「理紅くん大丈夫?」
「大丈夫だよ。心配してくれてありがとう、
「あ……、ごめんね! うん。外すね」
「兄さん、カーテン閉めて。閉めたら教室に帰ってもいいよ」
「そう? なら帰るわ。彼女に変なことするなよ」
篭の中でぽつねんと残るスラックスを取り、理紅へと投げてから里緒は席を立つ。カーテンを後ろ手に閉めれば、佐藤と呼ばれた女の子は未だに心配そうに眉根を寄せていた。
「佐藤さん、だっけ?」
「はい。席替えで理紅くんの隣の席になりました、
「そうなんだ。理紅のことよろしく頼むな」
「は、はい! こちらこそよろしくお願いします」
里緒より数センチ低い位置にある顔がぱっと輝き、ぎゅっと手を握られる。童顔なその顔は人目を引き、紗智やクラスメイトを除いて何年ぶりかの女の子との接触に里緒の頬を染めさせた。一瞬で離されたが、まだ手を握られているような感覚がある。
「お兄さん?」
真由理の問いにはっとしたように里緒はもう一度「よろしく頼むな」と放ち、保健室をあとにした。
カーテンの隙間から覗く理紅の険しい顔には気付かずに。
◇◆◇◆◇◆
「――それで?」
「だから、可愛かったなぁって」
「なんだっけ……佐藤真由理、だっけ? あの子はやめときなよ。里緒くん」
「なんで?」
「やだぁ~、だって里緒くんには弟くんがいるじゃない! お似合いだよぉ~」
バシバシと肩を叩くクラスメイトはこれでもかというほどで、肩が痛くなる。だが、里緒は嫌な顔ひとつしない。なぜなら、相手は女の子だからだ。
「いるじゃないって、オレは男だからな! それに、理紅は弟だし全然お似合いじゃねーよ」
「あ……そっか、忘れてた」
「なんで忘れてんの!?」
「里緒、キレないの。ほら」
むぎゅりと口にラムネを押し込まれ、里緒は黙るしかない。
教室に帰れば、紗智の周りではなぜかラムネを食べよう会が開かれていた。余ったらもったいないしと笑う紗智に女の子たちは賛成したらしい。
「理紅危ないかもな……」
「危ないって?」
「こっちの話」
「まぁ、理紅が揺らぐことはないけどね」と呟かれる紗智の言葉は里緒には届かない。ラムネを噛み砕く里緒の顔は、また赤く色づいていた。
紗智は小さく笑みを浮かべ、里緒の頭を撫でる。
この小動物は、なんて可愛いのだろうかと。
◇◆◇◆◇◆
保健室から里緒が去ってすぐ、理紅は冷たい声を吐いた。「用がないなら帰って」と。
「用ならあるよ、理紅くん」
「俺はない。だから早く帰れ」
佐藤真由理という女には、男漁りをしているという噂がある。しかも顔がよい男たち限定で。噂は噂で、事実かどうかは解らないからどうも思わなかったが、ある時に確信した。――噂は本当のことだと。
真由理が教科書を忘れただがなんだかの安い理由で、机をくっ付ける羽目になった。そして触れられた。太股に。口端を上げながら。まるで品定めでもするように。
ゆっくりと近づいてくる真由理は、その時と同じ顔をしていたのだ。
「ねぇ、理紅くんはなんでお兄さんを構ってるの? 高校生だよ? 過干渉はよくないって。私なら、理紅くんを気持ちよくしてあげられる」
真由理は童顔で胸もある。その顔と躯で男を落としてきた自負も。
里緒との時間を裂かれ、苛立ちを募らせる理紅には気付きもしないで、彼女は続ける。
「だから私と付き合わない?」
「他をあたってください」
里緒が紡いだ「変なことをするな」という言葉が理紅をどうにか留まらせているというのに、まだ話しを続けようとする真由理に眉を顰めて対峙すれば、真由理は赤い唇をまた開いた。目を細めるその姿がおぞましく映る。
「理紅くん。――お兄さんに酷いことされたくないよね? 私の下僕が、お兄さんに酷いことしちゃうかもよ?」
理紅が目を見開く一瞬の隙をつき、真由理は理紅の肩を押した。そうしてその上に股がる。
「っ……!」
「理紅くんはこんなにかっこいいんだから、私のものにならなきゃダメだよぉ」
「万が一にもそんなことにはならないから。アンタでは俺を満たすことはできない」
頬を撫でる手を払うが、真由理は自身の口端を歪ませる。「やだ、理紅くん。私に逆らうんだ」と。
「逆らうもなにも、初めからアンタに興味はないよ」
「酷いなぁ……。私、結構なテクを持ってるんだけどね。理紅くんを落とす自信はあるよ」
「気持ち悪いこと言わないでくれる? 落ちる気はない。というより、胸を押し付けるな」
「好きでしょ? 男の人は」
まさか、と理紅は鼻で笑う。
「俺はアンタみたいな巨乳より、まな板貧乳が好きだから」
脂肪の塊より、里緒の胸の方がエロいと理紅は胸裡で吐いた。
理紅よりは白いが、それでも白すぎない肌にある赤い先端は情欲をそそるだけであり、弄ってやればつんと立ち上がらせて甘い声をあげる。抵抗らしい抵抗をやめたあとも嫌々と頭を振るが、優しく胸や中心を愛撫すれば我慢していた熱を吐き出す。奥を突けば苦しげな顔で喘ぎ、それでも受け入れてくれる。そうして、赤く染まる蕩けた顔で名前を呼ぶのだ。――理紅かりっくんと。
可愛すぎて何度意識が飛びかけたことか。
情事中の里緒を思い出して湧き上がる衝動が、躯を巡った。
「ふふ。理紅くん、やだぁ」
「めんどくさいことになった……」
喜ぶ真由理に反して、心底面倒臭そうにため息を吐いた理紅は、真由理をいっそのこと蹴り飛ばそうとさえ思う。が、思った矢先に和己が顔を出した。
「お前らなにしてんだ!?」
「見て解らない? ――押し倒されてるんだけど」
「あ、和己くんだ。よかったら和己くんも混ざる?」
和己の瞳には肉食獣の瞳を持つ女が映った。
◇◆◇◆◇◆
紗智が和己からメールをもらったのは、四時間目の授業中である。先生に隠れてメールを盗み見れば、そこには『理紅がやばい』との一文が書かれていただけだった。