Melting
丘から歩き出して十分。
たったそれだけでここが自分の知っている海鳴でありながら、違う場所である事を理解させられた。海鳴という都市でありながら、自分の知らない大量の破壊の痕跡があちらこちらに見える。だが、同時に見覚えのある建造物が多く、少なくとも送り込まれた場所は比較的近年である事がそれで窺えた。これだけの破壊が平然と巻き起こる、そんな戦いが過去に発生していたのだ。
日本という国は凄い。いや、そうじゃない。この海鳴がおかしい。
「なんつーか……どうしたもんだ」
丘を下りて海鳴の住宅街に差し掛かった所で、横転した車や半壊した家屋を大量に目撃する。ただ、それだけではなく人の気配が全く存在しない事に違和感を感じる。どこかに避難しているのだろうか? 或いは皆殺しにされた……とは、考えたくはなかった。少なくとも血の跡はあんまり目撃していないので、殺されたわけではないと思う。色々と判断するには情報が、そして何よりも知識が不足している。
「困ったなひよこ」
「ぴよ」
何をどう判断すればいいのかが解らない。そう、それが問題だ。
「正せって言われても、
そう、そこが一番の問題だ。焦るあまり自分がここで何をすればいいのか、というのを全く聞かなかったのだ。もうちょっと落ち着いて、冷静でいれば何をすればいいのか聞いたりしたのだろう。だがそれとは別に、焦っていたのも気が動転していたのも事実だ。そのせいで全く、何をすればいいのかが解らない。
とりあえず、今の海鳴のおかしいと思える姿を見つけて、正せばいいのだろうか?
「タイムスリップか……武器にタイムマシン、まるでケーブルだな」
となるとこの海鳴でデッドプールにでも出会えるのだろうか? それはちょっと嫌だなぁ、とは思わなくもない。
そんな事を考えながらとりあえず意味もなく歩き回るのをやめて、近くの瓦礫に腰掛ける。意味もなく歩き回った所で解決策が出てくるわけではないだろうし。先ほどからずっと頭がずきずきし続けている。その痛みを堪える様に片手で頭を抑えつつ、もう片手でポケットからコアユニットを取り出す。ユーリの説明によれば、これを体内のフォーミュラと合わせる事によってヴァリアントユニットという武装として運用できるようになるらしい。
だが今の所、フォーミュラやコアユニットが反応する様な様子は見えない。まだフォーミュラを適用した直後だから、だろうか? どちらにせよ、武器が使えないのであればこの体とポンコツ魔法でどうにかしなくてはならないだろう。そう考えるとやや気が重くなる。情報がない、武器もない、その状況でどうやってあの娘たちを救えばいいのだろうか? いや、そこは飛び出してきた俺が悪いのだが。
……だが、ユーリの様子を見ていると、準備した所でユーリが耐えきれたかどうかという問題もあった。彼女も彼女でどことなく、無理をしている様に思えた。
結局の所、何が最善だったかなんて言葉は全てが終わった後じゃないと判断もつかない。そう考えると自分に出来ることは今、出来る事を判断しながら進む事だけだろう。ならばさっくりと考える。
目標はシュテル達三人娘とユーリの生きていられる未来。
自分が知っている未来との差異はこの崩壊している海鳴の様子。間違いなくこんな事件、ニュースにもなっていなかった。つまり、これがこの街、場所、歴史における間違いであり異物。これを何とかすればいいのだろうと判断する。その結果、どうすればシュテル達の生存に繋がる?
シュテル達がこの事件に巻き込まれている? それとも、シュテル達の存続に関して重要な人物が事件に巻き込まれて消えている? 生まれた、という事実が消えれば確かに姿も消えるだろうと思う。ならこの海鳴で一番、
「……戦艦か」
丘の上から見た、都心に墜落していた戦艦。船の様な建造物。思い返せば主砲や副砲等の武装がくっついていたようにも思える。あんなもの、明らかに今の人類にとってはオーバーテクノロジーだ。何かがあるに違いない。場合によっては原因かもしれない。
「なら行くのが一番早いか」
「ぴよ! ぴよっ!」
頭の上でひよこがぴよぴよと跳ねている。その鳴き声を聞きながらなんだ、お前も随分やる気じゃないか、と笑おうとしたところで、
凄まじい轟音と質量が熱風を伴いながら落ちてきた。
「―――」
立ち上がった直後にやってきた衝撃に吹き飛ばされそうになるのを両手でガードする様に両足で大地を踏みしめ、堪える。突風が消えるまで数秒かかるも、それが終わってからゆっくりと手を退けて視線を持ち上げれば、
たった20メートル先の距離に、見た事のない鋼の存在がいた。
それは全身が黄金に彩られた鋼の化身だった。片手に鉄色の盾を装着し、もう片手に剣を装着している。問題なのはそれが明らかに人間的な造形をしておりながら、一切の呼吸などを行っていない、無人の鋼―――即ち、ロボットの一種であるのが見れば解るという点にあった。
なにせ、そのサイズはまずありえない。
此方へと向かって踏み出してきていた。
一歩、それで1メートルという距離を踏破しながら剣を振り上げて接近してくる。その意図は明確だった。
「Hey! Stop! I said stop!」
此方から近づいてやって、中指を突き立てながら止まれと宣告した。その挙動に鋼の騎士が踏み込みながら目の前で大地を踏み潰し、
ギリギリのところで剣を持ち上げたまま、動きを停止させた。見下ろしながら、此方の言葉を待つように立っている姿に、
「Hey, what are you thinking? お前さぁ、俺を見て解らない? あぁ?」
両手を広げて騎士の前で一回転する。それを鋼の騎士が眺め、
そして軽く首を傾げた。
「そうだよ!! 丸腰だよ!」
「……」
「お前、ここ! ここだよ!」
自分の頭を指さしながらつんつん、と軽くタップする。地味に頭痛が響いて痛いのだが、煽ることに集中する為、痛みを忘れておく。鋼の騎士から困惑したような気配を感じる。AIだろうか? それとも向こう側に人が居るのだろうか? どちらにしろ、この掴みで足止めできたのなら問題ない。つまり、最低限話は通じるという事実がここに確認できた。
「お前、丸腰の人間を相手に武器を抜くなんて恥ずかしくないのか! Shame on you! Shame on you!」
指さしながら罵倒する。それを受けてロボットが僅かにたじろぐのを感じる。これはそのまま言葉だけで押し通せるのでは? と、一瞬だけ考えた。
だが直後、ピピピ、と音が鳴った。その単眼のカメラアイが此方へと向けられ、ポケットの中にある筈のコアユニット、そして此方へと視線を向けた。振り上げられた剣に力が入るのが見える。無力な一般人カウントは無理だったらしい。
「……Shit」
振り下ろされる剣を横へと転がって回避する。直ぐ横に振り降ろされた剣が大地を割りながら、道路に突き刺さった。こんなものが体に当たれば、一撃死んでしまう。その事に軽い恐怖を覚えながら、そのまま盾で殴りつけて来る姿に向かって飛び込み、
スライディングで足の間を縫って後ろ側へと抜ける。
「
近くに切れた電線のケーブルが見える。瞬間契約による召喚と送還で一瞬でそれをロボットの首筋へと瞬間的に出現させる。
電流の流れている電線がコンタクトし、一瞬で鋼がスパークし始める。
「How do you like that! Haha!」
指をスナップさせながら拳を作り、スパークする騎士から離れる様に後ろ向きに歩く。数歩離れた所で勝利のダンスでも踊ってやろうかと考えたが、機械的な見た目に反して、どうやら電気には強いらしく、
スパークした状態のまま、ゆっくりと振り返って来た。
「Holy shit」
魔力を即座に体に漲らせる。微々たる力ではあるものの、あるとなしではまるで違う。そして即座に走り出す。振り返る事無くスタートダッシュを決めれば、背後で轟音と共に剣が振り抜かれる音がした。背中切られてないよな? と半分不安に思いながら瓦礫を足場に跳躍して、
一気に崩壊している住宅街を駆け抜け始める。
その背後を家屋を粉砕しながらロボットの騎士が追いかけて来る。振り返る事もなく、粉砕する音が響き続けているのだから、そんなものは当然解る。そして振り返る余裕なんてない。
「ぴよ! ぴよぴよ!! ぴよ!! ぴよォ!」
「髪の毛を引っ張るなこいつ!! 解ってる!! 解ってるよクソが!! 電気通じないならお前も無能だってことを忘れるなよ!」
「ぴよぉ……」
パルクールを昔習っていて良かった、と思いながら足場となる瓦礫や壁を連続で蹴りながら、速度を殺すことなく移動し続ける。心臓が破裂しそうな程にバクバクと胸打って鼓動が痛いほどに耳に響いてくる。足を一瞬で止めたらその瞬間に後ろのロボットに切り刻まれる。
「何時から俺はソニックになったんだ……!」
走りながら住宅街の配置を素早く確認する。そのまま、周辺にある大きな瓦礫やスクラップとなっている車に対して右手の人差し指と中指を合わせて作った契約を行う為の魔法的な《マーキング》をそれぞれの物体へと向ける。少し前方の障害物をマーキングする様に意識し、
それが射程距離、20メートル以内に入った時点で向けた指先をくるり、と回して後ろへと指した。
同時に、前方の障害物が消えて後ろに出現する。無機物に対する即効契約に召喚と送還を合わせた物質の自由配置。念力やら操作みたいな魔法は一切使えない為、指差しても自由に動かす事は出来ないが、進路上に捨てる事ぐらいなら出来る。
空気を揺らす衝撃と共に、数台の車が廃車確定となる未来を辿る。
一瞬の爆発、それを切り裂いてダメージを全く見せない鋼の姿が炎上した車の向こう側から出現して来る。
「だが時間は稼げた」
マーキングした障害物の内、全てを放出した訳ではなく、一部は上空から落とし、速度と
そうすれば、ある程度、慣性が乗っている為、
一瞬だけ足を止めたロボット、それに対して車が頭部へと軽い速度を乗せて衝突する。金属と金属が衝突する不快な音が響き、頭の痛みが更に増す。だがその衝撃を受けきれず、ロボットが後ろへと向かって弾き飛ばされた。
「ぴよっ! ぴよーっ!」
「解ってる! この隙に逃げ―――」
この二カ月の間に学んだ魔法の使い方における必殺のコンボだった。あのアホみたいな頑丈さを見る限り倒すことはできないが、それでも追加で土砂でも乗せてやればしばらくは動く事は出来ないだろう。
そう考えた。
だが、その考えも一瞬で粉砕される。
轟音、複数。
空に影が出現した。そう思った瞬間には衝撃を感じ、吹き飛ばされそうなのを堪えていた。差し込む絶望の予感に素早く辺りを見渡す。
吹き飛ばしたばかりの鋼の騎士と、同じ姿をしたロボットが更に3体、同時に出現していた。当然の様に無傷、盾と剣を手に、こちらに対してそれを振るう準備を着地から素早く整えていた。
「―――」
眼を見開きながら動き出す騎士に対応する様に動く。逃げ出そうと走り出すのを騎士が飛び込んで進路を塞ぐ。別方向へと走り出そうとすれば騎士が回り込み、後方の逃げ道を別のが塞ぐ。囲み、盾で進路を塞ぎ、
確実に殺しに来ていた。
「……Fuck」
呟いながら突破の方法を求めて周囲を見渡す。だが逃げ道が見えない。
包囲を完了した鋼の騎士がゆっくり、と近づいてくる。その姿を牽制する様に指先を向ける。契約を結んで放り捨てようとするが、鋼の騎士に対して契約を結ぶことが出来ない。無機物ではあるが―――なにかに弾かれている。そういう感覚が強い。
「チッ」
また一歩、詰められる。牽制―――ダメだ、攻撃手段がまるでない。対抗する手段がない。逃げ出したいのに相手は確実に殺しに来る動きで詰め寄ってくる。自分が或いは、もう少し魔導士として優秀であればまだ別の結果を生みだせたかもしれないが、
「だからと言って諦められるか……!」
今も頭は痛い。神経がちりちりと苦痛を訴えている。眠い。今にも意識を落としたい。吐き気がする、内臓諸共全部吐き出したい。心臓が今にも破裂しそうだ。
だが、まだだ。
だだ、まだ諦めてはいない。諦められない。まだ生きている。まだ動ける。
まだ何も成し遂げていない。
「諦められるか……!」
拳を握り、頭の上でひよこが跳ねる。まだまだ魔力には余裕がある。だったらそれを限界まで捻りだして纏って、それで殴り抜くしかない。或いはもっと、別の何かの手段をここで編み出せばいい。
それで絶対に勝利する。覚悟を決めた瞬間、
一筋の希望が文字となって網膜に刻み込まれた。
「―――っ」
ニヤリ、と笑みを浮かべた。
「Looks like my luck hasn’t died out yet……!」
ポケットの中からコアユニットを引き抜く。それに合わせて網膜に投射される文字が切り替わる。強制的にコアユニット、フォーミュラ、そしてヴァリアントユニット、ヴァリアントアームズの使い方が書き込まれるように理解させられる。まるで寝ないで数日間辞書を読まさせられるような気持ち悪さが脳をシェイクする。
だがそれさえ堪えれば、
体内のフォーミュラが活性化する。周辺の瓦礫をフォーミュラが干渉し、分解する。そしてそれによって得たリソースをコアユニットと結合させる。物質を変換、変形、再構築を行う。
それによって手の平サイズに納まるメダルの様なコアユニットは、
一瞬で、片手で握れるハンドガンへとその姿を変化させた。黒をメインカラーに、所々赤い線が走るハンドガン。それを片手に握り、まっすぐと正面、盾を構える鋼の騎士へと向けた。
「Well then, It’s payback time baby!」
追い込まれてからの覚醒は基本にして王道。地味に今までやってねぇな?
という訳でフォーミュラ解禁。正式名称はフォーミュラ・エルトリア式って言うらしいけど。アクションもうちょい派手目に書き込んでみたいなぁ。