「あなたは……」
私だとわかっただろうか。
教会中、水をうったように静かになった。
フォーグは私を知っているはず。ククールからも話は聞いているだろう。
フォーグは少しだけ驚いた顔をした。平静を装うが、言葉が出ないようだ。
「おっしゃる通り、ククールは身体を壊しております。どうかしばらく私を使っていただきたい……」
私は頭を下げた。
無言の時が流れる。
私はゆっくり顔を上げた。フォーグは何か言おうとしているが、言葉にならない。
「あんた……腕には自信があるって、どれくらいあるんだね? 竜骨の迷宮には、ドラゴン系の魔物がうようよいるんだぜ?」
沈黙の中、始めに口を開いたのはククールを望んでいた観光客だった。
「どれくらいのものか、同行して腕前を確かめてくれ」
私は、フォーグをまっすぐ見たままレイピアをさしなおした。
「いや、その……」
フォーグが言いよどむ。
「いいじゃねえの? なあ、フォーグさんよ、どうせククールの最奥ツアーは昼からだろ? この人の腕試しがてら行こうぜ。俺たち、今日しか休みがねえんだよ。一応俺たちだって武器使えるからよ、ガイドさんの足手まといにはならねえぜ?」
「いや、でも……」
「あんたさっきガイド募集してるっつったろ? ならこの人でいいじゃねえか。面接だよ、面接。なあ、旦那?」
そう言いながら観光客は、私の肩を叩いた。
「フォーグ殿、お願い致します」
私は再度フォーグに頭を下げる。私一人で戦いに行ってもいいのだが、こんなにククールのガイドを望んでくれた観光客にも申し訳ない。それに、ククールが行っていたこのツアーを、私も見てみたかった。
「……わかりました。私も同行しましょう」
フォーグは少し困った顔をしたが、観光客と私の顔を交互に見て、了承してくれた。
フォーグとその護衛、私と観光客2人、計5人で出発する。フォーグの案内で砂漠を進み、ついに竜骨の迷宮に足を踏み入れた。
「複雑な迷路になっています。……地図です。赤と青のラインがあります。最奥まで行くのは、赤のほうです」
渡された地図を見る。なるほど、およそ人間の考えた造りではないな。巨大な竜の骨格内。竜が住んでいたのか、または年老いた竜が死に場所としていたのか。または、巣のようにも見える。こんな複雑な場所に、ギャリングが秘密の部屋を最奥に作ったというのだから、なんという豪傑だろう。
客二人を後ろにかばいながら慎重に進む。しかし、入り口付近からすでに魔物の気配はしていて、今にも襲われそうだった。
「きたっ!」
誰かが後ろで叫ぶ。
私たち5人はあっという間に3体の魔物に囲まれた。f
「緑の太いのがドラゴンバゲージ、武器を持っているのがドラゴンソルジャーです」
護衛が教えてくれる。
「強いのは、ソルジャーのほうですね」
「そうです」
私は2体のドラゴンバゲージを無視し、ソルジャーのほうにドラゴン斬りをはなった。
ソルジャーは怒り狂い、斧を振り回す。私は左肩に斧を受けつつ、再びドラゴン斬りで止めをさした。
「ぐえっ……!」
隣ではドラゴンバゲージが炎を吹き出す。
観光客は巧みにかわす。更に隙を見て槍をつき出した。フォーグをかばっていた護衛も、短剣を振り上げる。
私たちは3体の魔物を倒し、先へ進む。
その後も何とか魔物を倒し、無事に最奥へたどり着いた。
「さすがです、マルチェロさん」
フォーグが右手を差し出す。
「……是非ともククールの代わりにガイドをお引き受けください」
* * * * *
私はフォーグと供にベルガラックへ行った。
「ククールはどんな具合です?」
ククールの契約書をを見せてもらった後で、フォーグが尋ねる。
「かなり重態です。私では治療できないので、ある医者に診てもらっています」
隠しても仕方ない。私は正直に答えた。
「ククールの提案で竜骨ツアーを始めたのですが、思いがけず人気となり、予約待ちが出るほどです。ガイドは3人いるのですが、ククールが一番人気でして。それに最奥ツアーは、危険を伴いますので、実力のあるククールでないと無理なのです。休みをとってもらえなかった僕に責任があります」
フォーグは申し訳なさそうに頭を下げる。
「休日はどのように?」
「はい。最奥ツアーは体力的にきついですから、3日稼働したら1日休み、または最奥は2回にして、5日稼働したら2日休みというスケジュールを提案しました。でもククールは、6日稼働、1日休みでいいと言って。稼働日も朝は通常ツアー、午後から最奥ツアー、日没まで時間があってお客さんがいれば通常ツアーをこなしていました。それから、御存じとは思いますが、たまに深夜ツアーとして、竜骨の迷宮の他、周辺の砂漠サバイバルツアーも行っておりました」
最奥まで行くのは、実際楽なことではなかった。それを毎日……。加えて、通常ツアー。そちらは途中までというが、魔物には必ず遭遇するだろう。さらに深夜ツアーのある時は、翌日のツアーのために砂漠の教会で仮眠をとることになっていたのだが、私を監禁しているため、仮眠時間に私の排泄物の掃除をしに帰ってくる。そしてそんな短い時間にも性交を求めていた。
「このツアーは、ククールが企画したものです。私も面白い企画だと思い、すぐに計画を実行しました。特に宣伝はせず、このベルガラックへ来るお客様の耳に入れる程度でした。いわゆる「クチコミ」です。噂が噂を呼んで、とてもよい観光名所になってきたんです。ククールは、あの話術、見た目、強さ、どれをとっても一流ですから、遠方からもつぎつぎに観光客が来てくれて……。無理なスケジュールとは思いながらも、ククールが笑顔でこなしてくれているので、ついお願いしていました。申し訳ありません」
「フォーグ殿、頭を上げてください、私の方こそ、弟の体調管理が行き届かず、ご迷惑をおかけした……」
「……マルチェロさん、一緒に暮らしてらっしゃるんですよね?」
「ええ」
「どんな様子なんですか? 家ではやはりぐったりしてますか? ベルガラックでいつもお買いものしてくださいますが、お客様に誘われる以外には、バーもお食事もカジノも寄らないで帰ってしまいますのでね。疲れているのかな、とは思っていたのですが。声をかければ『平気、平気』と明るく返されるもので……」
「いや……。そんなにつらい仕事をしているとは思えないほどです。食欲がないのが気になるくらいで。ああ、あとはちょっと、飲みすぎですな」
まさか、家でのことを話すわけにもいかず、そう答えることしかできなかった。
「お酒、強いですもんね。ツアー客からもチップ代わりによくお酒をもらってますよ」
「そうですか」
「……お大事にしてください。事情が変わったことは私から皆さんにお知らせします。マルチェロさんはとりあえず明日から来てください。砂漠の教会出発です」
それから毎日、竜骨の迷宮で仕事をし、オークニスへ行くという日々が続いた。
血清は無事に採取され、ククールの身体から毒はすぐに抜けた。傷跡も日増しに良くなっていくようだったが、意識は混濁していた。
私のことも、グラッドのこともわからない。
「身体のほうはもういいんですけどね……」
ある日のことだった。
グラッドがため息まじりにそう言った。
「連れて帰っても大丈夫でしょうか」
「そうですね、ただ、ぼんやりしている時に、ベッドなどから落ちたりすることもあるかもしれませんよ。マルチェロさん、お仕事で家を空けますよね?」
「ええ」
グラッドによれば、ククールは、眠っていることが多いと言う。時々目を覚まし、話しかければ答えることもあるという。食事などの日常生活は、声をかけ、介助すれば問題ないそうだ。ただ、時々、苦しそうな表情になり、意識を失う、と言うほどではないが、遊んでいた子供が急に眠ってしまうように、すっと眠りに落ちることがあるという。そういうときに、家に一人でいて、例えば火でも使っていたら危険だ。また、一人で外出でもしてそんなことになったら……。
私はグラッドの診療所に寝泊まりさせてもらっている。グラッドが診療所に来たら砂漠の教会へ行き、仕事が終わればまたこの診療所へ来る。私が来るのを待って、グラッドは自宅へ帰る──。昼間のククールは、ずっとグラッドに見てもらっている。
「今はまだ、目を離すのは危ないですね」
「でも、毒は抜けている……」
「はい。身体の方に問題はありません。お話を伺うと、お仕事が辛かった、というのでもないでしょう。何がククールを眠らせようとしているのか……」
ククールを眠らせたい何かがいる……。私は、ククールの瞳の奥に隠されたもののことを考えた。あれがククールを眠らせているのか……。
回復しないククールについて、グラッドと同じようにフォーグや妹のユッケも心配してくれた。
ある日のこと、わざわざ竜骨の迷宮に私を訪ね、フォーグとユッケがやって来た。一緒にオークニスへ行くと言う。
私は彼らを伴って、オークニスへ向かった。
「初めまして、ベルガラックカジノのオーナ、フォーグです。同じくオーナーで、妹のユッケです」
「これは遠い所をよくおいでくださいました。薬師のグラッドです……」
フォーグとユッケは、ぼんやりしているククールの姿に驚いたが、普段接しているように話しかけてくれた。
この時、ククールは寝台に座っていて、笑顔で簡単な受け答えをしていた。
「マルチェロさん、ちょっといいですか」
ユッケとククールが楽しそうにしているのを横目で見て、フォーグが私を呼んだ。グラッドも隣にいる。
「なんでしょう」
「……マルチェロさん、言いにくいんですが……」
フォーグが済まなそうに話し出す。
「なんなりと……」
「マルチェロさん、ククールと住んでいる家には、いつ戻りますか?」
「フォーグ殿、そうおっしゃいますと?」
「今、ククールは竜骨の迷宮で働いている、ということなんです。あなたはそのククールと一緒に、砂漠地方の家に住んでいると」
「はい」
「でも、今はククールはずっとオークニスにいます」
「……」
私が答えないので、フォーグは、すっと、息と多めに吸って、早口で話しはじめた。
「……すみません、マルチェロさん。もしこのまま長期的にこのオークニスに滞在するのなら、ククールとあなたはオークニスにいる、ということを報告しなければならないのです。私がサザンビークがサヴェッラに。または、グラッドさんがサヴェッラかトロデーンに」
ああ、そういうことか……。そうだ、そういうことがあるのだ、私には。私は「ククール預け」の身だった。
「……誤解しないでください、そのために一緒にオークニスへ来たのではないんです。僕たちはククールのことが心配で……」
「わかっていますよ、もちろん。ククールがこんな状態になって、自分の立場を失念しておりました。申し訳ない。グラッド殿にもご迷惑をおかけした。突然おしかけて、面倒事を持ち込んで、本当に申し訳なかった」
私は深く頭を下げる。
「いえ、マルチェロさん、頭をお上げください。私は、トロデーンにもサヴェッラにも報告なんてしませんよ。こんな……」
こんな、といいかけて、グラッドは口をつぐんだ。
「グラッドさんのお気持ちはわかります。僕だって本当はククールとマルチェロさんの報告なんてしたくありません。でも、僕は経営者の立場上、報告しなければなりません」
若きオーナー、フォーグが拳を握りこんだのがわかった。
「……申し訳ない」
「謝らないでください、マルチェロさん。あなたは悪くない。悪いのは暗黒神だ。あなたとククールの居場所は、僕が責任を持って、そして怒りをこめてサザンビークに報告します」
私ははっとしてフォーグを見た。
「ええ、言ってやりますよ。あなたたちの居場所を。ククールがこんなことになっているのも、つまらない上層部の見栄とか保身なんだってことを突き付けてやるんです」
「フォーグ殿?」
「そうよ、超大きい声で言ってやったらいいのよ。竜神の王に聞こえるくらいに。絶対、サザンビークに竜巻よ! サヴェッラでもいいか!」
「そうだな、妹よ。両方に言おう。なんなら、トロデーンにも言うか!」
「あーん、だめよ。トロデーンにはエイトがいるもの。ゼシカもリーザスだし」
「そうだったな」
こちらにやって来たユッケも兄、フォーグと同じようなことを言う。
「……マルチェロさん、あなたのことを処刑したがっているのは一部の人ですよ。一般人は何とも思っちゃいません」
「そうよ。負けないで」
「……何と言ってよいか……」
実際、何と言ってよいかわからなかった。彼らが感じている怒りも。
「私も同じです。一緒にククールさんをお助けしましょう。いつまでいらしても大丈夫です。誰にも文句は言わせませんから」
「そうよ。ククールは勇者なのよ」
勇者! そうだ。ククールは、私と違い、世界を救った勇者なのだ。私にかまけて窮屈に生きることはない。
* * * * *
それからしばらくして、私は仕事を辞めた。
決心したのだ。
オークニスへ、ククールを迎えに行った。
「連れて帰ります」
「えっ?」
「声をかければ歩けますし、ちょっと考えがありますから。ここにいつまでもお世話になっているわけにもいきません」
ククールのこの様子は、精神的なものだ。私が常に寄り添っていよう。逃亡中にククールがそうしていたように。別れはその後でよい。
この弟のために生きると決めたのだ。
私はキメラのつばさを天に投げあげた。
なかなか回復しないククール。マルチェロは滞在場所を変えことにしました。いつものあそこへ行きます。