あたしたちは、サザンビーク城へ向かっている。エイトの認知と、同時にチャゴス王子とミーティア姫さまの婚約を破棄するために。
あたしは姫さまと王さまの乗る白い馬車の後ろを歩く。あたしの横はククール。
エイトは今日、御者を務めている。ヤンガスは一人だけ入りが早く、サザンビーク城入り口で待つことになっている。
あたしはククールともろくに話をせず、いろんなことを考えていた。
エイトの話だと、マルチェロは竜神族の里に隠れていた時に、グルーノお爺さんからエイトの出生の秘密なんかを聞いていて、もうその時からエイトと姫さまが結婚するだろうって予想していたみたい。チャゴス王子にはもう断りに行ったものだと勘違いしてるみたいだけど。全く、あの人はよくお知恵が回ることで、いろんなことを先回りして知ってしまっている。
……エイトの言う、頭が良すぎて、っていうことなのかしらね。
昨日の夜、イシュマウリさんのところでククールと再会。エイトと三人でいろいろ話した。まあ、いろいろって言っても、エイトもククールもなんだか歯切れが悪くて。イシュマウリさんに助言してもらいながら、ようやく世の中の動きを把握できた。
つまり、マルチェロの罪は、「暗黒神復活」。これはサヴェッラの建前。そして、トロデーンは「秘宝の不正所持および使用」。封印されているべき暗黒神の杖を、勝手に使った。まあ、これらは百歩譲って、大した罪にはならない。世論的には、「操られていたとはいえ、暗黒神を甦らせた」罪。本人もそんな感じに思っている。法皇様の件では、サヴェッラで処分を受けたいと思っているみたい。本当のところサヴェッラは「法皇様暗殺」により投獄したいのよね。ただ、マルチェロが前法皇様を亡き者にした、っていうことにはしたくないみたい。だって、沽券にかかわるもの。身内にやられたなんて。そしてサヴェッラにしてみれば、そのことより、マルチェロを他の王室にとられたくない気持ちの方が強い。だから、さっさと身柄が欲しい。マルチェロとククールのきょうだい関係をネタにして勇者の格を下げようとしている。でもあんまりやると、そんなヤツが法曹界にいるって自分たちの格も下げかねない。難しいわよね。……でもバカみたい。立場とか保身とか、そんなことばっかり。……まあ、そう思っちゃうのは、あたしがただの村人だからかしらね。エイトもククールも、その事情を深く理解している。どうしようもないことで振り回されることを、受け入れて……。受け入れて? 受け入れることなんかないじゃない! って言いたい。でも、昨日の二人の様子を見ていたら、そんなこと言えない。エイトの言う、「全てがうまくいく」って、あたしに言わせれば最悪よ。最もモヤモヤするエンディングじゃないの!
「……おい、ハニー? 怖い顔すんなよ」
「えっ?」
やだ、あたしったら怖い顔してた?
「まあ、ヤツらの前には、このくらい強気な態度で出たほうがいいんだろうな」
「そうね」
まったく、サザンビーク城なんていやな思い出しかないわ。
「それにしても、ひどいわね、この天気」
「そうだな」
本当に、天気が悪い。何しろ風が強くて。今朝の船旅だって限界ギリギリ。エイトったら真っ青な顔してたわ。酔い止め薬飲んでなかったのかしら。
それで、西の大陸に来た途端大雨。船の中で雨が弱まるのを待って出発。あたしたちはずぶ濡れのままサザンビーク城へ向かっている。服も頭もびしょびしょよ。あたしたち平民は城下で一度一休みして、それからお城に入る予定だから、シャワーや着替えはできるわね。そうそう、ヤンガスはその準備のために一足早くサザンビーク入りをしている。ヤンガスはエイトの私的警護人ってことでトロデーン城で仕事もしてるから、あたしやククールよりお城関係に顔が効くようになっている。エイトの言ってた「他の仕事してもらってる」ってこのことね。山賊あがりの男を従えてるんだから、エイトっててすごくコワい人に見える。ただの兵士だけど、怖い人もついてるぞ、みたいな?
まあいいわ。なにしろ早くシャワーを浴びたい。エイトもまだ王室の人じゃないから、あたしたちと城下で一休みの仲間に加わる。王さまたちと離れるそのタイミングでイシュマウリさんのところに行かれればいいんだけど。そうそう、エイトの作った窓枠、月の光でなくても影さえできれば月の世界への扉が映し出されるようになってるんですって。まったく、どんな魔法なのかしら。まあ、いつものエイトの監視係みたいな兵士もべったりついてるし、行くのはちょっとムリね。この雨じゃ、溶ける紙も全然使えないし。
ふっとため息をついたところで、馬車が止まった。見ると、エイトが御者台から降りてくる。
「どうした? リーダー」
「うん、雨が強いから、少し休んだらどうかって」
エイト、今日は兵士の恰好をしている。かぶとに打ち付ける雨がカラカラ間抜けな音を出していて、思わず吹き出してしまった。
「どうしたの? ゼシカ?」
「そうだぞ、ハニー、雨に濡れてハイテンションになっちまったのか? 今日はメラ系の呪文は不発だぞ?」
「やだ、違うわよ。エイトの頭が……ぷっ……あはは! 変な音で!」
エイトはあわてて頭を押さえる。
「ホントだ、お前おかしな音出してるぜ?」
「えっ? そうなの? 僕ぜんぜんわかんないよ」
ククールは、ほら、ちょっとはずしてみ、と言ってエイトのかぶとを取る。
「本当だ、自分でかぶってるとわかんないもんだね、あはは、おかしな音だね」
「馬車の音があったから、オレたちも気づかなかったけど……あはは!」
あたしたちは笑った。こんなことでも、旅をしていた時みたいに、笑えた。トロデーンに来てから見ていたエイトの笑顔とは違う、これが本当の、エイトの笑顔。目を合わせて笑う二人……。
二人は今もお互いを愛しているわ。間違いなく、心から……。
あたしはふっと視線を外した。例の兵士が見ている。あたしはそいつにわからないように、ククールの服を引っ張った。ククールはすぐに気づく。
「お、おう、オレたちはなんでもいいぜ、なあ、ゼシカ」
「ええ。でも、希望を言わせてもらえれば、早くあったかいシャワーを浴びたいの。ただ、馬車の方も進みづらいでしょうからエイトに任せるわ。あたしはこのままで大丈夫よ」
「う、うん。ありがとう。君たちだけでもルーラしてもらいたいところだけど、今回はそうもいかないから……。じゃあ、馬車の方は大丈夫だから、このまま行こう」
エイトはくるりと向きを変え、例の兵士に「君も大丈夫だね」と声をかけ、馬車へ戻る。
あたしはククールを見た。ククールはエイトの後ろ姿を見たりせず、雨雲の様子を観察していた。
再び無言で歩き出す。馬車の音が先ほどと同じように音を立てている。エイトのかぶとに降り注ぐ雨は、間抜けな音を出し続けているんだろうけど、それはまったくかき消されてしまって。それでも、最悪の中に小さな希望を見つけた気がした。あたしはそのかすかな灯が消えてしまわないよう、胸の奥の方へそっとしまった。
* * * * *
サザンビーク城下に入る。結局、エイトの監視係の兵士も一緒に、大臣の家でシャワーを借り、現地で待っていたヤンガスも含めた5人でサザンビーク城に入ることに。予想通りとはいえ、あの監視係、エイトにべったりついている。ヤンガスが、エイトの兄貴のお世話係は俺だ、と言わんばかりの態度を示していたけれど、そうすると今度はククールにべったり張り付く。
そんなこんなで窮屈な思いをしながらようやくお城へ。さて、いよいよ挨拶ね、と思ったら、クラビウス王にはあたしたち4人だけで会うんですって。なぜなのか聞きたかったのだけど、あたし以外は平然としているし、聞ける雰囲気でもなかったから、黙ってエイトに従うことに。エイトがトロデ王さまの書簡を携え、4人でクラビウス王の待つ部屋へ向かう。案内してくれるのは、丸メガネの女性。ああ、お礼参りの時と同じシチュエーションじゃない。行けばたくさんの人が壁沿いに並んでるんだわ、きっと。
いやーな気持ちで部屋に入ると、あら?
クラビウス王しかいない。
「堅苦しい挨拶は抜きだ」
クラビウス王はそう言って立ち上がった。
そして丸メガネの女性を経由して書簡を受け取り、あたしたちの前に立ったまま、読み始める。
読み終えると書簡を女性に渡し、なにやら言うと王座に座った。女性は、失礼しますと言って部屋を出て行く。この部屋には、あたしたちとクラビウス王だけになった。
クラビウス王はじっとエイトを見ていたようだけど、女性が部屋から出て行くのを見届けると、再び王座から立ち上がってうろうろと歩きはじめた。
あたしたちは部屋の中央に置き去りにされたまま。またこんな仕打ち! さすがに今日は頭を下げ続けるということはないけれど、王のいない王座を眺めているだけなんて。しばらくそうして王座を眺め、クラビウス王のうろうろしている足音を聞いていた。すると足音がやむ。
「書簡は読んだ」
クラビウス王はそんなことを言いだす。そりゃ、知ってますよ。さっき読んでいたでしょう? あたしたち、みんなその様子を見てましたから。ついでに言うと、あなたのお城の人も見てましたよ。あれで読んでない、って言ったらおかしなことよ?
「本当に、良く似ている……」
そう言ったクラビウス王の姿を探すと、王さまは窓辺で腕を組んで寄りかかっていた。
「似ている?」
エイトがぼそっと呟いた。
「そうだ。若い頃の、兄、エルトリオに」
クラビウス王は、こちらへ、とあたしたちを呼んだ。
「そなたに初めて会ったとき……チャゴスの王の儀式の護衛を依頼した時だったな。どこかで見たことのある青年だと思っていたのだが、そうか。兄上によく似ていたのだな」
そういえば、初めて会ったとき、王さまはエイトの顔をじろじろ見ていたわよね。あの時は、セクハラ発言があって、あたしったらカッカきてたから忘れてたわ。
「証拠の品があるというが?」
クラビウス王にそう言われ、エイトはアルゴンリングを取り出した。
「ほう、これは見事な……」
クラビウス王は宝石を光にかざす。本物かどうか確かめているのかしら。
「竜神王の鎧かぶと、剣もあります」
エイトも同じように思ったのか、もう一つの証拠の話を出した。
「いや、これで十分だ。そなた本人と、この指輪は、十分にサザンビーク王子エルトリオの忘れ形見であることの証明になる。私が、宣言する。残念だが、チャゴスとミーティア姫の結婚は取りやめだ。エイト、そなたはわがサザンビークより婿に出したとして、古き約束を果たしたということにしよう。トロデ王もそれを望んでおられる。チャゴスはもっともっと鍛えて、マトモな王になるように育てねばならん。トロデ王がミーティア姫を嫁に出せばよかった、と言うくらいに、立派な男にな」
あら、わかってるじゃないの、チャゴスがへなちょこ王子だってこと。
「……そなたも聞いておろうが、サザンビークの血筋だからと言って、サザンビークからなんらからの便宜を図ることはせぬ。認知はするが、サザンビーク王室とのかかわりは一切ないと思ってくれ。幼い頃よりトロデーン城で生活し、トロデーンの兵士であるそなたが、今さらサザンビーク王室に入り込むことはならん。互いにとって脅威になる」
ちょっとちょっと、何なの? この言い方。相変わらずね、この王さま。エイトを下っ端みたいに扱って。頼まれたってサザンビークになんて行くものですか! ああ、あたしが怒ったって無意味ね、怒るのはエイトよ。
でもエイトは、全然怒ってない。もちろん、ククールも無表情。ヤンガスは心ここにあらず、って感じ。立ったまま寝てるみたいに呆けている。
「クラビウス王、もちろんです。この度は、自分の認知と、チャゴス王子とミーティア姫の結婚の約束を破棄して下さり、ありがとうございます。末永く、両国の友好と発展に努めてまいる所存です」
エイトはそう言って深く頭を下げた。
「自分たちからも、申し上げます。このような縁ができたのですから、サザンビーク、トロデーン、更には世界の平和のためにこれからも尽くしてまいる所存です。……そして今回は古き約束の完了に対し、故サザンビーク王子エルトリオ様の御子息のご結婚をお祝い申し上げます。まことにおめでとうございます」
ククールがそんなことを言いだし、僧侶っぽく礼をした。あたしもあわてて膝を曲げる。ヤンガスは2テンポくらい遅れて、上半身を90度曲げた。
「あ、ああ、本当に勇者のみなさんには世話になった。これからも平和のために尽くしてください。期待しておりますぞ。……ときに、トロデーンではたいそうな問題をかかえたそうで……」
!
それって?
あたしたち4人、一瞬戸惑う。この戸惑い、クラビウス王にも伝わったわね。
クラビウス王が言っているのは、間違いなくマルチェロのこと。あたしはドキドキして心臓が口から飛び出そう。ヤンガスも同じなのかしら、ぶるっと身震いなんかして。ククールはポーカーファイスを保ったまま。
「……トロデーンは復興のため、様々な問題を抱えている、と言わざるを得ませんが、クラビウス王がおっしゃっているのは……どのことでしょうか」
エイトは感情を押し殺したような声でそう言った。
「あ、いや、そうであったな。忙しい中、訪問ご苦労でした。トロデ王に、書簡の用件は全て承諾致したとお伝えいただこうか。また、後ほどこちらからも正式な書簡を送らせていただく……」
あたしたちは4人そろって会釈をし、部屋を出た。これ以上話なんかしていたらボロが出る。いえ、悪いことしていないんだから、ボロも何もないんだけど、マルチェロのことを話題にするのはなんか変よね。クラビウス王は何を聞きたかったのかしら……。
部屋を出ると、例の丸メガネの女性と、エイトの監視係が待っていた。
「ご案内いたします」
丸メガネの女性に着いていく。トロデ王さまとミーティア姫さまは、どこかの部屋……貴賓室みたいなところで待機しているようだから、そこへ行くのかしら。
階段をいくつか昇り降りし、今まで行ったことのない部屋へ。お城は一般開放されているけれど、立ち入り禁止になっている場所だってたくさんある。
「皆さんは外でお待ちください」
監視係の兵士は、あたしとククール、ヤンガスを部屋へ入れない。丸メガネの女性とエイトだけが部屋へ。
「話してくるから、ちょっと待っててね。すぐに出発することになるから、トイレとか借りておいて」
エイトはそう言って部屋に入って行った。
「お嬢様、御用はございませんか? ご案内いたしますが」
監視係の兵士が言う。あたしにおトイレは大丈夫か聞いているのね。なんかムカつく。
「ありがとう、ではお願いします」
でも、こいつに楽をさせたくなくて、行きたくもないけど案内させることにした。
次はサザンビークからトロデーン城へ帰ります。