サザンビークへ婚礼のお断りに行ったあたしたち。一旦家に帰ろうとしたのだけれど、ミーティア姫さまが是非、っていうから、まだトロデーンにいる。お母さんへの連絡は、お城の人がしてくれるし、あたしも手紙を書いたりしているから別に困ることはないのだけれど、いい加減、リーザスの様子も気になる。キメラのつばさでちょいっと飛んで行けばまたすぐ帰れるのに……。
あたしは今、トロデーン城のゲストルームにいて、お母さんからの手紙を読んでいる。リーザス村ではリーザス祭りのことでいろんな人たちがいろんなことを言っていて、盛り上がってきてるみたい。暗黒神の騒ぎが終わって、トロデーンも復興に向けて進んでいるから、今度のリーザス祭りは盛大にやろうって雰囲気になってるそうよ。
この状態で、ミーティア姫さまの婚礼も決まれば、ますます盛り上がるわね。相手がサザンビークのへなちょこ王子じゃなくて世界を救った勇者さまだとわかったら、すごいことになりそうじゃない? あーあ、ホント、すごいことよね……。あたしもその勇者さまの一行だったんだから。
あたしは、世論を盛り上げてマルチェロの恩赦を望めないかと考えている。トロデーンの管理下にあるリーザスは、ミーティア姫さまの結婚をお祝いするでしょうから、相手がエイトだってわかれば、勇者一味、いえ、勇者一行のあたしの発言権も強くなる。弟のククールからは言えないし、山賊出身のヤンガスなんてもっとダメ。ここはあたしの出番ね。田舎の名士といっても、トロデーンと強いつながりのあるリーザス村の意見ですもの。無下にはできないはずよ。……多少なりとも力になれれば……。
サザンビークに行く何日か前、王さまと姫さまと、エイトと話した時、エイトが恩赦を願ったわ。あたしも呪われている時のことを話したけれど、王さまは首を縦に振らなかった。姫さまが退席されてからなんて、マルチェロの処分の話に進んで行っちゃって。これはもうどうにもできない状態だってことがわかった。あたしは、マルチェロをサヴェッラへ連れて行くのかと思っていたけれど、王さまは別の考えを持っていた。でもあのときはまだ、決定事項ではなかった。だから、エイトの認知とエイトと姫さまの結婚の話がうまくいけば、また恩赦の話ができると期待しているんだけど……。
でもね、事態はあたしが考えているほど簡単なものじゃないみたい。立場とか、格とか、なんかよくわからないもののためにマルチェロの運命がかかっている。あの人が生きていては困る人がいるから。
あたしは毎日ため息ばかりついている。ミーティア姫さまとはマルチェロの話をしない。だって、マルチェロは「囚人」ですもの。一国のお姫さまとそういう話をするのは良くない。お母さんにも言われた。婚礼を控えているような身分の高い人と、「囚人」といういわゆる忌み嫌われる存在の話をするのは縁起が悪いって。……エイトが姫さまのいる前で王さまに恩赦を願い出たことはものすごく勇気のいることだったわ。そのあとも、機会があれば恩赦を願い出ているようだけれど、詳しいことはあたしにはわからない。
エイトと姫さまの結婚の話が公になったら、リーザスに帰って恩赦のムードを高めたいと思ってる。勇者のお兄さんが暗黒神に操られて罪を犯し、捕らえられているけれど、勇者とお姫さまの結婚を機に許してはどうかって。ああ、一度帰りたい! どうにかならないかしら……っていうか、あたしにそういうことをさせないようにずっとトロデーンに? まさか……?
エイトと話したい。もちろん、ククールとも。でも、サザンビークに行ってきてから、イシュマウリさんのところへ行かれないでいる。ククールなんてどっか行っちゃったし……。
あたしは、サザンビークからの帰り道のことを思い出していた──。
──サザンビークからの帰り、あたしはものすごく驚いた。だって、行ったときは、王さまと姫さま、それにエイトとあたしにククール、お城の兵士は2人(そのうちの一人はエイトの監視係のあいつ)だったのに、帰りにサザンビーク城下を出ると、トロデーンの軍……そうよ、軍隊が待っていたの。
ククールは、ひゅーって口笛を吹いてたけど、あたしほど驚いていなかった。あのヤンガスでさえ、平然としてた。まあ、ヤンガスはきっと事前に聞いてたのだと思うけど。あたし一人が腰を抜かしかけたわ。雨の中、いえ、嵐の中、軍隊がずらーっと並んでいるの。あたしったら、トロデーン軍て、こんなに人数いたのね、なんて間抜けなこと考えながら目を見開いていたわ。
で、その軍隊に守られるようにしてあたしたちはトロデーンへ向けて出発した。エイトは今度は御者じゃなく、馬に乗って馬車の真横を進んでいた。あたしとククールとヤンガスは隊列の後方でちょっと放っておかれた感じだけど、例のエイトの監視係がククールにべったりついて。
あたしは道々ククールにどうして軍隊がいるのか聞いた。ククールによると、王さまとミーティア姫、それに渦中のエイトがそろってサザンビークに行くのは、大変なことだって。伴の人も最小限にして乗り込むなんて、まったくの丸腰で戦地に赴くようなものだって言った。実際は、軍はあたしたちのはるか後方から守っていたんだけれど。で、サザンビーク城から出てこなかったり、何かコトが起きたらこっちだって武力行使だ、という意思表示として待っていたそうよ。あの部屋でクラビウス王が窓辺に行ったのは、もしかして外の様子を伺っていたのかも知れないわね。
「嵐がひどくなってきたな」
ククールはそう言って空を見上げた。
「そうね。来た時より風が強くなっている気がするわ」
お城に入る前に身支度を整えたのに、またずぶ濡れになっていたあたしたち。
帰りは軍隊も一緒だから、進むのが更に遅い。
馬車や馬に乗っているエイトの姿は雨で煙って見えない。
古代船の所まではまだ距離がある。てゆーか、軍隊はどうやって来たのかしら。トロデーンの持っている船を全出ししてるのかしら。
雨音が強すぎて、すぐ隣にいるのに大声で話さなければ声も聞こえなかった。あたしとククールはほとんど怒鳴りあいながら話を続けていた。
「……じゃあ、トロデーン城はもぬけのからじゃないの?」
「いや、軍の一部は残っているはずだよ」
「それでも、もし、アスカンタが……いえ、アスカンタはそんなことしないわね、ええと、すごく強い悪い人が大量にお城に押し寄せてきちゃったらどうなるの?」
王家の人と主要な兵士がいないんですもの、攻められたら大変じゃない?
あたしのそんな疑問に、ククールは笑って答える。
「はは、よっぽどアホな荒くれどもならやりかねないが、アスカンタもそうだし、聖堂騎士団とか革命家も攻め込むなんてしないさ」
「そうなの?」
彼らにとってみればチャンスじゃないの?
「そういう状態の城を攻めるなんて、この平和なご時世にあってはならないことなんだ。今回のサザンビーク行きは、サヴェッラにも届けを出しているはずだ。サヴェッラの騎士団も警備に行ってると思うぜ。それに、もし万が一、ゼシカの言うように、なんかの勢力がトロデーンを制圧したなんてことがあったら、三国の協力体制が効いて、アスカンタとサザンビークはトロデーンのために武力行使をするんだ」
「ええっ? そうなの?」
「三国の連携は、そう言う面で強い。それぞれ王室が大切だからな。サヴェッラも味方に付く。一人残らず許さないよ」
「そうなの……。全員煉獄島?」
「いやいや」
ククールはそう言って、手で首を切る仕草をする。監視係の兵士がちょっと嫌な顔をするのが分かった。
「やだ、怖いのね」
「そっ。だから、そういうことを知らないよっぽどの間抜けじゃなきゃやらないさ。おっと、船が見えてきたぜ」
ククールに促されて前を見ると、マストが何本も見えてきた。
やっぱり、相当な数の船を出したのね。
隊列が止まる。
「勇者の皆さん、ご苦労様でした。皆さんはキメラのつばさで移動をお願いします。自分も参りますが……」
エイト監視係の兵士がそう言った。
「わかった」
ヤンガスが頷く。
「オレは聞いてないぜ。ゼシカもだろ?」
「えっ? ええ」
ククールにそう言われて、あわてて返事をする。
「エイト兵士長がそうするようにと。もちろん、トロデ王からの命でございます」
あっそう。でもなんで?
「まあ、そういうことなら仕方ねえか。城でシャワー貸してくれるんだろ?」
「もちろんです」
ククールはあっさり引き下がる。っていうか、キメラのつばさ使えるならそのほうがいいじゃないの。どうして聞いてないとか言っちゃってるの。
兵士が翼を取り出そうとする。するとククールはその手をつかみ、「ルーラで行こうぜ」と言った。
兵士は、えっ? とククールを見る。
「オレが連れてってやるよ。キメラのつばさでの移動と、ルーラでの移動じゃ、ちょっと感覚が違うんだ」
うそでしょ?
監視係の兵士はきょとんとしたまま。
「……オレの肩に手を置け。もう片方はトゲトゲに捕まっておけ。ハニーはオレの手を……」
別に手なんかつながなくても……。でもククールはにやにやしてあたしに手を出す。仕方ないわね……あたしは手をつなぐ……紙? ククールの手の中に紙が。あの溶ける紙ね。さすがイカサマ師。こういう小技はお得意ね。
ククールがルーラを唱える。行先はトロデーン。この監視係を言いくるめるために、間違ったふりしてどこか怖い所でも行くのかとちょっと思ったけど、あたしたちはトロデーンにちゃんと到着した。
あたしはシャワーを借りる前におトイレに行き、ククールが寄越した手紙を読んで、すぐ流した。「あとで消えるけど、心配いらないxxx」ですって。まあ、そんなことになるだろうとは思っていたけれど。ただ、見張りが尋常じゃなかったから、どうやって「消える」のか心配だったわ。
で、あたしたち三人は、エイトたちが帰ってくるまで軟禁状態でゲストルームに。例の監視係も一緒。もちろん、部屋の扉は開いていた。何かしでかさないか見張るためよね。かなり窮屈な感じだったけれど、まあ、おいしいお茶とお菓子を出されたからいいか。……あたしったらヤンガス並に食いしん坊だわ。
それからは、あまりにヒマだったから、ククールの持っていたカードをして時を過ごした。込み入った話はできないし、ヤンガスも一緒だから、適当な話でごまかすこともできないしね。ククールはイカサマのやり方を教えてくれるんだけど、あたしもヤンガスも全然できなくて。バカみたいにゲラゲラ笑って過ごした。
あたしはククールがいつ消えるのかずっと注意して見ていたのだけど、いつの間にかいなくなっていたわ。いついなくなったか全然わからなかった。これは本当。エイトたちが帰ってきて、一緒に夕食をとったときはまだいた。ダイニングがいつものように解放され、王さまと姫さま、ククールもあたしも、ヤンガスもエイトも一緒だった。その後、ゲストルームに送ってもらって、翌日になるまで、ククールが消えたことは分からなかった。
そして翌日のこと。
「ゼシカお嬢様」
ノックの音と同時に声がかけられる。
「はい」
身支度はまだだったけれど、メイドの声だったから返事をして部屋の扉を開けた。
「おはようございます。お起こしして申し訳ありません」
「いいわよ、何かしら」
「はい、ミーティア姫さまがお呼びでございます。お支度ができましたら、姫さまのお部屋にご案内いたします。ご朝食はその後にご案内いたします」
「わかったわ。すぐに支度をします」
あたしは扉を閉め、支度を始めた。
姫さま……。きっとククールのことだわ。夜のうちにどこかへ行ったのね。ククールもどこかゲストルームに泊まっていたのかしら。部屋からいなくなったとしたら、イシュマウリさんのところへ行ったとしか考えられない。イシュマウリさんのことは、王さまだって姫さまだって知っている。あそこでこそこそ密会しているなんて知れたら大変よ……。まあ、竜神族の里と違って、簡単に行かれる所じゃないけれど。
月の光のないときは行かれないんだし……。
あたしは身支度を整え、ふうっと深呼吸をした。大丈夫、あたしは、姫さまも大好きだけど、エイトに幸せになってもらいたいの。エイトが姫さまを選ぶなら、もうそれはそれで仕方がないとは思う。ククールだって納得しているんだろうから。……でも、あの二人の心はしっかりつながっている。今後、どうなるかはわからないけれど、今は、マルチェロを助けなきゃ。それがエイトの望み。エイトの望みをかなえたい。
あたしはメイドと共に姫さまの部屋へ向かった。
「ゼシカさん、おはようございます。ごめんなさいね、お疲れの所、お呼びしてしまって」
ミーティア姫さまは、少しもお疲れの様子もなく、背筋をのばして椅子に座っていらした。
「姫さま、おはようございます。あたしは大丈夫です。姫さまこそ、お疲れではありませんか」
姫さまは、ありがとうございます、大丈夫ですわ、とおっしゃいながら、メイドを下がらせる。
「……ククールさんがいないのです」
「ククールが?」
姫さまは大きな瞳をあたしに向ける。少しだけ、射るような光が見える。
「夕べ、一緒に夕食を頂いて、あたしはすぐに部屋へ戻りましたが、そのあとククールには会っていません」
「そうですよね。……何か、ククールさんから聞いていらっしゃいませんか? この後どうなさるかとか……」
まさか、消える予定でいましたよ、なんて言えるはずもない。
てゆーか、ククールがどうするかですって? どこへ行くか、じゃなくて?
「ごめんなさい、特に何も……」
「ええ、そうですよね、ゼシカさん。ごめんなさい……。ククールさんはドニにおられたそうですけど、ドニにお帰りになったのでしょうか」
「ええ、ドニから来たとは言っていましたけど、どこへ行くとかは言っていませんでした。昨日の今日でどこかへ行ってしまうなんて思いませんでしたから、あたしも何も聞いていません。ただ、どこに行ったと思うか聞かれたら、あたしもドニに行ったんじゃないかと答えます」
それは本当。ククールは、あたしが姫さまの近くにいることを知っているから、あたしには詳しいことを言わなかったのね。……エイトは知ってるのかしら。
「……エイトも聞いていないと言っております」
姫さまは、あたしから目をそらさない。
なんて強い力なの?
でも、本当に知らないもの。答えようがないわ。
姫さまはあたしを疑っていらっしゃる。まあ、無理もないわね。エイトの出生のこと……竜神族の里のことも黙っていたあたしですもの。
「……あの、ククールがいないとお困りのことでもあるんですか?」
あたしは聞いた。
姫さまは、少し困惑を見せ、「いいえ、ございませんわ」とおっしゃって、営業スマイルをなさった。
エイトさんとミーティア姫の結婚式が近づいてきました。マルチェロ視点の第三章のときの他の人の動きを書いています。このまま結婚式とマルチェロの脱獄まで続いていきます。次は、ある人が初めて語ります。