History Lost
「はーん、ここが海鳴か」
バスから降りた場所は海鳴という都市を一望できる丘の上だった。そこから海へと向かって広がる海鳴の姿を眺めながら、自分が住んでいた海の向こうの姿を思い出し、率直に思い浮かんだ言葉を口にする。
「田舎だな」
そんな言葉しか口に出なかった。メインに見えるのは住宅街だ。繁華街や多少のビルの姿が見えて来るが―――基本的には田舎だ。大きな港がある訳でもなく、普通に生きていく為の都市。海が近いというだけで、それ以外にさしたる特徴は見えない。都会と呼ぶには少々物足りなさを感じるような場所だった。とはいえ、静かに、穏やかに暮らしていく分にはそこまで悪い場所である様には思えなかった。少なくとも海の方から吹いてくる風は心地よさが混じっている。空気も悪くない。或いは住み着けば気に入るような場所なのかもしれない。そんなことを考えながらポケットの中に手を伸ばす。
その中に突っ込んであるスマートフォンを取り出す。繋いでいるイヤホンのコードが揺れるのを視界の端で捉えながらスマートフォンのメモアプリを開き、そこに入力してある住所を確認する。それをグーグル先生のマップアプリと連動して、住所を入力する。再びスマートフォンをポケットの中に押し込む。
イヤホンの向こう側からはお気に入りのロックが聞こえる。少し古い曲だが、最新が常にベストであるとは限らない。80sのロックは今でもレジェンドと呼べるものがいくつもある。最新のよりは、そちらの方が好みであるという部分は確かにある。やっぱり、趣味が入っているかもしれない。そんなことを考えながら右手でイヤホンのコンソールに触れて音量を調整しつつ歩き出す。
向かうべき場所はスマートフォンがガイドしてくれる。電子音声によるナビゲーションは今の時代、そこまで珍しいものではない。目的地までXメートル、右折、左折、直進、そういう事を一つ一つ音声で指示してくれる。
流石にそのたびに音楽の音量がその時だけ下がるのがやや難点というか、どうにかすれば修正出来るのだろうがあいにくとそこまで機械関係に明るいわけじゃないし、設定のどこを弄ればいいのかわからない。その上で面倒だという部分もある為、もうそのままでいいやと放置している。不快さも付き合っていればそのうち慣れてしまう。不快である事が日常的になって忘れてしまう。
人間とは結構シンプルに出来ている生き物である。慣れてしまえば大体、どうとでもなる。
「……」
気持ちのいい風にアウターシャツが揺れる。空は晴れており、車の通りは先ほどのバスを除けばない。降りた場所が降りた場所だから住宅街の並びに人の気配を感じるが、全体的な雰囲気の良さは感じる。大都市と比べると騒々しさに対するちょっとした物足りなさは感じられるが、それでも静かに、そして平和な日常を暮らしてゆくのであれば、こういう場所も悪くはない。そういう雰囲気は感じられる場所だった。とはいえ、土地の値段はそれなりに高そうだ。
並び立っている家は庭が広かったり、三階建ての家や屋敷がそれとなく見えてくる。所謂高級住宅街という訳でもないのに、この規模の家なのだ。ステイツであれば家の一つ一つの大きさがステータスである為珍しくもないが、日本ではそれなりに珍しいものだとは聞いている。ここら辺、結構住宅地としては金がかかっている場所なのだろうと、勝手に考える。
実際にそうであるかどうか、なんてのは調べやしない。
面倒だし。
興味ないし。
そんなこともあり適当に暇つぶしに景色を眺めながらスマートフォンのナビに従い、道を歩く。子供の笑い声が聞こえた。
視線を声の方へと向ければ、其方には公園の姿が見える。まだまだ幼い子供たちが母親に見守られながら公園を走り回っている姿を見て、小さく息を零してから視線を外し、再び歩き出す。
『Another 200meters straight』
スマートフォンから200メートル直進とのナビゲーションがやってくる。知っている場所ならともかく、初めてやってくる国では流石にこのナビゲーションなしで歩き回るのは無謀だよなぁ、とこの国に来て、電車というシステムを利用して思った。余りにも交差しすぎていてとてもだがまともに歩き回れないと。都心の連中はそれでも毎日あの中を歩いているというのだ。
狂気としか表現できない。アイツら日常的にダンジョン攻略を挑んでいる冒険者か。
日本人という生物の狂気を感じ取っていると、やがて住宅街を抜けて海鳴の商店街へと到着する。そんなに規模の大きくない商店街はしかし、活気で溢れていた。まだ時間が昼前であるという事を含め、通りを歩いている人たちは昼食のための買い物をしているのが見える。どことなく、その中に混じっている外国人の比率が多めの様に見える。外国人街でもあるのだろうか?
『Navigation complete』
と、そんなくだらない事を考えている間にスマートフォンのナビゲーションが終了した。
足を止めながらスマートフォンをポケットから取り出しながらアプリを開いて現在位置を確認する。そしてもう一度メモに入力されている住所を確認し、今、自分がそこに立っていることを認識する。そうやってスマートフォンを片手に握ったまま、視線を自分の横へと向け、それからもう一度スマートフォンを確認し、顔を持ち上げた。
「Humph……」
小さく息を吐き出しながら空いている右手で頭を掻いてから自分が目的としていた右側の土地へと向け、正面を合わせた。
そこに広がっているのは空き地だった。
店と店の合間、そこに柵によって仕切られている土地があり、中では雑草が伸び放題となっている。その様子から数年はそのまま放置されているというのが見える。少なくとも数か月でこうなった訳じゃないのはこの空き地の荒れ具合から伝わってくる。つまり結構前からこの土地はこのまま、放置されているという事実だ。
「……困ったな」
スマートフォンを確認する限り、この荒れ地が間違いなく目的地だった筈なのだ。態々ステイツから海を越えてやってきた結果がこれだ。帰りの飛行機のチケットはないし、財布の中身も割かしヤバイ。こちらに到着したらしばらくは住み込みで働かせてもらい帰りの旅費を稼ぐつもりだったのだが、
「まさか目的地が潰れてるとかなぁ……解ったもんじゃないな」
親父がここに来たという話も数年前の話だから、ありえない話ではなかった。だがまさか、跡形もないとは思ってもいなかった。少しだけ困りながらどうしたもんか、と考える。肩に引っ掛けているショルダーバッグの中には親父の遺言に合わせて持って来たものが幾つか存在している。だから、高町士郎という人物に会わなければいけなかったのだが、これは困った。
「電話が通じなかった時点で察するべきだったかなぁ」
とはいえ、ここまでのこのこと出てきてしまった自分にも問題があるのだろうが。いや、律義とでも表現すべきことだろう。ともあれ、その律義さが原因で完全な徒労という結末へと至ってしまったが。
「困った、実に困った―――困ったなぁ」
空き地を眺めながらわざとらしく言葉を口にする。だがそれを察して助けようとするような人間は近寄ってこない。昼前でそれなりに人通りが多いのに、ここで全く知らんぷりして歩き去っていく姿は流石、日本人と評価したい。
「だが割と真面目に困ったな。この俺がどれだけイケメンでも無から有は生み出せないぞ」
つまり存在しない人と話をして、遺言を果たす事が出来ない。
冗談を抜きにして真面目に考えれば、恐らく数年前に引っ越したという辺りだろうか? となると周りの人に話を聞いてみれば良いだろう。特に昔からあった店であれば事情を知っているだろう。まぁ、困っている様子を放置するけど、
「流石に話しかければ答えてくれるだろう」
流石に話しかけて無視されるようなことはないと信じたい。その場合は……まぁ、素直に諦めるしかないだろう。とはいえ、出来る事ならなるべく諦めない様にしたい。少なくとも、海を渡ってまで苦労したのは親父の遺言を叶える為だ。それを出来るならこんな所で諦めたくはない。
故にさっさと行動に移す。近くの店へと視線を向けて、この空き地が見える位置にある八百屋を見つける。イヤホンを耳から抜いてポケットに押し込みながら音楽を消して、八百屋の前で売り込みをしている中年に話しかける為に近づけば、物凄い困ったような表情を浮かべられ、
「あ、あい・きゃんのっと、イングリッシュ」
「日本語で問題ないぜ」
「お、おぉ? 悪いな……困っているのは見えてたんだけど英語はなぁ……」
「まぁ、そんなもんだろ」
片手で軽く髪をかき上げる様に黒髪を後ろへと流す。ぶつぶつと一人で喋っていたのも悪いし。それはともあれ、本題にさっさと入る。空き地の方を指さしながら、
「たぶん【翠屋】って言うんだが、知らないか?」
「【翠屋】か」
中年はその言葉に腕を組みながら傾げ、はて、と声を零した。
「ここで30年商売しているけど、あそこはずっと空き地だった筈だぞ」
「―――んん?」
「What in the fucking hell is happening」
そんな言葉しか出て来なかった。
財布に残された最後の1000円札を使って購入した缶コーヒーを片手に、臨海公園のベンチに座る。海が良く見える公園だった。もう、財布の中に札が一枚も残されていない事実には流石にちょっとしたヤバさを感じていたが、それよりもショッキングなのは自分が遭遇した事態だった。
「存在しないってどういう事だよ……」
購入した缶コーヒーの中身を軽く飲みながら、聞いて回った話を纏めれば―――翠屋なんて店は存在してなかったと言われる。高町という一家も存在しない。商店街で聞き込みをした結果がそれだった。引っ越しだったり、事故で死んだとか、それだったらまだいい。だが話がまるで違っていた。
そもそも存在していない。
それが回答だった。
最初から存在しない一家を追いかけている事になった。何度、誰に聞いても最初からそんな場所はない、と答えられてしまう。そのホラー染みた状況は流石に精神的に参る―――という訳はないが、それでも歩き回って成果が存在しないという事実になると、首をかしげたくなってくる。
「Humph……出来の悪いホラー映画に紛れ込んだ気分だ」
スマートフォンを取り出してチェックする。一日中充電せずに使い続けた事もあって既にバッテリーは三割を切っている。とはいえ、音楽を聴いている以外にやる事も特にない為、節約するという概念はない。
スクリーンを親指でスライドとタッチで進め、画像フォルダから画像データを引っ張り出す。そこにはスキンヘッドの大男の姿が写されている。
「幽霊と友達にでもなったのか親父?」
唯一持ち込んできた親父の写真を見て、言葉をつぶやき、答えが返ってくる筈がないと解っているから、それをポケットの中に押し込む。空になった缶コーヒーの缶を軽く弾いてから蹴り―――それを近くのゴミ箱へとシュートを決める。
「ふぅー……さて、昼飯どうすっかなぁ」
財布に残された資金は僅か。昼飯を食ったとして、晩飯を食えるだけの金は残るのだろうか? その前に寝る場所も確保しなければならない。まぁ、その気になれば数日ぐらい野宿するぐらいのバイタリティはあるが、なるべく取りたくはない手段だ。警察に見つかった場合、そのまま強制送還ルートへと放り込まれそうで怖いからだ。とはいえ、目的の人物に会えないのであれば、日本に残っているだけ意味もない。
「帰るにしてもチケットをどうすっかなぁ……」
チケットの代金はこっちで稼ぐことをアテにしていたのも問題だ。ちょっとばかし、無茶をしすぎただろうか? 元カノから金でも借りて来れば良かったかもしれない。今からでも遅くはない、電話を入れれば、
と思ったが、此方からフッておいて、困ったら頼るのは恥ずかしいにもほどがある。流石に止めておこう。だが本当に困ったら場合は頼る事として、選択肢に入れておく。とはいえ、可能ならなるべく現地調達で済ませたいのが事実だ。
「はぁー……」
酒が飲みたい。まさかこんな形で予定が狂うとは想定していなかった。
「翠屋と高町家……wonder where it disappeared?」
親父の遺言も後はこれでラストだ。海外だからと、最後に回していたらこれだ。一番最初に、まだ金があるうちに全部片づけておくべきだったと後悔する。とはいえ、それを嘆いた所でどうしようもない。とりあえず今あるお金で昼食を食べて、お腹をいっぱいにしたらそれで何か、アイデアが降ってくる事に祈るとしよう。
「さて―――」
「Excuse me」
そう呼ばれた事に振り返ったのは、日本語ではなく母国語―――英語を向けられたからだった。ぶっちゃけ日本語で話しかけられたら、英語で対応して逃げる程度には憂鬱だった。だがその選択肢を潰されたのであれば、対応するのも仕方がない。
「今、翠屋って言いましたよね」
が、その言葉で一気に興味が出てきた。振り返りながら見たのは、まだ恐らくは中学生頃の茶髪の少女の姿だった。眼鏡を装着し、そして手に握っているビニール袋を見る限りは、恐らくは買い物の帰りなのだろう。英語に続く言葉に、日本語を出した少女はおっと、と声を漏らした。
「英語の方がいいですか?」
「どっちも出来るから好きな方で良いぜ」
「それは良かった。なんだかんだで日本語に慣れてしまいましたからね。こちらの方が話しやすいですから」
少し恥ずかしそうに、早口に言葉を続けた。その姿が可愛く思えた。とはいえ、まだ数年口説くには若いなぁ、とは言うしかない。惜しい。実に惜しい。まぁ、それはともあれ、彼女が翠屋という名前を口にしてくれたのが重要だ。
「もしかして知っているのか、翠屋がどこにあるかって」
「えぇ、正確には知っていたという言葉が正しいのですが。一応高町一家とも面識があります」
その言葉に息を吐いた。
「そうか、存在してたのか……良かった。誰に話を聞いても昔からいないって言われるもんだから俺だけ異世界に迷い込んだのかと思ったよ」
だが安心した。これで何とか親父の最後の遺言を果たすことができそうだった。そうなればあとは金を溜めてこの島国から何とか出て行くだけだ。小さく拳を握りながらよし、と呟きつつそれで、と話を続ける事にする。
「で、なるべく早く会いたいから出来るなら知っていることを教えてもらえたら嬉しいんだけどー……」
「そうですね―――」
言葉を紡ぎながら、視線は少女の手元、買い物袋へと向けられている。少女も同じように持っている袋を思い出し、少女がそれを見てから視線を此方へと返してくる。
「流石に長い話になるので、ウチに来ませんか?」
「そりゃあいい、ゆっくり話せるほうが良いからな」
片手をそれに合わせて差し出される。
「シュテル―――シュテル・スタークスです」
それに応える様に片手を差し出して握手を交わす。
「ノアだ」
「……ここに住んでいるの?」
「えぇ。ホームステイ先ですが」
シュテルに連れられて歩いてきたのは隣町だった。バスに一度乗って向かった隣町である暁町、その中でもひときわ目立つ建築物があった。広大な敷地に大きな建物の姿は決して屋敷と呼べるような形状ではなく、寧ろ表現としては家や店ではなく、
研究所という言葉が正しかった。
実際、敷地に入ってすぐの所に【□□□□研究所】と書かれている看板が存在していた。何故、最初の四文字がまるで消されたかのように存在していないのかは不明だが。それでも迷う事無くIDで敷地内から研究所裏手の居住区域に入れた辺り、普通にここに住んでいる子であるというのが解る。とんでもない子だったかもしれないな、何て事を考えながらついて行き、
シュテルと共に入った所で、シュテルが口を開けた。
「王、レヴィ、ただいま戻りました」
「王……」
だが考えてみればキングという名前も珍しくはないし、王という名前の人物もいるのだろう。そう思いながらシュテルに従って家に上がる前に靴を脱ごうとしていると、奥の方から走って出て来る姿が見えた。こちらも年ごろはシュテルと似たようなものだが、珍しい水色の髪にツインテールという恰好の少女で、玄関まで走ってくるとそこでいったん足を止め、お、と声を零した。
視線はシュテルから此方へと向けられ、そして再びシュテルへと向けられる。
「シュテるんが男を連れてきた……!」
「おい」
「王様―――! シュテるんが悪そうな男を連れてきた―――!!」
「レヴィ、待ちなさい。おい、待ちなさいおい」
レヴィと呼ばれた少女はその言動をガン無視し、そのまま奥へとダッシュする。それを追いかける様にシュテルが靴を脱ぎ終わったら走って追いかけ、奥の方へと消えていった。子供はバイタリティで溢れていていいなぁ、ともう少しだけ若かったころを思い出し、話し合う時間を与える為にゆっくりと靴を脱いでから上がり、廊下を抜けて、シュテルとレヴィの消えた方へと足を進める。先へと進んで行けば、少女たちの話し声が聞こえて来る。
「だからそういうのではありませんってば!」
「えー、でもほら、シュテるんも最近は恋愛小説とか読んでるし」
「何で知っているんですかそれを!?」
「え、漁った」
「貴様は勝手に人の部屋を漁るな……全く。それよりも高町家を認識できるというのは……?」
少しだけ騒がしいが、早口で何かを語り合った後は少し大人しくなり、此方が歩いてリビングにやってくるのを見ると、落ち着きを取り戻していた。それを見てシュテルはこほん、と軽く咳ばらいをして平静を取り戻そうとしていた。その様子を微笑ましく思いながら、レヴィの他に増えたエプロンを着ている、白髪に毛先が黒くグラデーション的に変色している少女の姿を見た。レヴィ、シュテル、そしてこの少女揃って美少女ばかりとは中々に羨ましい環境だが、
「大人はいないのか? それとも仕事か?」
「大人は居らん。ここは我らだけで預かっている」
大人と呼べそうな奴がいない事に軽く言葉を零せば、そんな返答がエプロンの少女から帰ってきた。大人が居らず、この研究所を子供だけで預かっているという状況は、余りにもおかしすぎる状況であり、冗談にしか聞こえなかった。まぁ、実際、今は仕事に出ているという事なのだろうと解釈しておく。
……どことなく、面倒の気配を感じた。
「あー……取り合えず、翠屋と高町の話を教えてくれないか? 終わったらすぐに出ていくから、えーと、ミス?」
「我の事はディアーチェで結構だ。年下だしな」
「レヴィだから宜しくね」
「お、おう……?」
偉く好意的で少し気後れする。あまりに都合が良すぎたり、優しかったりすると後でロクな事にならないというのが自分の経験則だ。つまり、この優しさには裏がある。それはまず、間違いがない。人の善意程怪しいものはないからだ。故に見知らぬ男に対して何かを求めているというのは解るものの、
「―――ランチセットはサービスについてくるか?」
「……」
言葉をそう返せば呆れたような視線を向けられるも、ディアーチェは小さく笑い声を零しながら答えた。
「豪胆な男だな。昼の余りが幾つかあるからそれを出そう」
ディアーチェが作ったらしき昼の残り―――つまりはスパゲティ・ジェノベーゼのソースの余りだったらしく、ササっと慣れた手つきでパスタをゆで始めた時には驚いた。そこまでの手間を求めていたつもりではないが、二人分のパスタを茹でると自分の分だけではなくレヴィの分も作り、いつの間にか水色の髪の少女が自分の分のパスタを平らげていた。
そうやってランチをごちそうになって腹を満たしても、誰かが帰ってくるという事はなかった。
研究所に人の気配はなく、出入りしている様子は見えなかった。
どうやら、本当に大人は居らず、ここにいる三人の娘しか今、この研究所には居なかったようだ。もうその時点で怪しさ全開だった。だが存在するはずなのに存在しなかった翠屋と高町家の話を聞き出す上では、ここ以外にヒントが存在しないのも事実だった。
どことない嫌な予感と居心地の悪さを感じながらリビングのソファに座り、正面に並ぶ様に座った三人娘と相対していた。
「So」
言葉を置き、三人娘に話しかける。
「美味しいランチをありがとう。それはそれとして本題に入ってもいいか?」
「どういたしまして。まさかおかわりを要求されるとは思いませんでしたけど」
「美味しかったからな」
味に罪はない。そして味への評価はシンプルな言葉で評価、表現できる。
そう、カロリーだ。それはともあれ、本題だ、本題。早い所、どこに高町一家が消えたのかを知りたいのだ。だからそれを教えて欲しいという意味を込めて視線を向ければ、
三人娘たちが互いに視線を向け合った。
「どうしますか王」
「どうする王様」
「いや、我に頼られても……。そもそも完全な一般人にどう説明するのだこれ? 流石にそういう経験、我にもないぞ」
「言うだけ言っちゃえばいいんじゃない?」
「信じなければ実演して、信じればそのまま話を続けるというのはどうでしょうか?」
「採用で」
「では―――誰が話を切り出しますか?」
「シュテるん」
「シュテルで」
「王にお任せしますよ」
「でもレヴィの方が切り出しやすそうだな」
「シュテるんが連れてきたからシュテるんの責任で」
「……」
三人娘が同時に黙り込み、無言で拳を構えてからじゃんけんを始める。何度目かのあいこを繰り返してから最後に残ったのは―――シュテルだった。全敗した少女は溜息を吐きながら此方へと改めて向き直る。そこで数回、深呼吸を繰り返してから、意を決すように視線を合わせ、
メガネの端を軽くポーズを決める様に持ち上げながら、
「―――Do you believe in magic?」
「Magic」
「Yes, magic」
「……」
「……」
素っ頓狂な事を言い出し始めたシュテルを前に、腕を組んで、首を傾げ、再び聞き返す。
「Magic?」
「Yes」
「Hmm……」
―――どうしよう、これ。
だけどその発言を前に同時に成程、と納得した。目の前の少女たちは大体、年齢が14歳ぐらいの様に思える。つまりは中学生で、思春期で、そういう要素に対してあこがれを抱いたり、幻想を抱いたりする年ごろでもある。そうなると自分の発言に、設定みたいな部分が引っかかってしまったのだろうか?
「あ、物凄い優しい目をしてる」
「完全に勘違いされているな、これは」
「だから嫌だったんですよ切り出すの……」
「まあ、まあ、まあ」
両手を突き出しながら落ち着け、とシュテルにジェスチャーを向けてから、
「そうか……君たちがインフィニティストーンの守護者だったのか……」
「Dr,ストレンジじゃないですから」
「でも
「それはそうですけど」
「で、俺もアヴェンジャーズに誘われるのかトニー」
「いや、確かにスタークとスタークスですけど、違いますからね? レヴィも王も成程って顔をしないでください」
違っていたらしい。もうちょっとノリがいいものだと思っていたが、こっちの設定では納得がいかないらしい。とはいえ困った。あまり日本のアニメーションには詳しくはない。マーベル関係も映画系列のをちょくちょく挟んでいる程度で、そこまで詳しいという訳ではない。これでダメとなると、もう少しファンタジーなタイプを求めているのだろうか?
首を傾げ、どう対応してあげるべきかを考える。
「あぁ、やっぱり言葉では伝わりませんよね……」
「まぁ、解っていたことだな」
「いやいや、解る。解るさ。何、俺も前世は魔法使いだったからな」
「その微妙な優しさが辛い」
昼飯をごちそうになったのだから、ちょっとした茶番ぐらいなら付き合う程度の寛容さはある。まぁ、相手はまだ子供なのだし、ここで本気で対応しても大人げない、という奴だ。ヒントが途切れた事に関しては少々残念ではあるものの、昼食代が浮いたと考えればそれはそれでよし。
「仕方があるまい―――レヴィ、ちょっと驚かせ」
「はーい! あ、僕手加減とか苦手だからごめんね!」
そんな事を考えているとテーブルを飛び越えて、レヴィが接近してきた。どうやら遊ぶ気満々らしい。仕方がないなぁ、と思いながら対応を考えていると、
「そりゃ!」
そんな掛け声とともに、
片手で体を持ち上げられた。
「―――ん?」
一瞬、その事実に思考が固まる。レヴィと呼ばれる少女は、片手でソファに座っている此方の尻の下に滑り込ませると、そのまま片手で此方の体を持ち上げたのだ。そこにはワイヤーも、トリックもない。完全に成人男性の肉体を、少女が片腕で支えていたのだ。しかも苦しそうにではなく、明らかな余裕を見せて。その状態を数秒維持してから、
「えいやっ」
「んん? ……んんん??」
体が放り上げられた。座った姿勢のまま放り上げられ、それを飛び越える様に飛び上がり、
「もうそれぐらいで良かろう」
「はーい」
そう言うとレヴィが両手を解放してきた。それに従い自然と体は落ちて、不格好な状態でソファに衝突する様に着地する。半分ソファから転げ落ちているような姿勢で着地し、ポーズをそこから変える事無く頭上を見上げた。
そこにはレヴィがスカートをひっくり返した状態でパンツを丸出しにしたまま、天井を足場に立っている姿が見えた。色気のかけらもない景色だが、そんな事実よりも今の自分の経験の方がはるかにショッキングだった。上を見上げ、視線を地上へと戻し、見下ろす様に対面側のソファに座っている少女たちを見る。
「Magic」
「Yes, magic」
オーケイ、オーケイ、と言葉を零す。
「実はジェノベーゼの材料が全部マリファナだったとかない? ほら、最近流行ってるし」
「ここ、アメリカではないので」
「だよな……だよな?」
もう一度天井を見上げ、ダブルピースを向けている少女の姿を見てから、シュテルとディアーチェへと視線を戻す。
「Ok……特別にだけどこれは信じてもいいかもしれない」
その言動にディアーチェとシュテルが視線を見合わせ、小さく笑った。
原稿の息抜きに執筆って概念はもう訳が分からないな。
マテ子勢は何時かリベンジしたかったんだよなー。