扶桑海での戦いから一年後、欧州へ向かう輸送船の上で智子は不貞腐れていた。
親友である武子と共に戦況が芳しくない欧州に援軍として派遣される事を喜んでいたが、喜びも束の間、自身の派遣先に絶望した。
現在欧州はネウロイと交戦状態であった。
その中でも激戦区であるカールスラントに武子と共に派遣されると思いきや、智子の派遣先は未だ怪異と交戦状態ではないスオムスであった。
扶桑海での決戦以降、巴御前と持て囃された自分がなぜカールスラントに行けないのか不満で仕方なかったが、命令は命令、渋々了承した智子は欧州行きの輸送船に乗り込んだのだった。
「はぁ〜、最悪」
「いつまでも不貞腐れてると幸せ逃げちゃいますよ」
智子は声の方に振り向く。
声の主は武であった。
山との決戦後、武は意識のない状態で救助され、死の境を彷徨っていた。
その後奇跡的に意識が回復した後は舞鶴の飛行隊に所属していたが、欧州への援軍として欧州へ派遣されることが決まり、この輸送船に乗り込んだのである。
「久し振りね、元気してた?」
「はい。智子さん達には扶桑海事変では御心配をお掛けしました」
「本当に心配したんだから……。一人で囮役引き受けるとか無茶し過ぎよ」
山との決戦後、お互い元気な姿で再会するのはこれが初めてだった。
武は智子の横に立ち、遠く離れていく扶桑の地を眺める。
「スオムスってかなり寒い国らしいですね」
「らしいわね。私らの戦闘脚が上手く動いてくれるか、正直心配だわ」
「そこは現地の整備兵の方が上手くやってくれるらしいですよ」
「それどこで聞いたの?」
それは秘密ですと答えると、生意気ねと智子は武の頬を引っ張る。
二人がウラル以来のじゃれ合いを楽しんでいると、一人の少女が二人に声を掛けてきた。
「あ、あの、穴拭智子少尉ですか⁉︎」
「そうだけど、貴女は?」
「わぁ、わぁぁぁ、本物だ‼︎ 本物の“巴御前”だ‼︎」
まるで憧れの人物に出会えたかの如く目を煌めかせる少女に、二人は首を傾げる。
少女は呼吸を整えると自己紹介を始めた。
「わ、私は扶桑海軍横須賀航空隊所属、迫水 ハルカ一等飛行兵曹であります‼︎」
ビシッ‼︎っと敬礼を決めて自己紹介してくれたハルカに、二人も敬礼を返す。
「扶桑陸軍明野飛行学校実験中隊所属、穴拭 智子少尉よ」
「扶桑海軍舞鶴航空隊所属、榊原 武“少尉”です」
「え、武って少尉になったの?」
「気づいてなかったんですか? スオムス派遣が決まった時に階級も上がったんです。ほら、軍服も尉官用の服ですよ」
そう言って武は袖を伸ばして二人に新品の軍服を見せる。
するとハルカはおぉ‼︎と良い反応を見せたが、智子はいつのまにか並ばれてたと言って肩を落としてた。
「あ、あの‼︎ 先程のやりとりを見ていたんですが、榊原少尉は“お姉様”と親しい間柄なのですか?」
「「お姉様?」」
智子さんの親戚ですかと武が尋ねると、首を振って智子は否定した。
すると訂正するようにハルカが口を開いた。
「実は海軍飛行学校では穴拭少尉のことを敬意を込めて、お姉様って呼んでいるんです」
「あー、明野の女学生がそう呼んでた気がする」
「そういえば、舞鶴の新任の子達もそう呼んでた気が……」
「実は私が流行らせたんです」
「「はぁ?」」
驚く二人を他所にハルカは熱く語り始めた。
どうやら扶桑海での一大決戦を映画化した作品、『扶桑海の閃光』を観たことで、智子の熱烈な追っかけになったらしい。
陸主導で制作されたこの映画は、娯楽映画としてはかなり力の入った作品だった。
結果関連商品が飛ぶように売れ、大いに陸軍の財源を売るわせたと父から聞き及んでいた武は、映画の宣伝効果恐るべしと感心していた。
「……はっ‼︎ そうでした‼︎ 榊原少尉はお姉様とどのような関係なんですか⁉︎ まさか、まさかこっ、こっ、こっ、こっ……」
「鶏?」
「コケー‼︎ って違います‼︎ 恋仲なのか聞いてるんです‼︎」
「うーん、違うかな?」
「なんで疑問形何ですか‼︎ 扶桑男子ならハッキリ答えてください‼︎」
そう言われて武は困った。
性行為までいった仲ではあるが、ハッキリとお互い好きとは相手には言ってはいない間柄なのだ。
武自身は智子の事を好きだと面と向かって言える自信はあるが、この状況で言うのは正直不味い。
スオムスに着いたらすぐに軍法裁判で被告人として立つことになる。
助けを求めて智子の方を向くと、武は目を見開いた。
「え? 私と武が恋仲⁉︎ どっ、どうしよう。まだ告白も何もしてないのに……‼︎」
顔を真っ赤にして慌てふためく智子の脈アリな反応に、武は二人にバレないように自分の背中に右手を回してグッと強く握る。
これはイケる。
間違いなく“脈”はある。
あとは機会を逃さぬよう気をつけるだけだと自分に言い聞かせて、口を開く。
「ウラルの前線でも一度聞かれたことあったんだけど、単に仲が良いだけだよ」
「ウラルの前線? 武少尉はウラルで戦闘機に乗っていたんですか?」
「いや、戦闘脚だよ」
「ですよねー。 そうじゃないと、その若さで少尉はおかし……」
その瞬間、一路欧州に向かう輸送船にハルカの驚きの声が響いた。