「―――フォーミュラは」
グランツ研究所。
この研究所本来の名前。
その中央部分、本来の研究施設が存在する棟へとやってきていた。施設を把握しているようで、ユーリの歩みに淀みはなく、迷いのない先導で研究所の中を進めている。ユーリの後を追いながら、その話に耳を傾ける。
「ここではない別次元の世界、エルトリアで生まれた技術です。もとは環境調整、テラフォーミング用の技術でしたが……それを武装に転用する事で生まれた、
「魔法じゃない技術」
「はい」
研究所内部は掃除だけはされているのか、綺麗に保たれていた。まるで昨日まで利用されていたかのように。扉のロックをIDカードで突破しながら扉を抜けて、どんどん研究所の一般エリアから裏側のスタッフ用のエリアへと進んでゆき、セキュリティに引っかかる事もなく、研究室へと入る。誰かの研究室らしき部屋に入ると、部屋の横に置かれているロック付きのチェストをユーリが見つけ、近づく。
「グランツ、エレノア……すみません、使わせて貰います」
そう言うとユーリが近づき、IDカードを使ってチェストを開いた。カシュ、と小さな音を立ててからロックが解除され、機械式のチェストの中身が露わになる。そこに安置されているのは赤と黒の二色のメダルの様な機械、そして一本のデバイスの様な道具だった。その二つが保護されるようにチェストの中、スペースを大きく取って安置されていた。
「良かった……ありました」
「So,それが……?」
「はい、ヴァリアントユニット、そしてフォーミュラです」
チェストから二つを回収したユーリが、それを両手の上に浮かばせる。二つのアイテムがユーリの前で浮かび上がりながら、ゆっくりと此方へと向かって漂ってくる。それに手を伸ばし、取ってみる。ヴァリアントユニットと呼ばれたそれは、どことなくシュテルやレヴィ達が握っていたデバイスと呼ばれる演算補助具に似た意図を感じる。ただし根本的なデザインはまるで違い、此方は実に機械的なものであった。そしてもう一つ、このフォーミュラと呼ばれたものは、キャップが付けられており、
それを指で弾いてみれば、無針の注射器を思わせるトップを見せていた。握って初めて解るが、何かでこの道具の内部は満たされている。
「ヴァリアントユニットはミッド式やベルカ式で言うデバイスに当たりますが―――これはそのコアユニットに当たります。これ自体ではほとんど力はありません。本体とも呼べる部分はフォーミュラの方に存在します。フォーミュラと合わせ、漸くコアユニットはその力を発揮できるんです」
「こいつがか」
目の前まで持ち上げ、それを軽く眺める。いまいち、正体が掴めない。
「結局、こいつはなんなんだ?」
「
「……ん??」
「いえ、だからナノマシンです。必要な情報などは今遠隔操作で大体入力を込めました。あとは、こう、ぶしゅっと体に差し込めば準備完了の筈です」
ユーリを見て、手の中にある恐らくはナノマシンが詰まっているアンプルを見て、ユーリをもう一度見てから手元を見る。
「Serious?」
「はい。管理局側ではまだ手を出せていない技術ですが、グランツ博士達の世界では実用範囲に入っている技術だったんですよ、ナノマシンは」
「I thought I became Dr.Strange, but the truth seemed like I was going to become Ironman……」
「ストレンジ? アイアンマン……?」
「あぁ、うん。今のは俺が悪い」
流石に女の子は知らないよなぁ、と反省する。反省しつつ、フォーミュラの入ったアンプルを首に充てる。軽く指を滑らせれば、ボタンを発見する。恐らくはここを押せばフォーミュラを体内に注入できるのだろう。準備を完了した所で、ユーリの言葉が続く。
「フォーミュラは体内に普段は格納されるナノマシンという形になります。活動する事で物質を変換したり、エネルギーを変換、変質させる事で自由に振るうことを可能とします。ですが、それを扱う為にはかなりの精神力と体力、それに肉体を要求―――あっ」
ユーリが言葉を終える前にボタンを押し込み、アンプルの中身が首筋から体内へと侵入した。首にチクっとした感触が走り、即座に体の中に熱が溶け込んだ。直後、体内を熱が駆け巡る。
「するから慎重にって言いたかったんですけど!!」
「なぁに―――俺は天才だ。そして凄い。だから余裕だ」
軽く親指で赤黒のヴァリアントユニットを弾いてから落ちてくるそれを片手で掴んだ。笑みとサムズアップをユーリに見せるが、体内を一瞬で駆け巡るナノマシンの気持ち悪さを感じていた。そしてそれが体内をめぐるのと同時に、自分の体に適応し、最適化しようと少しずつ稼働し始めるのも感じていた。リンカーコアにも触れているのか、リンカーコアをぐちゃぐちゃにかき乱されているような吐き気を覚えた。心臓が破裂しそうだ。脳が焼け落ちそうだ。目玉が今にも飛び出そうだ。
だがそのすべてを精神力で捻じ伏せた。
あの子達はもっと、怖い目にあった。もっと、辛い目にあった―――なら、大人である俺が文句を言うのはおかしい。
目の前の少女に対して、絶対的な安心感を与える為に、自分のコンディションを殺して、平常運転である事を装う。それをユーリは驚愕の視線で見てくる。
「本当に、何ともないんですか? フォーミュラは地球人やミッド人よりも遥かに頑丈で優れているエルトリアの人間の為に作られたシステムです。地球人が使ってもまるで平気だなんて……」
「ま、俺は凄いからな」
「……」
ユーリがじっと此方へと視線を向けて来る。悟られない様にヴァリアントユニットで遊んでいる。しばらく此方を無言で見つめていたユーリはでは話を続けます、と信じたのか、言葉を続けてくる。
「フォーミュラとコアユニットの使い方に関しては、フォーミュラが稼働状態に入れば自然と使い方が解る筈です。……私が使ったことないから説明できないというのが正しいんですけど」
「そこは俺がどうにかする。それよりも……」
はい、とユーリが応える。
「―――ディアーチェ達を取り戻す方法ですね」
本題はここからだ。こんな物騒なものをユーリは渡して来たのだ。つまりはそれだけ危険度の高い事をしなくてはならないという事なのだろう。ヴァリアントユニット、そのコアユニットを握りながら体内をめぐるフォーミュラの気持ち悪さを抑え込んでユーリに続きを促す。
「ですがこの手段は一方通行です。一度、休むために戻るなんて事は出来ません。準備があるのなら先に済ませた方がいいですけど……?」
「問題ない。さっきバイク盗んで爆走してきたから寧ろ早く助けに行きたい」
「何やってるんですか……?」
バイクもあの後で壁に衝突させるように飛び降りたので、今頃廃車確定の状態になっているだろうなぁ、というのは容易に想像できた。まぁ、そのおかげでレヴィとディアーチェの姿と声は聞こえたのだからよし、としよう。
助けて。
そう求められた。
なら、それに応えない理由はない。
「さっさと終わらせよう。そして終わらせたら映画観賞会だ。話していてネタが通じないのは寂しいからな」
「いえ、それはいいんですが……本当に、大丈夫なんですか」
ユーリの言葉に無言のまま、サムズアップを向けて応える。今も全身が悲鳴を上げている状態だが、それを押し殺して平気であるのを平静な姿でアピールする。少なくとも、表情や動きに見せない限りは一切問題はない。そういう我慢であれば、慣れている。
何より子供を不安がらせるような事は絶対に出来ない。
そういう、男の矜持というものがある。
だからサムズアップと笑顔で押し切る。それを受けてユーリは若干、怪しむ様に首をかしげてから研究室の外を目指す。
「こっちです」
「おう」
「話を続けますが……ディアーチェ達を助ける方法です」
その言葉に頷きながら後を追う。研究室を出た所でスタッフ用通路に出て、そこから更に表側の一般通路に出る。そうやって向かう先は、今は主のいないグランツ研究所の中央部分に思えた。
「正確に言えば、詳しい事は解っていないんです」
「Hmm?」
「時間軸が乱れて、その影響によって魔法文明が消え去ったという事しか。恐らくはその乱れた時間に
「それは……可能なのか?」
「理論だけなら」
「Oh……」
研究所の中央にやってきた。そこには広いスペースが存在し、大きな機械と席が大量に、他にも近未来的な道具が多く設置されている。そのうちの一つにユーリが接近し、片手を伸ばす。そのままコンタクトを取ると一瞬、ユーリの瞳に大量の文字や数式が浮かび上がったように思えた。次の瞬間、機械は稼働する様に開き、その中に入れるようになっていた。
ユーリが振り返って、此方を見る。
「
「……ん?」
「つまり時間はAからBへと流れる様にできています。ですがAとBが繋がっているわけではありません。AからBが生まれるのです。だから時間はAからBへと流れる様にできています。これが時間の連続性です。流れによって時間が連続する様に構築されているのです。ですが、時間という概念そのものには紐づけがありません。だから次元世界を跳躍した時、時間のブレ等が発生して跳躍から時間の前後が発生します。魔法技術等によってこのブレを抑える事は出来ますけど―――」
「……???」
「……あ、はい。この中に入って頂けると目的地へと私が送れます」
「成程。それなら解った」
「あ、あはは……」
コアユニットを手の中で軽く握ってからそれをポケットの中に押し込む。ユーリが横に退くのでまっすぐ、正面、カプセルの様な機械の中へと向かって、その縁を掴んで中を覗き込みながら確認してみる。
「元々は……VR用の機械なんだっけ?」
「グランツが子供用に作ったVRシミュレーターですね。グランツが消えた後は、私が使えるようにするために大きく改造を施しましたけど……」
へぇ、と呟く。カプセルの中を確認すると座る為の椅子や、何やらカードをセットできるような部分を見つける。とはいえ、ユーリが今回はそれを使わないというのを教えてくれる。
「ではそこに座ってください。送り出す準備をしますので」
「……あぁ」
ユーリの言葉に従い、カプセル内部の椅子に座る。カプセルの扉が閉まり、狭い空間に取り残される。その向こう側で、ユーリがホロウィンドウを片手を振るう様に複数出現させ、
「くぅ……っ」
手を伸ばす。それに合わせ、大地から赤い結晶が生え始める。それがユーリの足元からカプセルへと繋がり、どくん、と命が脈打つ感触を一瞬だけ感じる。だが次の瞬間には魔力の光がカプセルを侵食し、そしてそれが連鎖する様に研究所全体に魔力の光が満ち始める。同時に赤い結晶がユーリから伸びる。
研究所を侵食する様に這う赤い結晶がそのまま研究所全体と連動する様に魔力の供給を開始し、電力以上のエネルギーとして限界を超えた稼働を行い始める。そう、限界を超えた稼働。異音を響かせながら稼働する機械群を見れば、当然ながら理解できてしまう。
「おい、待て―――開かなっ」
「すみません……託すようで、任せるようで本当にごめんなさい……」
気づけばカプセルの扉を赤い結晶が覆っていた。拳を叩き込むが、割れる気配もなく、揺るぎもせずに、空間に魔力が満たされてゆく。そして徐々に視界が光によって塗り潰されていく。
「貴方の優しさに付け込む様なやり方を許してください。何もできない私を、出会ったしまったばかりに背負わせてしまった事を……ごめんなさい……ごめんなさい……それでも、それでも―――」
「Fuck……!」
扉の向こう側で少女が泣きながら謝っている。扉を蹴り破ろうと力を籠めるも、まるでびくともしない。そして体から感覚が消え失せていく。視界の全てが白く染まり、
意識が―――溶けていく。
―――一番最初に自覚したのは熱の感触だった。
「……っ」
意識が溶けた。その感覚を受けた直後に目を覚ます―――というのは、主観からの感覚であった。自分が本当はどれだけ眠っていたか、倒れていたか、或いは落とされたのか、跳んだのか。それは解らなかった。だが一番最初に感じたのは熱だった。熱い。そうとさえ表現できる熱だった。そして同時にフォーミュラが体内を駆け巡る気持ち悪さ。その痛み、それによって一瞬で意識が覚醒させられた。
「あぁ、クソ……頭がガンガンする……」
ゆっくりと目を開きながら両手で大地につけば、自分の周りの大地が陥没している事実に―――自分を中心にクレーターが出来上がっている事実を確認できた。道理で全身が痛いわけだ。
「けほっ、けほっ」
痛みを無視して起き上がれば、すぐ近くで炎が燃えているのが見えた。近くにある木々は枯れて折れており、破壊の痕跡が見られる。そのほかにも破壊されたベンチや踏み潰された花壇、明らかに戦闘を行った―――しかも普通に戦ったのではなく、まるで戦争をしたような様子に、言葉を失う。
だが体を起き上がらせて、周囲へと視線を向ければ、ここが地形的に海鳴の丘の上である事に気づかされ、
そこから海鳴の全景を一望する事が出来た。
「What in the fucking hell is happening……?」
そこから一望する景色を前に、自分の正気を疑うしかなかった。
ビルは崩れ、道路は崩壊し、あちらこちらが炎上していた。まるで戦争に巻き込まれ、今も続いているような様子を海鳴の街は見せていた。だがそれだけではなく、まるで巨大な船の様な建造物が都心の方に叩きつけられており、質の悪いSF映画にでも迷い込んでしまったのかと思わんばかりの景色がここから見えた。
「……」
とはいえ、シュテル、レヴィ、ディアーチェ……そして、恐らくはユーリも。あの四人の娘を助ける為には、ここで何らかの問題を解決しなくてはならない。そしてあの四人が生きていることが不思議ではない未来へと繋げる必要があるのだ。
ポケットからコアユニットを取り出し、それを見てからポケットの中に突っ込もうとすると、
「ぴよっ!」
「うぉっ、いつの間にお前紛れ込んでいたんだ……」
「ぴぃよぴぃよ」
「まぁ、心強いけどな……」
羽織っているパーカーのフードから突然飛び出してきたひよこの存在を受けとめて頭の上に乗せつつ、歩き出した。
―――消えてしまう少女たちの未来を変える為に。
という訳でファーストステージ、無印なのはだよ。
アースラが既に墜落してたり海鳴全体が戦場になってるけど誤差だよね。