「ふむ……やっぱり堪えているのかな」
「いきなりどうしたの塵芥」
「イリス、君はその本性を一切取り繕うとはしなくなったね? パパとしては将来が非常に不安になってくるよ」
二度、銃声が響くものの、それをフィルがアクセラレイター・オルタによる戦闘用超加速によって凄まじい反復横跳びを見せながら回避した。その姿を見るからにイリスが露骨な舌打ちをした。それを受けたフィルが両手を広げながら笑う。
「はっはっはっは、なんだイリス。私達は親子じゃないか! 親! 子! じゃないか! 何せ君は私の娘! むす! め! だからねっ! そんなに恥ずかしがらなくて良いんだよ!!」
「……」
イリスが二挺の銃を生み出すとそれをフィルへと向けて連射するものの、フィルは笑いながらそれを残像を残しながら回避して行く。研究肌の男に見えるが、それでもその実力がかなり高い事は既に記憶の中にある、地球での事件を通して理解している。何せ、自分も一度はこのフィル・マクスウェルという男には敗北している。だがアレも連続で戦闘を行い、休養をロクに挟めなかった連戦での状態だ。万全な状態、アクセラレイターを戦闘用のオルタへと昇華させた今、本気でやりあえばフィルをスクラップにできるとは思っている。だからこの場で、或いはこの世界でフィルが何かを行おうとした場合、即座にそれを粉砕制圧するのは自分の役割だと思っている。
故に遊んでいるだけだと確信できるフィルの姿を見て、まぁまぁ、とイリスへと声をかける。同時にフォーミュラを電力で稼働させて、銃弾によって粉砕された壁の修復を再生する。破片が分解され、素材となってリビングの壁を元の状態へと戻してゆく。
「イリスもマクスウェル所長が遊んでいるだけだと解っているんですから。変に気にしなければいいじゃないですか」
「この芥はね、それを解ってて的確に私の視界に入り込んでくるのよ。ほんと、忌々しい。この場で滅せるなら滅してやりたい所よ」
「はは、そういう所も可愛らしいぞ、イリス。あんなに無垢で純情だった君がこんな風に成長するなんて……パパは感動しているよ!」
イリスが剣を生成して振るう。それをフィルが回避する。解っていてもフィルが露骨にイリスを挑発して来るものだから、イリスも無視するにできないのだろう。そういう意味ではイリスも非常に可哀想としか言えない状態だった。故に軽く溜息を吐く。
グランツ研究所裏―――ホームのリビングはすっかり、エルトリア人の集まりとなっていた。イリスとフィルはトムとジェリーの様にじゃれあい、自分とキリエは軽く武装のチェックをリビングのソファで行っていた。普段であれば父であるグランツ・フローリアンが掻っ攫ってチェック等してしまうが、今ここに彼はいない。優しかった母の姿もここにはいない。そこに寂しさは感じるものの、
ある意味、それが幸福であるかもしれないと思っている。
父も母も、ここにいないのであれば自分たちの様に悩む必要も、苦しむ必要もない。フィルはここを夢として表現し、見えない敵からの干渉を私達は受けていると説明していた。その説明に成程、と思う。だが同時に、その為に戦い続ける必要がある状況でもある。つまりこれは
「うん、ヴァリアント・ユニットに問題は無し。何時でも使えますね」
「そうは言っても何時使うか解らないんだけどね」
ヴァリアント・ユニット、フォーミュラと連動させる事でヴァリアントアームズへと変形するコアユニット。これが自分たちのメインの武装となる。汎用性に優れたユニットを幾つか登録しており、自分とキリエはこれを変形させる事で戦う。故にメンテナンスとチェックは重要事項だ。
それに、意味があるかどうかはまた別の話ではあるが。
「それでも何も準備しない事よりは良い筈です。キリエもちゃんとチェックをしてくださいよ?」
「そこは手を抜かないわよ」
キリエはそう言いながら自身のヴァリアント・ユニットを掲げ、それを見る。だがその表情はどことなく優れていない。
「キリエ?」
「……」
手を降ろし、ヴァリアント・ユニットを軽く手の中で玩びながらキリエはどことなく暗い雰囲気を背負っている。暗い、というよりは心配しているという所だろうか。やや俯いている様子でキリエはユニットの表面を親指で撫でて、
「ねぇ、お姉ちゃん。彼……大丈夫かな」
彼、という言葉で鬱陶しいアピールをし出したフィルを無視してキリエの言葉にそうですね、と言葉を返す。
「それは―――」
キリエが俯いたまま、無言に戻る。キリエは一度、イリスに盛大に裏切られている。子供のころから親友だと思っていたイリスに裏切られ、自分の信じていたことが完全に砕かれた思いを味わっている。故に、根本的にメンタル強者であると自覚している自分よりも、そういう経験をしているキリエの方が良く理解できるだろう。
「……うん」
「ちょっと、アミタ。それってもしかして私を責めてるつもり?」
「あははは……」
イリスの言葉を笑って受け流す。一緒に生活する以上、そこら辺はもう水に流す事にしているが―――それでも、偶にキリエにやった仕打ちに関しては、姉として怒りたくなる時がある。流石にそこまで簡単に全部は忘れられない。だがそれでも、それを乗り越えて今はエルトリアで生活していた。
していた、筈なのだが。
気づけばこんな事に巻き込まれている。
「私も、気持ちは解らなくはない……と思う。本人の前では絶対に言えないけど。それでも自分が信じていたものが全部崩れるって事は、凄く辛い事だって解るから……」
「あの時のキリエの間抜け面は最高に面白かったわよ」
そうイリスが悪態を吐いているものの、フィルとは違ってちゃんと名前でキリエ、と呼んでいる辺りがイリスがどう思っているのかが解る所だ。イリスもそういう悪態を吐くのを止めて、もうちょっと素直になってくれれば、文句はないのだけれど。
「しかし、そうか。彼か……私としても実に興味深い存在だと思うね」
「
名前を完全に呼んでもらえてないのに、どことなく楽し気な表情をフィルは見せる。
「フォーミュラと魔力の相性は良くない。なのに彼はフォーミュラを魔力で稼働させていたらしいね? それだけじゃなくフォーミュラの半暴走的な動き、そして
フィルのその言葉にキリエが睨む。
「マクスウェル所長、今の言い方は」
「事実を否定した所で意味はないよ。私からすれば彼は都合よく配置された物語の主人公に見えるからね。或いはそういう風に出来ているのかもしれない。そう思うと増々興味が出て来る。彼なら或いは、あの高町なのはが見せたような魔力によるフォーミュラの稼働を更に上の段階で―――」
勢いよく立ち上がったキリエがフィルの顔にビンタを叩き込んだ。それを今度は避ける事もせずにフィルは受け止め、
「おや、気に障る事を言ってしまったかな? 事実しか口に出していないつもりだったんだけどね」
「言って良い事と悪いことがあるのよ!」
怒りを見せるキリエの姿にやれやれ、とフィルは声を零してからキリエから離れるようにキッチンの方へと向かった。なんだかんだで、必要でもなければ無駄に対立などを煽らない男だ。アレはアレで、キリエのガス抜きに貢献しようとしたのかもしれない。そう思いつつフィルの背中姿を見送り、
「まぁ、落ち着いてくださいキリエ。私達に出来る事はそう多くはありませんから。こういう心の問題は何よりも当人の心持次第ですし」
「それが解っているからやるせないのよ……どれだけ心配して、言葉をかけようが本人にその気がなければどうしようもないんだから……」
「なに? キリエもしかして影のある男ってかっこいい、とか思うタイプなの? あぁ、そう言えばエルトリアでは他に男も居なかったしそれもしょうがないわね」
「イーリース―!」
煽りオンリーという様子のイリスにキリエが両手を腰に当ててキリエが怒りの様子を見せるも、イリスはけらけらと煽るように笑う。
「別にイイじゃない。寧ろエルトリアに居る限り処女を卒業出来ないんだし、この機会に卒業してみたら? 彼経験あるみたいだし―――」
その続きをインターセプトする様にキリエがイリスへと飛び掛かり、先ほどはフィルとの間に繰り広げられていたトムとジェリーの様な追いかけっこが二人の間で始まる。そうやってふざけられる間はまだまだ余裕の証なのかもしれない。
「まぁ、落ち着きなさいよキリエ。そんなに知りたいのなら彼のバイタルデータを送信してあげるから」
「そんな猟奇的なものは何も求めてないわよ……!」
イリスのその発言で思い出す事があった。
「イリス」
「なによ」
「彼に通っているフォーミュラ・ナノマシンは
その言葉にイリスは足を止めながらそうよ、と返答する。
「何をしたのかは知らないけど、ユーリが彼にあげたフォーミュラは私の肉体を構成するフォーミュラの一部よ」
そのおかげで彼、ノアの体内のフォーミュラはイリスが完全にコントロールを握っている。そしてそのコントロールを取っているイリスがフォーミュラの稼働を停止させているのだ。フォーミュラに関して、彼の体内で活動しているそれは反応が異常だ。そもそもセーフティ等が働いている筈なので、無制限にリソースを食い漁って人体改造を行う事なんてまずありえない。
無論、イリスや自分、キリエの様な身体的に頑丈なエルトリアの人間が使うことが想定されているのは事実だ。だけど安全ではない物を父であるグランツ・フローリアンが娘たちに使わせる訳もないだろう。だからこんな風に半暴走状態でフォーミュラが機能するのはまずおかしいのだ。今はイリスがプログラムを寝ている間に切り替えたため問題はないが、それでも体内からリソースを勝手に喰らって肉体改造を施す仕様なんて、本来のフォーミュラにはない。
「第一、ユーリよユーリ」
イリスはご立腹という様子で友人の名前を口にした。
「アイツがフォーミュラを仕込んだのよ? だったらほぼ確実に知っててやった訳じゃない」
「それは……」
解るが、余り信じたくはない事実だった。自分の知る限り、ユーリは優しい子だった筈だ。古代ベルカ時代から稼働している存在だと考えると確かに腹芸の一つでもこなせそうな年月を経験しているだろう。だが普段からそういう様子は見られないし、一緒に住んでいた自分たちだからこそ、そういう面が彼女にはない事を理解している。
「ユーリにも事情があったのではないでしょうか?」
「どうかしら? 少なくとも友達だと思っていたのは私だけみたいだしね」
イリスのどことない寂しさを帯びた声に自分は何も言い返せずに、溜息を吐くしかなかった。少なくとも、最低限の進展を見る事が出来ればこの閉鎖された環境も少しは広げられるだろうと思う。
とりあえず、ノア待ちだ。
彼が外を歩くだけの元気を取り戻せば変化した街の様子を彼と確認に行ける。それで進歩が出れば……次、何をすればいいか見えて来るだろう。
見えてこない敵の姿と状況にストレスは募るものの、まだ余裕はある。
ただ、何か気が紛れるものが欲しいかもしれない。
そんな事を考えている時に、
「がっでむしっと!!」
解りやすいシュテルの声が響いた。不機嫌な様子でずんずんと足音を慣らしながらリビングにやってくると、キッチンへと向き、コーヒー牛乳のパックを冷蔵庫から奪取する。それを勢いよく飲みながら、露骨に機嫌の悪そうな、面白いシュテルの姿を見た。
「……シュテル、どうしたんですか?」
「あー……あんまり気にしなくていいよ」
続いてレヴィがリビングへとやってくる。確かまだ完治していない彼の世話を二人で申し出ていた筈なのだが、何かマズイ事でもしたのだろうか? そう言う気力がある様には思えないのだが。
「女ですよ!」
キレ気味にシュテルが声を上げながら此方の口に出さない疑問を答える。
「女の匂い! ここに! しっかりとマーキングされているんですよ!! 私のだ、って主張するように!」
憤慨するシュテルは首筋をタップする。それをレヴィが呆れた様子で眺めている。いや、気持ちは解るけど。好きな人が別の女の匂いをしていたらそれは嫌になるだろうが、
「野性的すぎない?」
「私達、山猫ベースですから」
「ボクは寧ろ上書きする事に寝取りの背徳感感じて興奮するなー」
イリスのなんだこいつ、という表情がレヴィに向けられる。それを受けてレヴィは気にするような様子を見せない。そう言えばこの二人は人間じゃなく、元は野生動物の類だった話を思い出す。
根本的な倫理観が人と異なっている所があるのかもしれない。
とはいえ、それで憤慨するシュテルの姿にちょっとだけ笑い声を零しながら、何でもない平穏な一日を過ごす。
きっと、自分たちがここにいる事には、意味があるのだと思って。
ジークにゃんの執拗な首筋への密着の理由。