「マルチェロさん!」
エイトが駆け寄ってくる。
「良かった……無事で……」
エイトは黒い瞳を潤ませ、笑顔を見せた。
「久方ぶりだ、エイト。いろいろ……すまなかった。君の力を借りたい」
「もちろんです。ククールは三角谷ですって?」
「ああ、そうだ。あ、いやそれより、姫君と結婚されたのであろう、気安く話してよいものか……」
「あ、いいのいいの。気にしないで、って、あたしが言うことでもないんだけど……」
「ゼシカの言う通りです。そんな大層な役どころじゃないですし」
「いや、しかし、正式にトロデーンの……」
「ね、マルチェロ、今はククールのことを……」
ゼシカに止められ、王室に入られたエイトにきちんと挨拶できぬまま、私たちは三角谷に飛ぶこととなった。
* * * * *
「久しぶり! みんなっ!」
三角谷、村の入り口で陽気な魔物が声をかけてくる。
「皆さん!」
ニンフのラジュも嬉しそうだ。
彼らがどれほど、世界中の人たちに愛されているか、よくわかる。
「ククールの具合はどうなんですか?」
「ええ。簡単な受け答えはできますが、はっきりしているとは言えません」
ラジュを先頭に、ギガンテスのところへ急ぐ。
「あ、みんな来た! おーい、ククール!」
ドラキーがうれしそうに飛び回った。ククールはギガンテスに寄りかかって眠っている。
「ククール……」
ゼシカ、エイト、ヤンガスが心配そうに近づく。
「あたしよ……。来たわ。エイトもヤンガスもいるわよ。心配しないでいいのよ……。みんないるわ」
「一体どうしちまったんだ? 元気になって早く飲もうぜ」
「ククール……、そうだよ、みんな待ってるよ……」
ククールは声がかけられたことに反応し、目を開けたが、うなずくような仕草をしたあと、再び目を閉じた。
「うーん。今は起きられないみたいだね」
ドラキーがそう言ってククールの顔をのぞきこむ。
3人は、ククールの頬を撫でたり、手を握ったりしながら、声をかけ続けた。
勇者たち。この若者4人が暗黒の神を倒した。その道のりは険しく、単なる武勇伝では語れない。
私は場を離れ、散歩に出た。
1年にわたる戦いの日々。常に死と隣り合わせの旅。迷いや不安もあっただろうに。
何が、彼らを進ませていたのか。
……正義か。
穏やかな風が、木の葉を揺らす。踊るように軽やかな日差しが、森を照らす。
「仲間……か」
思わず呟く。
私になくて、彼らにあったもの。
うらやましい、というのとは違う。それが普通だ。
私は仲間を求めなかった。騎士団は組織であり、仲間と言っても間違いではないが、彼らの「仲間」とは違う。
騎士団……。我々は、帰る場所は同じでも、神に仕えるという生活は同じでも、心はそれぞればらばらで自由だ。だが、それで良いのだ。
彼らは違う。離ればなれになっていても、心が繋がっている。
ククールは、その繋がりを切ろうとしているのだろうか。私のために。
マダム・アルバートが言っていた、私の一人行動は、トロデーンに報告すると。
ククールと別れても、誰かが常に監視をするしくみか。
それではククールがまた気を使うな。
どうすればいい?
いや、まずはククールが元通りになることを祈ろう。
彼らが側で話をしてくれれば、ひょっとしてククールの心も目覚めるのではないだろうか。
そう期待するよりほか、手立てはない。彼らの固い絆を信じるしか……………。
「マルチェロ?」
呼ばれて振り返ると、ゼシカが来ていた。
「あの、お昼にしましょうって。ラジュさんが……」
「ああ、すまない。探させてしまったようだな」
並んで村へ向かう。
不思議だ。この娘も、エイトやヤンガスのように、私の心に寄り添ってくる。
暗黒の杖に呪われたこのゼシカは、仲間に助けられた。
ゴルドで負けた後、共に戦えば良かったのだろうか。
今さら何を考えても意味はないが。
バーカウンターに軽食が用意されていた。ヤンガスが飲み水を配っている。
「エイトがいないようだが?」
「エイトの兄貴はククールについてらっしゃるぜ」
昼食を3人でとる。
「ずいぶん食べるのが早いのだな」
「ああ、俺か? またすぐトロデーンへもどらなきゃならねえんだ。あんまり時間がない」
ヤンガスは、数種類の野菜料理をまとめて口へ放り込み、水で流し込んでいる。
「トロデーン復興に忙しいのだな」
「まあな」
パンを一つポケットに入れ、もう一つをもぐもぐやりながら、ヤンガスは「じゃあな」と言って席を立った。
「忙しい奴だ」
「エイトもよ」
「?」
「エイトもヤンガスと一緒に戻るの」
「そうか。忙しいのはわかっていたのだが、君たちに力を借りるより他はないのだ」
「……良かったわ」
「何がかね?」
「マルチェロ、あなたがあたしたちを頼ってくれたこと」
「他に誰に頼れというのか。ククールのことで、最も信頼できるのは、君たち勇者諸君ではないか。たとえどんな謗りを受けようと、弟だけは助けて欲しい。……勝手なことを言ってすまない……」
ゼシカとヤンガスはほぼ毎日、エイトは5日に一度、弟に会いに三角谷を訪れてくれた。
「歩いたりはするんですよね?」
食事を運んできてくれたラジュに、ゼシカが尋ねた。
「はい。ときどきバーの方へもいらしてますよ」
「まさか、お酒飲んだり?」
ラジュは、ええ、もちろん、と言い、笑う。
「やあねえククールったら。お酒の味だけは忘れてないっていうのかしら」
ラジュとゼシカが声を上げて笑うと、ククールが目を開けた。
なるべく自然体でいたほうがいいということで、ククールが目覚めても、あれこれ確かめたり聞き出したりしないようにしている。
「ククール、お昼ご飯よ。あたしも一緒にいい?」
「ああ、もちろんさ、美しいお嬢さん」
「俺もいるけどな」
「ああ、いいぜ」
さりげなく声をかけると、ククールも自然に答える。
簡単な会話をするようになっている。だが、ゼシカやヤンガスを認識していない。
誰ともわからぬ人たちと食事をしている気持ちなのだろう、ククールは終始行儀よく、ときおり笑顔を見せて食事を進める。
私とラジュが食事の片付けをしていると、ククールはごちそうさまでした、と言う。私たちを従業員か何かのように思っているのだろう。
後片付けのためにラジュとバーへ行き、再びククールのところへ戻ると、ククールはギガンテスに寄りかかっていた。
「また眠っているのか」
そう言って顔をのぞくと、目は開いている。
「さっきまでおしゃべりしていたんだけど、急にこうなっちゃって……」
ゼシカがお手上げのポーズをする。
「あんま変わりねえなあ」
「ただ話してるだけじゃダメなのかしら」
良くなっている、と言えなくもないが、他の誰のこともわからないのが気になる。それでも皆、根気よくククールに声をかけてくれた。
そんなある日、待ち望んだ目に見える変化が現れた。
「散歩に行くか?」
まだ勇者たちは来ず、何気なく声をかけた時だった。
「うん、いいね」
ククールは、ギガンテスの膝から立ち上がり、自然に歩き始めた。珍しいことだった。村のバーへ行くときがあるが、それは天気が悪いときだけ。森にいたがるククールをどうにか説得し、連れて行く。ときには村の入り口までギガンテスに抱かれてくる時もあった。
それが、今日は自分で立ち上がり、どっちへ行くのか私に尋ねるような仕草をして歩き出したのだ。
「調子はどうだ?」
「ああ、まあまあかな」
歩みは遅い。少しふらついてもいる。
ククールが、間違いなく自分の意思で歩いている。バーへ行く、ギガンテスの所へ行く、という目的のあるものではない。散歩だ。
話している相手が、私だとわかっているだろうか。
興奮を抑え、ゆっくり尋ねる。
「私が誰だかわかるか?」
「んー?」
やはりまだわからぬか。
あわてても仕方がない。
「まあいい。……疲れたら言えよ」
「りょーかい」
「りょーかい」か。騎士団時代のククールの言い方だ。
私は、ククールを支えながらゆっくりと森を進んだ。
午前中の日差しはまだ弱く、木々の間から差し込んで葉を白く照らしている。光の反射があちこちに広がり、視界の隅でキラキラと瞬く。木の根に足をとられないよう、狭い歩幅で慎重に進む。
穏やかな朝の風が、私たちの間を通り過ぎる。小動物が葉を揺らす音に、別の生き物が驚いて逃げて行くのがわかる。
そっと顔を見る。歩きはじめにはぼんやりしていた表情も、なんとなくしまってきて、瞳に輝きが戻っているように見えた。
最初は足元が気になったのか、うつむき加減だった。が、歩きはじめて身体があたたまるうちに姿勢も良くなり、しっかりと顔をあげた。そしてふらつくこともなく、力強く歩き出した。
歩く速度があがり、汗がにじんでくる。
耳に入る二人分の足音は、騎士団の行進のリズムを奏でていた。
「大丈夫か? 速くはないか?」
「別に、平気です」
このペースで森中をぐるぐると歩くうち、私はあることを思いついた。
村の入り口へ来たとき、ククールの前に立ち、言った。
「……見回り、ご苦労だった。休んでいいぞ」
「りょーかいしました。団長どの!」
ククールは、はっきりそう言って、ギガンテスのところへ向かった。
やはりだ。今、ククールは騎士団にいるときの状態に戻っている─────。
治る方へ向かっているかはわからないが、大きな変化が現れたのだ。
早く彼らに報告したい。
私はエイトたちが来るのを、村の入り口で待ちわびた。
このまま元に戻ればいいんですけどね。