二人暮らし
ククールと二人で暮らしはじめて、3月ほどが経った。この家での生活にも慣れ、穏やかな日々を過ごしている。
世界を統べようとしていたことなど、まるで遠い昔のことのようだ。ゴルドで負け、弟に助けられるも投獄され、脱獄。何者かに監禁された後、弟とともに逃亡したあとはこうして世の中と関わりを持たずに生活している。
暗黒神が倒れた後の人々の生活は、暗黒神の存在など知らなかった頃と同じようである。所詮、人は皆自分の生きるのに精いっぱいなのだ。傍目では他人を支配しているようでも、その実、いつ彼らが武器を手にして襲い掛かってくるかと考え、他を支配することに、自らが支配されているのだ。
思い通りに行かなくて当然なのだ。それが世の理だ。だが、支配者は、己の余りある力を外界に向け、世の理すら意のままにしようとする。
暗黒神は神である。神すら支配者とはならないのだ。
* * * * *
「……仕事を探そうかと思うのだが……」
「いいって……。兄貴はうちにいて。オレが稼いでくるからさ。贅沢させてやれないけど、食うもの困らなけりゃいいだろ?」
この家に来てすぐに、ククールは仕事に就いた。三角谷で言っていたように、砂漠地域の観光のガイドである。私も一緒に行くのだろうと思っていたが、ククールは、魔物退治は一人で十分だと言い、ほぼ毎日仕事に出かけている。
観光ツアーは一日3コースあるらしいが、客の希望で時間が前後するため、早朝から出かけたり、深夜過ぎに帰ってくることもあり、なかなか規則正しい生活とは言えない。
養われていることが歯がゆい。弟にばかり苦労をかけさせているようで。
「では、たまにはお前に変わって私が行こう」
「ダメダメ。兄貴はほら、あれだから、まだ一人でうろうろしちゃダメだよ」
あれだから、か。私が出ていくことでククールが困るならば、私はそれに従うしかない。
だが、不規則な労働は体調を悪くする。このところ、疲れからか食欲がないようで、アルコール以外で口にするものと言えばスープのようなものばかり。
「顔色が悪いぞ」
「そう? 疲れたのかな」
「早く寝ろ」
「寝るよ。でも一人じゃ寝られない」
ククールは毎晩のように私を求める。最後まではいかないものの、弟に犯される日が近づいているという予感はしている。
あんなに忌み嫌った弟に、好きなようにされているとは。
こんな関係はおかしいと思っていても、全身を這う弟の白い指先、熱い吐息は、意識とは裏腹に私を昂らせる。
「抱いて欲しいならそうしてやるぞ……」
「いい……兄貴は優しいだろ、違うんだ」
「激しくして欲しいなら……」
「違う……もう黙ってよ」
私の内腿に吸い付きながら、弟は私の物を扱き続ける。
一体、どうしたことなのか。
逃亡中、ドニの宿屋で隠れ住んでいたときは、私にすがりついて毎晩悲しげに泣いていた弟。その弟が、今度は激しく私を求めている。
私は、この弟に何をしてやればいいのか。このまま黙って、されるがまま流されていけばよいのか……。
「兄貴……すごいおっきくなってる……」
「お前がそうさせているんだろう」
「ね……、気持ちいい?」
「……」
「なんか言えよ……」
言え、と言っておきながら、弟は覆い被さってきて唇を重ねる。返事ができないので、遠慮なく侵入する舌に応えてやる。
舌を絡め合う。硬く屹立した私たちの中心も擦れ合う。
「あっ……兄……」
弟の呼吸が荒く早くなる。
私は内腿で弟の物を挟んでやる。弟は激しく腰を振り、短い喘ぎ声を上げた。
「……ああっ……」
ついに弟は身体をのけぞらせ、私のものをつかんだまま、もう一方の手で自分のものを扱く。
「うっ……んっ!」
弟は私の腹の上に欲を解き放った。
弟の物は私の腹の上でひくひくと波うつ。弟は天を仰ぎ、はあはあと肩を大きく上下させる。銀の髪がさらさらと揺れる。
なんと美しい獣だろう。白くしなやかな身体。銀色に輝く長い髪。つや消しの朱色の唇。サファイアの瞳。美しく、激しい。
獣の汗が細い顎を伝い、首を伝い、胸筋から腹筋の中央を伝い落ち、私に降りかかる。私は、弟の汗と精液にまみれ、不思議な思いにとらわれていた。
──私は、弟に愛されているのだろうか。私が、弟を愛しているのだろうか──。
身体を洗うために寝台を降りる。
「なあ、一緒に寝てくれよ……」
「わかっている。すぐ戻る」
水屋で身体を洗って戻ると、弟はすうすうと寝息を立てている。毎晩のことだ。疲れているのなら、こんなことをせずさっさと眠ればよい。だがしかし、20歳の若い身体ではどうにもならないのだろう。
投げ出された白い身体。まるで無防備。私は濡らした布で弟の身体を拭いてやる。
よく見れば、肩口からひじにかけて切り傷がある。治癒呪文をかけようと、そっと横向きにした。
「………」
背中が傷だらけだ。
四方から襲ってくる魔物から旅行者を守るため、どれほどの戦いをしているのかがわかる。竜骨の迷宮には、一体どんな魔物がいるのだろうか。
かつて、サヴェッラで地位を確立するために、関係者に身体を投げ出した自分のことを思い出した。満身創痍の私に献身的に尽くしてくれた騎士団員がいた。
私は、私利私欲のために身体を使った。しかし、弟は私のために戦っているのだ。今、私が弟のためにできることはその体調管理くらいしかない。
私は集中し、ゆっくりと回復呪文を唱えた。意識を集中して行うことで、より癒しの効果が高まる。
だが、呪文で治せない傷が、数ヶ所残ってしまった。マイエラに、まだあの騎士団員はいるだろうか。弟のために、薬をとってこよう。マイエラが駄目ならば、オークニスに行こうか。
己を愛するように、弟を愛しなさいとオディロ院長はおっしゃった。
私は弟を愛さなかった。いや、愛せなかった。なぜなら、私が私自身を愛していなかったからだ。おそらく、私は誰のことも愛していなかった。私は誰にも心をゆるさなかった。それでも、誰を最も愛していたかと問われれば、尊敬の対象でもあるオディロ院長様だと答えただろう。
だが今は、弟に求められ、弟に愛されていると感じ、愛されている自分を見ることができた。
何の見返りも求めない、無償の愛が私の中に生まれていた。
世の母親がそうするように、無償の愛は、誰の心の中にも存在できる。
オディロ院長は意味もなく我々を「愛し子」と呼んでいた訳ではない。
あのかたは、無償の愛を我々に与えて下さったのだ。
私の中で、何かがはじけた。
温かい、優しい思い。
これが愛でなくて、何だと言うのだろうか。
愛しい。愛しい。愛しい。
ククールよ、お前が愛しい。
お前の幸せのために、全ての幸せのために、私は無償の愛を与え続けることを誓おう。
お前に安らぎを与え続けることを誓おう。
マルチェロは、やっと自分のことと切り離してククールのことを考えられるようになりました。この人も相当なブラコンです。ククールは竜骨の迷宮の観光ガイドとして働いています。