「男は格好つけなきゃ生きていく意味がない。覚えておけよ、ノア」
親父の言葉だった。
俺の人生を形作る上では、親父の存在が最も重要だった。彼の背中を見て育ったからだ。昔、親父は海兵隊に所属していた。帰って来ては銃を見せてくれたり、触らせてくれたり、使い方を教えたり、軍人の戦い方を教えてくれたり。そうやって格好つけていた。息子が可愛くて可愛くてしょうがなくて、構おうとして自分の得意なものを見せつける子供の様な親父だった。だけどそんな親父が大好きだった。仕事に誇りを持ち、海兵隊の隊員である事を自慢し、そして同僚に慕われる良い親父だった。
俺も、そんな父親の存在が非常に誇らしかった。
「いいか、男が格好つけるってのには意味がある」
親父は格好良い男だった。格好つけていた。だがそれだけじゃなく、生き様そのものが格好良かった。だから親父が仕事で長期間会えない状態でも、寂しさと共に誇らしさがあった。親父は今もどこかで、国の為に戦っているのだと。誰かの平和と安全を守ってくれているのだ、と。そういう誇らしさが胸の中にあった。
「酒と銃だけは覚えないとこのアメリカでは生きていけないぜノア。お父さんが遊び方を教えてやろう」
「あまり、変な遊びは教えないでね……?」
そんな親父を母さんも愛していた。笑って、幸せな家庭だったというのをちゃんと覚えている。少なくともそこに不穏な何かも、不和もあった訳じゃない。親父はちょっと馬鹿だけど、それでも格好良い男だった。母さんは賢く、そして綺麗な人だった。二人そろって、自慢の両親であり、そんな家庭で生まれ育った自分も幸せな子供だった。
少なくとも、
―――目の前でぶっ放されたショットガンが母さんの頭をザクロの様に弾けさせるまでは。
「―――」
痛い。
痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い―――痛い。
懐かしい夢を妨げたのは激痛だった。その事実に自分がしばし、気を失っていたという事実を理解した。そして理解という意識の覚醒と共に激痛が体を貫く。体が熱い。神経が痺れるような痛みを訴える。水分が蒸発して目が乾く。体という体に無事な場所が感じられない。全身の血肉が渇いている。それでも死んでいないし、死ぬよりははるかにましだった。そう思えるのは
そう、あの苦しみと比べればなんだって遥かにマシに思える。
だからアレと比べれば、まだ―――まだ、我慢できる。
「ノア、さん……!」
耳元に大きな声で、悲鳴に近い言葉が届いた。ゆっくりと開いた眼が、静かに音源へと向けられた。それは自分の腕の中に抱かれている存在であり、悲鳴に近い言葉を涙を浮かべる様に、恐れる様に口にしていた。高町なのはという少女は腕の中で、無事に見えた。だからその姿を片目で捉え、腕の中の姿へと軽いウィンクを送った。
「すこ、し、眠っちゃったみたいだ……な?」
喉がカラカラに乾いている。喋るごとに喉の奥が張り付くような不快感を感じる。だがそれを無視して起き上がろうとする。なのはを抱いていた両腕を解放しながら、ゆっくりと体を持ち上げる。解放されるなのはは多少服装が焦げているものの、傷は僅かに見える。相変わらず、眼帯が滅茶苦茶目立つのだが。まぁ、それは俺が来る前にやらかしたものだし許そう。
「っ! 立っちゃ駄目だ! その体をそれ以上酷使したらいけない!」
立ち上がった体を止めるようとするように、なのはと一緒に守られていたユーノが声を張り上げる。フェレットの姿をしている癖に、妙に迫力のある奴だった。ひよこは―――あぁ、マフラーの内側で無事だった。というより、さっきの雷撃をマフラー経由で吸収してつやつやしているのが見える。マフラーにもかなりのエネルギーが蓄電できた。フォーミュラ用の外付けバッテリー構想にマフラーに電力を溜めておくことを考えたが、悪くないアイデアだったらしい。これならマフラーから蓄電した電気を吸い取れば、フォーミュラ稼働用のエネルギーを食べずに緊急補給できるだろう。
「貴方のそれは明らかに動いて良い状態じゃない。今すぐアースラに戻るべきだ……」
「ん?」
そう言われて自分の手を見る。
高圧の電流で体を焼かれたか、皮膚が焼けて爛れていた。凄まじく醜い裂傷が走り、服の下で出血しながら焼けた肉の匂いが僅かにする。指先が少しだけ、炭化している。間違いなく重症と表現できる。少なくとも即座に入院が推奨されるレベルの重症だろうと思える。体中が痛い。クソ程に痛い。というか煙草が衝撃で消し飛んでいる。ポケットの中に手を突っ込んで、煙草を箱で取り出し、
口に煙草を咥えて火を付ける。
ふぅ、と吸い込んだ煙を吐き出しつつ、フェレットを見下ろす。
「ん?」
「心配する必要があるかどうかちょっと疑問に思えてきた……ってそうじゃない! 火傷が!」
「あぁ、大丈夫大丈夫。ほら」
手をぐっぱぐっぱ、開いて閉じて軽く跳躍する。それで体が全く問題なく動くことを証明する。無論、無理やり体を動かしているだけだ。呼吸するたびに激痛が走るし、今にも倒れそうだ。だがまだ耐えられる範囲だ。男のやせ我慢のやり方はずっと昔、親父に習った事の一つだった。だから見た目がどれだけボロボロでも、それを表情に出す事はない。
「な?」
「見た目はどうあがいてもぼろぼろな筈なのに……」
フェレットが驚愕しながらも魔法で此方を回復して来る。ゆっくりとだが、焼けて爛れていた皮膚が回復するのが見える。回復魔法、便利で実に羨ましい。俺も使えたらいいのになぁ、と思いながら機竜の残骸へと視線を向け、召喚魔法で手元にジュエルシードを呼び寄せた。それを掲げる様に眺めてから親指で弾いて、まだ地面にぺたん、と座り込んでいるなのはへと渡した。
「ほれ、それを封印してくれ。俺、そういう魔法というか適正大抵死滅してるから」
「え、あ、はい……」
どことなく心ここにあらず、という様子のなのはがジュエルシードを受け取り、それを握りしめて封印し、彼女が持つ杖の中へと封印される。ユーノが回復魔法を維持したまま、なのはの方へと視線を向ける。
「なのは、大丈夫? 鉄人と違ってなのはは痛かったら痛いって言って良いんだよ?」
「俺に対する遠慮捨てたなこの畜生」
「考えるだけ無駄だって解っただけだよ。……なのは?」
漸く俺の扱いを理解してきたフェレットの言葉に軽口を返しながら、ジュエルシードを封印した直後のなのはの姿を見た。やはり、その少女の様子は何かを恐れているように見える。それを表情に出さない様に頑張っている物の、流石に何かショックを受けた後のようで、取り繕えていない。
「Hey pretty girl、どうしたんだよ浮かない顔を浮かべちゃって」
「え……」
半分呆けていたようなリアクションを返し、なのはが反応する。
「あ、いえ、あ……」
「なのは?」
ユーノが首を傾げ、心配する様になのはの名前を呼ぶ。なのはの様子がおかしいのは確かだった。怯える様な目の動きは―――そう、悪いことをしてしまった子供の様に見えた。そして怒られることを恐れている、そういう表情だ。自分も経験があるし、見覚えがある。だがそれをこの少女は異様に恐れている様に見えた。家庭環境があまり良くないのだろうか?
そう思っている間に、
「ご、ごめんなさい……」
震える様な声で、なのはが口を開いた。そこに続けるように言葉を吐き出そうとして、
頭に手を置いて、頭を撫でて止めさせる。
「No worries little girl」
「でも……」
「気にするな」
「でも!」
「気に、するな」
頭を撫でつつ、もう片手でサムズアップを向ける。
「子供がそんな顔をするな」
「……でも、私は、その」
「いいんだよ」
難しい言葉を口にした所で伝わるとは限らない。行動を示した所で納得される事の方が珍しい世の中だ。だったら解るように繰り返すしかない。頭を優しく撫でてそれで親愛を示すしかない。大丈夫だ、と。怒っても怖がってもない、と。そりゃあもちろん、痛いし泣きたい。
だけど、もう大人だ。自分のやった事の責任は自分で取る大人なのだ。
子供の間は失敗してもいい。その責任は大人が取るためにある。そしてそこから学んでくれればいいのだ。子供の間はそれが許されるのだ。だからちょっとした失敗や、その被害が俺に来た所で、それで怒るほど小さい男になったつもりはない。だから、
「ちょっと俺の顔がハンサムからダークヒーロー系へと転職しただけだから、気にするな」
「ぴよっ」
そう言うと反応したひよこがマフラーに噛みつき、電気を吸い上げて何かの魔法を使った。即座に見覚えのある赤い結晶が肌を一瞬だけ覆ってから砕けた。そのあとに残されたのは、爛れた跡のない綺麗な肌だった。マフラーに蓄積されたエネルギーが全て消費され、ひよこもマフラーの中に潜る様に眠りについたが、
「Hmm…… seems like nothing’s left for you to worry?」
スマイルと共にサムズアップをなのはへと向ければ、反応に困る様な表情を浮かべ、
「いや、どうやったんだよ。僕の回復の手間と魔力返して」
「残念、俺にも解らなーい」
「うーん、どうやってキレようかな」
「ゆ、ユーノ君が見た事のない反応見せてる……」
その方がはるかにとっつきやすいからその方が楽だ。そう覆いながらサングラスに触れようとして、壊れているのに気づいて、服装とまとめてフォーミュラによる修復を行う。まだ、体内の痛みは一切変わらない。どうやらひよこヒーリングは見える部分だけを取り繕う程度の回復力しかなかったらしい。まぁ、それでも見た目が整えられるのならそれで安心だ。
内臓が焼き千切れたような痛みがあるが、今は体内をフォーミュラが巡っている。そう簡単には死なないだろう。なにせ、死ぬときはもっと違う。アレは痛いとか苦しいではなく、
表現するなら虚無感という言葉が一番近い。
まぁ、それはどうでもいいのだ。問題なのはなのはが落ち着いてくれたかどうか、なのだ。見た感じ、まだちょっと怯えている部分があるが、少しずつ落ち着きを取り戻そうとしているのが見える。
「Fine?」
なのはを見下ろしながら聞いてみれば、恥ずかしそうに頷きながら口を開いた。
「お、お手数かけました……」
「No problem」
第一、この子には生きていてもらわなければならない。そうしなければシュテルが消えてしまう……と思っている。少なくとも俺なしでこの状況が進んでいれば、無理に出撃してそのまま雷に飲まれて消えていたのでは、と思えてしまう。そのためにもこの少女を守らなきゃいけないのだが、
「ジーク? クロノ? お前らの方はどうよ」
『なんや、連絡入れんから死んだかと思って葬式の事を考え始めてたわ。あ、フェイトも無事やで』
『僕もジュエルシードの確保は終えているよ。其方は無事か?』
「無事無事。超無事。お前ら人妻サンダー平気だった?」
『そのネーミングはやめろ』
『正確には未亡人サンダーやしな』
『そういう事じゃない』
「子供をクローニングで作ろうとしているんだから寧ろこれは子作りサンダーなんじゃないか?」
『そこはクローニングサンダーじゃないのか? なんでそっちの方向?』
『子づくりサンダー。実質的にこれ、セックスやな?』
「なんだ、黒幕は欲求不満なのか」
『でもウチ、本気で飛ばす時は気持ちいいから、解るで』
『良し! 君たち黙ろうか! ほんとに!』
クロノは一々良いリアクションを返してくれるから、思わず馬鹿な事を連続で口にしてしまうが、まだ無垢なユーノとなのはは会話の後半部分が理解できずに首を傾げている。かなり賢いから忘れていたが、この少女たちはそういえばまだ、10にもならないという事を今さらながら思い出す。
うん、そんな年齢でセックスだとか解ってたら逆に気持ち悪いな。
と、新しい通信用のホロウィンドウが割り込んでくる。そこに映っているのはリンディの姿だった。
『良い感じに休めたかしら? 此方はプレシア・テスタロッサの居る【時の庭園】への座標軸のアクセス、および時空管理局への援軍要請を終わらせました。準備の方は宜しいでしょうか?』
「お」
自分とジークリンデの方へと向けてウィンドウが向けられている。
……雷が落ちた後の事や状況は見られなかったのか?
考えようとして、頭痛が酷くなる。考えるのを後に回す事にする。何時になったらこの頭痛や痛みから解放されるのだろうか? もういい加減終わってくれてもいいんじゃないだろうか。そうじゃなければ戦いの方が先に終わるのだが。
そんな事を考えながらもリンディの問いに応え、準備する。
テスタロッサ親子、再会の時は近づいていた。
人格形成は大体幼少期の経験が一番重要。なのはちゃん、自分のことが嫌いだからなぁー。
という訳で、そろそろ楽しく突入。愉快な時空に片足突っ込み始めた畜生も増えたので、そろそろ会話周りがやりやすくなってきた。