「眠いの?」
「少しな。腹一杯になったから、眠気が襲ってきた……。あ、理紅は早く食べろよ。話があるんだろうが」
「ああ……うん。解ってる」
じっと眺められて熱くなる顔を逸らし、理紅は残るパンをかじり始める。胸中は穏やかさの欠片もないが、平静を装いながら。
「ごちそうさま」
どうにかこうにか食べ終わり、口直しにと炭酸ジュースを一口飲んだ。シュワシュワと弾ける炭酸が、籠る熱を引かせるような気がした。
手を拭いたウェットティッシュを、腕を伸ばした里緒に渡して、ゴミを纏めたその腕を取る。
「兄さん、あっちで話そう」
「ああ」
怒られる姿など、例え幼馴染みだろうと見られたくない。そうした考えから、里緒は小さく頷く。
ゴミ捨てや後片付けを頼み、ふたりは場所を移動した。
◇◆◇◆◇◆
腕を引かれながらここまでくる間、流れる沈黙が怖かった。理紅は当然のように頭にきていることだろう。
「りぃちゃん」
「は、はい!」
里緒に向き直りながら声を放つ理紅は、里緒の大きな声に首を傾げた。
「りぃちゃん、どうかしたの?」
「え、どうって……、なにが? いまからお前に怒られるんだろ?」
「なに言ってるの? 怒りはしないよ」
理紅は困惑気味に笑いながら、里緒の横髪を撫でる。反して里緒はポカンと口を開け、理紅を見上げた。
「――は? いやいやいやいや、理紅がなに言ってるか解らないわ。みんなの許可もなく勝手に佐藤さんを連れてきちゃったわけだし、怒られるのも道理だろ?」
「俺はね、俺が気に入らないことでも、りぃちゃんのすることなら無条件で許すことにしてるから。といっても、限度はあるんだけどね」
丁寧に前髪を掬い避けたそこに唇を寄せ、コツンと額を添えたあと、理紅は「それに俺が言いたいのは――」と話を続ける。
「佐藤に気を付けてってことだよ。なにかされたら、すぐに俺に言って。解った?」
「それ、を……、言いたかったのか?」
まるで小さな子供に言い聞かせるように、顔を近付けて言うことでもないだろうに。
「うん。それ以外になにがあるの?」
「こ、これじゃあ……、見ようによっては、キ……、キス、してるように見えるだろ!」
「りぃちゃんは、キスぐらいで騒ぐんだ? もっと進んだことをしてるのに?」
いたずらっ子のように笑う理紅は、里緒の耳に顔を寄せてそう囁く。
「っ! そ、れはっ……」
「真っ赤だよ。耳まで」
「りっくん!」
笑い混じりに囁く理紅を引き剥がし、里緒は「理紅のアホ」と顔を逸らす。
「ごめん。りぃちゃんが可愛いから、いたずら心が湧いてきてさ」
「あ、謝れば……、許すなんて、思うなよっ」
顔を戻した里緒は真っ赤な顔で理紅を睨み付けるが、理紅は「ごめんなさい」とまた横髪を梳く。ぴくりと躯を竦めた里緒は抱きしめられた。理紅の吐息が耳に触れ、心臓に悪い。
「りぃちゃんが許してくれないと、俺はおかしくなりそうだ」
ふたたび額に口付けられ、里緒は唇を尖らせた。どうこうしても、結局は弟に勝てやしない。潜在的にか、それとももっと別のなにかがあるからかは解らないけれど。
「……くそっ……、許すよ! 許す! 理紅のバーカ! どう足掻いたって、どうせオレは理紅には勝てないんだからなっ」
「それはどうだろうね。俺もりぃちゃんには勝てないし」
「嘘を言うな、嘘を」
「嘘じゃないよ。ありがとうね、りぃちゃん」
今度は手の甲に唇を寄せて笑う弟に、兄は「ふざけんな!」と叫んだ。未だに頬を染めながら。
◇◆◇◆◇◆
ゴミを捨てに行く和己を見送り、レジャーシートを畳む紗智は、真由理を眺めて眉を寄せた。
「アンタ、なに考えてるの?」
「それはこっちの台詞だし。なにあれ、理紅くんはなにを考えてるの!? お兄さんしか見てないじゃない! あの空気はなに!?」
「キャンキャンうるさいんだけど。なにって言われても、昔からああで、アンタが入る余地はないの。だから、諦めなさいって言ったじゃない」
「嫌……! 諦めない!」
なにが真由理を動かしているのか謎だが、「理紅くんを振り向かせるの」と前向きだ。
「これは忠告だから、よく聞きなさい。アンタがどんなに頑張ったって、虚しくなるだけよ。理紅が振り向くことはないわ。――絶対に」
「それでも、万が一の可能性があるなら私は諦めないから!」と吐き捨て、真由理は走り去っていく。ポジティブ過ぎる思考は時にウザいと解った。
「人の話を聞けっつの」
「姉ちゃん、顔怖いから」
真由理と入れ違いで戻ってきた和己は、若干引き気味に姉を見た。
「無理。アレの相手は無理。人の話なんて聞きやしないし! なんであんなに意固地なのよーっ。癒し……、そう! 私の癒しをよこしなさいぃい」
「ちょっ……!? なにキレてんだ。落ち着けって……!」
肩を揺さぶる紗智を宥めながら、里緒たちを待つ。紗智の癒しは里緒であり、里緒自身はもちろんそんなことは知らない。
「紗智ー、お待たせ。……なにしてんの?」
走り寄る里緒を一瞥し、紗智は弟の肩から手を外す。
「里緒! 里緒ぉおぉ!」
「うおっ! なんだ、どうした!?」
がばりと抱きしめ、ぐりぐりと頬を擦り寄せる紗智の背中に手を回し、里緒は「なにかイラつくことでもあったのか?」と問うた。
「あったあった。ついさっき」
「紗智、俺のりぃちゃんになにしてるの?」
少し離れた位置にいたはずの理紅に、無理矢理里緒を引き剥がされた紗智は「なにするのよ」と眉をつり上げた。理紅は「なにって」と里緒の肩に手を置いて引き寄せ、「嫉妬だよ」と笑みを浮かべる。
「バ……っ! バカかお前は!」
「俺はりぃちゃんがいないとダメだから」
「なんでそんな台詞がホイホイと出てくんだよ」