扶桑軍及び浦塩周辺の民間人が本土に撤退して数週間後、あの大型怪異と再び刃を交える機会が訪れた。
「挺身突撃作戦ですか?」
「そうだ。本土に進行中の“山”を撃滅する為の作戦だ」
“山”とは、先の陸軍主導の攻勢作戦にて多くの将兵の命を奪った巨大怪異に付けられた呼称である。
章香から武に通達された作戦は、大陸からゆっくりと本土に侵攻中である“山”を撃滅する為に、周囲を守る取り巻きを扶桑艦隊で誘い出し、その隙に航空魔女による山の核を狙った一点集中攻撃をもって撃滅させるという内容の作戦であった。
この作戦は残存している航空魔女の精鋭で遂行する事になり、武もその一人として選ばれたのである。
「今回は失敗は許されない。この作戦が失敗すればこの国は怪異のものになる。それだけは覚えておいて」
章香の言葉に武は思わず身震いがした。
失敗すればこの国に住まう人々全員が死ぬことになる、そう章香は言っているのだ。
咄嗟に武は海軍式の敬礼で章香の言葉に返す。
自分は国の為に必要ならば、自身の命を捧げる覚悟ができていると態度で示したのだ。
幸いにも作戦実行海域上空に山が到達するのには、かなりの時間がかかることが判明し、囮艦隊の編成と突撃部隊の念密な会議を行う時間が充分に取れた。
そしてーー
「回せぇぇぇぇっ‼︎」
空母赤城から次々と航空魔女が飛び立つ。
武も覚悟を決めて空へ飛び立った。
空は雲ひとつない晴天。
作戦を実行するには充分すぎる天候だった。
山から取り巻きが離れていくのが肉眼でも確認できた時、今回の作戦の立案者であり総司令官に抜擢された武子が叫んだ。
「これより我々は予定通り作戦を実行します‼︎ 各飛行隊の奮戦を期待します‼︎」
その言葉に魔女達は各々の役割を果たすべく行動を開始する。
すぐに残っていた取り巻きと戦闘が始まった。
武は先の戦闘で単機で山と交戦した事を見込まれ、核を破壊する突撃隊に抜擢されていた。
武と共に山に挑むその面子は、奇しくもまたウラル最前線で共に空を駆けた面々であった。
本来ならば短期決戦で決着が付くはずの戦いは泥沼化していった。
晴天だった空がいつしか雨雲と強風渦巻く死地へと変化した為である。
「こんな時に台風が来るなんて‼︎」
武子が悲痛な叫び声を上げる。
智子達が励ますも、運命がさらなる試練を与えることを望んでいるかの如く、魔女と囮艦隊を台風の目へ誘う。
そして武は山と二度目の交戦を果たすこととなった。
「美緒ちゃん‼︎」
「駄目、見つからない‼︎」
取り巻きを落としながら武は美緒に叫ぶが、美緒の目には核が見えていなかった。
この作戦は美緒の魔眼で核を見つけることが出来なければ失敗する。
その幼い肩に最も重要な役目を背負っていた。
その肩の荷を少しでも軽くすべく、武は叫んだ。
「武子さん‼︎すみません、僕行きます‼︎」
「駄目よ榊原一飛曹‼︎ まだ核を見つけてないのよ⁉︎」
武子の静止の声を無視して、武は山に吶喊した。
単身で山に格闘戦を挑むなど無謀であるとは武も十分理解していた。
だが美緒に少しでも時間を与えるには、山と取り巻きの意識が美緒に向かわないようにしなければならない。
既に弾の尽きた機関銃を捨て、井上真改を鞘から抜刀し、取り巻きを切り捨てていく。
そんな武を脅威と感じた山が、武に何度も攻撃を仕掛ける。
時には避け、時には障壁で受け止めながら武必死に時間を稼ぐ。
いつしか取り巻きの大多数のが武に集まり始めた。
何度も弾丸が武に身体を掠める。
武は身体のあちこちから血を流しながらも、決して臆せず心を無にして飛ぶ。
意識が鈍くなろうとも、戦闘脚の発動機を回して空を駆ける。
そして山から発せられた一筋の光が武を飲み込んだ時だった。
「「はぁぁぁぁぁぁっ‼︎」」
遂に核を見つけた美緒と、その背を追うように山に吶喊した智子の手によって山は堕ちたのだった。
直撃弾を防ぐために全魔力を消費した武は、深く深く海の底へと消えようとしていた。
だが不思議なことに、武には誰かが自分の名を呼ぶ声が聞こえた。
呼ぶ声に導かれるまま海面に目を向ければ、母から貰ったマフラーが見えた。
まるでここまで上がってこいと武を呼んでいるかのように、海面を漂っている。
武は戦闘脚を脱ぎ捨て、父から貰った井上真改を無くさないように握りしめて必死に海面に向かって泳ぐ。
そしてマフラーに手が届いた時、武は力尽き意識を失った。