「Sick」
中に入った戦艦は所々破損しているのが内部からも見えた。通路の壁は亀裂が入ったり、パネルが剥がれて配線がむき出しになっていたり、それを修理している最中の制服姿が見られた。それを見れば今もこの戦艦は修復作業が進んでいるのが良く解る。だが外から見た感じ、派手に大破しているから、これを動ける状態まで復元するには相当時間が必要になりそうだった。第一、街もかなり荒れていた。
いったい、どうすればこんな事になるのだろうか?
とはいえ、戦艦とこのSF染みたメカニクスはロマンで溢れている。歩きながら周囲を見渡し目を輝かせてしまうのはしょうがない話だと思う。こんなオーバーテクノロジー、地球では絶対に目撃する事の出来ないものなのだから。思わずスマートフォンを取り出して撮影したくなる衝動を抑える。流石にそこまで恥ずかしい姿を見せる事は出来ない。
「別に、今時そこまで珍しい型でもないだろう?」
「いや、こんなイカしたシップに乗るのなんて初めてだよ。やっぱり戦艦は最高だな」
「巡行艦なんだけどね……」
「これで戦えるんだから同じようなもんだろ?」
「いや、まぁ……うん……」
クロノ、と呼ばれた少年はあんまり強く言い返せないのか、不承不承という様子で言葉を受け入れた。納得していない表情を飲み込みながらも浮かべてしまうのは、どうも子供らしい仕草であり、笑い声が零れそうになる。それを頭の上のひよこが額をぺしぺしと叩いて責めてくる。それをジークリンデが横から見て笑うのを堪えている。
そんな風に経験したことのない、戦艦の内部を歩きながら進んでいけば、一つの扉の前でクロノが足を止める。
「リンディ艦長がこの先に居る。僕も一応監視を含めて同席するから……なるべく変な事はしないでくれよ」
「Hug!」
「ハグしちゃあかんの?」
「そういう所だよ! ……と、待たせるといけないから早く入ってくれ」
「まぁ、お母さんを怒らせると怖いもんな」
「飯抜きは辛い」
「君たち、もしかして僕を試しているの? 挑発しているの? 僕にだって限界は一応あるんだぞ? うん?」
ジークリンデと一緒に首を傾げ、ひよこに額を叩かれながら扉の方へと視線を向け、踏み出す。鋼鉄製の扉は自動的にスライドする様に開き、その向こう側に広がっていたのは、日本の和室、と呼べるものだった。艦内の他の場所とは違って、ここは既に掃除してあるのか修復してあるのか、綺麗に保たれている部屋であり、畳の上では正座しながら座っている緑髪の女性の姿が見えた。
緑髪の。
髪色を見て、振り返りながらクロノの髪色を見る。
「その……そうだよな、拾ってくれた母親には優しくしたいよな……」
「地毛だしちゃんと血の繋がった親子だよ! ほんと失礼だな君!」
ダブルサムズアップを向けると今にもキレそうな少年の姿が見え、大分おふざけ成分も補給出来て満足できた。既に部屋に入って先に居る女性を真似してジークリンデは正座していたので、それに倣って自分も靴を脱いで上がり、正座する。静かに正座した所で背後からマジかよこいつ、みたいな視線を向けられている。
女の前では良い恰好するに決まってんだろ。
ただ、何故いきなり和室なのかが理解できなかった。
「ようこそ、アースラへ。私が艦長のリンディです」
和室で正座をしながら待っていた女性がどうやら、艦長だったらしい。それにしてもあり得ないぐらいファンタジーな髪色をしている。緑髪―――というよりはエメラルドグリーンと呼べるだろう。普通ならそんな髪色は不自然で目に痛い色になるだろうが、この女性、リンディの髪色は不思議と、そんな違和感が全く存在しなかった。レヴィ同様、珍しい髪色なのに違和感が全くないのだ。相変わらず魔法関連の人も物事もファンタジックだ。
リンディの自己紹介に対して答えようとする前に、ジークリンデが口を開いた。
「ウチはジークリンデ・エレミア。んでにーちゃんがノアな」
「エレミア兄妹ね……エレミア?」
リンディの言葉に対して誤解する様な言い方を態と口にしたジークリンデへと視線を向ければ、ジークリンデが片手でピースサインを浮かべてくる。何か言ってやろうかと一瞬だけ考えた。だが考えてみれば自分の素性が一番面倒な所だった。
そもそも未来を変える為に未来からやってきた、なんてどうやって説明すればいいんだ? 正直、そのまま口にしても疑われるだけだ。だとしたらジークリンデから出てきた言葉に乗っかるのが一番いいのかもしれない。実際、髪色はお互いに同じ、黒色だ。兄妹で通せなくもないだろうとは思う。ただ、気になるのはジークリンデがそう言いだした事と、リンディの反応だった。
「……
「せやで、艦長さん」
リンディの言葉をジークリンデが肯定し、リンディが複雑そうな表情を浮かべる。表面上、解ったふりをしているが、全く理解できていなかった。
エレミアってなんか、意味のある名前なのだろうか?
それを疑問に思ったのは自分だけではなく、
「艦長? エレミアは……」
「古代ベルカ時代から存在する傭兵集団よ。数年前に大事件に巻き込まれて壊滅したって話は聞いてたんだけど……」
「生き残りやで。キャンプして寝て起きたらこんな場所に放り出されるもんやからびっくりしたわ」
その言葉にリンディがややひきつったような笑みを浮かべ、クロノが傭兵という言葉を呟く。自分も、傭兵という概念が次元世界に存在している事に軽く驚いた。というか、相変わらず次元世界の頭には戦う事がデフォルトで備わっている辺り、本当に存在しない方が世界の為ではないのか、と改めて思う。思うだけであって、何もしないが。
実際、魔法を暴力的に振り回して勢いよく破壊するのは滅茶苦茶楽しかった。
こうやって経験してしまうと、頭の中ではどう考えていても、麻薬に近い感覚で抜け出せなくなる。
破壊も、戦う事も楽しい。
「……ジュエルシードの起こした次元震に巻き込まれて漂流した? ありえなくもないわね。すみません、ちょっと整理してもいいでしょうか?」
「ぴよっ」
頭の上に居座るひよこが許可を不格好なサムズアップと共に出す。それをリンディは見てから視線を此方へと向けるが、頷きを返しておく。下手な事を口にするとぼろが出る様な気がする。交渉とかは物理的にやるのならそこそこ経験あるのだが、口で交渉するのは苦手なんだよなぁ、と正座を軽く崩す様に座り直す。
リンディはホロウィンドウを浮かべて何かを調べている。だがそれも数分程度終わる。
「えーと、では……代表はノアさんでよろしいでしょうか?」
「面倒な事はジークにパスで」
「えー、ウチも交渉とか苦手なんやけど」
「Hey、俺が交渉出来る人間に見える?」
「ウチも交渉出来るタイプには見えへんやろ?」
「……」
「……」
「Rock paper scissors!」
「ぽんっ! あいこっ! あいこっ! しょ! しょ! あいこ! しょ!」
じゃんけん勝負をジークリンデと行う。フォーミュラによる知覚と反射神経の加速拡大を行いつつ、並行して召喚魔法を発動させる。ジークリンデと何とか同じものを出しながら、素早く頭の上のひよこをジークリンデへと向かって射出する。
「ぴよ!?」
「しもうた……!」
「ふっ……!」
片手でひよこをキャッチする手はパー、それに対して此方が出すのはチョキ。勝ち誇る様に勝利のブイをジークリンデへと見せつける様に持ち上げる。その指先を道具にされたひよこが抗議する様に嘴で噛みついてくる。地味に痛い。
「……なにやってるんだ君達は」
「責任の押し付け合い」
「しゃないなー。ウチがやるわ」
本当にそれでいいのか、という感じの視線が向けられるが、それをガン無視する。えぇ、という感じの視線が背後から向けられている気がするが気のせいだ、気のせい。
リンディはこほん、と咳ばらいをする。
「現在のここ、海鳴を取り巻く状況を説明しますね」
ロストロギアという言葉が時空管理局、というより次元世界には存在するらしい。技術的に再現不可能な遺物や、凄まじいまでの力を秘めたアイテムの事を時空管理局はロストロギア認定する事によりそれらの危険物を管理してきた―――らしい。
この海鳴に発生した事件とはそのロストロギアの一つが暴走した事にあるらしい。
ジュエルシードと呼ばれる宝石型ロストロギアが存在し、それが現在の状況を生み出した。本来であれば時空管理局の本局へと封印の為に輸送されていたロストロギアではあったのだが、襲撃者の手によってこの海鳴に落ちた。始めはこれも回収作業が進んでおり、問題はあっても順調に進んでいたと言える。
問題はジュエルシードがほとんど回収された時点で黒幕が襲撃、ジュエルシードを全て強奪、その上でそれを海鳴全体に配置した事にある。それによってジュエルシードはリンクする様に稼働し、そのまま海鳴を外界と遮断した。
それを取り返す為の戦力はアースラそのものを含め、黒幕が襲撃した時にかなり酷くやられた影響で、現在出撃が出来ない状態にある。その為、リンディを始めとする時空管理局の人間は残された戦力でどうにか状況を打開する為、この次元を渡る船、アースラ内部で耐えながら手段を模索していた。
「―――で、戦力が足りんからウチを頼りたいって話につながるんやな?」
「えぇ、恥ずかしながら現状この海鳴は相手によって他の次元世界から遮断されている為、援軍や連絡も行えません。外では相手の放った傀儡兵も徘徊していて、正直今のままだと【封絶結界】で元の住人を隔離する程度の事しかできませんでした……悔しいですけど、こうやって頼む以外の手段が」
「えーよえーよ。ウチもお仕事するのは。ポンコツのにーちゃんが足引っ張るかもしれへんけどそこは堪忍な」
「誰がポンコツだ、腹を出して眠ってる癖に。泣かせるぞ」
「腹を出してるのは趣味やから」
趣味……? 言葉に首をかしげるも、リンディは此方の意思を再度確認してくる。本当に手伝ってくれるのかどうかを。それに対してジークリンデは頷きを返答とし、そこに言葉を加える。
「ぶっちゃけ、この状況で手を出さへん方がおかしいと思うんやけど。遮断されてるゆーならそのドアホどつかないとあかんのやろ?」
「邪魔なら殴る。道理だよなぁ」
「いえ、突発的な状況に巻き込まれてそこまでのバイタリティを発揮できる方が珍しいです。ですが特機戦力」
まぁ―――解っていた話ではあるが、どうやらジークリンデは一般的な女子ではないらしい。シュテルを始めとした戦闘力の高い女子ばかりエンカウントしていたが、これが次元世界の魔法少女たちのスタンダードではないという事を知って安心する。町一つ吹っ飛ばせそうな勢いの少女たちだらけだったらちょっと、世界に絶望していたかもしれない。
そうじゃなくて良かった。
「では細かい話は……また後で詰めるとしましょうか。こちらも戦力の増加に伴い色々と考慮する必要があるので。話している間に部屋の方を用意させましたので、其方で戦闘の疲れを癒しつつ少し待っていてください」
リンディの言葉に、休みを入れる事となった。
若干嫌そうな顔をするクロノに案内され、アースラ内に一室貰う事となった。
「Ah……Pleasure of the softness……」
アースラに貰った部屋、そこに唯一置いてあるベッドに顔面から倒れ込む。白く、清潔に保たれたベッドは倒れ込むのと同時に包み込む様な柔らかさを感じさせ、それが自分が今、疲れていたのだという事を嫌でも自覚させる。ベッドの柔らかさが一瞬で疲れた肉体を眠りへと誘ってくる。だがそれを必死にこらえながら体を横に転がして、仰向けになる。そこから体を持ち上げて、コアユニットを取り出す。
こいつのカスタマイズをしなくてはならない。
自分の魔法をミッドチルダ式からフォーミュラ・エルトリア式へと変える作業、コアユニットに別形態を登録し、能力などをカスタマイズして行く作業が待っているのだ。今のままでも戦えるが、間違いなく足手まといになるのは見えているし、力があればあるほど良いというのがどうやら、この次元世界のルールらしい。だとしたら、眠っている暇なんてものはない。
頭はガンガンするし、心臓は苦しいし、喉も掻き毟りたい程辛い。
だけどそれを抑え込んで、コアユニットを前に出す。ベッドの上で軽い胡坐を組みながら目の前にコアユニットを浮かべる。そう、こいつ浮かぶのだ。フォーミュラの力を利用すればそれぐらいは容易い。そしてそれにアクセスする様にホロウィンドウを複数開く。少し前までであれば、何をしているか全く意味が解らない所だろう。だが強制的にフォーミュラを通して知識をインストールされた今、半分直感的な操作ではあるが、コアユニットをカスタマイズする事が可能となっていた。
そこに自分が使いやすい、と思うであろう武器の形状や特性をここで登録するしかない。少なくとも数時間はかかる作業だ。コツコツ進めないとまともに戦う事さえ出来ない。ただでさえ火力も何もかも足りないのだから。
ふと、自分が物凄い真面目に戦う事に取り組んでいる事に気づき、違和感と恐怖を覚える。だがそれを押し殺すのが今は正しいと判断して、
コアユニットのカスタマイズを開始する。
必要なのは手数、火力、そして必殺性。それを全部一つで纏める必要はない。レヴィやシュテルのルシフェリオン、バルニフィカスを見ればデバイスとは変形するのが基本設計らしい。だったら同じようなフォーミュラも、変形する事で役割を分担する事を前提に組めばいい。
「うーん、監視はされてないみたいやな。信じてるのか、お人よしなのかちょい判断がつかんなぁ、ここら辺は」
「え、なにやってるのお前」
「え、カメラとか魔法で監視されてないか確認してるだけよ?」
まるで当たり前の様にジークリンデはそれを言う。監視なんて考えもしなかったが、そういえば確かに自分もジークリンデも、怪しさをパーセンテージで表すとすれば、純度100%の怪しさを誇っている。それを前に監視しないのは確かに信頼されているのかお人よしなのか、どちらかになるのだろうか?
まぁ、そういうのを考えるのは面倒なのでやめる。
されてようがされてまいが、自分のやるべき事を見つけて完遂するだけだ。
それよりも、
「お前同室でいいのか?」
むしろ同室である事を普通に受け入れるジークリンデの姿に驚いた。ジークリンデの年ごろであれば十分思春期真っ盛りだ。自分の様に半分擦れているならともかく、年ごろの少女がそう簡単に男と同室である事を受け入れるとは思わなかった。しかも、
「お前さ……」
「別にええやろ、ウチら兄妹やもんなぁー?」
そう、これだ。当然の様に家族である事を偽り、しかも乗っかってきている。
「……」
「あぁ、もう、そう睨まんといてや」
部屋の中をうろうろとしていたジークリンデがベッドの上へと乗っかってくると、コアユニットを弄っている此方の背後へと回って、後ろから抱き着いてくるように首に腕を回してくる。必然的に密着する背中にジークリンデの柔らかい感触を感じる。
その感触が嬉しいのは事実なのだが―――妙な好感度の高さが気になる。
いや、嬉しいけど。嬉しくない奴はホモだって断言できるし。だがそれはそれとして、この迫ってくるような好感度の高さは割と気になる部分だった。
そう言えば―――最初、出会った時もいきなり飛びついてきたことを思い出す。そこからも妙に優しいし、妙に馬が合う。違和感だらけだが、彼女の存在が心地よいのも事実だった。言葉としては表現し辛い部分で困るが。
「本当に善意と好意しかあらへんから、ウチ」
「……まぁ、それは信じてるけど」
そう答えると、ジークリンデは嬉しそうに更に引っ付く。若干作業し辛いが、感触が心地よいのも事実。額をひよこがぺしぺしと叩いてさっさと離れろと指示を出してくるが、素直に誘惑に負けておく事にする。心地良いのが罪だと自分に言い訳する。
誘ったら押し倒せないだろうか? 日本に来てからは割と欲求不満の日々が続いている。あの三人娘がいる家で性欲を処理するというのは中々にハードルが高いのだ。だけどジークリンデは見た目が良いし、肉付きも良い。その体を押し倒して味わってみたいという欲望もある。少なくとも、年齢はギリギリ行ける範囲だと思っている。
「……まぁ、無理か」
「どうしたん?」
「Nothing」
変に関係がぎくしゃくしても困るし、溜息を吐いて大人しくコアユニットをカスタマイズする事に戻る。
そろそろ、新しい彼女が欲しい。
漸く原作組と接触。事情とかが判明してきているね?
それはそれとしてえっちだ……。