「おいっ……! 誰かに見られたらどうするんだっ」
「誰もいないからこうしてるんだけど」
「つか、お前ネクタイどうしたよ?」
「暑いから外した」
「暑いか?」
「熱いよ。りぃちゃんの裸を想像したらさ。ムラムラする」
「それは意味が違うだろうが!」
「赤くなった。それよりりぃちゃん、ネクタイ結んで?」
「は? まぁいいけど……」
里緒は肩にかかるネクタイに手を伸ばし、結び直す。理紅はその間、くすくす笑いながら里緒の頭に頬を寄せていた。
「りぃちゃんはいい匂いがするね」
「いつもと変わんねーし」
「いい匂い」
「ちょっ……、顔が近い! ――んっ!」
唇を塞がれ、口内を貪られる。溢れる水音に頬を染めて肩を押すが、離れてはくれない。
「り、く……っ、ふざけんな、って、ば……」
「可愛い。いっぱいキスしてあげるから、大人しくして」
「しないっ、つの。もう離せ。……そういえば、お前オレのジャージはどうした?」
「あー……、保健室に忘れてきちゃった。ごめんね。あとで紗智がもってくるよ」
「それなら、いいけど……。で、いつ離してくれるわけ?」
「もう少し」
擦り寄せられる頬に、乱れた息を整えている里緒はさらに頬を染める。いい匂いなのは自分ではなく、理紅の方ではないのかと。なんの香水かは解らないが、香る匂いから察するに柑橘系だろうか。毎朝つけられている里緒も同じ匂いがするはずなのに、漂う香りは全然違う気がする。
ぼんやりと理紅を眺めていれば首筋に手がかかり、髪を避けられて現れたそこに唇が寄せられた。チクリと走る痛みに里緒の躯はぴくりと跳ね、肌を撫でる理紅の舌にふたたび息が乱れていく。
「ん……っ、理紅……」
「そんな顔されたら、誘われてる気になるよ」
ちゅくりと水音を出して離れた唇は弧を描き、ともすれば掬った髪へと口付けられる。その様にかっと熱くなる頬が撫で上げられていた。
「さ、誘ってなんか……!」
「ま、りぃちゃんが俺を誘うことはないんだけどさ。――残念ながら」
理紅は柔くつねる頬を離して、笑みを浮かべる。
「ご飯食べようか」
「お、おおおう」
真っ赤な顔で頷く姿が可愛いともう一度口付けられ、里緒のその躯は小さく跳ねた。
◇◆◇◆◇◆
「頭痛い」
「まぁ……この状況じゃあな」
紗智は額に手を添え、和己は呆れた顔をしていた。里緒はちらちらと理紅を見遣り、理紅はパンをかじりながら眉を寄せている。
天気がいい日は中庭にレジャーシートを敷きながら四人でランチタイムを堪能していたが、今日はひとりの女の子が加わっていた。
なにをどう吹き込まれたのかは定かではないが、飲み物を買ってきた里緒は真由理を連れてきたのだ。真由理が現れた瞬間、理紅は嫌そうに顔を顰めたが、里緒が土下座をせんとする勢いで謝り倒したので渋々承諾した。――というのに、真由理はちゃっかりと理紅の左隣を陣取り、弁当を広げ始めたのだ。
募る苛立ちを隠そうともしない理紅は、ただただ無言でパンを食べている。飲み物のペットボトルを多少へこませながら。
「り、理紅! そのパンうまそうだな!」
「別に普通だよ」
「ひ、ひとくち、ちょうだい」
なんとか会話を捻り出そうと声をかければ、理紅は腕を伸ばした。食べかけのコロッケパンが唇に触れ、理紅のそれが音を奏でる。
「ひとくち」
たった四文字だが動く唇に視線が釘付けになり、ちらりと見える舌に里緒は固まった。さきほどのキスを思い出してしまったのだ。熱い舌を絡められたことが鮮明に。
「……兄さん?」
「あ……、え……っと、なんだっけ……?」
「ひとくち食べたいんでしょ?」
呆れたように放つ理紅の言葉に、そうだそうだと唇に添えられたパンをかじり、もくもくと食べる。
「兄さん、昼食を食べ終わったあとで話があるんだけど」
「わ、解った」
これは確実に怒られるが、それなら早い方がいいと自身のたまごサンドを口いっぱいに頬張り、もしゃもしゃと咀嚼する。
ハムスターかと突っ込む三人は、それでも里緒が喉に詰まらせやしないかと眺めていた。お茶を飲むまでは。
「里緒、ミートボールやるよ」
「ん……! うまい!」
「兄さん、はい。メロンパン」
たまごサンドを食べ終えた里緒は、次にメロンパンをもそもそと食べ始める。理紅はコロッケパンの次にツナサンドに口を付けた。
真由理はどうやら黙りを決め込んでいるのか、さきほどから一言も発していない。注意して見ているが、ただもくもくと弁当を食べているだけだ。
大人しくしていろと言ったからか。それとも、なにかよからぬことを考えているのか。なにを考えているのかは解らないが、理紅の鋭い視線に晒されていても彼女が上機嫌であることは明白だ。
――その笑顔の裏にはなにかがある。そう思わす真由理を見るのはもう限界だと、愛しい里緒に視線を遣れば、里緒は「――ごちそうさま」と手を合わせた。そうして予め真ん中に置かれたウェットティッシュで手を拭き、ビニール袋にゴミを集める。
「理紅、パンの袋ちょうだい」
左手で握り潰すそれを里緒に放れば、ナイスキャッチと笑いながら受け取り、ビニール袋に入れる。ゴミを探しているのだろうか、キョロキョロと辺りを見渡す反動で髪が踊り、顔や唇に触れていた。「うえ……、髪が口ん中入ってきたし」と邪魔な髪を梳く姿に、理紅の鼓動は早くなる。
どうしてこうも可愛いのか。どうしてこうも眩しいのか。パンを食べる手が止まり、視線はずっと里緒に惹き付けられている。それこそ、物心がついた時から。
「ゴミ、もうない?」
「え、あー……ないと思うよ」
とりとめもなく答えた理紅を一瞥して、里緒は「はいはい」と一旦袋の口を縛り、それを足の前に置く。ともすれば右側に座る紗智の肩に頭を預けた。