暗黒神討伐のお礼参り二日目、ポルトリンクに泊まった僕たち。ちょっとした誤解があったけど、すぐに解決した。僕とゼシカの間には何もなかった。うん。これからもきっと何もない。
これから僕たちは南の大陸へ渡る。古代船を使ってもいいけれど、王から、移動はなるべく定期船でするように言われている。
「定期船、すぐに出るわよ」
ゼシカの粋な計らい? ……ヤンは脅しだって言うけど……とにかく、南の大陸へ渡る定期船をすぐに出してもらえることになった。
定期船の乗組員は、みんなゼシカの手下(?)だ。ポルクとマルクの一件もあったし、みんな僕たちによくしてくれる。乗組員の人が、他の乗客に僕たちのことを話すから、ちょっと照れくさかった。
一通り話したあと、僕たちは4人で固まって景色を眺める。雲の多い朝だ。南の方は暗い雲に覆われている……。
初めてこの定期船に乗ったことを覚えている。ドルマゲスを必死に追っていて、どうしてもこの定期船に乗らなきゃならなかった。でも、魔物のせいで舟航していなかった。
「オセアーノンと戦ったんでがすよね……」
「そうね。懐かしいわ」
ヤンもゼシカも同じことを考えていたみたい。
オセアーノン。定期船の航路を邪魔していた大イカだ。あれ? タコだっけ?
「オセアーノンを退治して、やっと嬢ちゃんに認めてもらったんだっけなあ」
「ちょっ……! 止めてよヤンガスってば」
「なになに? どうした?」
オセアーノン退治の話や、ゼシカがパーティーに加わってからの話を、ヤンが誇張してしゃべり始める。
ククールはお腹を抱えて笑い、ゼシカは真っ赤になって怒っている。
そうだよね。あの時、僕たちまだ弱くて……。ゼシカに戦いに慣れてもらおうって、またトラペッタに戻ってみたり。
ククール、君に会うまで、僕は何を考えて毎日を過ごしていたんだろうか。
「……なのか? リーダー?」
「えっ?」
急に話をふられる。
ごめん、聞いてなかった。
「そうよ……船酔い……」
「ああ、大丈夫だよ、ゼシカ。心配ないよ。この距離なら、こうして空を見ていれば大丈夫なんだ」
「そう? ならいいけど。気分悪くなったら言ってね」
僕の船酔いは酷くて、いつもみんなに迷惑をかけた。ククールに酔い止め薬を作ってもらったり。でもこの旅で、ずいぶん慣れたよ。海上巡回にも出られそうだ。
カモメがきいきい言っている。
南の大陸が近いんだね。
君のふるさと、マイエラはもうすぐ。
「相変わらず、感じ悪りいな。騎士団の奴らは」
「知ってる奴じゃねえのか?」
「ああ、新入りだろう。見たことねえな」
船着き場が見えてきた。警備はマイエラの騎士団員だ。定刻外の船の到着に、少し苛立ちを見せている。
「ポルトリンクから渡ってくる悪党は、フツーの人間のような顔をしてやってくるからな。挙動不審なヤツを捕まえようと目つきも鋭くなっちまう。抑止力にはなってるんだろうが、だからってあんなに不愛想にすることもねえのにな。まっ、オレたちは大丈夫さ」
騎士団員の黙視に耐えながら、僕たちは船を降りた。
ゼシカの威光も、ここ南の船着き場では効力はない。定期船の乗組員だけが、大げさにゼシカに挨拶を入れる。騎士団員は、それも無視だけどね。
「天気悪いな」
ククールが空を見上げた。
夕べまで、穏やかに晴れていたのに、今朝のポルトリンクは曇っていた。南の大陸の方が天気が悪いみたい。霧が低く立ち込め、小雨が降っていた。
オディロ院長のお葬式も、雨だったね。
みんな、なんとなくそのことを思い出しているんだろう、黙ってマイエラへ歩を進める。
「霧が深くなってきたわ……」
「足元気をつけようぜ」
船着き場から少し歩けば、すぐにマイエラ修道院が見えるのに、霧のせいで、その姿が見えない。森の方なんて真っ白だ。
黙って歩くのはきつい。今までは、たとえ無言でも、馬車の音があった。姫がずっと引いていた馬車の音が。悪い道では、荷車の中で錬金釜がカタカタ音を立てていた……。
今は、立ち込める霧がわずかな雨音もを吸収してしまい、僕は無音の白い空間に放り出された気持ちになった。
目標を見失わないように、マイエラ修道院の方向をしっかり意識しながら歩く。
ゆっくりと踏みしめる。足を伝って全身を駆けめぐる冷たい痛み。僕らの旅の一歩一歩を心に刻めと言ってるんだろうか。
やがて修道院のシルエットがうっすらと見えてきた。
ふと見回せば、修道院の地下牢から続いていた馬小屋がぼんやり見える。地下牢から秘密の抜け道を通って、あの馬小屋に出たんだよね。あの時、ククールの背中を見つめながら、ククールとマルチェロさんのことを考えていた。修道院という閉鎖された社会。僕たち兵士とも似ていると思った……。
修道院前の橋を渡る。こんな日でも、入り口には修道士が立っている。彼は、無我の中にいるような、穏やかな笑みを浮かべていた。
ククールは正面から入らず、建物横の川べりからお墓に向かった。僕たちは黙ってククールの後ろを歩く。
「オディロ院長……」
ククールが膝を折る。
騎士団宿舎を抜けたこの場所は、お墓があり、院長の館へ続く。橋は、まだきちんと直されていなかった。
白い花がいくつも、お墓の回りに咲いていた。
ゼシカが花輪をオディロ院長のお墓に供えた。花輪から少し花を抜き、他のお墓にも供える。
ククールに続き、僕たちもお参りをした。
……院長さま、終わりました。何もかも、終わりました。みんなを苦しめたあの杖は、もうありません。暗黒神も消えました。たくさんの人が犠牲になりました。これからみんなで幸せをつくっていきます。平和で、優しい世界をつくっていきます……。
ククールはまだ膝をついている。僕ら3人は、静かにククールの報告が終わるのを待っていた。その間も騎士団の人がうろうろと出入りしているが、僕たちのことなど目に入らないようだった。
「変われば変わるもんでがすね。情けねえ。これで騎士団」
ヤンが、ため息とともにそんな言葉を口にした。
「本当よね。昔の厳しさ、見る影もないわ。あら……ククールいいの? 寄らなくて」
「ああ。……オレが用があるのは院長の墓だけだ。騎士団の奴に用事はねえよ」
お祈りを終えて立ち上がっていたククールは、ゼシカにそう言うと、建物にくるりと背を向けた。
騎士団の奴に用事はねえよ……か。ククールのよく知ってる人たちは、ほとんどがゴルドに落ちている。今、残っている人たちは、酔っぱらいばかりだもんね。
「ククール、ドニはいいの?」
ドルマゲス戦の前、別行動したとき、君はドニにいたでしょう? 酒場のおかみさんに挨拶はいいの?
「ドニはいい。さ、アスカンタいこうぜ。まずキラちゃんちだな」
ククールがにっと笑顔を作る。
ゼシカもヤンも笑って。
「うん、そうだ、イシュマウリさんはいいよね……?」
なんて、僕も冗談を言ってみる。
「ああ、あの月のへちまうりでがすか。トロデーンで行ったきり、扉すら見てませんしね」
そう。あれからあの月の精には会えなくなっていた。
マイエラからアスカンタへ向かう。アスカンタ方面は霧はなく、穏やかな空気。少し雲のかかった青空が目に優しい。僕たちは、少し明るい気持ちに戻っておしゃべりしながら歩いた。
ククールがなかまになって最初に行ったのがアスカンタだったね。
僕もヤンも、そしてゼシカも、君が急になかまになることになって、びっくりした。それより、マルチェロさんに無理やりそうされた君は、ひどくショックを受けたみたいだった。ポーカーフェイスの君は、マルチェロさんにはとても感情的になるんだよね。それがどうしてか、あのときは分からなかったけど。
少し混乱したまま、アスカンタへ向かったね。君の腕前がどんなかわからなくて余計な魔物と戦ったりしてみた。君の強さは、ヤンの強さや僕とは違った。君は僕たちを助けてくれる役割だった。それまでは、力が弱いことばかりに目が向いていた僕だった。あの頃の僕の回復術はまだまだだったから、回復はほとんど薬草に頼っていた。それが君が入ってくれてから、戦い方が変わった。パーティーの方向性が変わって行って、随分ぶつかったよね。ヤンは、3人でようやくまとまったものが変わることに慣れなくて、イライラした時期もけっこう続いた。
並び順がどうのって、いつももめたね。僕はすらりと背の高い君の後ろ姿に惹かれていた。こちらを向けば、深い青い瞳が僕の心の中にまで差し込んでくるようで、まともに見ることができなかった。いろんな女の人と遊んでいて、カードでイカサマをするお坊さんなんて今まで会ったことがなかった。
今思えば、君の……ゼシカを見る目に嫉妬していたのかもしれない。ゼシカじゃない、僕を見てって。恥ずかしくてまともに目を合わせられないほどだったのに。君とゼシカを争うことで、君に近づきたかったのかもしれない。
僕の近くを歩くククール。ククールはちゃんとゼシカを守って歩く。僕が自由に歩けるように、僕が安心して戦えるように、みんなを守ってくれている。
いつも、君は優しい……。
キラちゃんのお婆さんの家が見えてくる。ヤンとククールは、キラちゃんがいるかいないかで賭けをするが、ゼシカに叱られている。
結局、キラちゃんはお城にいることがわかり、僕らはすぐにお城へ向かった。
「アスカンタはうまく行ってるのかしら?」
「辛気くさかったもんな、あのヘタレ。でももう大丈夫だろう」
ゼシカの言葉に、ヤンが呆れたように答えた。ヤンはいつだって、ああいうタイプの人には厳しい。そこが
パヴァン王に関しては、ククールのほうが関わりが深いから、いろいろと言いたいこともあるみたいだね。
「そうだな。やっぱり王さまってのは大きく構えてなきゃならねえ。ったく、あのヘタレのせいで、ずいぶん騎士団も使われたよ。あっちの軍が動かねえからさ」
「マイエラはアスカンタ領なの?」
「いや。領ってわけじゃねえ。王家と教会は対等だからな。軍事的には教会は自治だから、あのドルマゲスの事件みたいなのがあっても、アスカンタはホイホイ助けには来ない。だが、疫病が流行ったときのように、市民を巻き込むような場合には、協力し合うんだ。パヴァン王が指揮しないとアスカンタ軍は出せないから、ヘタレってた時にアスカンタの市民が困っている場合、オレたちが出ていく。……まあ、魔物退治か、賊の征伐くらいだったからよかったけどな」
「へえ。でも、お城の軍にはかなわないでしょ?」
「そらそうだ。人数が違う。オレたちは出来る限りのことしかしない。それに、教会に危機迫ったら、教会を守りに帰らなきゃならないんだ」
そう。王家と教会は対等だ。ただし、法皇は最高位の中立的立場をとる。僕たち城の人間は、王には仕えるけれど、法皇には仕えない。ククールたち教会の人は、法皇は絶対だ。
一見、王家は法皇の下に見えるけど、そうじゃない。法皇は、絶対的正義として、もめ事が起きたときの羅針盤になるんだ。
だから、ニノさんがどんな人かなんて関係ない。常に女神の名のもとに、正義を振りかざしていればいいんだ。職権乱用して私腹肥やしても、僕たちには関係ない。ただ、特定の城の軍人とか、王家の誰かと癒着したら駄目だけどね。
なんて、今考えなくてもいいようなことをあれこれ頭に浮かべていたら、アスカンタ城に到着した。
思い出にふけるエイトさんでした。次はアスカンタ城訪問の後、西の大陸へ向かいます。