「おかえり~。早かったね。ゼシカが来てるよ」
サヴェッラから三角谷に戻ると、ドラキーがあくびをしながら言った。
村のバーへ向かう。建物へ入ると、ゼシカはラジュと話していた。
「あ、マルチェロ。サヴェッラへ行ったんですって?」
「ああ。巡礼の旅に出ようと思ってな。ニノに話してきた」
「ええっ? 法皇さまに? ………で、どうなったの?」
「いや、三国の王に伝えるから、勝手にしろ、というような感じであった」
ゼシカは、「そう、やっぱり」とうなずく。
「ゼシカ嬢、やっぱりとは?」
ゼシカは、ふうと大きくため息をつき、バーカウンターに深く座り直した。
「……多分、多分なのよ?」
「ああ、わかった。それでもいい。話してくれ」
私も席に着く。
「マルチェロ、あなたがトロデーンに捕らえられてから、天変地異が続いたの……」
そういえば、脱獄した後、そんな話を聞いたな。
「具体的には?」
「あの、雷と竜巻がすごくて、特にサザンビーク方面ていうか……。マルチェロならわかると思うけど、竜神の怒りに触れたって……」
「伝説の竜神の怒りか? サザンビークは昔、国が滅びかかるくらいの竜巻の被害を受けたというが」
サザンビークは伝統的に、竜巻の被害が多い。サザンビークには、共存していた竜神族を迫害したという言い伝えがある。竜巻がくると、竜神の怒りに触れたと言って人々は恐れるのだ。
竜神族や竜神王は本当にいたが、一般の人間にはわかるまいに……。
「おとぎ話だっていうけど、あたしたちも実際竜神族も竜神王も知ってるし、まさにエイトがそうだし……。とにかく、その竜神の怒りが、世界中に天変地異として現れたって。特にサヴェッラとトロデーンはひどかったわ」
「そうだったのか」
「エイトと姫さまの結婚式の日は、ものすごくひどかった。法皇の館が落っこちるかと思ったわよ」
私はあの不安定な法皇の館を思った。
「誰が言い出したのか、マルチェロを捕らえたせいだって」
「……………」
「マルチェロの祟りだって……」
「私にはそんな力はないが」
「そんなのあたしだってわかるわよ。でも、異常な竜巻や嵐だったのよ。雷も。マルチェロの祟りだっていうのが一番みんなが納得したのよ」
「おかしな話だ」
「あなたの脱獄後、竜巻は起きなくなったの。でも、嵐はおさまらなくて、まだマルチェロの祟りが続いてるってみんなが。軍があなたたちのことをかなり捜索してたけど、みんな竜巻を怖がってちゃんと探してなかったみたい。で、もうマルチェロの罪は問わないっていうか、ゴルドに落ちた人たちだって助かってるし、どっちみち悪いのは暗黒神ラプソーンだし、って世論が高まって。まあ、その他いろいろあったけど、とにかくそれであなたは罪は問われないことになったのよ」
「そうだったのか。私がいると、竜巻が……」
これでニノがやたらに外を気にしていたことの説明がつく。
「まあ、そうね。マルチェロをどうかしようとすると竜巻に吸い込まれて海まで飛ばされるとか言って……」
「だから皆、私に関わらないのか」
「多分ね。あなた一人が悪い訳じゃないって。みんな真面目に女神さまにお祈りするし、治安もよくなってるわ。あっパルミド以外だけど」
「そうか」
私が法皇になったら、女神への祈りは、自らを見つめ、正しく生きると誓うことであると布教するつもりだった。神頼みはいい。だが、神任せはよくないと。
それが、こんな形で実現するとは。皮肉なものだ。私は苦笑いでもしたのだろうか、ゼシカが怪訝な顔をする。
「……マルチェロ?」
「ああ、すまない。では、今はどこにも暗雲たちこめてはいないのだな?」
「そうね」
そうか。良かった。
「そうだわ、ククールなんだけど……」
「何かあったか? 少しはよくなっただろうか?」
「いえ、トロデーンに行く前とまったく変わらないのよね」
「……そうか」
まったく変わらないとは。
「私のことは、まだ団長と?」
「ええ。ククールの中では、自分がマルチェロの弟だってこと、あなたにまだ認知されてないって思ってるわ」
「そうか」
トロデーンに行けば、仲間と関わっていれば、すぐに元に戻ると思っていたが。
今の状態で私一人が旅に出るのはよくないか……。
「ゼシカ嬢、巡礼の旅にはククールを連れて行く訳にはいかんのだ」
「え? なぜ?」
「私一人で行きたいのだ。ククールがいれば、旅も楽であろう。だが、それでは……」
「禊ってやつ?」
「そのように見られるのだろうな。そんなつもりはないのだが、いや、いっそ禊であると意識した方が良いかもしれぬ」
ゼシカは、そう、と短く答えた。
巡礼の旅が終わったら、どこかの教会に身を落ち着けたいと言うことを、彼女に言うべきだろうか。私がククールと別に暮らしたいということを……。
「……ゼシカ嬢、貴女に聞くのもどうかと思うのだが、ククールには、誰か添い遂げる女性はいるのだろうか」
「!!! ………添い遂げる女性?」
ゼシカは思いの外驚いた様子で、私をまじまじと見た。
「意中の女性はいないと思うわ。マルチェロ、ククールはあなたと一緒に暮らすって言ってるんでしょう? 自分こそ、誰かいるってわけ?」
どういうわけか、ゼシカは急に怒り出し、一枚板のカウンターを思い切り叩いた。離れたところにいたマスターが不安そうな目を向ける。
私はあわてて弁明する。
「い、いや。すまない。……私はこれからも女神に仕えたい。新しい家庭を持つつもりはない。……だが」
「だが?」
「だが、ククールの自由を奪っている気がするのだ。一生私の監視をして暮らすなど。あれはまだ若い。これからいくらでも出会いがあり、幸せな家庭を……」
「バカじゃない?」
?????
「のんきなものね」
「……すまない、だがなぜだ? 訳がわからぬ」
「いい? もし、ククールが家庭をもつなりなんなりして、マルチェロと離れて暮らすとするでしょ? そうすると、世界中の人が迷惑するの。いちいちあなたの居どころをサヴェッラか三国に報告しなけりゃならないんだもの」
「そうであった。……だが、この巡礼の旅を終えたら、どこか地方の教会にでも身を寄せることができればと思っている。決まった教会ならば、ククールの監視下になくとも……」
私の考えは甘いのだろうか。
「……現実的にどうよ? 地方教会なんて、あなたを受け入れるかしら。あなたほどの……」
悪名高き、か。
「かえって、マイエラとか、どっかの城下町の教会のほうが人の目があっていいんじゃない?」
監視の目か。
私とて、マイエラにいることができれば、マイエラが無理ならドニの教会に、という希望はある。だが、世のために働くとしても、そのようなわがままは許されまい。小さな教会の方が……。
「……お母さんが言ってたじゃない。あなたはまだ若いんだし、できることあるでしょ? どこか田舎に引っ込んでなんて小さいこと言ってないで、もっと世論にもまれたらいいのよ」
「……」
そうであった。監視、などと、また私は自分の殻に閉じこもるところであった。
ゼシカやマダム、それからグラッドやパルミドの盗賊らとも話す機会を持たねばなるまい。世の中がわからない。ずっと世界を見たいと思っていた私は、のしあがり、全てを見たつもりであったが、その実、あまりにもたくさんのものを見過ごしていたようだ。
「すまない。また自分のことばかり考えていたようだ」
「そうよ。それに、今ククールには、マルチェロしかいないじゃない」
「いや、君たちだって」
私などより、苦難を共にした仲間がいるではないか。
しかしゼシカはため息をついた。
「駄目だったじゃない。トロデーンに行ったって。元に戻らないじゃない……あたしやエイトやヤンガスじゃ……」
ゼシカは涙ぐむ。
ククール、お前にはこんなにも心配してくれる仲間がいるではないか! なのに……。
「エイト……。夕べ遅くエイトがここへ来た」
「ホント? 一人で? 夜中?」
「ああ。かなり急いでいた」
「そりやそうよ。……それにしてもよく抜け出せたわ……。で、何て?」
「何て……。ククールを憎んでいるかと聞かれた」
「何て答えたの?」
「憎んでいないと言った。それから、ククールをどう思っているかと」
「どう思っているか?」
「ああ。だから私は『愛しく思っている』と言った」
「愛しく……」
私がククールをどう思っているか、そんなことは本当は一言では言い表せない。憎しみや怒り、悲しみ、あれに対して沸き起こる感情は全て負のものばかりだった。それをすべてぶつけても、あの男は全て受け取り、あるいは跳ね返した。二人で暮らしはじめてからは、私もまたククールの感情を同じように受け止め、跳ね返してきた。私たちはたった二人のきょうだいなのだ。家族なのだ。それをただ一言で言い表すならば、愛しい、のだ。
「女神の前では、皆愛し子だ。家族として、愛しいのだ。たった一人の身内だ。血を分けたきょうだいなのだ。それがどんなに汚れた、悪しき血であったとしても、だ。愛しくないわけがなかろう」
「そう言ったのね? 大切な家族だって?」
「いや、一言『愛しい』と」
ゼシカは、なぜか盛大にため息をつき、カウンターに突っ伏す。
「……とにかく、ククールがあのままでは、巡礼に出るわけにもいかんな。エイトが近いうちに迎えに来いとは言っていたが」
「エイトがそう言ったの?」
「そうだ。またここへ来るから、そうしたら迎えに行けと。エイトから話はなかったのか?」
「ええ。実は、エイトにはあんまり会えてないの。ヤンガスは仕事を手伝ってるから会ってるみたいだけど、ヤンガスにはそういうこと話さないと思うし……」
ククールのことについてゼシカやヤンガスに話していないとは。エイトは一体どういうつもりで迎えに来いなどと言ったのだろうか。
ククールを迎えに行ったら、またこの三角谷にいることになるだろう。巡礼に出ることは、またここへ来てから話せばよいだろう。あわてることはない。
「私はまだしばらく三角谷にとどまることとしよう。すまないが、またククールの様子を伝えて欲しい」
「………わかったわ」
ゼシカは、また来るわね、と言ってリーザスへ帰って行った。
次はククールを迎えに行きます。そろそろエンディングです。