母親もそれを了承しているので、わざわざ渡す為のブランドバッグや購入した時の袋を入れてくれていた。
「こっちは袋に詰めるね」
「ああ」
ガサガサと広げられた小さめのブランドバッグに服を詰める音を聞きながら、里緒は理紅の横顔を眺めていた。自然と口元に視線がいき、さきほどの行為を思い出す。口でされて口でするのも、もう何度目か解らない。こうして顔に熱が籠るのも、数え切れないほどだ。
「りぃちゃん?」
「里緒ー、理紅ー、おすそわけ持ってきたよー」
「紗智っ!」
「顔が赤いけど、どうかしたの?」と伸ばされた手にはっとすれば、紗智がリビングのドアを開けた。天の助けとばかりに紗智にばかり視線を送る里緒に理紅は小さく舌を打ち、耳打ちをする。気に入らないと。途端、里緒の躯は強張り、赤い顔は青に変わっていく。
「俺の言った意味が、解るよね?」
「解らないわけがないだろ」
「紗智ばかり見てないで、俺を見て」
里緒の顎にかけられた手は、すぐに首筋へと滑らせた。かかる髪を避けながら赤い痕が散るそこを撫でれば、「ん」と伏し目がちに声を震わせる。
「俺を、見て。りぃちゃん」
「ふぁ、あ……!」
「理紅、あんまり里緒をイジメないの。泣いたら困るのはアンタでしょ。ほらこれ、肉じゃが」
囁かれて耳朶を噛まれる里緒を見かねた紗智は、片手で理紅の頭を軽く
「泣いても、私はフォローしないわよ」
「確かに紗智の言う通りに、泣かれるのは困るな。ごめんね。許してくれる?」
「許す、けど、誰も泣いてねーし!」
「りぃちゃん」
「里緒」
理紅と紗智のふたりから「嘘を吐かない」と言われてしまい、里緒は「嘘じゃないし」と顔を背けた。――目を泳がせながら。
ベッドの上でもそうでなくとも、理紅に泣かされているのは紛れもない事実だ。里緒は自分自身でよく解っていたが、しかし、男としてはプライドの方が勝っていた。
◇◆◇◆◇◆
「それオレのじゃがいもなんですけど!」
「じゃがいもには名前は書けないから、誰のものかは解らないよ。けど、りぃちゃんが言うならあげる。ほら、口開けて」
「オレらは新婚さんではありませんが」
口元へと運ばれる味が染み込んだじゃがいもから顔を逸らしてぶつくさ言えば、理紅は目を瞬かせた。
「飛躍しすぎでしょ。恋人同士でもするよね? こういうこと」
「するんじゃないの? 人によるけど」
「姉ちゃんの言う通りに、人によるな」
四人がけのダイニングテーブルには、里緒の隣に理紅が、里緒の向かいには紗智が座り、残るひとつに和己が腰を下ろしている。里緒たちは自分たちのものを使っているが、紗智たちのものは両親のものを再利用していた。
四人が夕食を共にするようになったのは小学生の頃からであり、両親が共に帰りが遅くなる時に、里緒がふたりを誘ったのが始まりだ。理紅とふたりだけじゃ寂しいと。紗智も和己も「迷惑だから」と当初は断っていたが、いつの間にかこうして食卓を囲んでいる。
「りぃちゃん、口、開けて。早く」
一言一言区切るのは、不満が溜まっているということだ。これ以上駄々をこねても、理紅に不満が募るだけでいいことはない。苛立つまま押し倒されて、激しく求められるだけなのだから。しかし、こうされるのは羞恥が湧く。
「りぃちゃん」
じゃがいもが唇に押し付けられ、里緒は観念したかのように薄く口を開いた。瞬間、それが押し込まれ、口内には甘辛い味が広がる。
「よく噛んでね」
モゴモゴと口を動かす里緒に蕩けそうな笑みを浮かべ、理紅は彩りに添えられたさやえんどうを口へと運んだ。
「理紅、あんま里緒をイジメんなって」
「別にイジメてないけど」
「里緒が困ってんだろ」
「りぃちゃんが困ることはなにもない。あんまり構うと、和己でも容赦しないよ」
箸を突き付けられた和己はぐっと言葉に詰まり、「悪かった」と小さく言った。
「悪いのはオレだから。理紅は和己に当たってるだけだし」
じゃがいもを飲み込んだ里緒が「だろ?」と肘で小突けば、理紅は小さくため息を吐いた。「悪かったよ」と謝辞を溢したのは、数秒間の沈黙のあとである。
「でもりぃちゃんも悪いんだよ? 俺を構ってくれないから」
「飯ぐらい自分で食えるから、新婚さんみたいなことはしなくていい」
「恥ずかしいから?」
「はぁ? 別に恥ずかしくねーしっ」
「嘘はダメだよ、りぃちゃん。赤くなってるのに」
手の甲が頬に添わされ、里緒は理紅を睨み付けた。「うるさい」と。
「可愛い」
「可愛くない。いいから食うぞ。いいかげん冷める」
「はいはい」
理紅は里緒の頭を撫でて箸を持ち直した。
食事を済ませてまったりする中、紗智は一度家に帰り、マスクメロンを持ってやって来た。どうやらそれは祖父母から送られてきたものらしい。
「メロンだ、メロン」と目を輝かせる里緒を横目に、紗智はメロンをダイニングテーブルへと置く。ひとり後片付けを終え、ソファーで里緒を抱き締めていた理紅は、置かれた丸い物体を眺めている。
「ちゃっちゃと切っちゃって」
「俺は紗智のパシりじゃないよ」
「私だけじゃないわよ。なにより里緒が、食べたがってる」
「俺を使うの本当に巧いよね、紗智は」
「アンタの弱点はひとつだしね」
「早くしないと里緒が泣くかもよ?」という紗智の言葉に、里緒は「誰がこんなことで泣くか!」と叫んだ。
ひとくちずつ切れ目が入れられた輝くメロンは、すぐになくなってしまった。名残惜しげに見る皮には、もちろん果肉は付いていない。