目覚めから数日が経過した。
今すぐにでも何かしたいのが本音だったが、今まで寝たきりだったのもあり軽くリハビリをする必要があった。寝ている間に軽く体を動かしてくれていたおかげで起きてから特に違和感を感じた事はなかったものの軽く体力や食欲が減退していたのもあり、無理はさせられないから、としばらくリハビリの時間を叩きつけられた。だがそれを終えて普通に生活できる程度には体力が戻ってきた所で、漸く話の続きに入る事が出来るようになった。
何時も通りリビングに全員で集まりつつ、定位置についたら話を始める。
「では、今の海鳴と、前の海鳴での違う所をまず教えますね」
シュテルが話を切り出す。前と今の海鳴、その違いが判るのは彼女とレヴィだけだ。少なくともずっと静養していた自分に、その違いは解らない。
「まずは、翠屋ですね」
「高町なのはさんの家族が経営する喫茶店でしたよね」
アミタの声にシュテルがそうです、と答える。
「前の海鳴にはそもそも最初から高町一家が存在しなかった扱いだったんですが―――確認してみると翠屋があるだけじゃなく、普通にここで暮らしていた風に回りの認識も変わっていました。まずこれが一つ目の変化ですね」
自分が海鳴に来た時、翠屋に高町家は存在していなかった。だがこうやって存在するようになったきっかけは……やっぱり、あのもう一つの海鳴で、なのはを助けた事に意味があったのだろうか? その意味があったのであれば、多少なりとも自分の恥ずかしい行動にも意味はあったのだろうと思えるのだが。
「次がホビーショップP&Tですね。こちらにはテスタロッサ一家、そしてハラオウン一家の存在が確認出来ました。ホビーショップとしてはそれなりに成功しているようで、苦しくはない生活を送っている様子が見れました。ちなみにどちらにも魔法の事などを知る様な様子はなかったです」
「私達とは違うのね」
「知ってるなのはさんじゃない事は残念です」
そして最後に、とシュテルが言葉を続ける。
「この二つはまだ普通に追加されたような形でしたが……最後の一か所が問題です」
「問題?」
「えぇ、はい。他の二か所はこの街に馴染む様に出現した存在です。ですがここだけは他のとは違い、明らかに浮いている場所でしたから。というか一回、入って見ようとしましたが入れませんでした。無論、魔法を使って突破する事さえも出来ませんでした」
「そりゃ……」
明らかに異常だろう。それも魔法を使って無理なのだから。明らかに、何かがあるというのを伝えているようなものだ。
「八神堂です。ここは古書店なんですが……店の主も、住人も、誰一人存在しないだけではなく、街の人間はそこに触れる事も認知する事も出来ませんでした」
これがこの海鳴に起きた三つの変化。翠屋とホビーショップの出現に、そして八神堂の出現と封鎖。出現している場所がなのはとフェイトに関連する施設である事を考えると、やっぱり過去……の世界になるのだろうか? あそこでなのはとフェイトを助けた意味があったのだろうか?
「少なくとも私はなのはの情報をベースに構築されていますし」
「ボクはヘイトの情報から今の姿が作られているしねー」
「フェイト、フェイトですよ」
「ヘイト!」
「駄目だこりゃ」
なぜかフェイトの名前だけうまく言えないレヴィの姿を数秒程見つめてから、ふぅと息を吐いて天井を見上げる。現状、やらなきゃいけない事は解っている。というかこうも解りやすく目の前に差し出されている。
「八神堂の調査、か」
「そうなるわね。私達でダメなんだから、きっと特殊な条件が必要なのか……或いはその時じゃないのか、どちらかね」
「ま、私はそこは彼が条件だと思うけどね。主人公だけが入る事の出来るマップなんて実にらしい展開だとは思わないかな?」
フィルの言葉に確かに、設定としては美味しいと思えるだろうとは思う。だがこうやって実際経験してみるとクソの一言に尽きる。そうやって道筋を定められる事に関しては怒りと、そして吐き気しか覚えない。結局の所、それは物語の道化であるという事に違いないのではないだろうか? 主人公ではなく、シナリオの奴隷でしかないのだろうか? 少なくとも、自分という存在を疑い出してから、そういう考えばかりするようになってきた。
良くない事なのだろうが、それでも偶に死にたくなってくる。
まぁ、
「やるべきことが見えてるのはいいんじゃない? 少なくともどこを調査しなきゃいけないかは解ってるんだし」
イリスの言葉に頷きを返す。少なくとも今は間違いなく、八神堂を調査しなければならないだろう。これほどまでに分かりやすい物はない。それ以外にもこの近辺から出られないという事もあるのだが、外に今は用はない。故にそれは置いておく。それよりも八神堂の調査が重要だろう。
そして、
「もう一つ、やらなきゃいけない事がある」
「それは……高町士郎さんに会う事ですよね?」
「あぁ、元々俺が海鳴に来た理由だよ」
スマートフォンを取り出しながら、そこに書き込んである親父の遺言を確認する。それに変化はない。その事に安心感を覚える反面、これもどれだけ信用できたものか解らない。とはいえ、自分の事に関して一区切りつけるのであればこれをやっておく必用はあるだろう。少なくとも今の事件、全部忘れて集中する為には自分の事情周りは全部クリアしておく必用はあるだろう。
「という訳で、軽く翠屋に挨拶しに行こうと思うんだけど……いいよな?」
その言葉にキリエが反応する。
「良いんじゃない? 別に急がなきゃ八神堂が消える訳じゃないんだし。心に引っかかるならサクッと解決したほうが良いでしょ」
「悪い」
そうキリエに答えると、複雑そうな表情を浮かべて視線を反らされた。何か、マズイ事でも言ってしまったのだろうか? そう判断する前にアミタが手を叩いた。
「では翠屋へは私が送りますよ。定期購入している常連ですから」
「あそこのパティシエの腕前は認めざるを得ないわよね」
イリスが腕を組みながらうんうんと頷く様子を見せ、それに先日食べたタルトの味を思い出す。味の繊細な良し悪しが解る様な舌をしている訳ではないが、それでも食べたものがかなり美味しいものであるのは解った。少なくともここの女子を満足させる腕前はあるのだ。
帰りに、何個か買ってくるべきなのかもしれない。
「ノアさん」
「ん?」
グランツ研究所を出て、暁町から海鳴への道を歩く。歩きなれた道だけあって、迷うこともなく進む事が出来る。アミタなんかは日常的に歩いている事もあって、ショートカットなんかを頭の中に叩き込んでいるらしい。完全にここの一般市民レベルで知識があるな―――と思う反面、そういう風に知識がインプットされている事を思い出す。となると知っててある意味当然と言えるのかもしれない。
「その、これを私が言うのは間違っているかもしれませんが……あまり、自棄にならないでください」
翠屋への道を進みながら横を歩くアミタがそんな事を言ってくる。さて、自分ではそこまで自覚のないものなのだが、
「自棄、か。自棄になっている様に見えるか?」
「私には何とも……ですがシュテルやレヴィからはキャラが変わったようだと言われてますね」
「あー、確かになー」
少し前の自分はもう少しオラオラ系だったとも言える。もっと押せ押せというか、まぁ……調子に乗っていた部分もあるんじゃないだろうか?
「メッキが剥がれた、って奴じゃないかな? ほら、自分があーだこーだ、って話をし始めると格好つけるのも馬鹿らしくなってくるだろう? だから、まぁ、自棄になったのとは違うぜ? ただ……」
「ただ?」
なんというか、
「格好つける意味も。気を遣う意味もないなって思っただけだよ」
「それは暴論だとは思いますが……ノアさんの現状に関しては、余り知らない私では深くは言えませんからね……」
「気持ち悪いってなら素直に言った方がいいぞ?」
「いえ、私はそうは思いませんから。そもそも私の知っているノアさんはどこかの誰かでも、記憶に居る誰かでもなく」
アミタが此方を振り返りながら微笑む。
「今、ここにいる貴方だけですから」
「……」
その言葉よりも、はにかむアミタにどことない美しさを感じて、言葉を失う。だが直ぐに正気を取り戻して先を歩き始める。
「本当に俺がここに存在していれば、だけどな」
「大丈夫ですよ。なんとかなりますって」
「気軽に言うなぁ」
「へいきへっちゃら―――誰かが言い続けなきゃいけない事でもありますから」
お姉ちゃんですから、そう言って拳を握るアミタの姿に、心の強さを感じた。誰かが言わなきゃいけない。誰かが言い続けなきゃいけない。どうにかなる、と。そうしなければ本当にダメになった時に誰も動けなくなる。
羨ましいほどの心の強さだった。
今の自分には少々、眩しい。
「だからノアさんも困ったことがあったらすぐに頼ってくださいね。こう見えてもエルトリアでは大家族を支えている身分でしたから」
「じゃあ寝込みを襲ってくるシュ―――」
「あ、それは対応外です」
「おい」
「あの勢いは言葉ではどうしようもないと思いますし」
「クソォ……」
シュテルもレヴィも、都合の良い夢からは覚めたんだからこのまま、夢だったと思って忘れてくれればよかったのかもしれない。
そんな事を考え、歩いているうちにいつの間にか道は暁町を出て、海鳴へとやってくる。海から吹いてくる風を空気に感じつつ久しぶりに見るような気がする、平和な海鳴の姿を目撃する。自分が経験した海鳴は、戦場となって完全に荒れ果てていた。そうなる前は目の前に広がる今の様な姿なのだから、魔法技術という物は恐ろしい。一瞬で街を個人であそこまで滅茶苦茶に出来るのだから。
歩いている人たちも普通の人間で、ロボットが突然出現しては殺しに来るような事もない。
……本当に、アレが夢だったかのように平和な海鳴への徒歩の道のりだった。
「……辺りを見渡しても襲撃されませんよ?」
「……!?」
「いや、エスパーか、みたいな表情をされましても。それにほら、私が居るから大丈夫ですよ」
力こぶを作ってアピールするアミタには悪いが、普通に可愛い女の子にしか見えない。だから見た目だけなら頼りになるという風には見えないのだ。これで自分とは同じ、フォーミュラ・ナノマシンの使い手で、自分よりも数段上の次元の戦闘力を発揮できるというのだから凄まじい。
凄まじく、惨めだ。
「と、見えてきましたね」
海鳴の商店街。前来たときは翠屋の存在がなかった所だが、空き地だった筈の場所には見覚えのない喫茶店が建っていた。その名前を確認して見れば喫茶翠屋と書かれてある。
「本当にあるんだなぁ……」
初めて来たときは存在していなかっただけに、こうやって実在する喫茶店の姿を見るのはどことなく感慨深いものがあった。しかも、予想してたよりも結構大きい。これは結構、フロアのスペースも広いのではないだろうか? 家族経営でこれだけの広さなのだ、実はそれなりに儲かっているのではないだろうか、ここ。
タルト、美味しかったなぁ……。
「ノアさん?」
「ん? あ、あぁ。ちょっと考え事してた」
「大丈夫ですか? また後日にしますか?」
「いや、大丈夫だって」
「そうですか? なら良いんですが」
ぐいぐいと来るアミタに少しだけ気圧されつつも、軽く呼吸を整えてから前へと踏み出す。
喫茶店、翠屋の扉に手を乗せ―――開ける。
からんからん、とベルの音が鳴りながら扉が開く。中は広々としたスペースが存在し、ソファで囲んだ団体用のスペースがある広さだった。客の入りもそこそこ、という様子を見せており、学生が何名かソファに座りながらケーキを食べている姿が伺える。その他にもノートパソコンを持ち込んで作業している大学生らしき姿を見える限り、お高く留まったタイプの喫茶店ではないようだ。
「いらっしゃいませー!」
店内に入った所で、聞き覚えのある声がした。声のしたの方へと視線を向ける。
「二名様……あ、アミタさん。また来てくれたんですね!」
「はい、健啖家が多いですからね、うちは」
そう言って笑顔をアミタに向けるのは、シュテルやレヴィと同じぐらいの年ごろの娘―――即ち、中学生頃に入る程度の娘だった。もう一つの海鳴で目撃した少女の姿。
片目を覆うようにアイパッチを装着している少女―――高町なのはが此方を見た。
「あ、ノアくん」
夢の傷跡を引き継ぎ、そして最初から知っている様に名前を呼ぶその姿に、
どうしようもない吐き気を感じた。
与えられたロールとどこかで見た事のある設定、そして重要そうな相手には顔の覚えが良い。即ち主人公の私室だけど自覚してから相対して見ればこれほど食傷するものもない。
立場を理解して経験すると道化の一言に尽きる。