「兄貴! 兄貴! 兄貴!」
ククールの叫び声で目を覚ます。
「兄貴……良かった……」
死んでいないのか。
手足4本を斬られ、生きているとは。
「お前に捨てられたらおしまいだな」
「何寝ぼけたこと言ってんだよ、遅刻しちゃうよ、早く朝ご飯作ってよ!」
「朝……?」
思わず起き上がる。
?????
手足がある。
「夢だったのか?」
「まだ寝ぼけてんの?」
「夕べ……」
「夕べ? 夕べはパン捏ねるの疲れたとか言って、途中で寝てたじゃん。あと全部オレが焼いたんだから!」
「そうか、すまな……ありがとう」
「いいよいいよ、いいから、早く朝ごはん!」
私は狐につままれた心地のまま、あわてて朝食の準備をした。
「さ、床に寝て」
私は、いつも通り、手足を縛られ、たらいに尻を入れられる。
「じゃあね、いい子にしててよ」
バタンと扉が閉まる。
一人残された部屋の壁を眺める。骸骨は飾っていない。
夕べの出来事は何だったのか。
夢にしてはあまりにも現実的すぎる。思い出せば、手足の付け根がぞわりとひくつく。
私の身体に剣を突き刺すククールは、狂っているという様子でもなかった。取りつかれている、というのとも違う。
本気だったのか。
最後に叫んだ「邪魔!」という一言が、妙に頭の中に残っている。
今、手足を縛られ自由が利かない。もし手足をもがれたなら、こんな状況なのか。一生身動きできない。なんと不自由でつらいことか。
ククールは私が出歩くのを異常に嫌がる。仕事のない日も遊びに行かず、私とのむつみごとに明け暮れ、そうしてもう200日も過ごしている。
ククールの仲間はどうしているのか。マイエラはどうなっているのか。
考えたところで、私には確かめる術もないのだが。
「眠った気がしないな」
今さっき起きたばかりというのに、再び睡魔が襲ってくる。
私は目を閉じた。
すぐに手足のもがれた自分の姿が脳裏に現れる。トルソー……。胴体をさす言葉だ。彫刻によくある姿。無いからこそ、人の想像力をかきたてる。
どのくらい経ったのか、違和感に目が覚めた。
「何をしている!」
「何って、いらないものを取り除いてんだよ」
ククールが私に跨がって、頭髪を剃っていた。
「剃髪プレイだよ。下はもうつるつるになってるから。後で見せてあげる」
「……………」
私には手足がなかった。
やはり、手足を斬られたのは現実だったのか。
「もう終わるからね。動くと危ないよ」
「貴様、どういうつもりで……」
「おっ、出たな。久しぶりだね。兄貴がオレを『貴様』って呼ぶの」
そう言ってまっすぐ見下ろしてくる。
「どういうつもりかと聞いている」
「ははっ! いいねえ。騎士団時代を思い出すよ。兄貴はそうやっていつもいつもオレに高圧的な態度でさ」
腹の上でクスクス笑う。
髪はまた伸びる、などと、何の救いにもならないような望みを考えている。
だが、手足は……。
「……さ、終わったよ」
ククールは鏡を持ってくる。
「止めろ!」
鏡に写るのは、禿げ頭の、胴体だけの自分。陰部も剃られ、秘部がくっきりとその姿をさらしていた。
吐き気がしてくる。
「貴様、なぜこんなことを!」
「兄貴はオレのものなの。これならどこへも行かれないし、誘拐するのもちょっと大変でしょう?」
「誘拐? こんな姿を見たら、誘拐どころではないだろう!」
「もう、怖い顔しないでったら」
「私はどこへも行かない。お前とともにあると言ったではないか。なぜこんなことをした!」
「簡単だよ。どんな姿になったって、オレは兄貴を愛してるって証拠を見せたい」
「……………」
絶句するよりなかった。
「兄貴が生きさえいれば、どんな姿だって……………」
添い寝をするように私の隣に並び、ククールは頬を撫でる。
「オレの兄貴。そうだろ?」
「……………」
「なんか言って」
「何を言えばいい」
「愛してるっつってよ」
「愛している」
口づけが与えられる。
「可愛いよ、オレのものだ」
頭をつるつると撫でられる。
失った手足の切り口にも口づけが落とされる。
「オレがうんと愛してあげるんだから、安心していいんだよ……」
「こんな私に欲情するのか」
ククールの股間のものがあたる。
「当たり前じゃん。……………舐めてよ。手がないんだし」
ククールは衣服を脱ぎ、そそり立つ男根を口元へ持ってくる。
私は目を閉じ、口を開けた。
「……………?」
入れて来ないので目を開ける。ククールは難しい算術の問題を目の前にした子供のような表情を浮かべていた。
「いいのか?」
「うーん。なんか違うんだよな」
少し顔を近づけてきて、まじまじと眺める。
「何が違うのだ」
「うーん……」
顎に手を当て、しばらく私の顔を眺めていたが、「そうだ!」と寝台を降りて行く。
また何を企んでいるのか。私から削れるところなどもうないだろうに。
ところが、再び現れたククールが手にしていた物を見て、私は恐怖におののいた。
「怖がってるね。うん、相当怖いと思う」
「ならばやめ……やめてくれ」
「そうはいかないよ。限界までいっちゃおうね」
!!!!!
私に反論する暇すら与えず、もう一つ手にしていた酒の瓶を開ける。
「良かったよ。これあって」
強い酒だ。以前、商人のテントで買ったと言っていた。
「んっ……んっっ……」
乱暴に口に流し込まれる。
「飲んでよ。感覚無くさないと、痛くて死んじゃうからね」
私は、拷問のように飲まされ続け、だんだん意識が朦朧としてきた。
「大丈夫、怖がらないで……」
「!!!!!」
声も出せなかった。
ククールは、私の歯を抜きはじめたのだ。
私はすぐに気を失った。ショックのためか、出血のせいかわからない。
ククールは私の歯を抜いている間も、あの強い酒をふりかけつづけたようだ。
意識が戻ったとき、顎、喉、首、頭がそれぞれにガンガンと脈うち、吐き気、めまいに襲われているのがわかった。
身体は動かせないし、口に感覚がないので喋ることもできない。
何より恐ろしいのは、私の姿が見えるように、鏡が置いてあることだ。
涙が流れる。
もう何も考えられなかった。
出血がおさまってきたものの、酒の効果が確実に弱まってきて、耐え難い痛みにうめくしかなかった。
ふとくいしばると、どうやら奥歯は残っているようだ。だが、何本残っているのかなど、恐ろしくて確認できない。
あまりの痛みに、私は再び意識が遠退くのを感じていた。
なんだかとっても痛そうな展開になりました