「遅れたのはごめん。けどオレは、別に楽しんでない」
「謝れば許してもらえるなんて、思わない方がいいよ」
「あ……――っっ!」
里緒自身が放った言葉を言われて固まる間、後ろ髪に添わされた理紅の手がそれを鷲掴み、無理矢理上向かせられキスをしてきた。
「ねぇ、りぃちゃん。俺がいない間に、誰かと楽しんでいるのは気に入らない。俺が知っている人でもね」
「っ、ん……り、く……」
「まぁ、この話しはこれで終わりにしてあげるよ。それで、りぃちゃんは俺にどうしてほしい? 練習試合に出てほしいの?」
「ねぇ」と放ちつつ、ちろりと舐めて唇を離した理紅は、髪を掴んだまま囁いた。
「っ……、うん……。出て、ほしい」
「――いいよ。りぃちゃんがそこまで言うなら、出てあげる。条件付きで、だけど。朝練もあるから、そうじゃないと割りに合わないしね」
「条件……?」
「キスして、ここで」
「こ、ここでっ!?」
「ああ、そうだ。言っとくけど、条件はこれだけじゃないから」
驚く里緒の腰に片手を添えた理紅は、また口端を上げる。優位に立っていると解るその笑みに、里緒はふたたび躯が強張った。逃げる隙がないことに気が付いて。
「キス、できるよね?」
「で、でも……、こ、こは……」
「できるよね?」
いまいる場所は廊下だ。ふたり以外の人はいないが、誰か来る可能性はあった。しかし理紅は、それでもしろと言っているのだ。有無を言わせずに。しないのなら、それは練習試合に出ることをやめるということなのだから。
里緒は躊躇するかのように視線をさ迷わせたあと、きゅっと唇を噛んだ。理紅は里緒の腰と髪を弄りながらそれを待つ。
「いまからする! 下手だったら、ごめん」
意を決したのか、頬を染めながら顔を近づけ、理紅の唇に自身のそれを重ねる。里緒はすぐに離れようとしたが、後頭部に添えられた手が阻み、唇を割り入る舌に躯が跳ねた。
「ん……!」
舌先が触れ、絡まるそれを押し戻そうとするが、理紅の手に力が込められてしまい巧くいかなかった。響き始めた水音に、里緒はぎゅっと目を閉じる。誰かが来たらと、怖くて。
何度もされる口付けは、深く深くを攻めてくる。暗闇の中でもキスの角度を変えたと解るくらいには、慣れさせられていた。重なる唇を離し、口端から滴るそれを舐め取る舌の熱さも、もう一度重なるその唇の柔らかさも、漏れる吐息も、そして――肌を焦がすような理紅の熱い視線も、全てが里緒を捕らえていく。
離すまいと絡まる舌に翻弄され、膝が震えだした時、ようやく唇が離された。乱れた吐息が頬に触れ、目元を拭われる。
「誰もいないから、目……開けて」
「り、くの……条件、全部、全部飲むから……バスケ部、を、助けてあげて」
理紅の言葉に徐に目を開け、顔を赤くさせながら息が乱れる里緒は震えており、それでも理紅の腕の中で涙ながらに訴えていた。「お願い」と。
本当は、条件なんてあってないようなものだ。ただ、里緒からキスをしてほしかっただけなのだから。こうでもしないとしてくれないと解っているので、託つけて強行手段にでたのだった。
「りぃちゃん、泣かないで」
「な、いてない……! 息苦しかった、からであって……、別にっ」
「泣きたくて泣いているわけじゃない」と里緒は切れ切れに放ちながら浮かぶ涙を拭う。
「りぃちゃんが応援にきてくれるなら、それでいいんだ。他の条件なんてないよ、本当はね」
「な、に言ってんだよ。応援に行くに決まってるだろ」
「本当に?」
「おう」
髪を撫でる理紅を眺めながら、里緒は頷く。「行くっていったら行く」と付け加えながら。
「りぃちゃん、ありがとう」
「ん……」
小さく頷く里緒の額に唇を落とし、理紅は手を差し出した。
「帰ろう」
すぐに手を握り返した里緒は、そのまま「仕返しだ」と理紅をぐいぐいと引っ張った。
◇◆◇◆◇◆
帰路に着けば、玄関先で背後から抱きしめられ、反射的に里緒は躯を捩った。
「な、なんだよ?」
頬を撫でる手が口元に滑り、里緒の唇を薄く開く。
「りぃちゃんのこの口で、俺を気持ちよくさせて?」
「今日はそんな気分じゃないの。だ、大体! お前は学校でなにしてんだよ! 何度も襲ってきやがって」
「何度も襲いたくなるのは、りぃちゃんが可愛いからだよ」
「ふざけんなっ」
噛み付く里緒に笑みを浮かべる理紅は、里緒の下唇を指の腹で撫でる。里緒が肘で押しても、理紅は離れようとはしない。
「離れろっての」
「そもそも、りぃちゃんのキスが原因なんだからできるよね?」
「ア、アレは……しろって、言ったから……っ」
「しろって言ってできるなら、口でして」
「っ! 理紅の、バカ」
朱色に染まる顔で理紅を突っぱね、里緒は慌ててリビングに避難した。
「りぃちゃん」
里緒の後を追いかけ、入り口に躯を預ける理紅は、リビングを見渡す。里緒はスポーツバッグを床に置き、冷蔵庫からお茶を取り出してふたつのカップに注いでいた。近付けば「うるさい」とそのひとつを渡される。
「理紅はいつも盛りすぎなんだよ」
冷蔵庫にお茶を戻す
理紅は理紅で里緒のスポーツバッグの隣にそれを放り、お茶を飲みながら目を細めた。
「りぃちゃんが傍にいるなら、手を出したくなるのは当たり前じゃない?」
「だからそれが間違ってんの! 大前提として、オレたちは兄弟だろうが。血の繋がりはあるし同性だし、その……これはさ、世間でいうところの、きっ、近親……」
カップを握る里緒の手は微かに震えていたが、お茶を無理矢理喉へと流し込んでいく。
「うん。近親相姦だね。それで?」