種付け地獄から解放され、一夏は寮の食堂へ夕飯を食べに来ていた。腰掛けるテーブル席には誰もいない。食堂内に他の生徒たちは勿論いるのだが、一夏に気を遣うように過度な接触を避けているようだった。
統率が取れている。フェロモンの効果はとっくに切れているが、箒の洗脳によって学園は支配下に置かれている。そうでなければ、今頃はまた一夏の周りに生徒たちが群がっていたに違いない。
箒の姿が見えないのが不気味だった。
「はぁ……」
食事を進め、時折深くため息をつく。多くの処女を奪い、子種を撒いてしまった事実に立ち直れていない。頭の中には先程の光景が繰り返され、一夏の良心をガリガリと削っていくのだ。
美味しいはずの食事も味を感じられず、一夏が悶々としていると、一夏に近づいてくる者がいた。あからさまに身構えて体を強張らせる一夏に動じることなく、二人の少女は自然体で一夏に接してきた。
「嫁よ。一人とは珍しいな」
銀色のロングヘアーと左目を隠す黒い眼帯が特徴の、愛らしくも凛々しい顔立ちをした小柄な少女。ドイツ出身のラウラ・ボーデヴィッヒだ。ラウラの言う嫁とは一夏のことを指している。誰からの入れ知恵かまでは一夏も把握できていないが、日本では気に入った相手のことを『嫁』と呼称するという誤った知識をラウラは得ていた。
「一夏、同席していい?」
そして、柔和で中性的な顔をし、淡い金色の髪を首の後ろで束ねた少女。フランス出身で、ラウラと同じく代表候補生という立場にあるシャルロット・デュノアだ。
「あ、あぁ……」
料理を乗せたお盆を持つシャルロットに問われ、一夏は頷いてしまう。簡単に懐に入られすぎたと後悔の念が募るが、テーブルにお盆を置いて席についた二人の行動に不審な点は見出だせなかった。
演技だとは思うが、一夏は様子を見ることにした。
「ラウラ、お醤油取って」
「ああ」
「ありがとう」
「うむ」
夏季休暇らしく、爽やかで清廉な印象の私服を着たシャルロットと、軍服らしき服を着たラウラ。半袖ではあるとはいえ、カッチリとした堅苦しい印象は拭えない。れっきとした現役の軍人でもあり、規律を重んじるラウラらしいが、ラフな格好の多い現状の学園生活では少々浮いて見えてしまう。
しかし、これが一夏の求めていた日常だ。眼前の光景はどこまでも普通だった。
また、女神の平和な世界に戻ったのかと思える程に。
だが、もう騙されることはない。
「一夏?」
ラウラと会話を交えていたシャルロットが、ふと一夏へと視線を送った。いつもの穏やかな光を宿した紫色の瞳で一夏を捉える。そして、品のないことなど言ったこともないだろう綺麗な口で、こんなこと言った。
「種付けばかりして疲れちゃった? 僕がおちんちんをマッサージしてあげようか?」
一夏の喉が詰まった。予想はしていたのだ。だが、実際に言われると驚きは隠せない。
「私も協力しよう。嫁の陰茎は大切に扱ってやらなくては」
「うん。食事が終わってから部屋でしようか。それとも、大浴場でする? せっかく男女共用なんだし」
便乗したラウラに相槌を打ち、シャルロットがにこにこ顔で一夏に問う。悪意などはなく、本当に一夏のためを思っていってくれているのだろう。マッサージの対象が肉棒ではなく肩や背中であれば至って普通の会話になっていたはずなのに。
一夏は何も答えず、黙々と食事を進める。
「あれ? 一夏? 聞こえてない?」
「無視は良くないな。こういうところから夫婦の関係が崩れていくのだと聞くぞ」
何も答えたくなかった。一夏にはそんな余裕がない。ただ言葉で煽ってくるだけであれば、無視しても問題ないはず。こんなこと、本当はしたくなかった。だが、シャルロットとラウラのためを思うと、距離を置くのが正しい選択だと思えた。
一夏は夕食を口に掻き込む。やっぱり、食事だけ持って部屋にすぐ戻れば良かったか。それとも、そもそも食堂に来なければ。いや、それでは体が持たない。ちゃんと食事はとらなければ、いざというときに動けない。
「一夏」
シャルロットがめげずに話しかけてくるが、一夏は何も答えない。
結局、夕食を終えてお茶を飲み終わるまで一夏は無視し続けた。心が痛む。しかし、下手に会話をして妙な展開になるよりかはよほどマシだと思った。
思っていた。
しかしそれは、二人にとっては地雷だった。
「一夏に、無視されちゃった……。あはは……。そっか、そうなんだ……」
「これは想像以上に辛いな……」
「悲しすぎて、僕、死にたくなってきちゃったよ……」
「ああ、私もだ……」
「それじゃあ、ラウラ。一緒に死のうか」
「うむ。互いの命を潰し合おう」
「え……」
突然物騒な展開になって一夏が顔を上げたときには、二人は既に準備に入っていた。
瞬時に展開された、二人の専用ISの武装。シャルロットはオレンジ色に染まるシールドの裏側に装備したパイルバンカー、灰色の鱗殻をラウラの側頭部に。ラウラは黒い手腕部の装甲から伸びるプラズマ手刀をシャルロットの首に近づける。
「一夏、ばいばい」
「幸せを願っているぞ」
二人が一夏に告げ、互いを見つめ合い――。
「や、やめろっ!」
一夏が慌てて大声を張り上げ、立ち上がった。
一夏による制止に従った二人は手を止め、ゆっくりと一夏へと視線を向ける。
絶望の闇を孕む暗い瞳。シャルロットの紫色の瞳と、ラウラの赤い瞳が一夏を映す。止めてどうするの? 私たちは必要ないのだろう? そう訴えてくるような視線に晒され、一夏は居竦む。
「死のうか」
「もしも生まれ変わりというものがあれば、今度は一夏に認められる女になりたいものだ」
一夏が無言の問いに応えれずにいると、再び二人は動き出そうとした。
「だからやめろって! 死ぬなんて簡単に言うな! 命を奪うなんてことは、気軽にやっていいことじゃないんだ! わかれよ! は、早く武装を解除しろ! 二人に死んでほしくないんだ! 頼む! お願いだから!」
激しく取り乱し、額をテーブルに打ちつける勢いで頭を下げる。額が痛むが、それどころではない。大切な仲間を失いたくない。それも、こんなことでだ。目を固く瞑り、強い想いが二人に伝わるように念じた。
一夏はその体勢を維持して頭を下げ続けると、鈍い音を立てていたプラズマの音が消えた。武装の重々しい音も聞こえない。代わりに、周囲の生徒が一斉に立ち上がり、一夏の下へ歩いてくるような音が聞こえた。
怖々と、一夏が頭を上げた。
食堂にいた生徒と職員問わず全ての人間が、一夏のテーブル席をぐるりと囲っていた。何も言わず、表情に感情も浮かべず、シャルロットとラウラ同様に光を失った瞳で見つめ、笑い声を漏らし始めた。
「ふふっ……」
「っ、あはっ……!」
「あははっ……!」
一人一人の笑い声が重なって、大きく響いていく。やがて食堂中を満たす大哄笑へと変わった。異常だ。背筋が凍りつくような恐怖を感じ、一夏は怯えながら周りの生徒たちを見回した。
シャルロットとラウラも笑っている。
「そうだよね。命は奪っちゃいけないよね」
「ああ、命は作るものだ。私たちの胎で」
「僕たちの赤ちゃんの部屋で。一夏の赤ちゃんを。好きなだけ」
二人は下腹部を撫でる。それと共に、何かを期待するような顔で一夏を見た。
「これは一夏のためなんだよ?」
「これは嫁のためだ」
「一夏の一夏による一夏のための素晴らしい世界を」
「一夏とその正妻である箒が支配する世界を創るために」
シャルロットたちが言った直後、生徒たちが一夏に手を伸ばした。
「な、何を……!?」
無言のまま伸びてくる無数の手。既に周囲は生徒の壁に囲まれ、逃げることもできない。一夏は白式を展開することも視野に入れたが、それをすればまた自殺行為に走られてしまいかねない。駄目だ、と自分の考えを捨てた。
だが、その選択を捨てた一夏に、無数の生徒を振り払う術はない。
両腕に豊満な胸の生徒に抱き着かれ、乳房を押しつけられる。背中と前にも小柄な生徒が抱き着き、隙間を縫って伸びてきた手が一夏の服を掴む。逃げられない。乱れた熱い吐息を生徒に吹き掛けられ、股間が膨らむ。
「さあ、一夏。大浴場に行こうか」
「背中を流してやろう」
「勿論、股間もお尻も隅々とね」
「その代わりに、嫁の子種を頂こうか」
「大好きな一夏と子作り。あぁ、待ちきれないよ。僕の、皆の一夏。一夏、一夏、一夏一夏一夏一夏一夏一夏一夏一夏一夏一夏……! 元気な赤ちゃん、いっぱい、いーっぱい作ろうね!」
生徒たちの、特にシャルロットの深い闇色の目を見て一夏は体の底から震え上がった。完全に抵抗を忘れ、立ち止まった一夏を生徒たちが引っ張っていく。食堂から団体でぞろぞろと出ていく彼女たちが向かうのは大浴場。
暴走した女子生徒と広い大浴場。そこにたった一人の男である一夏。
最悪の組み合わせに、一夏は強い目眩に襲われた。
モブ女子のプロフィールを求められたので、簡単に公開。
<オリジナルモブ女子生徒>
【名前】芳花(よしか)
【性別】女
【年齢】十七歳
【立場】IS学園二年生
【性格】大人しい。思い込みが強い。
【髪】青みがかった黒髪ショート。
【顔】美人寄りだが、まだ表情に幼さを残している。感情表現に乏しい。
【眼】ぱっちりとしている。瞳の色は紫。
【体】身長156センチ。華奢に見えるが、着やせしている。
【経歴】IS学園入学したての頃に両親を事故で亡くし、叔父に引き取られる。学業に優れた才女であるが、無口で会話能力に難点がある。親を喪って絶望していたところで叔父に優しくされ、洗脳紛いの『教育』を受け入れ、嵌ってしまう。
【目的】自分を満たしてくれる人のために生きたい。
【結末】叔父から一夏に乗り換える。