、世界中が知ることとなった。トロデーンがイバラの呪いによって機能していなかったこととこれで結びつく」
そう。だって、肉体をよみがえらせたのはあの杖。トロデーンに封じ込められていたこととつながる。
「……このことは、何度もお前たちに言ってきたが、なぜ暗黒神の杖がわがトロデーンに封じられていたのか、その理由ははっきりとわからん。ただ……わがトロデーン王家は、強力な結界を作ることができる。わしもじゃ。そしてこの城自体も、強力な結界によって守られている。ドルマゲス……いや、あの暗黒神の杖を長い間封じることができたのもその力のせいじゃ。古の賢者は、トロデーンがそういう力の元にあることを知っておったのじゃろう。もしかすれば、マスターライラスの先祖はトロデーン王家の血を引いておるのやも知れん」
「お父様、それは……賢者の血が、トロデーン王室を経た、ということでしょうか」
姫さまのことばに、王さまは、可能性はある、と小さく返した。
「トロデーンは、暗黒神の杖を盗まれた責をとらねばならん」
そんな……。
「……暗黒魔城は、杖が盗まれなければ、甦ることはなかった」
それって、ニワトリが先か卵が先か、って話じゃないの?
ゴルド島が先に崩壊していたかもしれないじゃない。
……でも、実際には、杖が先だった。その結果、賢者の血が途絶えた。
「マルチェロさん一人を罪びとにしたからといって、何が変わるんです?」
「変わらぬ」
「では、なぜ?」
エイトが食い下がる。
「……誰かが、責を負わねばならん。賢者がきちんと後世に言い伝えておけば良かったのじゃが、年月が経ちすぎた。それを責めることはできない。それに賢者は今はもうおらんのじゃ。そうなれば、杖を盗まれたトロデーン城の主であるわしが、その責を負わねばならない。じゃが、わしは魔物に姿を変えられ、城の機能は停止。賢者が成した偉大なる功績をたった一人で取り戻すことは不可能じゃ。それでも、少ない情報の中で杖を盗んだドルマゲスを倒し、諸悪の根源であった暗黒神を葬り去ることができた」
そうよね、王さまのお気持ちもわかる。自分の城に伝わる物のことを良く知らなかったんですもの……。でも、お城の宝物なんて、数えきれないほどあるでしょう。アスカンタなんて、モグラに盗まれていたことすら気づかなかったのよ。
これって、トロデーンが……トロデ王さまが「もう終わった」って言えば終わることなんじゃないの? 一番の被害者はトロデーン城なんだし。七賢者が亡くなったことは、賢者が伝えておかなかったのがよくなかったわけだし。……いえ、それこそ賢者のせいじゃないわよね。力が移って行ったこと、サーベルト兄さんに移っていたことだってわからなかったんだし。そうよ、メディさん以外は賢者の力なんて知らなかったんじゃないかしら。
盗まれた杖の始末はつけたんだから、トロデーンの罪なんてないんじゃないの?
「……世界を混乱に陥れたきっかけが、あの杖じゃ。我らはあの杖を使おうなど思わなかった。それについては、ゼシカが知っておろう。使うことにあらがえなかったことを一番よく知っておる」
「はい。操られていた、としか言いようがありません。暗黒神にとって都合のいいことを言っていた時、あたしの気持ちの一部を使っていたことは確かです。あたしの気持ちと暗黒神の野望を重ねて、本当にもっともらしく、まるでそれが……チェルスを殺すことが正義のように、話した。だけど……エイト?」
エイトがいつの間にあたしの隣へ来ていた。
心配そうにあたしを見ている。
「ゼシカ、大丈夫? ごめん、辛いよね、あの呪われていた時のこと……」
「いえ、大丈夫よ……」
あたしは、ゆっくり深呼吸をした。心臓の鼓動が少し速まっている。
エイトがお茶のカップを渡してくれる。
お茶はもうとっくに冷たくなっていたけれど、あたしの気持ちを落ち着かせるのにちょうど良かった。
「……杖を持った瞬間、暗黒神はするりとあたしの意識に棲みついたわ。あたしの全てを……今までに抑え込んできた何もかもを知って、優しく励ましたの。矛盾とか、理不尽とか、ありとあらゆる負の意識を、優しく包み込んで、それを抑えるな、新しい力に変えよう、って言うの。常識とか、思いやりとか、人として大切なことより、人が持っている負のエネルギーの方がはるかに強い。それを解放しよう、って誘うの」
でも、みんなが助けてくれた。
「マルチェロさんも、そうだったに違いありません」
「エイト……」
エイト、なんとしてもあの人を助けたいのね。
「でも、あの就任演説は、暗黒神の言葉とは言えん」
……そこよね。マルチェロは澄ました顔をして、あの杖を持っていた。
「お前たちと戦い、負け、それから操られた、というのが、サヴェッラと三国の王の解釈じゃ」
マルチェロは宙に浮き、暗黒神の言葉をしゃべった。そして杖を女神像に投げつけた。
「暗黒魔城の解放は暗黒神が操ったものだとは言えるが、実際に投げたのはマルチェロじゃ。が、それよりも……前法皇の暗殺はなんとする。あの時は操られていたとは言えん。お前たちとニノ大司教を煉獄島送りにしたことは? 煉獄島から脱獄できたから、そこは百歩譲ってお前たちは許すと申すじゃろう。それについてはわしもなんとも言えんが、法皇暗殺については釈明できまい」
そうなのよ。まさか、あの瞬間だけ操られてました、ってマルチェロが言うかしら。
「……マルチェロ……、マルチェロは何て言ってるの? てゆーか、あの人トロデーンに投獄されてるんですよね? 王さま、お話になったんですか?」
あたしは思わず聞いた。
「話した。じゃが、細かいことは聞いておらん」
なぜ?
「あやつは、死にたがっておる」
!
どうして?
「……本当にマルチェロが、法皇様を……」
「直後に法皇になろうとしたのだから、そうなのじゃろう」
「その時も、操られていた、とすることはできませんか?」
エイトが苦しそうに訴える。
「できん。こればかりは、サヴェッラの意向じゃ。わしにはどうにもできん。恩赦など、もってのほかじゃ。サヴェッラは、身柄を渡せと言っている。じゃが……」
王さまは言葉を濁した。
「……お父様、わたくしそろそろ」
姫さまが立ち上がる。
「そうじゃな、まあ、明日、サザンビークに使者を出すことにしたから、あと、三日もすれば皆で行くことになろう。体調を崩さぬようにの」
「はい、お父様。では、お先に失礼しますわ」
姫さまが部屋を出る。
あたしたち三人は黙ったまま、しばらく冷たい空気に包まれていた。
マルチェロの罪についてのお話でした。次は久しぶりにククールが登場します。