お礼参り三日目。昨日はレティシアと三角谷に寄って、今朝は早くから歩きっぱなしだ。商人のテントで休んで、これからサザンビークに行く。
なんとなくみんなの足取りが重い。疲れのせいだけじゃない。僕もそうだから。やっぱりあのお城は苦手だよ。
昨日……三角谷のバーで、寄り道を強行したのがサザンビークに行きたくないからだろって、ククールに言われた。うん、その通りだよ。姫とチャゴス王子の婚姻についての話とか、いろいろ聞かれるんだろうなってね。クラビウス王は何か隠し事があるようだから苦手なんだ。できればあんまり話したくない……。僕のことをすごくじろじろ見るし。
僕がそんなだからなのか、ヤンもゼシカもなんとなく行きたがらない。うちの王や、パヴァン王とはまた違うタイプの王さまだからね。
けれど、その次のベルガラックを楽しみに、我慢しなきゃね。
今も歩きながら、王家の谷でアルゴリザードと戦った話なんかを思い出して笑い合っている。
「チャゴス王子、ちょっとは痩せたかしら」
「無理だろ? あの様子じゃ昔から剣の稽古なんてしたことねえよ。どっちかっつったら剣士より策士だな」
「がはは! ククール、そりゃあ策士に失礼だろ! 胡散くせえやつらとつるんで財政難に拍車かけるのがオチだろ」
「そうね、計算高くもなさそうだから、悪い人に利用されそうよね。痛い目に会えばいいのに!」
ゼシカは小さくメラを飛ばしている。
「ねえ、気持ちは分かるけどさ、どうしてチャゴス王子のことになると悪口だらけになっちゃうんだろう」
僕は前から気になっていたことを聞いてみる。
「仕方ねえでげす。いろんな場所でいろんなことがありやしたが、後にも先にも、サザンビークでのことが一番嫌なできごとでげす。煉獄島に入れられた時よりも、でげす」
ええっ! 煉獄島より?
「そうよ。何でかしらね」
ゼシカまで。
「まあ、なんだ、権力者がその権利振りかざしてオレたちを利用したからだろ。煉獄島の件は、オレたちは一切悪くないって自覚があったからな。ひどい仕打ちだけど、脱獄できたし、ニノと話もついたし。チャゴスのアレは、向こうの都合で一方的。クラビウス王は一応感謝してくれたけど、チャゴスはさも当然、て態度だったからムカつくんだろ」
そうか。
「そういや、王子ってのはチャゴスだけでけすね。王子なんてどこもあんな感じなんでげすかね」
「そんなことないんじゃない? あそこは甘やかせすぎたせいよ。クラビウス王がワンマンで、わりとできる人だし、仕事が忙しすぎだからじゃない? 王妃様も早くにお亡くなりになったってことだし、お付の人に囲まれてわがままになっちゃったのよ」
「そこへいくと馬姫、もう馬じゃねえな、ミーティアの姫さんは正しくお育ちになりやしたね」
「うん、そうだね。トロデーンの王妃様も早くに亡くなったから、サザンビークとは似た境遇だけど、トロデ王は姫をものすごく大切にして、良く見てたからね……。それに、姫は将来サザンビークに嫁ぐことは決まっていたから、外に出しても恥ずかしくないようにってきちんと育てたんだと思うよ」
もともと持ってる資質もあるのかもしれないけど、一人で他家に嫁ぐプレッシャーを幼い頃から感じていたのは確か。世の中の王女さまって大変だよね。
「ゼシカの嬢ちゃんも、アルバート家では厳しく礼儀作法を学ばせられてたんじゃねえか?」
「やだ、ヤンガス。一国の王女と田舎の女の子じゃ比較にならないわよ。王女はやめることができないんだから」
確かに。嫌だからって逃げることはできない。もうそこに生まれてしまったのだから。
「結局、オレたち庶民なんだよ。ゼシカがいくらお嬢様でも、王家からしたら一般人」
「じゃあ、俺なんてカスだな」
ヤンが、ポリポリとトゲトゲメットを掻く。
「何言ってるんだよ、ヤン、ヤンはカスなんかじゃない、僕の大切な仲間だよ!」
「兄貴っ! あっしは、あっしは、カスでいいでげす。全世界の奴があっしをカスと言っても、兄貴がそうおっしゃってくれるなら!」
ヤンが泣き出す。
「おいおい、おめえはカスじゃねえ、ガスだろ? ヤ・ン・ガ・ス」
「えー、そういう話になっちゃうの? なんかいい師弟愛なのに……」
「くせえ師弟愛だな!」
「もうっ、ククールったらやめなさいよ、ヤンガスからかうの……」
いつものように結局くだらない話に変わっていき、盛り上がりながら、サザンビークへ到着。僕たちはまっすぐ城へ。
謁見を申し入れると、すぐに取りついでくれた。
「王はお会いになるそうです。どうぞこちらへ」
そう言った神経質そうな女性は、丸い縁の眼鏡をかけ直すと、さも迷惑だという顔で僕たちを案内した。
サザンビークは、トロデーンやアスカンタとは違い、統治している土地がものすごく広い。大歓楽街であるベルガラックをはじめ、南の砂漠からリブルアーチ、闇の遺跡のある島まで。また、独立しているとはいえ、非常時にはサヴェッラやゴルドへも兵を出している。
国力がある、と言えばそれまでだけど、サザンビークは、トロデーンやアスカンタより教会との結びつきが強いこともよく知られている。
サヴェッラの聖堂騎士団は、ほとんどがサザンビーク出身だ。
サヴェッラ式の官僚的な組織を嫌い、マイエラに行く人もいるようだけど。ククールが言っていた、マルチェロさんの前の騎士団長はサザンビーク出身だったらしい。
ともかく、この3つの王国に昔から共通しているのは、世継ぎ問題だ。アスカンタもトロデーンも、兄弟間の勢力争いを避けるため、直系が少ない。王子が生まれれば、それ以上はもうけない。王女でも、2人まで。
それに対し、サザンビークは、直系が多い。統治しなければいけない地域が多いからかもしれない。
一夫一婦制をサヴェッラが提唱したのはかなり昔だとは聞いている。王妃が亡くなった場合、新たに王妃を迎えるかどうかは自由だ。世継ぎがないまま王が没したりしたら一大事になる。僕の知る限りではそういうことはなかったみたいだけど。
今現在の王は皆、王妃に先立たれている。パヴァン王はまだ若いから、次の王妃もすぐ決まるだろうけど、うちの王もクラビウス王も、亡き王妃を大切に思っているからだろう、結局今まで新しい王妃を迎えていない。今のサザンビークは王子が生まれているからいいとして、トロデーンは世継ぎがいなくなってしまう……。姫を嫁入りさせてから新王妃を迎えるつもりなのか。
いずれにせよ、トロデーンの後継者問題は3国の中で一番大きい……。
「……兄貴? 大丈夫でがすか? 顔色がよくねえですよ」
「そう? 大丈夫だよ、ヤン。心配ないよ」
いけないいけない。みんなに心配かけちゃ。
「暗いからよ……ここ」
ゼシカが小声で言う。
そうだ。この城、初めて訪れた時からなんか重苦しい雰囲気が漂うなと思っていた。暗いんだ。日光があまり入ってこない造りになっているんだろう。
攻められにくい構造にするのは基本だけど、城の造りかたなんて千差万別。サザンビークは暗い造りだ。そしてこの城には、別塔へ行くため天空廊下がある。かなり攻められにくい造りになっている。よく考えられている。
なんて……。ついそういう目で見る僕って、嫌な男だな。別に戦を予定している訳じゃないのに。
こほん、と乾いた咳払いをし、女性は眼鏡を直しながら大広間の扉を小さく叩いた。すぐに中から返事が聞こえる。扉の内側で誰か待機しているってことは、訪問者があるときちんと把握して、準備をしていたってことだ。
そうだろうね。僕たちは、暗黒神を倒したかもしれないけど、クラビウス王にとっては、トロデ王の名代の訪問なんだから。ただの旅人だったときとは違う。
なぜ本人が来ないのかと、たっぷり嫌みを聞かされるんだろう……。
ギィと中から扉が開く。
分厚いじゅうたんの先の先に、クラビウス王は着座している。チャゴス王子の姿は見えない。おそらく、端のほうで僕らのことを観察しているんだろうな。
僕の後ろ、ヤンがキョロキョロしたんだろうか、ゼシカが小声でたしなめている。
僕は痛い視線をなるべく感じないでいられるように、前を行く女性の靴の踵を見つめながら進んだ。やがて黒い二つの踵がぴったり合わさった。僕は彼女の3歩後ろで止まる。彼女は「勇者どのでございます」と王に告げた。
水をうったような場に無機質な女性の声が広がった。広間に緊張が走る。四方から向けられる視線。僕は一歩前へ進み出る。ちらりとクラビウス王に顔を向け、すぐさま片膝をついた。眼下の赤いじゅうたんは埃っぽく、気のせいかトカゲのにおいまでしてくる。
「……この度は、暗黒神討伐の儀、確かに終息した件でおいでになったと王に伝えております」
事務的な口調でそう言い、眼鏡の女性は僕らから離れて行った。
クラビウス王は、ふむ……のような声を出したきり、立ち上がる訳でもなく僕らをじっと見る。
僕から話しかけるわけにはいかないから、じっと膝まづいているしかない。僕の後ろの3人も、頭を上げられないでいる。
おそらく、大臣クラスが大勢集まっているはずの大広間。
咳払いはおろか、身じろぎで発せられるわずかな衣擦れの音さえしない。おさえられた多数の気配から、鋭い視線が注がれ続けているだけ。
後ろでヤンがもぞもぞし始める。ゼシカもちょっとふらつく。
まだ、王は口を開かない。いつまでこうしているつもりだろう。僕はいいけれど、みんながしびれをきらしているのが心配だよ。
「……父上?」
チャゴス王子だ。一番にしびれをきらしたのは彼だった。
「……この者たちが暗黒神を倒したとかいう噂は本当だとお思いなのですか?」
ドテドテという足音を響かせながら、チャゴス王子がこちらへやって来る。
やっぱり端っこの方で様子を見ていたんだね。
「……確かに、王家の谷ではポクのよき護衛ではありましたが……まあ、暗黒神を倒したのが本当だとしても、随分ともたついたのではないでしょうか。ゴルドから暗黒の城が浮上し、城が崩れたと思ったら、暗黒神が真の姿で現れた。暗黒の城の中で倒しきれなかった結果でしょう。その後は世界中のだれもが知っていますが、なにより時間がかかった……」
チャゴス王子の足先が視界に入る。クラビウス王と並ぶようにして、僕たちの前に立ったようだ。
僕たち以外、暗黒神のことについてよく知る者は少ない。言ったところで、もうラプソーンはいないわけだし、今さら事細かく説明する必要なんてないけど。だけど。
チャゴス王子は好き勝手にいろんなことを喋りまくる。主に、どれほど僕たちがモタモタしていたかってことを。確かにサクサク倒したわけじゃないけどさ。まあ、無事に終わったことだし、どうぞ好きに言ってくれていいんだけど……。背中から3人の苛立ちが伝わってくる。
「それにこの者、トロデ王の名代とか。本当なのですか?」
王の書簡はあるけれど、クラビウス王が声をかけない限り、僕たちは動けない。
後ろの3人のことがものすごく気になるけど、振り返ることはできない。僕が指示するまで、絶対に喋っちゃダメだってよく言ったから大丈夫だと思うけど。ヤンはもぞもぞしてるし、ククールなんて気配消しちゃってる。でも、怖いのはゼシカだ。前にクラビウス王にはセクハラまがいの言葉を言われたし、チャゴス王子のことを一番嫌っている。お願いだからメラゾーマなんかしないでよ……。なんか背中が熱いような……。
「……父上?」
チャゴス王子の言葉にも、クラビウス王は無言だ。
ああ、チャゴス王子がはじめて頼りになるかもしれない。
「父上、トロデ王の名代ということは、それ相応の地位の者であると思われますが」
あれ、ちゃんとしたこと言ってますね、チャゴス王子。
この状況を打破する鳥羽口になるかもしれない。後ろの3人からも、少し落ち着きが感じられる。
しかし、少しの沈黙のあと、クラビウス王は、抑揚のない声でこう言った。
「チャゴス、下がりなさい」
「は、はい!」
チャゴス王子はあわてて走り去る。
どうなるんだろう、僕たち。
僕は、チャゴス王子が巻き上げたじゅうたんの埃のせいで、くしゃみを我慢しなければならなくなった。
サザンビーク訪問でした。次はベルガラックへ行きます。