右手を持ち上げ、そこに集まる電流を見た。
元々は自分に備わっていない能力。しかし、レヴィの能力、或いは性質の共有が可能になったことで自分も気軽にレヴィの持つ電気を生み出し、操る力を体得するに至った。これでシュテルの時と同じ事が証明された。その感覚が自分の中で理解できてしまっている。故に手の中でバチバチとスパークする電流を軽く眺めてから、手を閉じる。レヴィの雷を消し去り、今度は手の中にシュテルの炎を生み出す。そしてまた手を閉じてそれを消し去る。
「結局は、俺の心次第……か」
いや、俺もこの程度で心を開くのだからチョロい、と言うのか。或いはそれだけ、他人とのつながりに飢えているのかもしれない。実際の所、心細さの様なものは少し感じている。俺は誰で、いったい何なのだろうかという疑問。明確な答えが存在しないその問いに対して、答えを求めている。
気にしたってしょうがない、という事実は理解している―――それでも、こうやって自分の存在そのものがファンタジーとなってくると、様々な疑問が浮かんでくるし、悩む事だってある。自分の人生そのものが誰かによって彩られた設定だとして―――今の自分には、一体何があるのだろうか。
炎、そして雷が掌の中でゆらゆらとゆらめいている。自分が救い出した命を象徴するように。
手元から視線を外し、空を見上げる。
海鳴海浜公園のベンチに平日から一人で座っていると、まるで職を失ったダメ人間のようだ。実際、職もクソもないのだが。子供たちでさえ今は学校か、或いは昼食でも食べていてここにはおらず、静かな公園の時間を独占出来ていた。正直、人のやかましさは全てを忘れるのに良い。どちらかと言うとそういう騒がしい方が慣れているし、好ましい。
だが偶にはそういう煩い環境から身を遠ざけたくなる。
今の様に。
こうやって人の気配もなく、聞こえてこない場所だと自然と考えが脳内でぐるぐると回り続ける。そうやって気分がどんどんとマイナスへと向かって行くのは事実だ。
だけども、
思い出さないとならない。
シュテルと、そしてレヴィと心で繋がる。それを感覚的に理解している。だがそうやって繋がればそこにある筈なのに、その先が感じられない繋がりを覚えるのだ。知っている筈なのに、知らない。それこそ
誰か、誰かを忘れているのだ。思い出さなくてはならない誰かを。
「誰かを……誰かを、忘れている気がする……」
その違和感を感じられるようになった。ほかのことは何もわからなくても、それだけが今―――自分の
だがだめだ。まるで感覚がつかめない。情報が足りない。その糸の先に繋がる存在、その誰かが解からないからか全くその先が辿れない。物理的に遮断されているようにさえ感じられる。
「……ダメか」
落胆を感じながら息を吐く。結局、新しい力を得ても、自分のことは解からず仕舞いだ。結局、俺は何なのだろうか。その疑問が新しいヒントと共に残り続ける。何をどうしたらいいのか、それが見えているだけに、
「まるで餌をぶら下げられた家畜のようだな」
「家畜に神はいない、とは誰の言葉だったっけね」
こぼした言葉に対して返答が返ってきた事実に少しだけ驚けば、正面にはいつの間にかフィルの姿があった。イリスからはその所業から激しく嫌われている男だが、今のところこっちに来てから娘に意地悪をしているだけの男に見える。そういうことで、この男がそこまでの極悪人にはどうしても自分には思えなかった。所業は聞いているが、それでも今は自制している部分が強いのだから当然かもしれないが。
何もやらかしていない以上、悪印象を抱けというのが難しいのだが、
「や、ノア君。女の子に囲まれているというのはなかなか大変だね?」
「お前はどうなんだよ」
「私かい? 私はそこらへん欠片も興味がないからね。子供を作ることに時間を使うなら私は子供を増やすよ」
「今なんて言ったお前?」
フィルは自分の言ったことをまるで気にしないように笑い声をこぼしながら、懐に手を伸ばし、そしてそこからタバコの箱を取り出してきた。軽く箱を振ってそこからタバコを出すと、その先を此方へと向けてきた。タバコは辞めたんだが―――と、口にしようとして、
「所詮は夢か」
「堕落の世界へようこそ」
「まぁ、たまには悪くない」
今更、良い子ちゃんぶる必要もないな、と思い直しタバコに手を伸ばし、つまむ。それをそのまま口に咥えて指先にシュテルの火を使って灯す。隣では同じようにタバコを口に咥えるフィルが見えるので、指先をそちらへと向ければ、フィルもタバコに火を灯した。タバコの煙を吸い込んで、久方ぶりに肺を満たす感覚を味わいながら横で同じようにタバコを吸うフィルを見た。
「タバコ、やるんだな?」
「まあ、研究者時代は隠れて偶にね。こう見えて自分のイメージ作りもあるから目立って吸えなかったけど、さすがに行き詰った時とかは吸ってたよ」
「へぇ」
「ま、悪い大人だからね」
そう言ってタバコを咥える姿はどことなく慣れている様子があった。爽やかな外見とは裏腹に、割と吸っていたほうなのかもしれないとフィルの姿を横目にしながら軽く考えてから、視線を外す。口に咥えたタバコの煙が空へと向かって上ってゆき、そして霧散して消える様子をしばらく無言のまま眺める。何か、フィルに言うことでもあったかどうかを考えたが、
特に、こいつに向ける言葉がなかった。
なんというか、特別に選ぶ話題がなくて、困った。
「まあ、私たちに特にこれといった接点はないしね」
「……ん?」
「いや、別に無理して話題を見つける必要はないってだけのことだよ」
「まぁ、そうか」
……じゃあ、なんでこっちに来たんだお前? そんな疑問を一瞬浮かべてしまうも、フィルのほうが用事があったのかもしれないと思った。
「私は私であそこにいる間、できないような話をしてみたいとは思うけどね」
ほほう、と声を漏らしながら足を組み、空を見上げながらたとえば、と聞いてみる。
「そうだね……君の恋愛事情とか?」
「普段からキリエに攻め込まれている辺りだからやめてくれよ……」
「いやいや、正直な話だよ。シュテルもレヴィも君を一人の男として認識した結果、意識的な部分で大きな変化を遂げた。彼女たちが君へと向けているしぐさの一つ一つが大変抗いがたい誘惑だろう? 昔の君はもっと肉食系だという話だったし、正直魅力的に映るんじゃないかい? 彼女たちのお誘いは」
「お前さぁ……」
いやいや、とフィルは口にする。
「そういう下世話な話はするもんじゃないだろう?」
「私たちしかいないところだから話をするんじゃないか。女の子に詰め寄られるのと私みたいな男に話すのでは気分も違うだろう?」
「そんなもんかぁ?」
「そんなもんだよ。だからほら、さあ」
フィルがそんなことを言ってくる。だけどそうだなぁ、とぼやいてしまう。真面目な話をすると女子ばかりに囲まれていてちょっと息苦しさを感じていた部分があるのも事実だ。いや、彼女たちの存在が煩わしいとかそういうことは別にない。見た目はいいし、性格も良いので揃っている。少なくとも目の保養にはなる。だがいくら何でもあんなにも無防備で身近にいると慣れてしまうし、息が詰まるのも事実だ。
とはいえ、
「悪い気分じゃないな、さすがに。そこまでひねくれちゃいない」
「はは、そういえば君は結構手が速そうに見えるよね―――見た目が」
「俺がチャラいってか」
いや、まぁ、食えるならとりあえず食っとくぐらいの軽さはあるのだが。だけど健全な男という生き物は大体そうだろうと思う。食えるのに食わないやつはインポなのかよほど事情があるのか頭が漂白されているかのどれかだ。そして今の自分は事情があるという部分にカテゴライズされる。だから即座に食わなくても許される。
苦笑しながら加えていたタバコを手に取り、煙を吐き出しながらそうだな、と呟く。
「見た目はいいよな。見た目は」
「おや、それでは中身はどうか、って言いたそうだけど?」
「気の強い女は好みじゃないしなぁ」
「むしろ気の強い子を屈服させるのが好きそうに見えたんだけどなぁ」
「勘弁してくれよ……」
気の強い女は相手してて疲れるからもう良い、とさえ思っている。そういう意味ではガンガン押してこられるよりは、少し距離を開けて引き込んで来ようとする今のシュテルとレヴィのやり方が一番効くのだが。とはいえ、ああもアピールされると心が揺らぐのは事実だ。
「あー……何も考えずにいたい……」
「そうすれば遠慮なく楽しめるから、かい?」
からかう様に言ってくるフィルの言葉にそうだなぁ、と呟く。こんな状況でもなければ大歓迎だったかもしれない。
「ふーむ……」
そう答えるとフィルは腕を組みながらでは、と言葉を置く。
「イリスはどうかな? 親のひいき目ながら中々優れている子だと思うんだけど。見た目もいいし、専門技能もあるし、家事もできるタイプだよ」
「自分の娘を売り込むのかお前……」
あきれた視線を横のフィルへと向ければ、フィルが両手を広げている。
「私だって一応は人の親だ―――娘の将来の幸せぐらい願うさ」
「その将来が俺らに存在するなら、の話だけどな」
灰を落としながら息を吐き出し、タバコを咥えなおす。
そう、未来が存在するならの話だ。結局のところ、俺たちに未来があるかどうかという事自体が怪しいのだ。特に自分に関しては実在するかさえ。それを考慮しても
まぁ、事実、先のことを考えすぎても気が滅入るだけだ。完全に割り切れてはいないものの、シュテルやレヴィのおかげで少しだけは前向きになれている。少なくともあそこまでアプローチされているところで、自分だけ黙って泣き寝入りを続けるつもりはない。
やられたらやりかえせ。とてもシンプルな理論だ。
男と女の駆け引きもそういうものだろう。
「で、イリスはどうかな?」
「拘るのかよ……」
まだ追及してくるフィルの言葉にややげんなりとしながら呟けば、フィルがすぐに言葉を返してくる。
「最低限、未来に対して希望は残しておきたいだろう?」
「希望ねぇ……まぁ、悪い子じゃないとは思うけど。見た目はいいし。あの家にいる子全員に言えることだけど」
それ以上に口の悪さが目立つ娘だと思っている。あとは悪ぶっている割には意外と中身は善良だってことだ。彼女が遠慮なくフィルに攻撃を叩き込もうとしているのは、その程度ではフィルが死なないという信頼感から来ているのだろう。実際、いきなり唇を奪ったこっちに対して報復らしい事を一切行っていないのが証拠だ。
「よし、少なくとも脈がないってことではないみたいだね! 将来的にはイリスと君が結婚して君も私の息子になるな……!」
「どこから来るのその発想」
「もちろん、ここさ」
そこでフィルは自分の頭ではなく、ハートを指した。なるほど、こいつは心臓の病を患っていて、それが脳に達してしまったのかと納得した。仕方がないので少しだけフィルのことを憐れんでおく。それ以上のことは何もしないが。
あぁ、しかし。
口の中に広がるこの味は、なんとも懐かしい。
本当に味わったかどうか、それさえ不明なのにこの味には覚えがあった。その感覚が不思議と心を癒してくれる。
「欠片でもイリスの可能性が残っていればいいのさ、未来の可能性を模索するというのも実に大事なことなのだから。何せ、想像しなければその先はないのだから。ほら、考慮するだけならタダじゃないか」
「まぁ、そりゃそうだけど」
フィルは笑みを浮かべながら、言葉をはっきりと口にする。
「少しは未来に対して、希望を抱いてもいいんじゃないかい?」
「抱いたところで無駄だと知ったら絶望しないか?」
「いいや?」
フィルはそう言いながらタバコを捨てて立ち上がり、吸い殻をフォーミュラで分解させる。跡形もなく消滅する吸い殻を背に、公園の出口へと向かって歩いて行く。
「裏切られるのは
「……なんだそりゃ」
去ってゆくフィルの背中姿を眺めながら呟いた言葉にフィルが言葉を残してゆく。
「―――主観だよ、ノア君。全ての答えはそこにあるのさ。何故、と君が問わなければならない事がある筈さ」
言いたいことだけを言ってフィルは去って行った。その姿が完全に消え去るのを眺めてから自分も、吸い殻を吐き捨ててそれを靴の裏で踏みつぶしつつ、炎で完全燃焼させた。
あいつは一体、何がしたかったのだろうか。喋りたい事だけを喋ってから勝手に帰って行ったコミュニケーション能力が明らかに欠落しているあの頭のおかしな男のことを考えて、考えるだけ無駄であることを理解し、立ち上がる。
「根を詰めてもしょうがない、か」
どうせ、なるようにしかならない。出来る範囲で出来る事を成した結果どうにでもならないのなら、それは最初から希望何てなかったというだけの話だ。だとしたらもはや自分に残されていることは前に進むことだけなのかもしれない。
……そろそろ、次に進むべきなのだろう。
八神堂。
そこの本格的な探索を近日中に開始する事を考えて、一人だけ残された公園から去るために立ち上がった。
まあ―――少なくとも、自分一人じゃない。
それだけは今は救いだった。
久々に更新っと。息抜きとリハビリ次いでなので次の更新はまた先の話……。
とはいえ、こちらはこちらで割とEDが見えてきているほうですよー、と。