「ねえマルチェロ、聞いていい?」
ゼシカは熱い茶を淹れなおしてくれ、少し言いづらそうに目線を下げた。
ヤンガスは今、ククールのことをエイトに伝えにトロデーンへ行っている。
「何なりと」
私は居住まいを正した。
目の前に座るゼシカ・アルバート。彼女とこうして話をするのは初めてである。ククールはもちろん、エイトより年若。16、7歳くらいだろうか。年齢のわりにしっかりしていると見える。
勇者なのだから当然か。
「……本当のところ……、ククールをどう思っているの? これからどうするつもり?」
ククールをどう思うかだと?
「憎んでいるか、ということか?」
「違うわ。……何て言ったらいいか……」
なぜか言いよどむ。
ゼシカは自分のお茶に視線を落とし、しばらく見つめたあと、ゆっくりとこちらを向いた。そして早口で言った。
「……あのね、あたしたち、あなたたちきょうだいの生い立ちは知っている。ククールが話してくれたから。それでね、それだけじゃなくて、ククールがあなたに対してちょっと異常なくらいの気持ちを持ってることも気づいているの」
「異常……」
そういう……ことか?
「いえ、誤解しないでほしいんだけど、うん、まあ、なんていうか、過激なブラコン、かな。あはは、あたしが言うことでもないんだけどね」
ゼシカは自嘲気味に笑う。
「さっき、ククールが頭痛がひどくて意識無くした話をしたわよね」
「ヤンガスが言っていたな」
「ええ。暗黒魔城を落とし、暗黒神本体を倒すために、あたしたちはオーブを探していたわ。その途中のことなの。意識を無くす少し前からどうも様子が変だ、ってエイトが言ってたわ」
エイトが……。
「あたしたちはオーブ探しの途中、ゴルドに寄ったのよ。どうもその後から様子が変だったみたい。あたしとヤンガスは、ククールが意識がなくなるときまで気づかなかったんだけど」
「ゴルドを訪れ、不甲斐ない兄のことを思い出して途方に暮れてしまったということか」
そんなことを気にする奴とは思えんが。
「……その時にククールがあなたをどんなふうに思ったかはわからないけど、……そう考えるのが普通よね?」
「そうはっきり言われると返答に困るが、妥当であると、私も思う」
ゼシカはゆっくりとしたまばたきをし、少し身を乗り出した。
「ただね、『わかったから、待ってくれ』って何度も言ってたらしいわ。誰かがククールに何か頼んでるみたいだったって。あたしは、ゴルドに落ちた人が、マルチェロを探してくれって言ってると思ったわ。あの時……ゴルドであなたと戦ったククールにそんなことを伝えたいなんて、マイエラ修道院の人よね。騎士団の人かな、って思うのだけどね」
「そうだろうな」
「あのときの頭痛の原因はあなたにあったと思っているんだけど、もしかしたらすごく低い可能性として、違ったのかな、なんて思うこともあるの」
「では、今回の原因がそれだと?」
「わからないけど……それを推測したところで何の解決にもなりそうにないわよね」
「……いや、今回の原因が私でなく他の理由であるなら、それが何なのかを知ることで意識を戻すことができるかもしれない。話してくれないか、その時の原因として考えられることを……」
低い可能性でもいい、何か手がかりになれば。
「ククールって、肝心なこと黙ってるわよね……。余計なことはペラペラ喋る癖に」
ゼシカはそう言って少し笑った。
ふと緩んだ空気に、私は出された茶を口にした。
しかし、ゼシカはすぐに難しい顔をして、視線を強める。
「ね、その原因なんだけど、原因が何かはおいといて、オーブ探しの時も今も、ククールは何かを抑え込んでいるんじゃないかしら」
抑え込む?
私は背筋がざわつくのを感じた。
青い瞳の奥、しっかりと封をした秘密の小箱。あの中に何かが。
私は、ドニに隠れていた時のククールの様子を思い出していた。そのことをゼシカに話すべきか少し迷ったが、どんなことでもいい、何かヒントが見つかれば……。
「……実は逃亡中にも、あったのだ。夜になると身体を震わせ、泣いた。私を見つけてからすぐ、ドニで身を隠していた時に」
瞳の奥に隠しているものを、引っ張り出してやらねばならない。
ゼシカにはそれがわかるだろうか。私は彼女の言葉を待った。
「もし、もしもよ? その、逃亡中のドニでわざわざ抑え込んでいたことが、マルチェロ、あなたに対してのことだったとしたら、今、抑え込んでいるのも同じだと思う?」
あの時は、何を抑え込んでいたのかわからなかった。ドニで過ごした日々は短く、三角谷へ行った後はすぐに竜神族の里へ移動し、それからは一人でいたのだから。
だが間違いなく、
「私に言えないこと……」
だろう。
「ええ。単純に考えたらそうよね。オーブ探し中の頭痛の原因と同じだと思う?」
「……いや、その時の頭痛が私の悪口だとすれば、そんなことを言うのを我慢していたとは考えにくい。私が目の前にいたのだから。遠慮なく言えばよい……いや、実際、砂漠地方で暮らしはじめてからは私に文句ばかり言っていたように思える。悪口でないとすれば、他の原因は何か、ゼシカ嬢は思いつくかね?」
ゼシカは静かに首を横に振る。
「考えてもわからないわ。エイトもわからなかったみたいだし。オーブ探しのあのときは、一日苦しんで、あとはけろっとしちゃったのよ。女神さまが夢枕に立って、さっさとラプソーンを倒しなさいって言ったとか……。やっぱり、あの時の頭痛の原因とは切り離しましょう。言いだしておいてごめんなさい」
ゼシカは少し眉を下げる。
「いや、伝えてもらえてよかった。何かを抑え込む、という考えには、私では及ばなかった」
本当にククールのことを理解してくれている。ゼシカは感受性の強い真面目な女性である。
「じゃあ、オーブ探しのとこのことも、ドニでのことも関係ないとしたら、って考えましょう。つまり、あなたを探せとか、悪口とかあなたへの恨みとかじゃなく、今、こんなになるまで思い悩んでることって、何かしら」
ゼシカの大きな瞳が意志の強さを表している。彼女は何か、本当は知っているのではないだろうか。だが、彼女の口からは言えないこと……。
「…………何か、私に言えないこと……。私をいつサヴェッラに……」
「そんなわけないじゃない!」
ゼシカは突然バン、とテーブルを叩いた。華奢なティーカップが高音を出し、私は思わず両手で押さえる。
「ご、ごめんなさい……」
「いや……」
二の句が継げない。
ゼシカは反射的に表した怒りを短い時間で収め、自分のティーカップをソーサーの中央に置き直した。
「……ゼシカお嬢様、何かございましたか?」
屋敷のメイドがすぐさまやって来る。
「な、何でもないわ。あ、お母さんお帰りなさい。お客さまなの。ククールのお兄さんの、あの……」
ちょうど帰宅したアルバート家の当主、マダム・アルバートが顔を出した。
「マルチェロ様ですわね。私、このアルバート家の当主でございますわ」
マダムは上品な物腰で部屋に入ってきた。私はすぐに立ちあがった。
「……弟、ククールがいつもお世話になり、又、私事ではリーザスのかたがたにも多大なる迷惑をおかけいたしたことを、心よりお詫び申し上げます……」
私は深く頭を下げた。
「……お詫び? それはなりませんよ」
マダムは、私が頭を下げきる前に、そんなことを言った。私はすぐに頭を上げる。
「お母さん?」
私もゼシカも意外な顔をしたに違いない。だがマダムはそれを無視し、私たちに着席するよう身振りで示して、自分も席についた。
心地よい緊張感が走る。
少し間があってから、マダムは厳しい表情で話し始めた。
「お詫びで済むことではないのです。あなたがどれほど上手に言葉を尽くしても、消せるものではありません」
マダムははっきりと、まっすぐ私を見てそう言った。
「お母さん、待ってよ……」
「ゼシカ、あなたは黙っていてちょうだい」
マダムにそう強く言われ、ゼシカは肩をすくめる。
「……あなたが罪を問われなくなり、お一人でこのリーザスに姿を現したとは……。これは報告しなければなりませんの。リーザスはトロデーンに」
「それはご面倒をおかけすることとなり、申し訳ござらん」
そうだ。また忘れていた。私の所在はいつでも明らかにされていなくてはならない。
「あなたは罪を問われない。でも、許された、ということではないようですわ」
「十分に承知しております」
そうだ。罪が大きすぎて、償うことなどできぬのだ。
「それは何故かとお思いですか?」
「……一生、大罪を背負って生きると解釈しております」
その覚悟はできている。
だが、マダムは異を唱えた。
「少し違いますね。暗黒の杖が盗まれたこと、トロデーン城が呪われたこと、息子を含め、何人もの尊い命が奪われたこと、そしてゴルドが崩壊し、暗黒の神が復活したこと。あなたが全て背負えるものではありません」
「確かに、私一人の罪というのも違うが……」
暗黒神と関わり、生き残ったのは私だだ一人である。世界中が私を罪びとと言うならば、それを生涯背負う覚悟であるのに。
「懺悔のみに生きるべきではありません。……これからまた、世界の平和のために歩んでゆけばよいのです。あなたが全てを背負うというのは間違っています。だから罪を問われない結論に達したのでしょう」
「……………」
三国とサヴェッラが実際にどのような会合を持ったのか、私は知らない。ただ、この世に生きることが許された、というだけだと思った。そしてその後の生き方など、考えなかった。ただ、ククールの言う通りにして、あれのためにのみ生きればよいと思っていた。
世界の平和。そんなことまで考えは及ばなかった。このアルバート家へ来て、禊が行われているような感覚になっている。マダムもゼシカも一般論を言っているのだ。こうも世間から離れた、狭い考えになっていたことに気づかされるとは……。
「あなたはまだお若い。平和のために力をお使いください。それこそが、ご自分を救うためのこれからの生き方だと、私は思いますわ」
「マダム………」
私は目頭を押さえた。
「そう思っている人はたくさんいます。どうか、お忘れなきように」
「はい………」
つっ、と一筋涙が溢れてしまった。あわててぬぐう。
「……もー。マルチェロもマザコンなのね」
「これ、何ですか、ゼシカ」
「だってー。エイトもマザコンだしっ……あっ、噂をすれば!」
ゼシカはバタバタと階段を降りて行く。
「すみません、騒がしい娘で」
「いえ。若いのにしっかりしていらっしゃいます」
マダムは、ゼシカの背を見送っていた顔をこちらへ向けた。先ほどまでとは違い、どこにでもいる優しい母の笑顔であった。
「うふふ。……そうそう、先ほど私、お詫びは駄目と申しましたが、ご挨拶のときはお詫びのお言葉をちゃんとおっしゃってくださいましね」
「?」
「私のように、小言を言わねばと思う者にとっては、格好のつけこみ所ですもの」
「はあ、肝に命じておきます」
「ホホホ、ほんの老婆心ですのよ」
再びバタバタと足音が聞こえ、ゼシカ、ヤンガス、そしてエイトが現れた。
エイトさん登場しました。マルチェロにはエイトさんの本心はわかりません。