「うまかったー。メロンありがとうな、紗智。あと、理紅も」
「なら、キスしていい?」
「はぁ!? それとこれとは話が違うからな」
「俺はりぃちゃんの為にパシられたんだよ? 紗智が自分でやればいいのに」
苦々しげに紗智を見遣る理紅は、フルーツフォークに刺したメロンを口へと運んでいく。あとひとくち分残るそこには里緒の視線があった。
「嫌よ。手が汚れるじゃない。私はパス」
「――ほらね。りぃちゃん」
「嫌だ」
呆れたようにため息を吐いたあと、紗智から視線を外した理紅は、隣の里緒に笑みを浮かべる。反して里緒は緩く頭を振り、フルーツフォークの柄に指を添えた。空いた手は理紅に柔く握られ、ぴくりと躯を跳ねさせる。
「紗智、たちがいるじゃん……」
「解った」
絞り出された小さな声は理紅の鼓膜を震わせ、脳天を駆け抜けていった。首を赤くさせる里緒の姿に情欲が煽られ、いますぐ貪りたい衝動が走る。だがそれを抑え込み、理紅はしかたがないと息を吐いた。言い換えれば、紗智や和己がいないならしてもいいと受け取れるから。それに、煽るように可愛く言われたら折れるしかないだろう。
「え……?」
「なに?」
里緒ではなく紗智が目を丸める。「アンタどうしたの?」と。理紅は訝しげに紗智を一瞥し、「あのね」とため息を吐いた。
「なにを言いたいのかは大体解るけど、俺にもりぃちゃんを労る気持ちはあるよ」
「マジで!? 学校でもことあるごとに里緒を呼び出してんのに?」
「うるさいよ、和己。手の甲に傷を付けられたくないなら、ちょっと黙ってて」
「フォーク向けんなバカ」
「危ねぇ!」と手の甲を引っ込める和己に、理紅はにやりと口角を上げる。
「あと少しだったのに残念だな。和己はほっといて、りぃちゃん、ほら。最後のひとくち、りぃちゃんにあげる」
「えっ」
「ほしいんでしょ? 顔を見たら解るよ。だから口、開けて?」
里緒は驚いたように目を丸め、理紅に視線を張り付けている。上目遣いのその顔は、理紅をさらに昂らせていく。
ふつふつと湧き上がる欲をぐっと抑えて、最後のメロンを口に近付ければ、大人しく口を開く。その姿に笑みを浮かべながら、理紅は里緒の唇に触れるフォークを抜いた。
「はい、ごちそうさま。片付けるから、お皿持ってきてね」
カランと皿にフォークを乗せれば、ふたり分の皿を手に流しへと向かう。欲を掻き出すように長く吐いた息は、流す水とシンクに溶けていくようだ。
「里緒は幸せそうね」
「メロンだからね」
「俺達が帰ったあと、あんまりイジメてやるなよ?」
「解ってるよ。――あ、そうだ、和己。明日、バスケ部見学に行くから」
ふたりの皿を受け取った理紅は素早く洗い始め、役目を終えたスポンジを絞った。水切りカゴに置いた皿たちは、水滴の跡が着かないようにと数秒ののちに理紅に拭かれてしまう。
「え……、練習試合出てくれるのか?」
「りぃちゃんが頼んできたからね。もう本当に可愛かった」
「じゃあ、里緒にお礼しないとなー」
うっとりとした顔で放つ理紅に対して、和己は顎に手を添えた。「なにがいいかね」と放つ和己に、紗智は「食べ物なら喜ぶんじゃない?」とアドバイスをする。
「お礼はメロンじゃないの?」
「これは、昨日じいちゃん家から送られてきたやつだし」
「なら、わざわざしなくていいよ。その代わり、俺がドロドロに甘やかすから大丈夫」
拭いた皿とフォークを元に戻して穏やかに笑む理紅は、和己に視線を遣る。和己は和己で「いやいや」と顔の前に翳した右手を横に振った。
「大丈夫なように見えねーんだけど! つか、お前はいつも里緒を甘やかしてるし、あんま意味ねーな」
「そんなことないよ。りぃちゃんが拒むから、甘やかしきれてない部分もあるし」
「理紅ー、ドラマ始まるぞ?」
「ああ、うん。解った、いま行くよ」
キッチンに顔を出した里緒はそれだけ言うとまた戻ってしまった。カウンターの端から垣間見る里緒は、ソファーの上で体育座りをしながらリモコンを弄っている。
「可愛い」
「理紅、目がヤバいから」
「りぃちゃんだからね」
「いますぐにでも食べたい」と唇を舐めれば、ふたりに引かれてしまった。「食べすぎだから」と。理紅は「それでも足りない」と返して、里緒に歩み寄る。当然のように笑顔を浮かべながら。
「お待たせ」
「じゃあ私たち帰るから。ごちそうさま」
「また明日な」
「おう。また明日」
「送ってくるね」
「ああ、解った」
後ろ手に緩く手を振る里緒の頭を撫でて、理紅は廊下に立つ紗智と和己に近付いていく。里緒に触れた掌は熱く、知らず知らずのうちにまた情欲が湧き上がってきていた。
ふたりを見送り、リビングに戻った理紅は、肩越しに振り返った里緒の「お帰り」と放つ笑みにふたたび頭を撫でた。里緒は手を払い落として唇を尖らせる。
「だから撫でんなって。いいから隣に座れ」
「はいはい」
ぽんぽんと隣を軽く叩くそこに、理紅は大人しく座る。
「りぃちゃん」
「なんだよ?」
「さっきの続き、しようか?」
「抱きしめるだけだからな」
「解ってるって。おいで」
「おいで」と優しく放つが、実のところ腕を引く力は強い。もちろん、足の間に腰を下ろした里緒のお腹に回した手の力も。
「この女優の演技、棒だね」
「若手でゲストだからな。慣れてないんだろ」
「言われればそうかもね」
「そういえば、理紅から好きな女優の話とか聞いたことがないな……。誰が好き?」
「俺が好きなのはりぃちゃんだよ」
「そういう意味じゃないんで」
「んー……、基本的にりぃちゃんが好きな俳優は嫌いじゃないよ」
「なんだそれ」と呆れる里緒の髪を掬い、口付ける。囁く理紅の声は、里緒の躯を熱くさせていった。