※この作品はR-18です。

DQ8 エンド後の世界   作:ぽんぽんペイン

76 / 78
最終話です。


さよなら、マイエラ

オディロ院長の眠る墓の前で、トロデーン王女であるミーティア姫は両手に顔をうずめ「こんなはずでは」と繰り返していた。エイトも傷ついた兵士も運ばれていき、今は私と姫君だけ。

 

たった一人の兵士を連れ、こんな場所まで私を殺しに来るとはなんという執念。感心できる行動とは言えまいが。

 

「姫君、本当にエイトを愛していらっしゃるのか」

「当たり前ですわ!」

 

「では、国は!」

「トロデーンのことですか? 当然です!」

姫君は涙で潤む瞳をこちらに向け、強い口調で答えた。

 

「ならばなぜ、サザンビークに嫁がなかったのです?」

「何を申しますか。エイトはサザンビークの血をひく者。古き約束とて……」

 

「あなたがサザンビークに嫁ぎ、エイトを自由にさせることはお考えにならなかったのか」

「何ですって?」

 

「愛する者の幸せを望むことこそが誠の愛ではないのか?」

 

夜のしじまの中、私は姫君と対峙していた。

 

姫君はまだ18歳くらいと聞く。いずれ王妃か女王になる立場。自分の感情は後回しになることくらいわきまえているはず。

 

誰が見てもサザンビークのチャゴス王子よりエイトのほうが人間として魅力がある。どちらかの妻になるならば、誰もがエイトを選ぶだろう。姫君は昔からエイトを見ていたのだから、当然のこと。

 

しかし、想う相手の心が他を向いていたらどうだろう。しきたりや立場を利用してまで添い遂げたいと思うだろうか。

 

そんな関係はうわべだけのものではないか。

 

 

「……ずいぶん甘いことを申しますのね」

「!」

 

「身を引けと申したいのならば、なんと甘い考えでしょう」

「……………」

 

「エイトを見舞います。案内を」

姫君は感情を捨てた冷たい無表情でこちらを見続ける。

 

「どうぞこちらへ……」

 

 

私は姫君とともに治療室へ入った。消毒薬とハーブの匂いが充満する中、エイトも兵士も眠っていた。エイトには小柄な騎士団員、兵士にはククールが付き添っていた。

 

「どうだ?」

「あ、はい。兵士のかたはもう大丈夫です。ククールさんの回復術がよく効きました」

小柄な騎士団員がすぐに答える。

ククールは疲れた様子であったが、私と目が合うと、誇らしげに親指を立てた。しかし、表情は暗い。

 

「エイトのほうは?」

「はい……」

「落ち着いているようだが……」

顔色が悪いものの、呼吸は穏やかである。

 

「……どうなのだ?」

「はい……………」

治療に当たった騎士団員は、言い辛そうに下を向いた。

 

「申せ」

「……はい。毒物が体内を巡っています。ゆっくりと作用していく毒物のようです。植物のものならば、大抵のものは解毒できますが、おそらく植物のものではありません」

 

「では動物か?」

「わかりません」

 

「今までに知った中で、似た物はないのか?」

「記憶の中ではありません……おそらく、複数の物が配合されています。もしかしたら、ただ配合されただけのものではない可能性があります」

呪術的な力も加わっているという可能性か。

 

「もしそれがわかったとしたら?」

「はい、内容にもよりますが、解毒の方法を導き出せるはずです」

 

私と団員のやり取りが続いても、毒物を用意した張本人である姫君は終始無言であった。

 

「毒物が何なのかがわからなければ、治療できません」

騎士団員が必死に訴えてくる。

 

しかし、私は姫君に問うことができなかった。

 

「マルチェロ団長……」

一騎士団員の立場では、ミーティア姫に話しかけることは許されない。騎士団員は青い瞳を涙で一杯にして、私を見上げる。

 

姫君はまだ黙ったままだ。そしてククールも。

 

このまま時が過ぎて行けば、エイトは間違いなく死んでしまう。

 

「……血清」

「何です?」

「血清だ。エイトが受けた毒物を私も受けよう。私が毒物に打ち勝てば、私の血液から血清が作れるはずだ」

 

そうだ。私としたことが、忘れていた。以前ククールがドラゴンソルジャーから受けた傷のことで、血清を作ったではないか。あれと同じやり方で。この騎士団員がいれば、きっと……。必要ならグラッドに来てもらうこともできるはずだ。

 

「先ほどの短剣はどこに?」

短剣にはまだ毒物が残っているだろう。それを受ければ……。エイトの状態をみれば、それが危険なことだということは分かる。だが、少しの量であれば耐えられるのではないだろうか。

 

「迷っている場合ではない、短剣は……それか?」

治療道具のカゴの中に、それらしき短剣を見つけた。まだ血が残っている。

 

「はい団長、それなんですが、毒物は短剣から全く検出できませんでした。傷口にもエイトさんの血液以外のものはなくて……」

「何だと!」

 

駄目か。

あとは……。

何か手段は……。

 

「姫君、毒物は、現物はございませんか。少しで結構です。分けていただけないだろうか。姫君の目の前で我が肉体に取り入れます。こちらで保管したり、分析したり致しません。お約束します」

私は膝まづき、姫君に深く頭を下げた。

 

「……なぜあなたがそんなにエイトを心配するのです? 血清というものを作ろうとまでして」

姫君が口を開いた。

 

「姫君、あなたはエイトを見殺しになさるのか!」

思わず大声になる。一刻も無駄にできないのだ。お喋りしてる場合ではない。

 

「見殺し? 聞き捨てならない言葉ですわ」

「では、エイトを助けるために、もし、解毒の方法をご存じなら、すぐにそれを施さなくてはなりません。ご存じないのなら、私に同じものを!」

私は再びこうべを垂れた。

 

しかし、姫君は答えることはなかった。

 

「お聞き入れくださらないということですね」

姫君が返事をしないので、私は静かに立ち上がった。

 

兵士に付き添っているククールを見た。ククールは座ったまますっと姿勢を正す。

「……兵士はあとどのくらいで回復するのか?」

「はい、そうですね……傷は大きいですが、あまり深くありません。表面の傷はすぐに塞がりますから、体力が回復すれば2日のうちに」

2日か。

 

「誰かトロデーンに使者を。いや、ヤンガスがいいだろう。ククール、呼んできてくれ。ヤンガスに姫君の護衛を」

「りょうかい」

ククールは無表情で部屋を出た。

 

ヤンガスはトロデーンにいるだろう。いなければパルミドだ。いずれにせよ、遅くとも夜明け前には姫君をトロデーンに帰せるはずだ。

 

「姫君の姿がないと、城では騒ぎになっているかも知れませんな」

「そうかも知れませんわ」

 

姫君は微動だにせず、エイトを見つめ続けている。

落ち着き払った態度。先ほどうろたえていたのが嘘のようだ。既に腹をくくったということか。

 

「団長、エイトさんは……」

不安げな表情で私を見上げてくるこの騎士団員に、私は答えを言ってやることができない。

 

無言の空間にはエイトと兵士の穏やかな呼吸音だけ。すると姫君が口を開いた。

 

「わたくしがお答えしますわ」

姫君はそう言って、エイトから騎士団員に目をうつした。

 

「……毒物は、わがトロデーンに代々伝わる秘蔵のもの。何から作ったものか、また、どのように作ったものか残念ながらわかりません。あなたの申すように、解毒できるものなのかもわかりません。ただ……簡単に解毒できる毒物が、代々伝わるのかとお考えなさいまし」

 

王室秘蔵の毒物。

姫君の言う通り、解毒が簡単であれば意味はない。王室が秘蔵するほどのもの。解毒のことなど考えて作ってはいまい。

 

「マルチェロの申す、血清のために同じ毒物を用意することはできません。なぜなら、用意できないのです。もう他にはないのですから」

あれで全部なのか。

 

「秘伝の毒薬を城から盗み出したのですか」

「違います。あれは、わたくしのものです」

姫君のもの?

 

「……王家に伝わる毒薬があるのは事実です。でも、それと、わたくしの持っていた物は違います。わたくしの物は、自害のためのもの」

自害のため? そんなものが。

 

「わたくしたち王族は、特に女子は、誰かから辱めを受けてはなりません。それは、死に値すること。万が一、そのようなことが起きたら、この毒を以って死なねばなりません。そしてこの毒は、敵陣で成分などがわからぬよう、また、毒を摂取した者から取り出せぬようになっています。ですから、短剣やエイトの身体から出ないのは当然です。そして、この世に二つとない物でなければなりません」

姫君は、騎士団員から再びエイトに視線を戻す。

 

「……トロデーン王女は、年ごろになると王妃からその毒薬を譲り受けます。王子は王から。……わたくしは、幼い時に母を亡くしましたから、父より賜りました。私の譲り受けた毒薬は4世代前のものだそうです」

4世代前、ということは、過去に実際に使われたこともあるのか。

 

「過去に……そのときは、なぜ使われたのですか?」

騎士団員が尋ねる。

 

「……その方は、少し精神を病んでおられて、魔物に襲われる妄想で混乱し、使用されたということです。過去には、王室の重圧に耐えきれず使用した例もあるそうですわ。王女だけでなく、王子でも。余計なことですけれど、……サザンビークに行くことになったら、あの毒薬は王室に返さなくてはなりません。他家で自害などあってはならないことです。国同士の大きな諍いの元になりますから」

王室は覚悟が違う、と言いたいのだろうか。

 

「……では、エイトさんは……」

小柄な騎士団員は、言葉をつまらせ、全身を震わせながらうなだれた。

 

解毒の可能性が潰えてしまった。このまま様子を見るしかないのか。

 

「本来の使い方は、服用するものなのです。口の中を少し噛むなど傷をつけてから服用すると、一口で即死いたします。服用できない場合、身体の傷から血液中に取り込むこともできます。その場合、血液の浄化の速さより速く全身にめぐり、やがて死にます。猿ぐつわなどで服用できない状況になったら、そのようにします。また、目や耳、鼻など、体内に取り込めることのできるところならば、効果があります。女の場合、辱めをうければ必ず傷ができます。口腔と同じで、粘膜からの摂取がもっとも即効性があると伝えられています」

 

エイトは背中の傷口から毒物を取り込んでしまった。血液中をめぐるとすると、いったい全身に行きわたるのにあとどのくらいの時間がの残っているのか……。

 

「……エイトは永久にトロデーン王室のもの。私の夫ですわ」

永久に?

思わず姫君の顔を見る。

姫君は私を見ていた。

 

………そうか。

 

 

少しの沈黙のあと、ククールが戻ってきた。

 

「ヤンガスはどうしたのだ?」

「連れてきた。……舎弟に『兄貴』のこんな姿見せられねえよ。詳しい話はしていない。何をしでかすかわからねえからな。礼拝堂で待っててもらってる」

 

「そうか。気が利くな。……では姫君、お帰りください。礼拝堂はこちらです」

 

私は姫君を礼拝堂に案内した。

 

ヤンガスは、ことの次第を聞きたそうだったが、何かを察したのか、余分な言葉は発しなかった。姫君も何か言うこともなく、ヤンガスと共にキメラのつばさでマイエラから姿を消した。

 

* * * * *

 

事件から2日後、傷の癒えたトロデーン兵士は城へ戻って行った。事が事だけに、トロデーンがどんな判断を下すのか気になるところだ。また、エイトの身柄だが、しばらくはこのままマイエラで預かることになった。もちろん極秘で。

 

私はオディロ院長様の墓の前にいる。マイエラに戻ってから、礼拝堂よりもここに来る回数の方が多いようだ。

 

今、王室のことを考えていた。ミーティア姫が私を殺したい理由はよくわかった。エイトもそれを察知していたのだろう。ククールがマイエラに来ていたことは耳に入っていたのだから、姫君は、ククールが元に戻る前に、できればククールの目の前で私を殺したかったのだ。「あなたは兄を守れなかった」とでも言われたら、ククールは心が壊れてしまっうだろう。そうなることを、姫君は望み、エイトは恐れていた。きっとエイトは姫君の様子に細心の注意を払っていたに違いない。だからこの現場へ来ることができた。姫君と一緒にいた兵士は、完全に姫君の勢力下にある。そして、エイトのことを、いや、ククールのこともよく知っている。おおかた、ククールたち勇者の監視役でもしていたのだろう。彼はククールさん、と呼んでいたから。そういう立場だから、暗殺現場に同行したのだ。

 

王室には、先祖代々自害のための毒が伝えられている……。かしずかれ、何不自由のない生活環境の中、自害のための毒薬を持っている……。

 

だが、我々も日々命をすり減らして生きている。いや、王室の方々にはわかるまい。我々が王室の苦悩を理解できないのと同じだ。ただ、生きている世界が違うだけで、みなそれぞれに何かを背負っている。王室の背負う者は大きいのかもしれないが、それを支える人間が多くいることを自覚してもらいたいものだ。一人で背負いきれないものは、助けてもらうより他はない。捨てることができないのなら。

 

……そうか。私も、背負う物が大きすぎるのだ。私には到底一人で背負えるものではなかったのだ。このマイエラに来て、それを下ろしたのだ。オディロ院長様の墓の前で。

私は自分が背負える分だけを背負って、生きて行こう。はみ出した分は、院長様と、ここに集う者たちの祈りで癒してもらおう。

 

私はここにいて、生涯を捧げよう──。

 

* * * * *

 

ある日、私は治療室を見舞った。ククールはエイトに付きっきりだ。

あれから10日以上経っている。

 

「思うようにいかないものだな」

「……………」

 

エイトは静かに眠り続けている。ククールが回復術をかけ続けているためか、エイトの見た目の状態は変わっていない。回復術がどう作用しているのかもわからないのだが。

 

「お前も休んでいるか」

「オレ? うん、まあ適当に。メシとか食ってるし、オレのことは心配ねえよ」

 

「そうか。何かあったら言えよ」

「……そうする」

 

 

あの夜、私たちきょうだいは、マイエラでの再会をやり直した。まだ幼かったククールを受け入れることができなかったあの夜のやり直しを。ククールより随分年上であった私も、まだ心が幼かったのだ。

私は、孤独の中をさ迷っていた弟をしっかりと受け止めたつもりだ。そしてククールもそれを感じとることができた。弟はもういつでもこのマイエラから羽ばたいていけるだろう。

 

私は治療室から礼拝堂に向かった。就寝の前に祈りを捧げるためだ。その夜はいつになく静かな夜だった。私は膝をついた。すると誰かが入ってくる。ククールだった。私の後を追ってきたのか。

 

「兄貴………」

「お前も祈りを捧げるか?」

私は一度立ち上がって、弟を迎えた。

 

ククールは、静かに首を振った。サファイアの瞳がすっきりとした輝きを見せている。もう、その瞳の奥に隠している物はない。

 

「オレ、あいつと行くよ」

「………そうか」

どこへ、などと聞くのは無粋だろう。

 

「ありがとう、兄貴」

「何がだ?」

ククールは照れくさそうに鼻の下をかいてみせる。

 

「………わかんねえ。いろいろだ」

「そうか。私はずっとここにいる。また顔を出せ。……二人で」

「そうするよ。じゃあな」

 




お読みいただきありがとうございました。DQ8ゲーム進行に沿った設定のお話はこれで終わりです。後日談を少し投稿して終わります。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。