「二人とも遅いわね」
「あの二人のことだ、大方街に戻った後、夜遅くまで情欲に耽り寝過ごしたのだろう」
「はは!そりゃああり得る話だな!」
金髪の美女の言葉に仮面を付けた少女が呆れたように肩を竦め、男のような厳つい女性がゲラゲラと笑う。
「笑い事じゃないでしょ。あんまり『蒼の薔薇』の悪評を広めてほしくはないのだけど」
「気にするだけ無駄だろうさ。奴等はかなりの好き者だ。ガガーランもな。そしてその噂は既に広まってしま────ッ!?」
突如仮面の少女、イビルアイの身体がビクッと震える。椅子から転げ落ちた彼女は集合場所である個室の唯一の出入り口である扉を見つめる。
「ちょっと、どうしたのよイビルアイ」
「大丈夫か?」
「──────」
心配そうに訪ねてくる仲間二人にイビルアイは何の反応も示さない。示せない。
この感覚は何だ?魔神と、ぷれいやーと呼ばれる存在達と相対した時の圧迫感とも、自身が吸血鬼になった時の絶望感とも異なる。逆らってはいけない何かの気配、なのに酷く安心して、身を委ね全てを差し出したくなる。
扉が開く。イビルアイの尋常ならざる様子に警戒するガガーランと美女──ラキュース。
「お待たせ鬼リーダー」
「仕事は無事終わった鬼ボス」
「ティア、ティナ……遅かったわね」
入ってきたのは見知った顔。警戒していただけにどこか気が抜けてしまう。しかしイビルアイのあの反応は?と疑問に思っていると三人目が扉を潜る。
「ちゃお、『蒼の薔薇』の皆さん♪」
軽い性格を感じさせる軽い態度で入ってきたのは15、6程の少年。顔立ちは非常に整っている。ラキュースとて顔面偏差値が高いこの世界でも上位に位置する美人だし、己を越える人外の如き整いすぎた美貌を持つ友人を知っているが、それすら越える。
「………ふむ、童貞……じゃ、ねぇか」
と、残念そうに言うガガーランに呆れながらもラキュースは少年を見る。拘束されていないのだから八本指などではないのだろう。だが、では何故ここにいる?
「まずは謝罪。ごめんね、二人が遅れた理由は俺なのよね~。二人が余りに気持ちいいものだから朝まで盛っちゃって」
ケラケラとやはり軽い感じに笑う少年。ガガーランはん?と首を傾げた。
「ティナまでなら、まだギリギリ解るんだがティアまで?おめぇ、男だよな?」
「男にも女にもなれるけど相手した時は男だね。と、それより───お前がイビルアイか?」
「────!!」
「へー、結構可愛い顔してるね。ティア、ティナの記憶から見てたけど」
『蒼の薔薇』誰一人として反応できない速度で移動し『蒼の薔薇』最強のイビルアイから仮面を奪い取る少年。いくらイビルアイが放心していたとは言え、他のメンバーまで反応させない速度で動ける少年にラキュースとガガーランの警戒心が上がる。
「え、あ………あぅ、あれ………?」
と、そんな謎だらけの少年と対面している『蒼の薔薇』最強は既に心臓も止まり血など巡っていないはずなのに頬を赤く染めワタワタと慌てる。そんな様子を見てふむん?と顎に手を当てる少年。
「お前まさか…………処女?」
「あ、ああ……って、何を!?」
「ああはいはい成る程成る程。大体理解できた」
250年以上は生きていると聞いたがその間まともな男性経験がないのだろう。故に信仰心、全てを捧げたいう吸血鬼として逆らえぬ本能を恋心と誤認し、しかし会ったばかりの奴にそんなまさかと否定しているのだろう。
面白いなぁこの子。どう遊ぼう?
などと一瞬思考するが振り払う。名残惜しいがここは我慢だ。とりあえず、最初の目的から果たそう。
「………貴方、何者?今の動き、ただ者じゃないわね。ティア、ティナ何のつもりで彼を連れてきたの?」
剣に手をかけるラキュースを見て少年は敵意がないと示すように両手をあげる。その右手の人差し指と中指の間に挟まれたサイコロのような黒い立方体。ポイ、と無造作に投げる。誰もが思わず目で追うと紫色の光を放つ。
「────?」
「何とも、ねぇな……」
光が収まる。何の変化もない。ラキュースが首を傾げガガーランが訝しみながら周囲を見て、目を見開く。開いた扉の向こうや窓の外が形容しがたい黒いような紫のような空間になっていたからだ。
「ちょっくら隔離させてもらったよ。なぁに、時間はとらせんよ。というか外じゃ時間たたないし」
どっこらしょ、と席に座る少年。それは敵意がないという証明なのだろう。ガガーランもラキュースも取り敢えず座り、少年は何を思ったのかイビルアイを手招きして膝に乗せると頭に顎を置く。
「なかなかの抱き心地………と、それじゃあ本題に入ろうか。その前にボードゲームでもする?どうせここで一年過ごそうと外では一秒も経たないし」
「本題に入ってほしいのだけど」
「まあこの空間二時間で自動的に消えるしな。本題に移ろう ……まずは自己紹介。俺の名はウネ。UNEと書いてウネ。吸血鬼の神様さ」
なでりなでりと借りてきた猫のように大人しくなったイビルアイの頭を撫でながら親指で中指につけていた指輪を叩く。途端にアンデッド特有の気配とそれとはまた異なるラキュース達も感じたことのない気配が放たれ瞳が赤く染まる。
「き、吸血鬼!?」
「何だ何だ。君達だって吸血鬼とともにいるだろ?差別するなよ」
吸血鬼の正体を現したウネと名乗った少年に警戒心を通り越し敵意を向ける二人にしかしウネは慌てることなく言い放つ。その言葉に彼の膝の上で大人しくするイビルアイを見て、取り敢えず武器を下げる。
「つまり、貴方もイビルアイ同様人を襲って血を吸ったり眷属を増やしたりはしないのね?」
「いや?昨日ティアティナ倒して血を吸って吸血鬼に変えたけど?」
と、その言葉と同時に無数の剣と大鎚がウネ顔面めがけて殺到する。ウネは左手の指の隙間で全ての剣を受け止め右手の人差し指で大鎚を破壊した。
「「───な!?」」
「落ち着けよ。国を滅ぼす気なら、こんな回りくどいことしなくても、俺には簡単なことなんだ………まあ楽しむために遠回りはするだろうけどな。敵意はないよ。この二人を吸血鬼に変えたのは謝るが、俺に従順なのは俺が吸血鬼の神だから。洗脳できるがしてるわけじゃないし、普段はお前等の仲間として連れればいい」
「それを信じろと?」
「信じる信じないは何か関係あるのか?俺が敵だったら、お前等がどう足掻こうと滅ぼされるだけだ」
「………………」
お前等の抵抗など無意味だ、そういわれ、しかし手元の武器を見て否定できない。恐らく彼は少しも本気を出していない。その証拠に、彼の配下となっているはずのティアとティナは動かなかった。ラキュースとガガーランの実力を知った上で手を出さないという事はアダマンタイト級冒険者では彼の脅威足り得ないと判断したのだろう。
「つ、つまり私がお前に対して敵意を抱けないのは、お前が吸血鬼の神だから……か?」
「おー、警戒しようと必死だね。その辺り自分で考える力を持つからかな?流石ロリババア……望んで吸血鬼になったわけでもないのが関係してるのかにゃ?」
イビルアイの言葉に興味深そうにイビルアイを見つめるウネ。彼としてはティア、ティナのように従順なのも面白いがこういった意志で本能を越えようとする者も面白い。まあそれでも、全く敵意は感じないのだが。
「………それで、貴方が私達と接触した理由は何かしら?」
「お?話を聞いてくれるのん?」
「警戒するだけ無意味、と判断したまでよ。その気になれば、私やガガーランも吸血鬼にして支配下におけばいいのだから。でも、例え魔にこの身を堕としたとしても、この心までは支配できるとは思わないことね!貴方が欲望のまま世を滅ぼす悪鬼となれば、私の剣は貴方の首をねらうと知りなさい!」
「おお、ラキュースなら可能かもなぁ。何せラキュースは魔剣キリネイラムの呪いにも耐えてんだからなぁ!」
「へ?あ、ああ……そうね……」
「………キリネイラム?」
《ユグドラシル》にそんなアイテムがあったような、と記憶を探るウネだが直ぐにどうでも良くなった。欲しければ創ればいいのだから。
「さて、話を戻そう。俺のお願いはね、冒険者やりたいから推薦状書いてほしいんだ」
「…………推薦状?」
「銅級からチマチマやるのは面倒くさいからなぁ……せめて金級、叶うならミスリルだけにでもなりたいが」
流石にアダマンタイトは無理だろうと判断する。彼女達をボコしたといえば実力証明にはなるだろうがそれは『蒼の薔薇』の名を落とす行為だ。
「冒険者?どうしてまた……」
「面白いことないかあっちこっち回って探すより、冒険者の依頼票確認した方が早そうだしねぇ。俺の目的は金じゃないから貧乏な奴等も大助かり。俺も楽しめる。良い関係だと思わない?」
「……………」
ラキュースは顎に手を当て考える。ここで逆らったとして、どうせ吸血鬼にされて終わりだろう。少なくともガガーランの装備を指一つで破壊できる膂力に加え誰一人として反応させなかった移動速度。現状ティアとティナは敵に回るだろうしイビルアイは彼に攻撃できそうにない。
どの道彼がその気なら本当にこの国は滅びるだろう。なら、いっそ彼の機嫌を損ねないように従った方が、まだ支配されるより勝機はある。ティアとティナはまあ、監視の役割もあるのだろうが長いつきあいだ、逆に二重スパイに出来るかもしれない。
「解ったわ」
「おいおい良いのかよ」
「ならガガーランに、今の状況を何とかする策が思いつく?私達では彼に勝てない。恐らくこの国で勝てる者はいない。眷属だって何人国に潜ませているのかも不明。取り敢えず、従っておくのが最善手よ」
「………ま、そうかもな」
「契約成立。よろしくね~………あ、じゃあガガーランさんにこれあげる」
と、空間に手を埋めるウネ。空間から引きずり出したのは先ほど破壊した一品にも劣らぬ大きさの鎚。
「ティアティナちゃんズにはこれ……」
今度は短刀。最後にラキュースを見て、魔剣キリネイラムを見て………「ま、いっか」と指を鳴らす。ドアと窓の向こうの景色が元に戻る。
「ところでウネ、ずっと気になっていたんだけど、今更良い?」
「私も、ずっとあれ?って思ってたことがある」
話も終わり、といった空気になったのでティアとティナが挙手する。ウネはん?と振り返る。
「「私達を倒したあの男は?」」
「………………あ」
「ごめんごめん忘れてた」
「構いませんよ主よ。勝手に離れたのは私です」
「よしお前、ちょっと此奴等に殺されろ」
「かしこまりました」
「じゃ、そういうことでどーぞ」
「………へ?」
突然の言葉に思わず固まる蒼の薔薇御一行。ウネはそんな彼女達の反応を見て首を傾げる。
「………『殺せ』」
「「──!?」」
『支配の呪言』というスキルにより、ガガーランとラキュースの身体が勝手に動く。ティアとティナは二度も言われれば実行に移り男を殺す。
「い、いきなり何をさせるの!───?」
「何だ、なんか力が──」
「よしよしレベルが上がったな。何をっていわれたから答えてあげよう世の情け。レベリングだよ。まあ実験もかねてな。ユグドラシルじゃレベル差が有りすぎると格上倒しても経験値入らないように出来たけどこっちじゃそうでもなさそうだな。あ、死体は創った配下も残るのか」
と、ウネの影が蠢き死体の散らばった床を黒く染める。死体や血が底なし沼に沈むように消えていくと影は元の形に戻った。
「あ、そうだラキュースちゃん。ラナー姫に会わせてくんない?」
ウネは困惑するラキュースの様子などどうでも良さそうに、更なる要求をするのだった。
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