「ホントに? ククールが騎士団時代を思い出しているの?」
昼過ぎに三角谷へやって来たゼシカが、赤い髪と同じくらい頬を紅潮させた。
「そのようなのだ。騎士団員として声をかけてくれないか?」
「オッケー、任せて!」
二人でギガンテスのところへ向かう。ククールは、いつものようにギガンテスの膝で眠っていた。
「ちょっと、様子が違うわね」
「わかるか?」
ククールを一目見るなり、ゼシカはそう言った。
「ええ。今まではぼんやりした表情だったけど、今は……そうね、サボって昼寝してる感じ?」
「……………」
「今起こしたら、きっと『ヤバい、見つかっちまった』って顔をすると思うわ。……ちょっといい?」
ゼシカは、私に離れるように指示し、ククールに近づいた。
「ククールさま、マイエラ聖堂騎士団員のククールさま? 懺悔を聞いていただけますか?」
「……………」
返事はない。
「ククールさま、祈りの言葉をちょうだいしたいのですが……」
「……………」
やはり、返事はない。
ゼシカは、少し考えた後、腰に手を当てて、さっきよりはっきりした声で言った。
「……ちょっと、ククール? こんなトコで寝ないで。だいたい飲み過ぎよ。またあのコワーイ団長さんに言いつけちゃうんだから!」
「っと! ……わりぃわりぃ。起きるよ。起きるから団長どのだけは勘弁な」
ククールはぱっと立ち上がって、ゼシカを見上げる。
「なんだ、ゼシカじゃん。どうした?」
「えっ?」
ゼシカを認識した!
ゼシカも同じように思ったのだろう、驚いている。当の本人は、あーあ、と欠伸をしながら身体を伸ばしている。
「で、なんだよ、変な顔してさ」
「あの、あの、あの? ククールってば、今まで何してたの?」
「今まで? うーん。特になし」
ククールが起きてしゃべっている。私は思わず前に進み出た。
ククール、といいかけたその時、
「団長どの! オレ、サボってたわけじゃありません。仮眠です。何か職務でありますか?」
私を見つけるなり、姿勢を正した。
「ふざけているのか?」
「いえ、そのようなことはありません!」
はっきりと返事をした。
「ではここはどこだ」
「ここは三角谷であります」
素早い受け答えだ。
「お前の仕事はなんだ!」
「周辺見回りです」
「ならば行け!」
「りょーかいしました!」
ククールは駆け足で見回りに出かけた。
……………。
……………。
私とゼシカは顔を見合わせる。
「なにあれ……まだ変な感じじゃない?」
「ああ。だが君のことはわかったようだな」
「ええ。でも、自分を騎士団員だと思ってる。見回りなんかに出かけて……」
なんなのだ、この変化は。
治ったとは言えないぞ。
ギガンテスを含め、三人で今目の前で起こったことを検証する。しかし、何と判断したものか……。
「おーい!」
ヤンガスだ。
走ってくる。
「はあはあ………、ククールの野郎、やけに張り切ってやがる! 俺が声かけたら、『おー、トゲトゲ! この村は騎士団が守るから安心しろな』とか言いやがって、森のほうへ行っちまった」
「やはりか」
「やはり?」
私はヤンガスに、記憶喪失ではないが、記憶がねじれ、ククールが今騎士団員になっているらしいことを説明した。
「不思議なこともあるってもんだな」
「でしょう? あたしたちを知ってるのに、自分はマイエラの騎士団員なのよ」
「俺たち4人で暗黒神を倒したことは覚えてんのか?」
「わかんない。でも、あんまり無理に聞いても……。ね、マルチェロはどう思う?」
無理は禁物だ、と私も思う。だが……。
「いや、聞いてみてくれ」
チャンスかもしれないのだ。もしまたおかしなことになっても、その時はその時だ。またじっくり時間をかければよい。今は、少しの可能性でも賭けたかった。
ヤンガスはトロデーンに戻り、できたらエイトを連れて来ると言う。エイトも来てくれたら、もしかしたら状態が一気によくなるかもしれない……。
見回りに出たククールは、森を一回りしてくるとギガンテスの住処へ戻ってくる。私の姿を見つけると、逃げるようにまた見回りに出かける──。そんなことを4、5回繰り返していた。
夕方になると、ククールは少し疲れを見せていたが、今までにない明るい表情になっていた。私の姿を見つけると、今度はきちんと礼をした。
「見回りご苦労であった。今日は村で食事をとるように。ゼシカ嬢をエスコートするのだ。粗相のないようにな」
「りょーかいしました!」
ククールは嬉々として、ゼシカに手を差し伸べる。
「さあ、お嬢さん、参りましょう。足元がお悪いですからね。お手を……」
「ちょっと、なによ、お嬢さんなんて! それにいいわよ、手なんか」
「おいおい、今さら何を恥ずかしがってるんだよ、ハニー」
「いいわよ、手なんて……」
二人はそんな押し問答をしながら、村へ向かった。私はそんな二人の前を行く。
ククールが森の見回りをしている間に、ラジュとマスターには事情を説明してある。二人も見守ってくれている。
私はバーカウンターに入り、マスターと食事の支度をした。
黙って見ていると、昔のククールであった。女性をスマートにエスコートし、上品な振る舞いで場を盛り上げる。そして、口説く。
「……もう。ククールったら。口説き上手よね。団長さんに言いつけるわよ」
「これは失礼。ゼシカがこんなに魅力的だと思わなかったからつい……な。団長どのだけは勘弁してくれよ」
最後の一言を小声でささやくように言い、私をちらりと確認するククール。
どうやら、私の前では「いい子」を演じるつもりだな。
私はゼシカに合図し、わざとらしくカウンターの裏に入った。そしてククールから見えない位置でひそかに観察をする。
「ね、そういえば覚えてる? ユリマちゃんのこと。ククール、けっこう好きだったでしょ?」
「ユリマちゃん……。可愛いよなあ。健気でさ。ルイネロさんがうらやましいぜ」
途端に口調がくだけ、ワインをボトルで注文する。
「あはは! あとさ、キラちゃん。金髪でチョー可愛かったじゃない? アスカンタのパヴァン王も可愛がってたわよね」
「ああ、全くだ。あんなヘタレによく仕えてられるよな。会いてーな、キラちゃん」
女性の話が続くと、ニタニタとしまりのない顔つきになり、カウンターにひじをつく。私が姿を消したことで、リラックスしたのだろう。
「ククールって浮気っぽいわね。ね、じゃあゲルダさんなんてどう?」
「ああ、あの色っぽい姐さんか。いいねえ、小股の切れ上がったいい女! でもゲルダ姐さんにはトゲトゲがいるだろ? あそこのカップルもよくわかんねえよな。トゲトゲのどこがいいんだか」
「なに言ってんのよ。あの二人こそベストカップル賞じゃないの」
「なんだよ、ベストカップル賞って」
「いいじゃない。あと……」
「あ、ベルガラックのユッケか? あいつはブラコンだからダメだ。ゼシカとおんなじだ」
「なによう! ブラコン上等! サーベルト兄さんは世界一、いえ、宇宙一なんだから!」
「おーおー、こりゃ婚期遅れるわな。そういや、リーザスのチビどもは元気か?」
「ええ。もちろんよ。勇者になるって張り切ってるわ」
「勇者ねえ」
「……エイトに憧れてるんだって。ククールじゃなくて残念ね」
「エイトか。あいつ、すげーヤツだったな。強かった。あんなヤツと一緒に戦ってたんだよな、オレたち」
「そうよ」
「……………」
覚えている。しっかりと。あの1年にわたる戦いの日々を、ククールは覚えている。
だがなぜ、自分だけ騎士団員に戻っているのか。
ゼシカはそんな私の心中を察したのか、質問を続けてくれた。
「ね、マイエラはどう?」
「どうって……。団長が怖くてさ」
「なんで三角谷にいるの?」
「わかんねえんだよ。ただ、団長どのが三角谷にいろって言うから。ずっと見回りしてんだよ」
「団長……マルチェロって、三角谷に来るの?」
「ああ、気づくと来てる。あの人、昔からそうでさ。サボるとどっかからわいてきてお仕置きすんだよ」
「……きょうだいなんでしょ?」
「ああ。……でも、団長どのは認知してねえんだ。だから、オレは静かにしてんだよ」
「そう………。それでいいの?」
「いいも何も、しょうがねえさ……。しょうがねえ、って言ったけどな、いや……レディに言うことじゃねえか」
「何よ、あたし平気よ?」
「修羅場くぐってきたもんな。グロい話も平気だな?」
「あ、あたしが切り裂かれるのは嫌よ」
「大丈夫だよ。オレが切り裂いたのは団長どのだ」
「え?」
!!!!!
「オレ、夢の中で、毎日団長どのを殺そうとしてんだよ。手切ったり、足切ったり、いろんなトコをさ……ごめん、気持ち悪いな」
「いいえ……。それで、すっきりするの?」
「いや、すっきりっつーか、なんか違うんだよ」
ククールは言葉を切って、飲み物を口にする。
「……違うって?」
「ああ。団長どのを殺せば、オレは負けちまう。だから、死なない程度に切るんだけど、団長どのはオレに命乞いしないんだ。ただ黙って切られてんの。痛いとかも言わないでさ。そんで、殺さないからオレの勝ちなんだけど、勝った気がしない」
「へんな勝ち負けね」
「そうなんだよ。殺せば負けって、誰が決めたんだ全く」
「じゃ、やんなきゃいいじゃない」
「ダメなんだよ。やらないと、世界が滅びる」
「なにそれ~」
「なんかバカみてえだろ?」
二人は声をあげて笑った。
私は複雑な思いにとらわれていた。
私を殺せばククールの負け。では、勝つのは誰だ。死ぬ私なのか?
夢物語なのだから、気にすることもないのだろうが、トルソーの記憶があまりに鮮明で、少し混乱した。
二人の会話は、再び旅の思い出話となる。
今得た情報をどう考えるべきかと思いあぐねていると、ヤンガスが戻ってきた。
このまま回復していくんでしょうか。マルチェロもちょっと困惑気味です。次は、あの人が登場します。