食卓に並べられたのは、白米と焼き魚、だし巻き卵に、みそ汁、煮物など。日本人の模範のような朝食だ。どれも出来上がったばかりであり、白米やみそ汁からは湯気が立っている。漬物などと一緒に小皿に添えられた梅干しを見て、ことさら口内に唾液が分泌されてしまうのだが、千夏の興味はどちらかと言えば、食卓を囲む母たちに向けられていた。
各々食事を進めつつ、仲良く会話をしている母たち。その誰もが目が離せないほどの美しさで、千夏のまだ幼い目を肥やす。この母たちを見た後では、並大抵の美女では千夏の気を引くことはできないだろう。
「千夏? 手が止まってるけど、どうしたの?」
食事の合間にぼうっとしていた千夏に、右側の席に座っていた母、シャルロットが声を掛けてきた。食事時とは思えないほどに千夏との距離を詰め、身を寄せている。肩などはもう触れ合いそうだ。
「ご飯、一人じゃ食べられない? それじゃ、僕が食べさせてあげるね?」
「そういうわけじゃ――ぁむっ……!?」
食べられないとは一言も言っていないのだが、シャルロットは箸でだし巻き卵を掴むと、千夏の口に押し込んできた。千夏はそれを口で受け止め、驚いてぱちぱちと目を瞬きさせながらシャルロットを見る。
「ん~、可愛いなぁ、千夏」
受け取っただし巻き卵を咀嚼し、とろけるような触感と広がるちょうどいい甘みを感じていると、シャルロットが頬を緩めた。そうして浮かべられた笑顔は、おそらくは一瞬で世の中にいる男の大半を陥落させてしまう魅力があるのだろう。千夏もまた、肩の力を緩ませ、その微笑みに見惚れてしまう。
と、そんなとき、横から声が掛けられた。
「シャルロット。食事中だぞ、構い過ぎだ」
左隣の席に座っていたラウラだ。
「えぇ、もうちょっとだけ、いいでしょ?」
「駄目だ」
「む~……」
ラウラに窘められ、シャルロットはちょっと不満そうだが、逆らうことはなかった。
ラウラは少し厳しい性格なのだろうか。シャルロットから解放された千夏は、食事の手を再開させながら、横目でちらりとラウラの横顔を窺う。
シャルロットと並び立つと映えるだろう銀色の髪。冷たさを感じさせるような白く美しい顔の中でも、特に目を惹くのはやはり色の違う左右の瞳だろう。それぞれ個性がある母たちだが、神秘的という表現が一番似合うのがラウラだった。
「む……?」
こっそりと顔色を窺っていたのがばれてしまったようだ。ラウラとばっちり目が合ってしまう。慌てて視線を逸らそうとも考えたが、それよりも正面から綺麗な顔をもっと見ていたいという欲求に負けて、視線を重ね合わせてしまう。
そうしていると、ラウラの頬が薄っすらと赤みを宿し始めた。
「……ふむ」
何か考える素振りを見せたかと思うと、ラウラは先のシャルロットに倣って、だし巻き卵を箸で摘まみ、千夏の口元へと運んでくる。
「え……」
たった今、シャルロットを窘めた者の行動とは思えず、千夏は戸惑っていた。
「口を開けろ」
「でも……」
「遠慮するな」
別に遠慮しているわけではないのだが。千夏はそう考えたが、ラウラは止まらない。仕方なく口を開くと、そこへオカズを入れられ、じーっとラウラが見つめてくる前で出し巻き卵を味わっていく。
もぐもぐと閉じた口を動かしていると、ラウラが手を伸ばし、千夏の頬に手を添えてきた。
「今は鈴の要素が強いようだな……。では、嫁の顔立ちに、私の要素を掛け合わせて……」
何やらぶつぶつと呟いた直後のことだった。
「っ……!?」
千夏の髪色が、鈴音と同じ茶色から銀色へと変わっていく。視界に入っていた前髪の色の変化からそれを察した千夏は、噛んでいたオカズを飲み下すと、色の変わった髪を確かめるように頭を抱え、動揺しながらもラウラを見た。
「ま、また、変わった……」
「……これは、いいな」
腕を組み、満足げに頷くラウラ。白いブラウスにて大きな膨らみを形作る乳房が腕に持ち上げられて存在感を主張しているが、さすがの千夏も今はそれに着目している余裕はなかった。
鏡がないために千夏自身はまだ確認できていなかったが、千夏の瞳の色は右が赤色、左が金色に変わっていた。ラウラの言葉から、瞳の色まで変えられたことを自覚した千夏は、いよいよ訳がわからなくなっていた。
記憶を失っているとはいえ、人の容姿が簡単に変えられるものではないことくらい理解している。それを、さっきは鈴音が、今はラウラが一瞬でやってのけた。
いったい何が起こっているのだろうか。
「ああっ、ラウラっ! 千夏の容姿変えてる!」
千夏とラウラのやり取りに気がついたシャルロットが、千夏に抱き着いてきた。むにゅんっと胸が頭に触れる。シャルロットのほうに向き直れば、顔が胸の谷間に埋もれてさぞ気持ちのいい体験ができるに違いない。
「銀髪の千夏かぁ。……あれ? ラウラの左目の色は遺伝じゃなくて、後天的なものでしょ? まあでも、可愛いからいっか。顔立ちは幼い一夏で、いい感じにラウラと混ざってるね。皆もいいと思わない?」
千夏はシャルロットに抱き着かれたまま、正面を向けさせられた。
「ああ、よく似合っているぞ、千夏」
「その姿で犯してもらいたいですわ」
「一夏とラウラの子供って感じ? すごく素敵じゃない」
「千夏、こっち向いて……。あぁ、今すぐ食べてあげたい……」
「簪ちゃん。後で一緒に千夏を徹底的に可愛がってあげましょう?」
「程々にね? 簪ちゃん、楯無ちゃん」
先ほどまで世間話に興じていた箒たちも、話をやめて千夏を観察していた。その表情はとても穏やかなもので、皆が千夏の変化を快く受け入れていることがわかった。
ただ一人、千夏だけが状況を飲み込めず、置いていかれている。
「ねえ、千夏……」
思考が停滞する中、千夏の耳元でシャルロットが囁く。
「朝ご飯が終わったら、今の姿で、今度は僕とラウラと三人でセックスしよっか……。避妊なしの、赤ちゃんができちゃうかもしれない、生ハメ本気交尾……。箒たちにしたみたいに、千夏の子供精子、どぴゅぴゅ~って、ママたちの赤ちゃん袋に詰め込んでほしいんだ……。千夏も、自分を産んだママたちのことを、自分の子種で妊娠させてみたいよね……?」
それは千夏の脳を惑わせる。そうしても良いのだと思い込ませる。
しかし、千夏はただ欲望に溺れて思考を停滞させるのではなく、この不可解な状況においても考えることをやめず、自分なりの答えを導き出そうとしていた。
当然のことだが、千夏を産んだのは一人だけのはずだ。しかし、この場にいる母親は八人。箒、セシリア、鈴音、シャルロット、ラウラ、簪、楯無、雅。全員が千夏のママを主張しているのは、明らかな矛盾だ。
一人以外、全員が嘘をついていることになる。
あるいは全員の発言が嘘なのかもしれない。
わかったことは、千夏の体も、生まれた環境も特殊なのだということ。
それに、現時点で気掛かりに感じている点も考慮に入れると、一つの仮説が生まれた。
それは――。
「千夏」
一言、正面の席に座っていた箒が声を掛けてきた。
たったそれだけのことで、千夏の思考が解けてしまった。自分が今何を考えていて、どう結論付けようとしていたのか。わからなくなって、それに恐怖を感じることもなく、ただ箒の言葉に耳を傾けてしまう。
「考え事ばかりしていたら、食事が冷めてしまうぞ?」
「う、うん……」
喉に魚の小骨が刺さったような違和感はある。だけど、その感覚も時間の経過によってだんだんと薄らいでいって、すぐに千夏は何事もなかったかのように母たちと共に食事を再開した。
その様子を、箒はただ静かに見守っていた。