アスカンタ城では、俺たちの来訪を喜んでくれた。特にパヴァン王はにこやかに迎えてくれている。キラちゃんも一緒だ。
「トロデ王からの書簡、確かに賜りました」
エイトの兄貴からトロデのおっさんの手紙を受け取ると、さっと中身を確認し、キラちゃんにあずける。キラちゃんはそれを控えの兵士に渡す……キラちゃんはすげえな。王の側近なのか。
「まことに、皆さんにはお世話になりました。私が再び王として国を守ることができているのも、皆さんのおかげなのです。暗黒神を倒した勇者殿でいらっしゃいますが、私にとっては本当に恩人です。いくら感謝してもし足りないくらいです」
パヴァン王はそう言って、ずっとエイトの兄貴の手を握っている。……握手にしちゃ長いんだよ、早く放しやがれ……。
「ちょっとヤンガス! 何を怖い顔してるのよ……って普段とあんまり変わらないけど……。もう少しにこやかにできないの? 王さまがあたしたちの訪問をあんなに喜んでくださってるのに……」
ゼシカの嬢ちゃんに小声でたしなめられ、はっと我に返る。
そうだ。この王さまは悪い人じゃねえ。それに女好きの顔だ。兄貴をどうこう、というわけじゃなさそうだから握手も多めにみてやるか。それにしても挨拶がなげえなあ。
まあ、へちまうりの力とはいえ、長い喪を明けさせたのは俺たちのおかげだしな。
「……ミーティア姫は、サザンビークのチャゴス殿下とご婚約中でしたね」
パヴァン王は、ちょっとしたお茶会を開いてくれ、上品にカップを持ち上げるとそう言った。
……さすが、城、出される茶菓子も高級だ。俺はバタくさくなさそうなフルーツ系の菓子に手を伸ばす。まずは綺麗な色の寒天みたいな奴からだ。
「はい。まだトロデーンが落ち着きませんので、婚儀がいつになるか決まっておりませんが」
「ええと、君たちはサザンビークへはまだ行ってないのでしょう? アスカンタが先でよかったのかい?」
パヴァン王は、トロデーン兵士であるエイトの兄貴の立場を心配してくれる。うん、いい王さまだ。
……この寒天みてえのは、あんまり甘くなくて良かった。だが、腹にはたまらねえな。ここで茶菓子を御馳走になるってことは、エイトの兄貴は昼食の時間はお取りなさらないはずだ。昼飯にはまだ早いが、ここで少し食っとかねえと、晩までもたねえ。まあ、昼飯食っても、いつも晩までもたねえが。俺は砂糖のかかっていない地味な菓子に手を伸ばした。しまった、軽い!
「……旅の途中、お世話になったかたがたへのお礼は、旅で訪れた順番どおりにしようと思いまして……。サヴェッラだけは、一番に報告に参りましたが」
「そうか。サヴェッラにはもう行ったんだね。……まあ、君はトロデ王の名代だからね。きっちり挨拶を入れていけばいいよ。……それにしても、いろいろと、本当にお世話になった。今回の暗黒神の討伐はもちろんだが、何より、シセルを亡くした悲しみの淵から私を救ってくれたのは君たちだ。……改めて礼を言わせてくれ。ありがとう。さあ、どうぞ遠慮なく召し上がってください」
ヘタレなんて言って悪かったな。ちゃんと礼節わきまえてやがる……って、王なんだから当たり前か。
……さっきから遠慮なく召し上がっている俺。地味な菓子は軽かったが、皮の内側には酒のきいたやらかいクリームがたっぷり入っていやがった。これがうまいのなんの。もう一ついただいたんだが、今度そっちは違う酒のきいたクリームが入っていて、また、うまいのなんの。
「ちょっと、ヤンガスったら、クリームが顔についてるわよ」
嬢ちゃんに小声でたしなめられる。それを見ていらしたエイトの兄貴に紙の布巾を手渡される。
「す、すいやせん、兄貴」
「良かったね、ヤン。おいしい?」
「ええ、そりゃあもう。このかさかさした中に入ったクリームがうまくて……」
俺は腹にたまらないと言っていたかさかさした菓子を結局5個も食っていた。
……エイトの兄貴は木の実の乗った茶色い菓子を食ってらした。固そうなひも状のクリームがぐるぐると渦を巻いている。ありゃ、バタくさそうだな。やめておこう。
ククールの野郎は、茶だけだし……嬢ちゃんは、イチゴとクリームとクラッカーみたいのが交互に重なったのをものすごい技術で食っている。ナイフとフォークを巧みに……巧みにとしか表現できねえ技術で、ひとかけらのクラッカー片もこぼさず、もちろんクリームもこぼさず、イチゴの果汁もしたたらせず、だ。技術というより奇術と言った方がいいほどだ。
「どうしたの? ヤンガスったら……」
「すげーな、嬢ちゃん、その食い方」
嬢ちゃんは、まあね、と言って食い進める。
「ヤン、これなら食べやすいよ」
エイトの兄貴が入れ物にはいった菓子を取って下さった。ぷるりとした黄色っぽい表面。ちょっと焦げ目がついている。苦いのか?
「なんです?」
「プディングだよ」
俺はバタくさいもんは嫌いだ。基本的に乳製品は好まない。乳くさいのが嫌なんだな。だが、さっきのクリームみたいに他の味がついていると食ってしまう。兄貴が取ってくださったこれも乳製品ぽいが……。他になにかひっついてるわけでもない、この固めたクリームみたいのだけでできている。俺はさりげなく匂いをかいだ。……乳くさくはない。かといって酒の匂いもしてこない。兄貴が取ってくださらなかったら、俺は一生口にしなさそうな食い物だ。危険すぎる……。
だが、エイトの兄貴がにこにこして俺を見ていなさる。これは、なんとしても食わねば……。
おそるおそる匙で掬う。思ったよりは弾力がある。ふわりと酒の匂い。よかった、乳以外のものも入っている。この香りはラムか?
「うまい!」
「ヤン、よかった」
「ええ、兄貴、あっしは、こんなうまいと思いませんでげした。ああ、こりゃうまい」
底の方にはほろ苦い蜜のようなものものと、ラム酒に漬かった干しブドウも入っていた。もちろん、おかわりし、結局3つ食った。
俺がうまい茶と茶菓子を食っている間、俺以外は元ヘタレ王とずっと喋っていた。
兄貴が俺のほうをちらっと見てから「じゃあ、そろそろ」なんておっしゃったので、あわてて口をさっきの紙の布巾で拭いて立ち上がった。
「あー、うまかったっすねー兄貴?」
「そうだね。僕たち、アスカンタには好かれてるね」
「そうね。パヴァン王、いい人だわ」
「ヘタレっぷりもましになったよなあ」
そんなことをおしゃべりしながら、パルミド方面へ向かう。
「なあ、パルミドは誰に挨拶入れんだ? 情報屋か? まさかサウナの奴らじゃねえだろ?」
ククールがそんなことを言う。そういやそうだ。パルミド行ったって、俺たちが頭下げて挨拶入れるような輩はいねえだろ。サウナの奴なんて暗黒神討伐のこの旅になーんの関係もねえだろう。兄貴の話じゃ、素人相手に悪さしてるっていうし。ロクな奴らじゃねえな。おとなしくサウナ経営してりゃあいいんだ。
「そうだね……。闇商人のおじさんのところで取り替えてもらうものもないし。……酒場のご主人も微妙だよね」
「じゃあパスしませんかい? パルミドの連中は、暗黒神のことなんて、これっぽっちも気にしてねえでがすよ」
まったく、パルミドは昔から流れ者と盗人ばかり。まあ、中にはまともなやつもいるにはいるが、いずれにしろ世の中を小さくしか見てねえ奴らばかりだ。酒場の主と情報屋くらいしかまともに話は通じねえ。
俺は早く西の大陸へ渡りたかった。
「そうだわ、ヤンガスったら大切な人のところへ早く行きたいのね」
大切な? ベルガラックの兄ちゃんたちは別に……。
「おう、そうだな。急ぐぜ」
ククールが早足になる。
エイトの兄貴までクスクス笑いながらククールの後を急ぎなさる。
なんだってんです?
みんな南へ向かう。途中の教会で小休止し、また南へ。
「あっ、兄貴? どこから西へ渡るんでがすか? 他に行くところでも?」
毒沼なんかが見えはじめる。どこへ行こうってんですか。わざわざこんな南側から行かなくても、西の大陸には渡れますぜ?
「何とぼけてるのよ、ヤンガスったら」
とぼけてねえよ。
「ゼシカ、とぼけてるんじゃねえ、照れてんだろ」
何にも照れてねえ、って、うるせーぞ、ククールめ。
「ふふふっ、そうだね」
えっ? なんです? 兄貴まで……。
三人はにやにや笑っている。
「ヤン、そんなにそわそわしなくていいよ。でも残念だけど、今日中に西に渡るからね。ごめんね」
ごめんね?
「なんで兄貴が謝るんでがすか?」
みんな笑いながら前を向く。俺もつられる。
この道は……。
俺は……悪寒が走った。
ゲルダんちじゃねえか!
あいにく、ゲルダのやつはいやがった。
「また来たのかい? このうすらとんかち!」
痛え。刺されてもないのに、心臓が痛え。
「お忙しいところすみません、ゲルダさん。長い旅も終わり、僕たちは本懐を遂げることができました。ヤンのおかげなんです……」
兄貴は、さりげなく、赤い宝石をいくつか渡しなさった。ルビーにサンゴだな。それからキメラのつばさ。
そんなにやらなくたっていいでがすよ。
「……暗黒神ってのが消えたって? 勇気あるものたちが倒したって、みんな話していたが、あたしには関係ないね」
だろ? だから、兄貴、そんなに丁寧に挨拶入れなくていいんでがすよ。
「はい。ヤンの強さがあってこその勝利でした」
照れるぜ……。
「そうかい。それで?」
ゲルダが俺をじろりと睨む。
「僕たち、お世話になったかたがたへ挨拶して回っているんです。まだもう少し、ヤンをお借りします。今日はとりあえずご挨拶をかねてご報告に……」
「ああ、そういうことかい。でもそれもあたしには関係ないね。そんなどてかぼちゃ、好きにしたらいいさ。ただ、せっかくだから、あんたからの贈り物はもらっておくよ。……そうだ、ゼシカ、これ味見してくれないか? まだ上手くできないんだけど……」
ゲルダはそういうと、なにやら台所でごそごそ始めた。
「これ……ゲルダさんが?」
「ああ。ほら、早く」
ゲルダが嬢ちゃんに差し出したものは、俺の大好物、フィナンシェだ。
嬢ちゃんは不恰好なそれを一つ受け取り、口に運ぶ。
「……美味しい!」
「本当かい? お世辞言ってるなら勘弁しないよ」
「僕もいいですか?」
兄貴も手を出す。
「オレも頂きたいです」
ククールまで!
三人は、もぐもぐしながら揃って「美味しい」を連発する。
「ゲルダさん、バターが違うわ……美味しい」
「ああ、発酵バターってのしか手に入らないんだ。あんたのうちのとは味が違っちまうが」
「クルミの存在感がいいですね」
確かに、クルミが見える。
嬢ちゃんちのは細かくしたものが混ざって入っているが、ゲルダのはでかいまま豪快に上に乗っているのだ。
「へえ……プルーンも合うわ」
「こっちは酒がすげえ」
「ああ、プルーンはこっちの名産だからね。……酒はちょっと手がすべって……」
「あはは!」
俺以外のみんなは、フィナンシェを囲んで談笑している。
じゃあ俺も、と手を出しかけたらぴしゃりとやられた。
「これは味見だ。お前にやるのはない」
ひでえ!
「まだ格好よくできないし、材料が手に入りにくいから、小麦粉足したり、そのかわりアーモンドの粉を焼いてみたり、いろいろやってるんだ。……美味いって言ってくれて嬉しかった……」
ゲルダは、嬢ちゃんに「非常食だ」と言って山盛りのフィナンシェを寄越した。
「いいの? ゲルダさん。うれしい! ありがとうございます」
「わあ、ありがとうございます。大切にいただきます」
「ぜいたくな非常食だ!」
俺以外の3人に感謝され、ゲルダは居心地悪そうにもじもじとしていた。
俺たちは、ゲルダのアジト近くの海岸から古代船に乗り込み、西の大陸へ向かった。
その船の上で、なんだってまあ、こんなことに……。
「ってやんでい……ゲルダのやつ……」
「ちょっとヤンガス? いい加減機嫌なおしてよ……」
「ちょっとした遊び心だろ?」
「だからって……ざけんな、ったく……」
「アスカンタで食いすぎた罰だろ」
うるせえ。
ゲルダの寄越したフィナンシェの袋の中に、わざわざヤンガス用と書いたものが別に一つ入っていた。
「まさか、唐辛子入りとはね……」
辛いっ!
俺は西へ向かう船の上で泣いた。
ゲルダ姐さんのところに寄ったら長くなっちゃいました。次は西の大陸へ渡ります。