「皆さんがいらっしゃいましたよ」
ある朝のことだった。散歩をしていたら、ラジュが私を探しに来た。
「三人ともですか?」
「いえ、ゼシカさんとヤンガスさんのお二人です」
村のバーで、二人が待っていた。
せっかくなので三人で朝食をとる。
「ククールを迎えに来てくれって。エイトが」
「そうか」
「ああ。姫さんはまだ反対していたんだが」
「…………」
「トロデ王も、マルチェロとあまり離しておくのはよくないって」
「監視のためか」
「たぶんね」
「……ククールの様子は、やはり変化はないのだろうか」
この二人が何も言わないのだから、変化はないだろう。だが、念のため尋ねてみた。
「そうね。お城では主に姫さまがお話し相手になっていたわ。あたしもできるだけ顔を出すようにはしていたけど」
「城の庭を散歩したりしてたな。俺はエイトの兄貴の用事が多くて、あんまり関われなかったが、晩メシなんかはよく一緒に食ったぜ。……ククールの状態は三角谷を出た時と同じ感じだ。俺たちのことは分かるし、暗黒神と戦ったことはよく覚えている。会った奴等なんかのこともちゃんと覚えてる。だがな、自分はマイエラの騎士団員なんだとよ」
やはり、変化なしか。
「騎士団員として、トロデーン城を表敬訪問してるんだって言ってたわ。復興の様子を団長に知らせるのが役目だ、とか言って……」
「そんな指示はしていない」
「ええ。知ってるわ」
「そういや、なんか、態度が気に入らねえんだよな……」
気に入らない?
「いや、態度が悪いとかじゃねえ、態度が良すぎる」
「そうね、トロデーンではとっても紳士な騎士団員さんよ」
「きみたちに対し他人行儀だとでも?」
私のいないところで行儀を良くするとは、よっぽど……いや、ククールは姫君に畏怖など感じてはいないだろう。
「そうね。三角谷を出る前、ここでおしゃべりしていたときは、けっこう砕けた感じだったじゃない?」
「そうだな。きみを口説いていた」
「ええ、ハニーとか言っちゃって。ああ、あたしをハニーって呼ぶけれど、あれは、旅の時もそうだったから、……ええと、あたしとククールの間には何もないわよ。この前マルチェロが言ってた『添い遂げたい女性』なんかじゃないから」
ゼシカはあわてて否定する。
私も、もしやゼシカ嬢とククールの間に恋愛感情があるのではと思ったこともあった。だが、二人を見ていても、そういう様子は全く見られなかった。この二人が恋愛関係にあればよいのにとも思った。ゼシカ嬢は若いが芯の通った女性だ。自分の人生を自分の手で切り開いて生きていける女性だ。このようなしっかりした女性とならば……と。だが現在、当の二人がそういう感情をもっていないのだから、部外者の私が望んだりしても意味はない。
「あの状態のククールの世話は大変か?」
ヤンガスが尋ねる。
「いや。騎士団員のつもりだから、そういう扱いで接してやれば特に問題はない。もし、何かのきっかけで暗黒神のことや旅の途中の状態などになれば、またそのように接すればよいのではと思っている」
「そうよね。ククールの状態に合わせていくしかないわね」
「でも、あのままじゃ、下界へは下ろせねえよな。……この三角谷だからやっていけてる……」
ヤンガスの言う通りだ。
ゆっくりした時の流れ、安全な環境、ラジュやマスターを始め、ここの住人は穏やかに接してくれる。そして、ギガンテス。彼の存在はとても大きい。
砂漠の家に戻り、あそこで一人で暮らすのは無理だろう。もし、私とまた同居するにしても、一人で過ごす時間も発生する。今は、別れて暮らすのは無理か……。
「いっそのこと二人でこの三角谷の住人となるか……」
思わずつぶやく。
「ゴールドが底をつくだろう?」
ヤンガスがすかさずダメ出しをする。
「そうだな。バーテンの仕事を覚えて、マスターに雇ってもらうか、宿屋の掃除か……」
「三角谷は間に合ってると思うわよ」
そうだな。客など数人しかいない。隔絶されたこの世界へはそう滅多に観光客も訪れない。
「またガイドの仕事をするか」
ククールを食わせて行くには、私が働かねばならない。もし教会に所属することができたとしても、家族を養う俸給をもらう職にはなかなか就けまい。
「ガイド?」
「何のガイドだ?」
ああ、説明していなかったか。
「……砂漠地方に竜骨の迷宮というのがあるのは知っているだろう? 最奥にギャリングの作った秘密の部屋がある。そこを探検するツアーのガイドだ」
「ああ、そういや行ったな。ベルガラックカジノの再開のために」
「迷宮の中をガイドするの?」
「そうだ。ちょっとした探検だ。魔物が出るから、客を守りつつ魔物を退治しながら探検をしていく。コースもいくつかある」
「へえ、おもしろい企画じゃない」
「ああ。これはククールが考え、ベルガラックのフォーグに主催者をしてもらっている。ベルガラックに泊まりに来た一部の客に声をかけ、始まったツアーだったが、いつの間にか人気が出て今では予約が一杯だ」
「へえ、すごいのね。そうだ、一番奥の怖い魔物たちは? まだいるの?」
「ああ、赤と青のゴツイのがいたなあ。結構めんどくさかったやつだな……」
しばし昔話に花が咲く。
「そうすると……ククールをここへ置いて、マルチェロがガイドの仕事に行くってことよね」
「そうだ。状態がよくなれば、一緒にガイドに連れて行ってもいいだろう。ゆっくり時間をかけていくしかない。もしほかに方法がないのだとしたら、このまま一生涯、私が歳で働けなくなるまで。その頃にはそれなりの貯えもできているだろう、その後は、二人でどこかの教会に身を寄せるか……」
一生添い遂げるのは私ということになる。ククールの状態がこのままなら……。
「また、時を経れば様子も変わってくるだろう。そうしたら、そのときそのときで身の振り方を考えて行こうと思う。君たちには、ずっと世話になるだろう。よろしく頼む……」
「ええ、できる限りサポートするわ」
「俺もだ。きっとエイトの兄貴も。……まあ、元に戻るのが一番いいんだけどな」
「……そうね」
ゼシカ嬢が少しうつむく。彼女はやはり、何か気になっていることがあるのではないだろうか。何か……ククールの記憶の一部を強引に封印している秘密の小箱。ククールがずっと変わらなければ、私はその小箱を開けてやることができない。いや、あの箱が開かない限り、このままなのか。あの箱の鍵はどこにあるのだろうか……。いや、開いたとして、ククールは幸せになれるのだろうか。もしかしたら、あれはトラップボックスで、開けてはいけないものなのか……。ククールの状態を考えると、そんなことまで考えてしまう。……考えすぎか……。
食事が済み、私は二人に連れられてトロデーンに飛んだ。
* * * * *
「図書室から入るのよ。正面はちょっと……」
「ああ、わかった。君たちに着いて行こう」
私はレイピアをヤンガスに預け、ゼシカの後を歩いて行った。
私たちの到着を待っていたトロデーンの兵士も、数人後ろに着いてくる。
初めて入るトロデーン城。私はおそらく一生入ることのない、正面の立派な扉を記憶にとどめ、図書室の扉をくぐる。図書室は雑然としていて、隅には壊れた書棚などが積み重なっている。図書室を抜ける。廊下や壁、天井など修繕工事が進んでいるようだった。
数回角を曲がり、階段を上がる。また数回角を曲がり、ある部屋の前で止まった。
「失礼します」
後ろの兵士がさっと前に立ち、入室の許可をとる。すぐに許可され、兵士は扉を開ける。
「お入りください」
兵士に促され、入室した。兵士は入室しない。だが、扉は閉めず、部屋に背を向けて警護に立った。
「団長どの!」
ククールは中にいた。ソファでくつろいでいる。顔色もいい。少し嬉しそうに見えるのは気のせいだろうか。
エイトと姫君も一緒にいた。
私は深く礼をした。
「すみません……トロデーンにいても、元通りにはなりませんでした」
さっそくエイトから声がかかる。気のせいか、こちらは顔色が悪い。
「焦らずともここで静養なさったらよろしいのに」
姫君は感情のない笑顔でそう言った。
すぐにククールを連れて帰るつもりなので、私は立ったままだ。もちろん、椅子は勧められない。
ゼシカとヤンガスも座らない。一緒に三角谷へ来てくれるのだろう。
「巡礼の旅に出られるそうですわね」
「えっ……、それは……」
姫君の言葉に、エイトが青くなる。サヴェッラからの書簡はもう三国に届いたのだろう。
できれば私から伝えたかったが。
ククールは少し驚いた顔をしている。
「団長どの、旅に出られるのですか? いつです?」
「いや、まだはっきりとは……」
「と、とりあえず、ククール、出ましょう」
ゼシカがあわててククールを促す。
「……あ、ああ、そうだな。じゃあ……」
ククールはトロデーンの二人に「お世話になりました」とにこにこ挨拶している。
そして私の方へ。
私はククールにもう一度二人の方を向くように立たせ、その横で私はトロデーン王室の二人に深く頭を下げた。
「弟が世話になりました」
「!!!!!」
「……………」
「……………」
「……………」
「……………」
「だ、団長どの?」
「どうした?」
そう言う私の隣で、ククールが目を丸くしている。
周りの人間も皆、何故か硬直していた。
何かおかしなことを言っただろうか。
「団長どの……今、弟って……」
「ん? 違うのか? お前は私の弟だろう?」
「認めて……認めてくれるのか?」
「認めるもなにも、お前は私の弟と決まっている」
「さ、行きましょう、じゃあね、エイト。姫さまも」
ゼシカがエイトたちに背を向ける。
「またいつでもいらしてくださいね、ククールさん」
「あ、はい」
「ククール! 良かったね……君のお兄さんに会えて」
「リーダー……?」
エイトが思わず発した言葉に、ククールの表情が変わった。ククールはじっとエイトを見つめる。
エイトは小さな笑顔を見せた。その横で、姫君は張りつけたような無表情な笑みを浮かべる。
私は、答えを見つけた──。
「早く……」
ゼシカがククールの手を引っ張る。ヤンガスも私も後を追った。
ゼシカに急かされながら、私たちは再び図書室を抜けて城外へ出た。
「嬢ちゃん、何をそんなにあわてて……」
「いいからっ! ほらククール、三角谷にルーラして!」
「いいぜ。……三角谷!」
城を出たと同時に移動呪文が発動され、次の瞬間には、私たちは三角谷にいた。
「じゃあ、俺は三角谷に行ったことを報告しに行く。今度はククールが一緒だな。……また様子見に来るから」
ヤンガスは私の動向を見極めると、トロデーンにとんぼ返りした。
私、ククール、ゼシカの三人が三角谷に残った。
「兄……団長どの、旅に出るって、マジですか?」
「ああ。だが、すぐにという訳ではない」
表情が元に戻ったような気がしていたが、まだ私を団長と呼ぶのか。
「オレを……オレを捨てるのか?」
「そうではない。ただ、巡礼は一人でするものだ」
「……死なないよな?」
「自ら死ぬつもりはない。何もなかったことにして、死に逃げてはいけないと言ったのはお前だ」
「オレ……オレは……兄貴……」
ククールは再び意識を失った。
「ククール!」
ゼシカが叫ぶ。
私は弟を抱き抱え、森へ向かった。
「ねえ、マルチェロ、どうなってるの? ククールは元に戻ったの?」
ギガンテスのいる場所ではなく、別の場所へククールを連れて行った。
「ねえ! また気を失ったわ。どうして? ねえ、どうして?」
ゼシカは声を上げて泣く。
「……ゼシカ嬢、貴女はわかっているのだろう……。前に、ククールに伴侶がいないか確かめたのを貴女は怒った」
「……………」
「私のために、弟は何かを捨てた」
「……………」
「再会してからの私たちは、貴女の想像通り、普通のきょうだいではなかった。弟は、とりつかれたように私を求めた。だがそれは、何かから逃げるためだ」
私はククールの身体をしっかり抱いたまま、話した。
「弟を苦しめているのは私だ。死にたいと思った。しかし、誰も死を許してはくれなかった。私は弟のために生きると決めたのだ。弟を、愛しているのだ。大切に思っている。弟が、選ぶことのできない道があるなら、私は命をかけて弟を支えていく。だが、その道を選ぶことができるならば、私は弟をやはり命をかけて送り出してやらなければならない」
「……………」
「明日から巡礼に出る。ククールは三角谷において行く。悪いが、サヴェッラかトロデーンにそう伝えてくれぬか。そして、もしククールが目覚めたら、マイエラ修道院へ行けと言ってくれ。頼む……」
「わ、わかった……わかったわ。マルチェロ、お願いよ。ククールを救ってあげて……」
「ククールを救うことは、私をも救う。迷っている暇はない。教会を巡ってくる。あとは頼む……頼みます」
またククールがメンタル弱くてすみません。次はマルチェロがマイエラへ行きます。巡礼の様子はありません。あと3話+αです。