サヴェッラ騎士団員が皆に着席するように促し、話しはじめる。
「……トロデーンに捕らわれている囚人について、サヴェッラは身柄を要求します。ですが、トロデーンの王はそれを拒んでいる。それから、トロデーンではミーティア姫の婚礼を予定していますが、その届が出ていません。あの囚人を置いたまま、婚礼を行う事は、サヴェッラは容認しない。……アスカンタは、この件に関しては、出た結果に従います。囚人について、なんら意見はありません。ミーティア姫の結婚が滞りなく行われることを願います。……サザンビークも同じです」
囚人、ククールの兄さんのことだ。
サヴェッラの騎士団員は、書類から目を上げ、一同を見回した。そして続ける。
「今日は囚人とそれにまつわる事項の決定がなされなければなりません」
まつわる事項ってなんだよ?
俺は薄っぺらな脳ミソを撹拌した。とにかく、ここで決定される事柄に関しては、アスカンタもサザンビークも異を唱えるつもりはない、ってことでいいんだな?
サヴェッラの騎士団員は事務的な無表情のまま、再び書類に目を落としながら話しはじめた。
「……ミーティア姫の王配となるサザンビーク故エルトリオ王子の子、エイト殿は、暗黒神を倒した勇者でもあります。ですが、勇者の仲間、ククール氏は囚人の義理の弟であります。それについて、トロデーンはどうお考えなのか」
沢山の目が俺に向けられるが、俺は何も……。
そう思っていると、別の騎士団員が書類を手に発言する。
「勇者ククールと囚人は父親が同じ兄弟です。ですが囚人は使用人との間の子、ククール氏は正妻の子であります。したがって、トロデーンの勇者とは何の関わりもありません」
この騎士団員はトロデーン担当。こいつの言う通りだな。俺もそこは同意見だ。なんでまたあのきょうだいとエイトの兄貴の関わりなんて話題にするんだ。全然関係ねえぜ?
「……ですが、血のつながりはある。トロデーンとサザンビークの間にあった古き結婚の約束も、エイト殿がサザンビーク出身、つまり、サザンビーク王家の血筋であるから実現できるもの。ここで血筋は関係ないと言えんでしょう」
サヴェッラ側は「血筋」にこだわる。なんだってんだ。兄貴の血筋とククールの血筋は関係ねえだろう。
「……サザンビークからは意見なしでよろしかったですね」
「はい」
サヴェッラはなぜかサザンビークに話を振る。サザンビークはさっき、意見なしってなってなかったか? なんでまたここで確認なんてするんだろうか。すると、今まで黙っていた男がコホンと咳払いした。こいつがサヴェッラの裏担当だ。奴はトロデーン担当騎士団員とサザンビーク担当騎士団員の顔を交互に眺めながら言った。
「……いいんですか? そちらの血筋のかたが、囚人と関わる人物とともに『勇者』であるということですが」
おいおい、なんだそりゃ。確かに、1年もの間、一緒に旅をしてきた仲間だ。だがその間に血縁関係が生じるとでも?
「お待ちください、エイト殿の血筋と囚人とは関係ないのでは?」
アスカンタ側の騎士団員が声を上げる。その隣で腕を組んだままの兄弟子も頷いてくれた。だが、サヴェッラの裏の奴は不敵な笑みを浮かべる。
「いや、法曹界からみれば、同じ穴のムジナ、ってことにも見えますよ」
「おい、どういうことだ?」
なんか、エイトの兄貴がバカにされたような気がして、俺は反論してしまった。すると待ってましたと言わんばかりに、俺を攻撃してきやがった。
「トロデーンのヤンガス、あなたも勇者の一人ですね。あと、リーザスのお嬢さんとその4人が勇者という……まあ、あなたも出は山賊という」
「……」
うえっ、黙ってりゃ良かったか? 勇者に「出」なんて関係ねえだろが。だが俺は、「元」であっても山賊にゃ違えねえ。
「おい、ヤンガスはとっくに足洗ってんだ。でなきゃこんな仕事にはつけねえだろう?」
サヴェッラの意地の悪い意見に、俺の兄弟子が言ってくれた。
「それはそうですね。エイト殿の私設警護人ですから、身元はトロデーン王室というより、あくまでもエイト殿の保障です。そうなると、サザンビーク出身のエイト殿ですから、サザンビークの血筋も……」
「ちょっと待てよ、サザンビークはそれこそ関係ないだろう?」
知らんふりしていた荒くれが声を上げる。こいつはサザンビークの裏担当だ。こいつには何度も会って話もしている。
知った奴だからって、俺の味方というわけではない。なぜなら、それぞれに親分がいる。裏切るわけにはいかない。俺だって、もし兄弟子がピンチになっても、トロデーンを、いや、兄貴を裏切ることはできねえ。それが俺たち渡世人の掟だ。
だいたい、なんだってこんな話になっていやがるんだろう? 俺にはさっぱりわけがわからねえ。わけがわからねえから、他の奴らがやいのやいの言い合っているのを、しばらく黙って聞くことにした。誰が何を言いたいのか、本当の目的はなんなのか……。
トロデーン担当の俺は、もちろん、兄貴のご結婚が滞りなく行われることを目的としている。まあ、すんなりいかない事情はわかっている。ククールの兄さんのことがあるから。あの人が牢にいようがいまいが、おれは全く気にしないが、サヴェッラの、囚人を抱えたままで慶事を行うべきではないという主張も少しわかる。それは、ククールの兄さんだけじゃない、他の囚人がいることも同じだ。だから、恩赦で囚人の罪を赦し、負の事柄のない状態で結婚式を行えばいいんじゃねえかと思っている。俺は、ずっとそう思っている。ククールの兄さんの罪はまあ、あれだ、いろいろあったが、暗黒神も倒れたんだし、呪われたトロデーンも元通りになり、エイトの兄貴と姫さんの結婚なんていう、でかいお祝い事があるんだし。サヴェッラだって、ごちゃごちゃ言ってねえで、トロデーンに恩赦をしてはどうかと言ってやりゃあいいじゃねえか。
……話を聞いてりゃ、今度はアスカンタも巻き添えをくらっている。ククールたちがいたドニとかマイエラ修道院はアスカンタの管轄だからな。ついでに言えば、パルミドもだが。まあ、パルミドは世界中が「無法地帯」って認めてるから、アスカンタの管轄とは言えねえか。
……次は賢者の話になってきた。7賢者は、トロデーン地方で2名、アスカンタ地方で1名、サザンビーク地方で2名、独立国家オークニスで1名、サヴェッラで1名。アスカンタなんて、暗黒神の杖は全然関係ないよな。オディロ院長のことは、マイエラ修道院内での出来事だし、あと法皇様を除けば一般市民。機能していなかったトロデーンには、マスターライラスとサーベルトのことは責任がとれない。サザンビークも自分の城下で起きたことじゃねえし、オークニスに至っては誰もその責任なんてとれない。いや、七賢者殺しの犯人は暗黒神なんだから、俺たち勇者が犯人を倒したってことで一件落着じゃねえの?
「……そもそも杖が……」
ああ、今度は杖の話になってやがる。まあ、なんだ、あれはドルマゲスが盗んだんだから、殺人犯をドルマゲスとレオパルド、って説もあるか。でも、操られてたんだぜ? 責任あんのか?
ああ、そうか。この件で、殺人に関わって生き残っているのがククールの兄さんか。だからみんな、あの人の処遇に困ってるのか。困ることなんてねえだろう。恩赦で釈放してやりゃいいんだから……。いや、そもそもあの人は法皇殺しの罪で入ってんのか? ニノを煉獄島に入れた罪か? まあ、どっちにしろ、サヴェッラにしてみりゃ邪魔な存在だよな。ああ、だから恩赦にされると困るのか。それで身柄を寄越せって言ってんだな。
「……煉獄島が……」
煉獄島の話も出てきた。俺も数カ月入れられた。思い出したくもねえが。サヴェッラに身柄がいけば、間違いなくあの人は煉獄島行きか。一生出てこられないだろうな。……暗黒神事件の全ての責任を押し付けるみたいだよな。悪いのは暗黒神なのに。杖に関わったせいで……。
そもそも三国の王室は、サヴェッラなんてお飾りとしか思ってねえだろう。トロデのおっさんはなんでククールの兄さんを恩赦にしてやらないのか……。そこは謎だ。また俺だけがわからねえのかも知れないが。
もしかして、トロデのおっさんが恩赦にしないのは、なんらかのサヴェッラの圧力があるからか? 表立ってはサヴェッラの力は絶大だ。世論は女神を崇め奉ることで平和的になっている。ある意味建前だ。「さあ、女神の教えにしたがって正しく生きましょう」ってだけの話だろ? 俺は神様なんて何とも思っちゃいねえが、否定する気もねえ。サヴェッラは、なんだかよくわからない「正しい」ものを正しいと決め、崇高なものとして担いでいる。それで世の中がうまく回ってるんだろうな。
軍隊的な力で言ったら、三国が協力したらサヴェッラなんて軽くひねられる。一瞬で全滅だ。だが、サヴェッラは不可侵。そうすることで、三国の均衡が保たれている。国同士で何かあれば、サヴェッラが中に入ることになっている。サヴェッラの決定を覆すわけにはいかない……。
そんな力を持つサヴェッラに移送しちまったら、勇者仲間のきょうだいが重罪人だなんてことになり、兄貴の実績に傷がつくってことか。いくら関係ねえって言ったって、この慶事に出てきていい話じゃねえな。時が経っていればまだいいが。じゃあ、待てよ、兄貴の結婚の話が進まないのはわざとか? サヴェッラに届が出てねえって言ってたよな。結婚を遅らせて、少しでもククールの兄さんのことを世間が言わなくなるのを待っている?
じゃあ、サザンビークに行ったのは……。そうか、このままだと姫さんはサザンビークに嫁ぐことになるからか。いや、その場合でもククールの兄さんの話は出る。そのほうが余計にややこしくならねえか? ……いいのか。姫さんとトロデのおっさんが姿を変えられてたなんて、信じる奴は少ないし、呪われて石になってた、ってことでゴリ押しできる。チャゴスと結婚するんなら、兄貴がどこの誰だって関係ねえし……。勇者とトロデーンは切り離して考えられる。だが、兄貴は、ご自分の出生打ち明け、姫さんとの結婚を申し出なさった。兄貴は姫さんと結婚したいわけじゃねえだろう。チャゴスのとこなんか嫁に行くのは可愛そうだから……。そうか。全ておっさんの……。
俺は頭を抱えた。兄貴、兄貴はトロデーンの兵士なんでがすね。なんて忠義な……。今まで俺に優しくしてくださったわけがわかる気がする。兄貴こそ、漢の中の漢。そこまでトロデーンに義理を感じなすって……。
「……ですから囚人は……」
話が戻っている。操られていたとしても、法皇を暗殺し、暗黒神を呼び覚ますきっかけの一つを作った。ドルマゲスもレオパルドも死してその罪を償っている。死罪の話になってきている。エイトの兄貴が恐れていらしたことだ。誰がどこであの人を処刑するのか。
トロデーン担当の騎士団員が書簡を出し、立ち上がった。書簡を読み上げる騎士団員。サヴェッラを始め、全員が耳を疑った──。
* * * * *
「……では、囚人はサヴェッラへ移送ということでよろしいですね」
「それが最善でしょうね」
「止むを得ません……」
ククールの兄さんはサヴェッラへ身柄を移されることで話し合いは終わった。囚人の処罰より、エイトの兄貴と姫さんの結婚を重視したためだ。
未来へ向かって進まなければならない。過去の過ちは償却できるものではないという決定だ。その後の処罰はまた話し合われるということになった。
裏の話し合いの結果を持って、サヴェッラの騎士団員はどこかへ行ったようだ。おそらく、エイトの兄貴が出席されている「表」のほうの話し合いの場だ。
「……まさか、勇者にカタをつけさせようとしていたなんて」
「トロデーンにしてはそれが最善だったのでしょうが、それではサヴェッラの立場がない。サヴェッラが許すはずもない」
ひそひそと皆が話す中、兄弟子が近寄ってきた。
兄弟子と話しながらさっきの詰め所へ戻る。
「……ヤンガス、お前、本当に何も聞いていなかったんだな」
「へい。寝耳に水でがした。ククールに自分の兄貴を討たせようなんて……」
そう。トロデのおっさんは、トロデーンの体面のために、ククールに処刑させようとしていた。
それを聞いた時、俺は言った。「ククールの兄貴が人殺しなら、俺たち勇者も、ドルマゲスという、悪人を殺した。呪われていたレオパルドという犬も殺した。そして暗黒神という神をも殺した。人殺しであり、動物殺しであり、神殺しだ」と。
話がまとまらないようだったら、俺の好きなように言っていいと、兄貴に言われていた。俺の言葉は、いつも兄貴がおっしゃっていたことだ。俺たち勇者とか言ったって、殺しをした。それも意志を持って。倒すべき意志を持って、ドルマゲスとレオパルド、そして暗黒神に立ち向かった。もっといえば、この旅の終着点にたどり着くまでにたくさんの魔物を倒した。あいつら魔物は輪廻転生でまた復活してくるのかもしれないが、それはわからない。もしかしたら、ドルマゲスもレオパルドも、暗黒神も甦るのかもしれない。だが、それはわからない。
俺がそう言うと、みんな黙った。世界を救った俺たちを、神殺しだの人殺しだの言わないことは分かっていた。俺たちがやらなかったら、もっとひどいことになっていたと予測できるから。ドルマゲスもレオパルドも、何の罪もない人たちを殺した。それは暗黒神に操られていたから。そんなことは皆、分かっている。
俺はまた言った。「ククールの兄さんを処刑するなら、俺たちのことはどうするのか」と。
サヴェッラは、ほとほと困った顔をして、それはトロデ王と意見が分かれますが、と言った。俺は、最後の手段に出た。兄貴の許可ももらっている。「これは、エイトの兄貴をリーダーとした、俺たち勇者の意見だ。ククールの兄さんの処刑をするなら、俺たちも処刑してくれ」と言った──。
ククールの兄さんの処刑を阻止するためには、それをまるごとつぶすような大きな覚悟を示さねばならなかった。まさか、勇者4人を処刑するなんて、世界中が許さないし、ありえない。だから、これは、裏の交渉でなければできない。
「まあ、エイト兵士長も必死なんだな。国も仲間も守るために」
兄弟子はそんなことを言ってくれた。
サヴェッラにしてみりゃ、胡散臭いことをずっとやり続けてられるのも、3国の王室がサヴェッラの法曹界の独占を認めているからで、王室に剣を抜かれたらただでは済まない。そして、今や俺たち勇者の力は最大限のところにきている。もし、ククールの兄さんを死罪に、という話になったら、兄貴は「俺たちも処刑しろ」と言えと。
まさかククールに自分の兄貴を処刑させるなんて狂った提案を、トロデのおっさんがしていたとは思ってもいなかったが。
「まあ、トロデーンのあの提案は、杖を盗まれた責任をとるために、最もひどいことをする覚悟があるという意思表示だったんだろう」
兄弟子は詰め所で用意されていた茶をぐいぐいとあおり、そんなことを言った。
──勇者ククールにそんなことをさせなくても……
──そうですね、トロデーンに置いたまま結婚の儀を行うより、サヴェッラが身柄を引き受けるのが最も良い案でしょうな……
そういう意見が出始め、話し合いは一気に終わったんだ。
結局、トロデのおっさんがククールの兄さんをどうしたかったのか、真相はわからない。……それを兄貴に聞いてはいけないんだろうな……。
詰所でしばらく待っていると、エイトの兄貴がお戻りになった。
「ヤン、お疲れさま」
兄貴は俺の肩に手を置き、ほっとされたように小さく微笑まれた。
マルチェロがサヴェッラへ身柄を移されることになる話でした。次は脱獄のことになります。