ククールを三角谷に置いたまま、私は巡礼の旅に出た。
長い旅に出るつもりだった。自分の足で各地を時間をかけて巡り、どんな小さな教会でも、また森の中で朽ち果てている墓石の一つ一つにも、祈りを捧げるつもりであった。
訪れる先々でどのような誹りを受けようと、全て胸に刻むつもりでいた。
しかし、ククールがあの状態では、早くしなければならない。
巡礼はまたいつでもできる。自分の思い通りの旅ができないことを悔やむことはしない。もし思う通りの旅ができたとしても、それは結局自己満足にすぎぬのだろう。
今はとにかく教会だけを巡り、必要とあらば移動の呪具も使い、馬を借りられるならば馬にも乗ろう。
そうして私は、まず砂漠の教会を出発地とし西の大陸を北上していった。リブルアーチからオークニスへ行き、トロデーンを経て東へ向かう。ポルトリンクから南へ渡った。ドニ、アスカンタ、パルミドと駆け足で巡り、ゴルドへ飛ぶ。
私は、最後の地、マイエラ修道院の前に立っている。
夜も更け、修道院はひっそりとしている。消灯時間は過ぎている。見張りの騎士団員と修道士のすがたが少しあるだけだ。
ククールは来ているだろうか。
私は入り口に立っている修道士に会釈をし、まずオディロ院長の眠る墓へ向かった。
サクサクと草を踏み、進む。
不思議だ。とても落ち着いた気持ちになっている。自分の罪がどうかなど、今は意識しない。
早くお会いしたい……。
墓地に着く。月明かりがぼんやりと、墓を照らしていた。
リリリリ、という小さな虫の音。ゆっくり墓石に近づけば、虫が押し黙る。
「オディロ院長さま……」
院長の墓に白い花が手向けられていた。
私は懺悔の言葉も浮かばず、ただ頭を垂れていた。
まぶたの内側に現れるのは、お元気だった頃の優しい院長の姿。
失意の私を優しく見守って下さった。かけられた言葉の一つひとつを思い出す。
どこかに戒めの言葉もあったろうに、私は気づかず生きてしまった。
穏やかな風が吹きわたる草原でともに見上げた空は、青く晴れ渡っていた。
青……。あのときの空のような青く輝く瞳を持った弟。
院長さま、どうかお救い下さい……。
「マルチェロ!」
「団長殿!」
遠くから声がかかる。振り向けば、複数の人間がこちらへやって来るのが見えた。
「お前、よく……無事で!」
そう言ったのは、最後まで私を信じてくれた騎士団員。私が生家を追われ、マイエラに来た時から私を見守り、着いてきてくれた、兄のような……。
彼は大きな身体を震わせ、男泣きに泣いた。
「団長殿、団長殿……………」
泣きながら声を震わせているのは、薬を作ってくれた騎士団員。高みへ上がるためにニノの言いなりになっていたときに常に寄り添い、命を繋いでくれた。間違った道を選んでいるとわかっていても、尽くし続けてくれた。
「……相変わらず、やせっぽちだな、お前は………」
「団長殿!」
私は、飛び込んでくるこの小柄な騎士団員をしっかり胸に抱いた。癖のあるやわらかな金髪は、懐かしいハーブの香りがした。
院長の墓前で、しばらく三人で抱き合っていた。
「待たせたな………」
「お帰りなさい………。マルチェロ団長………」
「遅いぞ、マルチェロ。お前らしくもない」
「すまなかった。いろいろあってな………許されるならば、このマイエラ修道院で祈り続けさせてはもらえないだろうか」
私は二週間の巡礼の旅をしながら、やはりマイエラ修道院に身を寄せたいと思っていることを自覚した。地方の教会は私を恐れた。町の大きな教会は困った顔をした。目立たぬように静かに暮らせるのならと思って巡礼の旅を考え付いたのだが、ゼシカではないが、何か私でもできることを、と思ったら、やはりこのマイエラ修道院が私の心を捕らえて放さなかったのだ。
「……修道士としてならば許されるだろう。今院長は法皇ニノが兼任している」
ニノが院長を……。
「ニノには会ったんだろう?」
「会った。巡礼に出ることを断りにな」
「そうか。お前の巡礼については連絡が来ていた。いつ来るかいつ来るかと待ちわびたぞ」
「またすぐにお出かけになるのですか?」
「いや、ここが最後だ」
……院長様には最後にご報告申し上げたかった。
「それならば、今日は騎士団宿舎にお泊まり下さい……」
そういうわけにはいかないだろう。
「いや、今日はドニへ泊まる。明朝、サヴェッラへ巡礼の報告に行く。それと、マイエラにいられるよう、お願いしようと思う。……一緒にいってくれぬか?」
「もちろんです」
私はそのままドニで泊まり、翌朝約束通り二人と一緒にサヴェッラへ向かった。
ニノはすぐに面会を許可した。この前と違い、騎士団の二人が一緒なので、警戒されることもなかった。
「……貴様が巡った全ての教会から報告書が届いておる。内容に問題がないかを、わしと三国の王で確認し連絡する故、マイエラで待て。一歩も出るでない」
ニノは早口でそう言うと、犬でも追い払うかのような仕草で私たちを退出させた。
マイエラへ戻る。
「しかし、よくここへ戻る決心をしてくれた」
「私もいろいろな迷いがあった……」
「そりゃあ、そうだ。……まあ、俺には想像できないほどの葛藤があったんだろうな。中身を理解してやる事はできないが、お前がそうとう『苦悩した』ってことはわかるさ」
修道院に入る。
二人はなぜか私を中庭へ連れて行く。
「申し訳ないことをした。何の連絡もせずに……」
「そんなこと……おっしゃらないでください」
小柄な騎士団員はまた涙目だ。
中庭へ出る。
「これは……」
「本当に私たちは全員、団長殿のお帰りを待ちわびていたんですよ」
騎士団員、修道士が中庭に整列していた。
だらしなく酒盛りをしていたあの面影はない。そのことを察したのか、小柄な騎士団員が耳打ちした。
「団長殿がトロデーンに投獄された時から、私たちは、いつ団長殿がお戻りになってもいいように鍛練を続けて参りました」
「そうだったのか………」
整然と並ぶ彼らは、清々しい目をしていた。私は皆の前に立った。
「長い間、留守にして申し訳なかった。再びこのマイエラで祈るという望みが叶いそうだ。また皆と過ごせることが、大変嬉しい………」
言葉を続けられない。
しばらく目頭を押さえ、また顔を上げれば、団員たちは顔を天に向けて涙を流し、修道士たちは涙をぬぐっていた。
「………職につくことは許されぬ。故に、いち修道士としてここに暮らすことをお認めいただきたい」
私は深く頭を下げた。
ヒバリが歌いながら私たちの頭上を越えていく。
誰かがパチパチと手を叩いた。その一つの音は、すぐに仲間を呼び、やがて中庭全体が揺れるほどの大歓声に包まれた。
修道院に住まうという私を、皆が騎士団宿舎に引っ張っていく。
「団長室ってわけにいかないが、お前がこっちにいないのは変だろ?」
「いや、駄目だ。私に指揮権はない。こっちにいたら口出ししたくなる」
「してください! また厳しい稽古をお願いします」
「そうです。やはりマルチェロ団長が……」
「待て。話を聞いてくれ」
私は宿舎へ向かう通路に立ち止まった。
「団長殿?」
小柄な騎士団員が不安そうに見上げる。
「正式に許可が出た訳ではないのだ。騎士団は剣を持つ。おそらくそれは許されない。……それに、私はどうしても助けなければならない者がいる。ここマイエラへ来るように言ってあるのだが」
「誰なんだ? それは」
「マイエラからきちんと羽ばたいて行くべき人間だ」
「団長殿、それって……ククールさんですか?」
小柄な騎士団員はククールと同じ青い瞳を向けた。
「私は待っているのだ。弟が帰って来ることを」
マイエラへ来て10日。サヴェッラから使者がきた。使者は、私がこのマイエラにとどまることを認める書類を持参した。書類には法皇ニノと三国の王の署名があった。待ち望んだ書類であった。あとは、ククールが来るのを待つだけ。
更に3日ほど経ったある日、ついにククールがやって来た。
「団長殿、ククールさんが! 礼拝堂にいらしています」
「ありがとう。団長室へ連れてきてくれ」
私はもう団長ではないが、しばらく団長として過ごすこととした。騎士団員も事情を理解してくれ、協力してくれている。
「団長どの、ククールです! 入ります」
「入れ!」
懐かしいノックの音のあと、ククールが姿を現した。
「報告を」
「はいっ! 団長どのの命により、オディロ院長を殺害したドルマゲスを討ち、諸悪の根源であった暗黒神を倒してきました」
「そうか。ご苦労であった」
「はいっ!」
「ではククール、ドルマゲス討伐の任を解く」
「はい?」
「解任だ」
「はい……」
「長年の騎士団勤め、ご苦労であった。だが、騎士団を離れる時間があまりに長かった」
「……………」
「………よって、騎士団も解任する」
「なっ………」
「無論、居たければ居るが良い。暗黒神を倒した勇者なのだから、騎士団は喜んでお前を受け入れよう」
私は立ち上がり、執務机を離れた。
「それに、お前は私の弟だ。生涯、面倒をみてやってもよいのだぞ」
「あ………兄貴?」
「………今日は宿舎に泊まれ。訓練や礼拝に出ずともよい。但し、皆の邪魔は許さん。………下がれ」
「はい」
ククールはなんとも不安そうな顔で団長室を出て行った。
騎士団員には、職務優位でククールには適当に素っ気なくしてくれと頼んである。扱いに困ったら団長室に来るように言付けている。
さて、奴はどんな選択をするのか。無事に旅立つことができるだろうか。
マルチェロはマイエラに暮らすことになりました。あと2話+αです。